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口に出さなくてもフラグは建つ

「14歳になったし、もう抱っこは遠慮するね」

 またひとつ歳を重ね、もうそろそろ言わなくてはいけないと決心し、抱っこからの卒業宣言をしてみたら、お兄ちゃんたちに落ち込まれた。

 いや、そろそろ諦めようか。14歳は抱っこされる年じゃないって。


「まだいけるだろう。シーデ一人ぐらい軽いもんだ」

「そうそう、余裕でいけるって」

「違うそうじゃないの。いけちゃうってのが悲しいの」

 いつまでも抱っこされるサイズだという現実が、私を打ちのめしているのだ。どうにも最近身長の伸びが悪い。同年代よりも高かったはずなのに、大差が無くなりつつある。

 このままだと最悪の場合、ボスの勧める怪しい魔法薬(サプリメント)に手を出さざるを得ないかもしれない。……命にかかわりそうで怖いな。

「女の子なんだから、ちょっと小さいぐらいでも良いだろ? 可愛いぞ?」

「マッチョたちに見下ろされるこの屈辱感は、マッチョには分からないよ」

「見下ろされるのが嫌なのか? じゃあこれでどうだ」

「やめて膝曲げて目線を合わせないで! ますます屈辱!」

 小さい子にするみたいな対応されたら、悔しさが増すだけだよ!

 そう言い募るも、マッチョたちには今ひとつピンとこないようだった。これが持てる者の余裕というやつか。持たざる者の気持ちはどこへぶつけたら良いんだ。


「その、……ほら、私ももうお年頃だしさ。お兄ちゃんたちに抱っこされてキャッキャしてばっかりいたら、あれ……恋人? とか? そういうの? も、出来無いんじゃないかな~? ……とか、思ったり?」

 理解されそうにない気持ちを伝えても時間の無駄に終わりそうだったので、じゃあこれならどうよ? と捻り出した年頃の女子っぽい理由が、心にも無さ過ぎてしどろもどろになった。我ながら無残。言い慣れない事は言うもんじゃないな。

「そっか、シーデもそういう年頃だもんな」

「こうやって一歩ずつ大人になってくのか……。寂しいような嬉しいような、複雑な気分だ」

 けど、そんな無残な理由でもお兄ちゃんたちの琴線に触れたようだ、とほっとしたのも束の間。



「「でもな? お前がモテないのは抱っこのせいじゃなく、お前自身に問題があるからだぞ?」」



 まるで打ち合わせ済みかのように綺麗にハモってディスられた。

 おいちょっと待て。

「恋人が出来無いのを兄ちゃん達のせいにしちゃ駄目だぞ」

「兄ちゃん達と仲良くしてようが、お前に魅力があれば恋人の一人や二人つくれるだろ?」

「現に兄ちゃんは、シーデとキャッキャしてようが彼女いるしな」

「俺は嫁がいるしな」

 ……リア充たちからの真顔での事実通告に、返せる言葉が無いこの虚しさよ。

 いや別に、本気で恋人が欲しくて言った訳じゃ無いし、非モテに分類されるのは正当な評価だから良いんだけど。

 でもそこは、『お前に恋人なんてまだ早い!』とか言う場面だったんじゃないの? お兄ちゃんたちは今、恰好のチャンスを逃したんだよ? 分かってる?

 てか、本当に可愛い妹分だと思ってくれてるのかな? ディスり具合に容赦が無かったように感じるんだけど、私の気のせい?

「お兄ちゃんたちからの愛が感じられないので今後一切の抱っこをお断りします」

「おいおいシーデ、的を射た指摘されたからって、ぶーたれるなよ」

「違います愛の不足を感じただけです別にぶーたれてません」

 ふんっ、とほっぺを膨らませると、すぐさま突っつかれぶふっと間抜けに空気が漏れた。それを見て爆笑するお兄ちゃんたちには、やっぱり私への愛が足らないと思うの!



