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見られても減るもんじゃないって

 14歳は子供!

 と断言したいところだが、この世界での成人が16歳である事を考慮すると、実に微妙なお年頃である。成人前ではあるが、完全なる子供と言い切るのも憚られる、そんな名付けるのが難しい空白の一時だと言えよう。やだ詩人。

 前世で三十路まで到達していた私だが、完全に今世の子供としての生活に馴染み、精神年齢が引っ張られている自覚はある。むしろ自分からそっちへと寄せていっている感すらある。だって愛される子供、超幸せだし。多少の無茶も、『あらあら、お転婆ねぇ』で済まされる子供というジョブは、この世の幸せを集約したものだと思っている。これは満喫せざるを得ない。


 そんな風に日頃は子供らしさを堪能している私だが、やはり多少なり三十路の壁を超えた女という冷静な部分が残っている訳で。

 その三十路女の部分が、現在はこう言っている。

 オーケィ、大丈夫。下着姿でサイラス師匠とご対面、などというベタ中のベタなこの状況ぐらい、軽く済ませてやる。なぜなら私は大人なのだ。このぐらい、易々と流せなくてどうする、と。

 だから私は、あえて自分から沈黙を破った。

「どうかしました?」

 棚の陰から顔を出し硬直しているサイラス師匠と、半裸で微笑む私。

 どうかしているのは完全に私の方である。とんだ痴女だ。

 でも、ここはとことん平然と対応してみせるのが大人女子のスルーテクというもの。全裸(マッパ)じゃなくて良かったあああ! という心の声を悟らせたら負けだ。背中を流れていった冷や汗は後で拭こう。


「すっ、すまないっ!!」

 私のつとめて平静な態度によって我に返ったのか、そう叫んだ師匠が棚の向こうへと頭を引っ込めた。一拍後、慌ただしいドアの開閉音が響く。どうやら退室なさったようだ。

 何か師匠、混乱の極致といった風情で男前が崩壊してたけど、もしや対応間違えたか? いや、あれが最適解だったよね?

 一人取り残され、首を捻る私の目に映ったのは、床に散乱する自身の抜け殻(脱ぎっぱの服)たち。

 しまったあ! ヤケクソで脱ぎ散らかした服がそのままだった!

 はっ、おパンツ様、おパンツ様はどこ?! あ、服の下に隠れてるっぽい。良かった、最悪の事態は免れた。……いやいや良くねーよ。この明らかに“脱いで放り捨てましたぜ”って状況はアウトだわ。片付けられない女丸出しじゃん……。

 違うんだよ、普段はこんなぐっちゃぐちゃに脱いだ服を投げ捨てたりして無いんだよ。ヤケクソだったからこうなってるだけなの。信じて!

 なんて言い訳を脳内で叫んだところで、既に師匠は去った後。これぞ正しく後の祭り。やっちまった……。弁明する機会がある事を祈ろう。

 下着姿を見られた事なんて、それに比べたらノーダメージに等しいわ。男を惑わすようなエロ美しいボディじゃ無いし、見た方もコメントに困るだろう。思春期真っ只中の青少年ならともかくとして。

 さすがにマッパを見られてたらもうちょい動揺したかもしれないけど、下着なんて前世でいうところのビキニと大差ないし。ビキニ(あれ)がセーフなら下着(これ)もセーフだろう。どう考えても布面積的には引き分けだ。


 それよりも、だらしない奴だと思われてたらどうしよう……と溜息を吐き、床に散らばる抜け殻たちを拾い集める。きっちり畳み、空いた紙袋にがさごそと突っ込んで、再度溜息……と思いきや、くしゃみが出た。おっと、服着なきゃ。



 上は真っ白だが、胴から裾にかけて淡い水色から深海のような藍色へと色が深まっていくノースリーブのワンピースを頭から被る。

 襟元に裾と同じ色合いの藍色のリボンがステッチされ、右肩で緩く結ばれている以外、飾り気は無い。だけど非常に肌触りが良いので、きっとお高い品だろう。兄様め……金持ち基準のプレゼントは止めてくれと言ってあるのに。

 同じく肌触りの良い七分袖の白い上着を羽織り、タオルで足を拭い直してサンダルを履く。リボンは後回しにして、先に化粧を済ませよう。

 化粧品と同じ箱に入っていた卓上用の鏡を、棚の荷物の隙間に設置し、立ったまま軽くメイク。いや、いくら埃が無いからって、こんなお高そうな服でその辺に座れないよ。汚したらどうしようかとドキドキするわ。

 化粧なんて今世では初だけど、前世で社会人になってから休日以外は毎日のようにしていたから、ちゃんと体が覚えてた。こうやって立ってメイクしてると思い出すなぁ。出勤前にパパッと洗面所で化粧していた忙しない朝。懐かしい。勝負どころ以外では、そうやってやっつけ仕事してたんだよな。

 尚、私の勝負どころとは、新規顧客の獲得だとかそういうやつである。給料に直結するから全力でしたとも。そう考えると今日は別に勝負どころじゃ無いから、がっつり化けなくても良いよね。そこそこにしとこう。


 さて残すはリボン、となりしばし考える。

 ワンピースがちょっと落ち着いた雰囲気なのは、装飾過剰だと私が受け取らないと思ったのか、それとも日頃好んで短パンを穿く私に『そろそろ大人の階段上り始めろよ』と暗に伝えたいのか。化粧品まで添えられているところをみると、多分後者の意味合いかな。まだまだ子供でいたいのに。

 しかしまぁ、そういう意味合いが含まれている可能性があるのなら、髪もそれなりにするか。お高そうなもの一式与えられちゃったんだし、それぐらいサービスしよう。

 後頭部の髪紐を引くと、ひとまとめの尻尾(ポニーテール)が解け肩に落ちる。いつの間にか鎖骨よりも長くなっていた髪を軽く撫で付け、片側に寄せ緩く編み、先をリボンで括って、これで完成。

 鏡の中の自分を見直し、「よし、並!」と頷いた私は、手早く荷物をまとめ兄様の元へと向かった。




 否。向かうはずだったのに。

 扉を開けた先、階下へと続く階段手前の踊り場的なスペースに、去ったはずの師匠がいらっしゃいました。

 あっぶね! 内開きの扉で良かった。外開きだったら師匠にぶつけるとこだったよ。セーフセーフ。

 ほっと安堵の息を吐くと、それに反応したのか俯き佇む師匠が体を強張らせた。

 何で下向いてるんだろう? というか師匠、さっき私を探してたんだよね? それで入室してきたんだよね? って事はここで出てくるのを待っててくれたのか。用件は何―――いやそれより、せっかくここに居てくれたんだから弁明のチャンスだ。あの衣服脱ぎ散らかし事件は、近年稀に見る珍事なのだと主張しなくては。


「師匠、さっきの」

「すまなかった!!」


 ……うん。チャンスじゃ無かったみたい。

 私の言葉を遮り、勢いの良い謝罪と同時に膝を折った師匠が床に手を付き、見事な土下座を披露。紛うことなき土下座だ。びっくりして二度見した。

 やった事はあれど、やられるのは初めてだ。対応に困るわー。あのとき平然と対応してくれたシュラウトスさん、度量が広いな。さすが死神という二つ名を持つ男。その二つ名を受け入れてたメンタルの強さは並みじゃ無い。

 と、受け入れ難い現実(師匠の土下座)から清々しいまでに逃避している私へ、床に額を擦り付けた男が悲愴な声で詫びごとを繰り返す。

「すまなかった。本当に申し訳無い事をした。女の子の着替え中に踏み込むなんて、弁解の余地も無いと承知しているが、それでも重ねて謝罪させてほしい。……誠に申し訳無かった! 君の気が済むまで殴ってくれても蹴ってくれても構わない! 勿論それだけでは無く、この償いは必ず……!」

 いかん、これ現実から逃げてる場合じゃ無いわ。真面目な師匠が自身の真面目さによってどんどん深みにはまってってる。早く引き上げないと、沈み切って自責の念で窒息してしまうぞ。

 そして、私は別段気にしてないので何か逆に申し訳無い。


「顔を上げてください。気にしてませんから」

「被害者の君にそんな風に気を遣わせてしまうなんて、俺は本当に酷い事を……」

「いや、大丈夫ですって。新品の下着でしたし」

「新ぴ……っそういう問題じゃ無いだろう!」

「あ、はい、すいません」

 女子的には割とそういう問題だったりするんだけどな、と思いながらも、勢いよく反論されたので反射的に頭を下げた。相変わらず床と仲良くしてる師匠の目には、確実に映っていないけども。