「―――こら。何をしてるんだ」

「あ、団長」

 訓練もせず騒いでいたら、会議終わりでいずこかへと向かう途中だった団長に見つかり、コツンと頭を叩かれた。

 うん、丁度良いタイミングだ。団長にも抱っこからの卒業を伝えておこう。そして味方になってもらって、お兄ちゃんたちを説き伏せる援軍になってもらおう。

「団長からも言ってください。もう私は抱っこされるような年じゃ無いって。こんな事ばっかりしてたら私、カレシガデキナクテ、コマッチャウワー」

 そんな企ては、素敵なまでの棒読みで台無しになった気がしないでもない。なにこれ無残過ぎる。もうちょっと演技力を磨かなくては。


「……ッハハ。嬢ちゃんに彼氏なんてまだ早い。……まだ早い。まだ早いぞ」

 おっ、さすが団長。お兄ちゃんたちが言ってくれなかったベッタベタな台詞をありがとう。余は満足じゃ。……でも何で三回言ったのかな。重要な事だった? あと、笑い声が乾いてるよ?

 というか、違う違う。彼氏云々は口実なんですよ。主題は『抱っこはもう卒業』の方だ。話を元に戻さなきゃ。

「とにかく、ひょいひょい抱き上げないでほしいなーって」

 そこまで言ったところで、団長にひょいっと抱き上げられた。

 えええ?! 今言ったばっかだよねえ?! もしや受け付ける気ゼロですか?!

「彼氏が欲しければ、おっちゃんを倒してからにしろ。な?」

 私の驚愕は放置し、団長がにこやかに宣った。

 いやだから、重要なのはそこじゃなく―――って、あれ? 何かおかしくない?

「……う? 今の変じゃないですか? まるで私が団長を倒さなきゃいけないみたいに聞こえましたけど」

「そう言った。嬢ちゃんがおっちゃんを倒せたら、誰かと付き合うのを認めてもいい。だけどおっちゃんを倒せるまでは駄目だな」

「何その越えられない壁! お付き合いのハードルが高過ぎる! てゆうかそういうのは相手の男に言ってよ!」

 抱き上げた私を腕に乗せ、当たり前だろ? みたいな顔で団長が訳分かんないこと言ってんだけどどうしよう。

 だからそこは普通『娘分と付き合いたければ俺を倒せ』って相手の男に言うべきなんじゃないの? なぜ私が団長の屍を越えてゆかなくてはならないのか。激しく間違ってると思うよ。


「……嬢ちゃん、相手の男がいるのか?」

「え、いると思う?」

「こんなに可愛いんだから相手の一人や二人―――どいつだ。すぐに殺ろう」

 いえ、団長のそのご意見は親の欲目的なアレです。ウチの家族並みに団長の親馬鹿が進行している。感染する病こわい。

 そしてなぜ皆して相手が一人や二人って言うのか。一人で充分じゃね? それとも私ってそんな浮気者に見える? あと、未だ見ぬ私のお相手が命の危機っぽいんだけど……まぁそれは重要じゃ無いか。そんな相手いないし。でも殺気は抑えて欲しい。

「相手なんていないよ。でも、もしそういう相手が現れたとして、こうやって団長やお兄ちゃんたちに抱っこされてたら、引かれちゃうかもしれないでしょ? だからもう」

「そんな事で引くような奴は嬢ちゃんに相応しく無いから引いてくれて結構だ」

 団長のノンブレスの言葉が私の要望をぶった切り、最後まで言わせてもらう事は叶わず。

「寧ろ、こういうスキンシップはいつか現れるかもしれない相手への良い試金石になるだろう。ははっ、丁度良かったな」

 そして謎の理屈により、抱っこからの卒業という願いも叶わなかった。


 なんて日だ。



******



 そんな小話のあった数日後、サイラス師匠の指導による訓練(途中でちょびっとだけルナ王子を相手にした(しばいた))を終え、帰宅しようとした私の目に映ったのは、練兵場正門外のほど近くに付けられたシックで立派な馬車。

 ……あの馬車の紋章、見覚えがあるなぁ。お城に用事かな? ……うーん、どうにも嫌な予感がする。ここはひとつ、逃げておくべきかな?