「師匠。私はホントに、本気で気にしてないので。あれはただの事故だと分かっていますから。ね?」

「そういう問題でも無いんだ。問題なのは、俺が君のあられもない姿を見てしまったという事実、それだけだ。ましてや君は、未婚の女性なのに……」

 既婚者なら良いの? という空気読まない発言は口の中で噛み殺した。混ぜ返したら話が長くなるだけだ。

 てか、師匠に婚約者がいて良かったよ。じゃなきゃコレ、責任取るとか言い出しかねない勢いじゃない? 真面目さゆえに突っ走ってくれそうだもんなぁ。師匠がまだ振られて無くてマジでセーフ。出来れば彼がこの事件を忘れた頃に振られて欲しいものだ。


「分かりました。師匠の謝罪は受け取りました。そして私は速やかにそれを許します、って事で顔上げてもらえません?」

「そんなにあっさりとは済ませられない。君の心を深く傷付けてしまったんだ。万死に値すると言っても過言じゃない」

 ええええ、どう考えても過言だよ。発言が重いよ。

 そりゃ、見られた側が傷付いてたら誠心誠意謝るべきだけど、私、マジで気にして無いから。おっとラッキースケベ発生、ぐらいの感覚だから。まぁ師匠にとってラッキーとは言い難いだろうけど。土下座する羽目になってるからアンラッキーだよね。私的に、逆ならラッキーだったんだけどなぁ。いつか師匠の腹筋を見てみたいものだ。

 ……それは別にラッキーに頼らなくても、お願いしてみればいいのかな? 今なら交換条件として成立するかも? でも若干、痴女っぽくないかなそれ?

 ああ、既に痴女みたいな場面をがっつり目撃されてるから今更っすね。ははは。

「えっと、じゃあ、代わりに師匠の腹筋を生で拝ませてもらえると……」

「…………何を言っているんだ君は」

 はい残念終了。成立しませんでしたー。くそ、無駄に恥をかいたぜ。土下座姿の師匠からドン引きの気配がするし、半裸を見られた事よりよっぽど恥ずかしい。何たる自爆。

 しょうがない。いつかラッキースケベが起こるのを期待して待とう。服の上から撫でまわした感触からいくと、綺麗に割れてそうなんだよね。超見たい。


「じゃあもう謝罪は充分いただいたので、立ってくださいよ」

「まだまだ不充分だ」

「それを決めるのは師匠じゃなくって私ですよね?」

「それは、……そうだが、しかし」

 もう、そんなに床と仲良くしていたいのかね。デコが汚れるよ。

「しーしょーお。顔上げてくださいってば。あくまでも土下座を続けるんなら、私にも考えがありますよ?」

「ああ。どんな罰でも受けよう」

「罰じゃなくって、ショック療法です。顔を上げてくれないなら、全裸で練兵場一周して来ますよ。私が」

「…………は?」

「そうすれば、師匠が私の下着姿を見た事なんて、鼻で笑い飛ばせる程度の事になるでしょう?」

「いや、意味がちょっと」

「じゃあ早速行ってきます」

 嘘だけど。そんな露出狂一直線な行為は頼まれたってしないけど。本格的に痴女認定されちゃう。

 でもこう言って、土下座スタイルの師匠を避けて足を踏み出せば、きっと。

「っ―――待て!」

 慌てふためき上体を起こした師匠に、引き留めるように手首を掴まれた。

 ほら、予想通り。顔上げた。真面目な師匠が私の全裸ウォーキングなんてトンデモ案を放置できる訳が無いもんね。この結果はもはや予定調和と言っても過言じゃ無いな。


 しかし、そこからが想定外で。

 顔を上げた師匠は、なぜかそのまま凍り付いてしまったのだ。

 え、どうして急にフリーズ? 何、処理落ち?

「どうしたんですか?」

 少し待っても動く気配が無かったので、目を見開き固まる師匠に、掴まれたままの手を揺らして気を引こうとする。もう片方の手には紙袋抱えてるし、他に出来る事が無い。さすがに蹴るのはちょっとね。

 起きてる? むしろ生きてる? と腰を屈め、覗き込むように顔を近付けると、彼はぎょっとしたように軽く仰け反った。うむ、生きてた。

「師匠? 大丈夫ですか? 立てます?」

「あ、ああ。すまない。動転、して」

「動転?」

「その、いや、違うんだ。君が……っ」

 どこか言い訳するように口の中でもごもごしていた言葉が途切れたが、大人しく待つ。というか、手を掴まれてるので待つしかない。

 すると、諦めたような息をひとつ吐いた師匠が、若干目を逸らしながら気まずげに言った。

「……君の、そういった格好は初めて見るな、と思ったんだ。それだけだ」

 納得、からの共感。

 訓練の日は騎士見習いの服だし、それ以外の日も動きやすい格好しかしない(スカートなんてちっちゃいとき以来だ)から、自分でも違和感がハンパ無い。そしてそれは、見る方としても結構な違和感なんだろう。

 普段の私を知っている人から見れば違和感満載だろうけど、そうでない人には普通に見えると思うので気にしない。慣れないスカートで足の間がスースーするけどそれも気にしない。

 でも、この姿で剣を吊るす訳にもいかず、腰に馴染んだ重みが無いのは気になる。女子らしい格好をしている皆様は、日々どうやって武装してるんだろう。皆、素手派なの? それとも暗器?


「やっぱり似合いませんかね? まぁでも今日だけ、というか今だけですから。見ないふりしといてください」

 自分の姿をチラッと見下ろし、苦笑し肩を竦めると、弾かれたように師匠が立ちあがった。

「そんな事は無い! ……その、普段とは違うが、そういう服もとても似合っていて、それで驚いたんだ。何だか……随分大人びて見えるし、…………綺麗、だ」

「大人……ああ、ちょっとお化粧してるからじゃないですか? あとは、このサンダル踵が高いので」

 真剣な顔での褒め殺し。この男前、能力が高いな。ぽろぽろお世辞が出てくるとか凄い。これはアレかな。土下座祭りよりも前向きに褒め殺し作戦に打って出たのかな。何にせよ、床にのめり込みそうな謝罪よりはポジティブで良い事だ。


「化粧……」

 小さく呟いた師匠が、どこか眩しそうに目を細めこちらを見る。

「そうか……君もそういった年頃なんだな」

 師匠? 何か、目のあたりが薄っすら赤いけど、土下座で頭に血が上ったの? だから顔上げてって何度も言ったのに。

 そして、手首を掴んでいた筈の師匠の手が少し移動して、その親指が私の手の甲を静かになぞっているのには一体どういう意味が。お兄ちゃんたちみたいに、私を撫で撫でする事で心を落ち着けようとしてるの? アニマルセラピーならぬシーデセラピー? くすぐったいんだけども。


 不思議に思い注視すると、はっとしたように息を呑んだ師匠が、ぱっと手を離した。同時に、思いっきり顔を背けられ衝撃が走る。

 ちょ、顔ごと逸らすってどういう意味?! 傷付く! 口元を手で押さえ「俺は何を……」って、それは私の方が聞きたい。ガラスのハートを傷付ける真似はよしてよ。砕けて散るぞ。

「年頃……そうだ、そんな年頃の君の着替えを、俺は……」

 薄赤かった顔が、見る間に悔恨に染まった。

 うへぇ。絶望リターンズ。砕けて散りそうなのは師匠の方だった。どうしよう、そろそろ面倒になってきちゃった。

「私も悪いんですよ。着替えるから、って誰かにきちんと言っておくべきでした。師匠だって、私が着替え中だって知ってたら入室してこなかったでしょう?」

 二階を借りるとしか言わなかったからこうなったんだよな。着替えるって料理人さんに言っとけば、師匠に下で待つよう伝えてくれただろうに。

「それは言い訳にもならない。俺はせめて、入室前にノックすべきだったんだ」

「物置にノックして入る人なんていないですよ。誰もこんな所で着替えてるなんて思わないんですから。だから忘れてください。それがお互いのためです」

「しかしそれでは」

「あんまり言うと全裸で練兵場一周を実行しますよ。今すぐ脱ぎましょうか?」

「脱っ……?! そんな事はしないでくれ! 頼むから!」

「じゃあもう謝らないでください。もし蒸し返したら実行しますからね? 本気ですよ?」


 赤くなったり青くなったりと忙しい師匠に、駄目押しの脅し。古来より伝わる簡単な問題解決方法、それは脅し。さっさと片付けないと兄様待ってるし。それに、お店の予約もされちゃってるしね。