「小娘? 帰るのではなかったのか?」

 正門にくるりと背を向けた私に、“打倒シーデ”を目指し訓練に励んでいるイノシシから声がかかった。地道に努力を重ねる姿は好ましいものだが、しかし倒されてやる予定は無い。友達でもそこはシビアだよ。

「ええ、ちょっとその、いつもと違う方向から帰ろうと思いまして」

「は? 何故だ?」

「一身上の都合です。ではまた」

 笑顔で挨拶をし、ささっと別の出入り口へと向かう。イノシシに不思議そうな顔をされたけど、今は構ってられない。気付かれる前に逃げよう。


 さっさかと足を動かし、そうして別の門から無事脱出、と息を吐いた私の左腕をガシッ! と確保してくれたのは、“嫌な予感”に仕える忠実な執事であった。

「シーデ様、お待ちしておりました」

 どうやら門の陰に潜み、私が現れるのを待ち構えていたらしい。

 私の行動が読まれていた、だと……?!

「わあ、シュラウトスさんだあ。偶然ですねえ。では私はこれで」

「ふふ、逃がしませんよ」

 胡散臭い笑顔を振りまき逃げようとする私に対し、完璧執事笑顔パーフェクトバトラースマイルで逃がすものかと私をぐんぐん引っ張り練兵場へと逆戻りさせてくれるシュラウトスさん。細身の老紳士のどこにこんな力が……!

「やだなあシュラウトスさん。私、今日の訓練は終わったんですよ。もう帰るところだったんです」

「ええ、存じておりますとも。ですからこうして連行……拘引させていただいているのですから」

「あはは、言い直した言葉の方が聞こえが悪くなってますよ?」

「敢えて、でございます」

 互いに笑顔で会話を交わしているが、にこやかなのは顔面だけで、そこから下は必死の攻防が繰り広げられている。

 私は全力でその場に留まろうと足を踏ん張っているし、シュラウトスさんはそれをものともせずズルズルと引きずって―――あれ? 必死なのは私だけ? そんなまさか。



「小娘? 何故戻って来た? というか、何をして……いや、何をしたのだ?」

 やあイノシシ、ただいま。

 “執事に引きずられる小娘”という世にも奇妙な光景を呆気に取られたように見ている我が友。そんな彼にひとつ言いたい。

「ねえ待って。何で私が何か仕出かしたって前提で話すの?」

 不本意な気持ちが具現化して、思わずタメ口になっちゃったよ。

「何も仕出かしていない人間は、そのように引きずられる羽目にならんだろう。あとは、日頃の行いを振り返ってみれば自ずと答えは出るのではないか?」

 私の手を掴んだまま歩みを止めたシュラウトスさんと、礼儀正しく目礼を交わしつつ、そんな事を言ってくる。これは確実に外見で判断されたな。何もやらかしてないのに連行されてて、それなのに何かやらかしたんだろうと断言されるこの悲しさときたら。

 そして、振り返ったところで日頃の行いに問題点は見つからないよ!


「私の日頃の行いは良い方ですよ? 転んで泣いてる女の子がいたら助け起こしてあげますし、重い荷物を持ったお嬢さんがいたら代わりに運びますし、産気づいたご婦人がいたら医者を呼びに走りますし、道に迷ったおばあちゃんがいたら案内しますし」

 女性には褒めて優しくすべし、ってのがウチの家庭の常識だからね。

「男には」

「道に迷ったおじいちゃんがいたら案内しますし」

「この街の迷えるご老人の多さに驚きを隠せんが、そうでは無く、ご老人以外の男には」

「自分で何とか出来るでしょう?」

 転んで泣いてる男の子がいたら逞しく育てよって思うし、重い荷物を持った青年は私に手伝われたら屈辱だろうし、産気づく紳士はきっといないだろうし。

「男女の扱いに明確な差があるな」

「誰でも彼でも助けるようなお人好しじゃありませんから、私」

 女性に優しくってのも、出来る範囲でだしね。

 見知らぬ女性と父さんが同時にピンチに陥ってたら、欠片も躊躇わず父さんを助ける。誰かを切り捨ててでも、自分にとっての大事なものは譲れないし揺らがない。そこに迷いは無いよ。

 そう言うと、イノシシは心持ち微妙な顔をしつつも、「……全てを守れる人間などおらんからな。己の中に優先順位があるというのは、まあ分かる」と頷いた。

 ふっ、安心してくれたまえ友よ。あなたも既に私の守りたい人の内だ。絶対に守ってみせる。

 ……あれ、今のちょっと格好良くない? 具体的に何から守るのかは一切考えてないけど。イノシシ、敵とかいないのかな? 守るよ?


「では、そろそろ参りましょうか」

 イノシシと会話をエンジョイしている間、口を挟む事も無くわざわざ立ち止まり待っていてくれたシュラウトスさんがそう腕を引く。

 ……じゃ無かった騙された。待っててくれた訳じゃ無いわ。むしろ私を連れ去ろうとしてる側だし。ずっと腕は掴まれたまんまだったわ。

 咄嗟に自由な方の手を伸ばし、イノシシの服を掴む。

 驚く彼をひたと見据え、「後で全力の感謝を捧げますから、助けてもらえませんか? 何なら奉る勢いで崇めさせてもらいますから」というプライドもへったくれも無い救助要請をした。

 さっき脳内で『あなたを守るよ』宣言したばっかだけど、今だけは私を守っていただきたい。プライド? なにそれ美味しいの?


 私の言葉を受け、イノシシはちらりとシュラウトスさんを一瞥。

 そうしてひとつ頷くと、視線を私に戻し、こう言った。

「ふむ。俺は奉られたくも崇められたくも無い。よって放置だ」

 うおお友よ! 見捨てるとは何事だ!

 私の荒ぶる心中を感じ取ったのか、イノシシはにやりと笑って付け足す。

「俺もお前と同じく、誰でも彼でも助けるようなお人好しでは無いからな」

「前言を逆手に取られた! いつの間にそんな小狡い技を利かせられるようになったんですか?! イノシシが汚れてゆくー!!」

「柔軟になったと言え、馬鹿者。ではな」

「え、しかもホントに放置?! うわーん、イノシシなんか嫌……好きだーっ!」

「何故言い直した?!」

「嘘は吐けませんでした。普通に好きです。ずっと友達でいてください」

「そっ、そういう事を口に出すなっ! この大馬鹿者がッ!」

 私の頭を(はた)き、顔を赤くしてぷりぷりと怒りながら友は去って行った。あの怒りは照れ隠しに決まってる。現に、叩かれた頭はちっとも痛く無い。毎度の事ながら手加減が絶妙だ。

 友よ……どうせなら去る前に助けて欲しかったよ……。

 うなだれる私に、隣の執事が堪えきれず吹き出していた。




 友に見捨てられた悲しみを乗り越えられないまま、牽引されるに任せ正門から出た私は、予想通り立派な馬車の横へと連れて行かれた。

 ここから何が出てくるかなんて、もう察している。オルリア先生や姉様で無い事は確かなので、消去法で一人しかいないのだ。先生や姉様だったら、私から見えないよう馬車の中で待ち構えるなんて事はしない。顔を覗かせて手ぐらい振ってくれる。そうすれば私はすっ飛んで行くもの。

「やあシーデ、久しぶりだな」

 予想を裏切る事無く、馬車の扉を開け放ち颯爽と登場したのは、オルリア先生の兄様だった。何の意外性も無い。

 兄様だと私は若干逃げ腰になるから……それを理解していて姿を見せなかったんだろう。姿を見せない時点で誰なのか見え透けてたから、バレバレである事に変わりは無いんだけど。