「ではこのお話はお終いという事で。異を唱えたら即座に脱ぎますからね?」

「くっ…………勝てる要素がどこにも無い……」

 師匠が唸り、どうやら私の勝利で終了のようですありがとうございます。

 なぜ最終的に勝負になったのか、それはちょっと分からないけども。至って平和に解決出来たので良しとしよう。

「じゃあ私、用があるので行きま―――ぁあ、その前に。師匠、私に何のご用だったんです?」

 階段を下りようとして肝心な事を思い出し尋ねると、次回の訓練に関する些細なお知らせ程度のもので、それのために土下座する事態に追い込まれた師匠の間の悪さには同情を禁じ得ない。何かもう私の方が謝りたい。

 もしまた物置で着替える機会があるとしたら、扉の外に“着替え中”という紙でも貼っとこう。そうすれば二度目の土下座は回避出来るだろう。



 一階へと下りた私は、厨房に向かって「お邪魔しました」とだけ告げ、食堂を後にする。

 背後で「おう……うおお?! シーデ?!」「何だその恰好?!」「マジか!」「ぎゃはははは!」という混乱が起きていたけど構わず外へ。

 大丈夫、傷付いてなんてない。でもこっそり振り返って爆笑した奴の顔だけ覚えた。あいつにはシーデ謹製物体Xを差し入れてやる。うなされればいい。

 最後まで身の置き所が無さそうだった師匠と別れ、兄様の待つ馬車へと向かう途中も、たまたま目撃された騎士に二度見され、ひそひそされ、ぽかんと口を開けられ、なかなかに見世物気分を味わった。師匠も(お世辞とはいえ)褒めてくれたし、目も当てられないって格好じゃ無いと思うんだけどなぁ。




 門の警備騎士に挨拶をしながら(やっぱり驚かれてへこんだ)そこを抜け、馬車の傍らでピシリと佇むシュラウトスさんに歩み寄ると、彼は一片の乱れも無い微笑と「これはこれは、いつにも増してお可愛らしい」という淀みない賛美の声で出迎えてくれた。これぞ真の紳士。無駄に騒ぐ騎士たちとは雲泥の差。彼らにはぜひ見習ってほしい。

 優秀な彼が断りを入れたあと馬車の扉を開けると、内部で寛いでいたらしき兄様の姿が見えた。

「お待たせしてすみません」

「女性の支度に“待たされた”と思うほど無粋じゃないぞ。それにしても、良く似合ってるじゃないか。可愛いな。さすがは俺の見立てだ」

 馬車内から身を乗り出すようにした兄様から、非常に男前な台詞と賛辞の言葉が出てきたのに、最終的に自分褒めになっててがっかりだ。最後の一言が全てを台無しにするという、この残念さ。しょっぱい。

「遅れてしまったが、誕生日おめでとう。ワンピースと上着とリボンは俺、化粧品は俺の可愛い奥さん、それ以外がオルリアからだ。気に入ってもらえたかな?」

「まさかこんなフル装備を贈られるとは思ってもみなくて驚きました。でも嬉しいです。ありがとうございます。騙し討ちとは良い度胸ですね。表に出ろ」

 あれ? 感謝を述べるはずが、最終的に喧嘩腰。フシギダナー。

「何があろうとも絶対に馬車(ここ)から出ない」

「馬車の中が惨劇の場になる、か……」

「いやいや待ったごめんな! でも、こうでもしないと受け取ってくれないだろう?」

「身の丈に合ったものなら喜んで受け取りますよ。どうしてこう桁違いなものをくれようとするんですか」

「俺の―――いや、俺達一家の気持ちだ!」

「気持ちが重い」

「利益還元の意味もある!」

「何の利益ですか……」


 そんなふざけたやり取りは、完璧執事の「そろそろご出発なさいませんと、お時間が……」という慇懃な声によって打ち切られ。

 そのまま馬車に乗せられた私は、しばし振動による尻の痛みに耐える事になった。

 ……いつか割れると思う。





建ちかけたフラグに気付く事無く、無かった事にしていくスタイル。

そして、尻はもう割れている。



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