「お久しぶりです。では私はこれで」

 ナチュラルに立ち去ろうとしてみるが、シュラウトスさんに掴まれた左腕はびくともしない。

 我に眠りし火事場の馬鹿力よ、今こそ解放の時! ……とか思ってみても何の力も解放されやしないわ。切ない。

「何を言っているんだ。1ヶ月ぶりに帰国したから、食事にでも連れてってやろうと思って来たのに」

「遠慮します」

「水臭いな。遠慮なんかしなくて良いんだぞ?」

「では遠慮なく。行きたくありません」

「いや、言葉は遠慮してくれ。刺さる」

 面倒な人だな。

 良い人ではあるけど、ちょいちょい連れ回されてて警戒心が仕事しちゃうんだよね。どうやら、私がクランツさんの店の販売方法に関わってるって知られたのがマズかったみたいで……兄様が経営する宝石店に連れて行かれ、「君が思うこの店の改善点はどこだ?」とか聞かれたりした。耳を疑ったわ。私に妙な期待を寄せないでくれ。経営の心得なんて無いから。


「久しぶりに帰国したんなら、私じゃなくってご家族と過ごしたら良いじゃないですか」

 だからホラ、帰ったら? という副音声を響かせながらお勧めしてみる。可愛い妻と美人な妹が家で待ってるんでしょ? この果報者め。

 1ヶ月ぶりなら話す事もいろいろとあるだろうし、家族団欒を満喫したら良いじゃないですか。何で赤の他人を誘いに来るんだ。

「いやそれが……二人はアレだ、その、……何でも、仲の良い女友達と女子会があるからと……我が家で」

「追い出されたんだ?」

「予定より1日早く帰ったら、今日はウチで女子会があるのよ困るわ男子禁制なのよって言われて」

「追い出されたんでしょ?」

「俺、当主なんだけどな……」

「追い出されたんですよね?」

「まぁ、早く言えばそうなるな」

「遅く言っても同じですよね、きっと」

「頼む、今日は優しくしてくれ」

 面倒な人だなホントに!


「せっかく帰国したのに、一人で晩飯ってのも侘しいし。かといって急だから友人達も都合が付かないだろうし……」

「ほう、つまり私なら暇だろうと思われたって事ですね?」

 思わず目を細め睨み付けると、シュラウトスさんから「レディがそのような顔をしてはいけませんよ」とたしなめられた。くそ、顔面規制が厳しい。

「私にも予定があるんです。今日はお使い頼まれてるし」

 だから、馬車を見て嫌な予感満載だったにもかかわらず、転移で家に帰ることはしなかったんだよ。お使い先は家とは逆方向だからさ。

 しかし、嫁と妹に追い出された寂しんぼな兄様に死角は無かった。

「大丈夫だ! それは俺が終わらせておいたから!」

「詳しく」

「シーデを誘いに(パン屋)に行ったら、母君が『今日は騎士団に行っているのよ♪ 帰りにお使いを頼んであるから、遅くなるんじゃないかしら?』と仰っていたから、代わりにお使いしてきた。ついでにシーデの分の夕飯は必要無いと申請してきたぞ」

「私の晩ご飯がキャンセル済み! 周到! 違うそこじゃなくて、何で伯爵様がお使い行ってんですか?! しかも我が家の!」

「キャンセルだけじゃなく、ちゃんと店に予約も入れておいた」

「わぁ手際が良い。……予約が必要なお店って、確実に場違いじゃないですか! 平民の少女が行ける所じゃ無い予感!」

「人気のある店だから予約が必須だっただけだ。そこまで畏まった店じゃあ無いから平気だろう」

「お店に対する評価が、私とは絶対に食い違ってると思う……」

 ちょいちょい連れ回された際、何度かお昼をご馳走になった事もあるが、予約が必要な程の店は初めてだ。伯爵様である彼は畏まらずとも、私のような小娘は畏まらざるを得ない華々しい高級店である可能性が高い。そう容易く察せてしまい、思わず遠い目になった。

「お、その目はもしや、そろそろ諦めたかな?」

「ああ、“喜んでお供する”じゃなくって、“諦めて連れられていく”待ちなんだ……」

 強気なんだか弱気なんだか分からない作戦だな。

「まぁ自宅での夕飯をキャンセルされちゃってますし、諦めたと言えば諦めたんですが。さすがに訓練後の騎士見習い服ではちょっと……汚れてますし」


 だから一旦帰って着替えを、と続けようとした私を目で制した兄様は、馬車からひょいっと紙袋を取り出すと、得意げな顔で笑った。

「安心してくれ。そう言うと思って、着替えも持ってきた」

「重ね重ね周到!」

 ほら、と差し出された紙袋を、ようやく解放された両手に乗せられた。袋の口は折られ閉じられているけど、着替えにしては妙に嵩張っているし、意外と重みがある。下着から服から一式持ってきてくれたのかな? 用意してくれたのは母さんだろうけど、まぁ閉じてあるし、兄様もわざわざ覗くような事はしてないだろう。

 ……にしても、紙袋がでっかい気がするなぁ。

「見習い服で無くても、私の服じゃあ浮きまくるんでしょうね……」

「意外と心配性だな。問題無いって」

「うー、じゃあ着替えてきますから、ちょっと待っててください」

「分かった。ああそうだ、一通り全部使ってくれな?」

「は? 何をですか?」

「見れば分かるさ。楽しみに待ってるからな!」

「? はぁ、では後程」



******



 着替える前に、と手と顔をばしゃばしゃ洗い、そのまま練兵場隅の食堂へ向かう。

 夕食の準備で忙しそうな料理人さんたちに、「ちょっと二階借りまーす」と一声かけ、階段を駆け上がる。上ってすぐの木の扉を開き、ごちゃごちゃと荷物の積まれた物置部屋の中へ。

 取っ手しかないそっけない扉をパタンと閉め、左手に並ぶ二列の棚の間で着替える事に。前からも後ろからも物が取れるオープンな棚だけど、みっしり物が詰まっているから、万が一誰かが入室してきても見えやしないだろう。……これはフラグじゃ無いよね? 口に出してないからセーフだよね?

 物の出し入れがそれなりにあるのか、もしくは定期的に掃除されているのかは知らないが、特に埃っぽかったりはしなかったので、手近な木箱の上に紙袋の中身を取り出し置いていく。

 ああ、タオルまで入ってるよ。これで体拭えって事か。至れり尽くせり…………ん? いや、ちょっと待とうか。これ準備したの母さんじゃ無いな? というか、私の物ですらないぞ。でもサイズはピッタリそうなんだけど。


 まったく見覚えの無いワンピースと薄手の羽織りもの。髪紐の代わりに使うのであろうリボンやサンダル、下着類。そして極め付けが、それらの下で綺麗な箱に入れられていた化粧品の類。

 これらはもしや……サプライズ誕生日プレゼント? うわー、有り得る。突発的に買ってきたにしては、私のサイズが把握されてるのがおかしいし。特に兄様には分からないだろう。けど、オルリア先生や姉様がグルなら可能……下着類まであるから十中八九グルだろうな。ああ、嵌められた。


 してやられた! と悔しく思う反面、本当に周到だな、と感心もする。

 落ち着いて考えてみれば、私が今日は店に居る日では無いと知っていたはずなのだ。騎士団で見習いとして訓練している事は話してあるし、それを知っている兄様は直接ここに来れば良かったのに、わざわざ私の家に行っている。

 そうしたのは、 “一度家に行った事により、兄様の持ってきた着替えが私の家族に渡されたものであると錯覚させる”というのが目的、かな? しゃれっ気も何も無い紙袋に入れてあるのも、その錯覚を増長させるための手段なんだろう。

 実際に家に行ってなくても、帰らない限り私に事実は分からないのにね。あ、私の夕飯をキャンセルするって目的もあったからなのかな。そんなの使用人さんにでも任せれば……ああ、兄様アクティブだからなぁ。金も行動力もある伯爵様って厄介だ。

 “訓練終わりの私”を“予約が必要な程度の店”へと誘う事で、着替えなくてはいけないと思わせ。そして私は見事騙され、受け取った。この分だと、姉様や先生に家から追い払われたってのも作り話だろう。

 これは騙された私が単純なのか、それとも兄様たちが策士なのか。プレゼントを受け取らせるためだけにここまでするのか。サプライズって奥が深い。

 ……ここまでされたら、受け取るしかないじゃない。意固地になって突き返したら感じ悪過ぎる。そういうとこまで読んでるんだろうなぁ。



 感心すると同時にいろいろと諦め、一旦タオルだけを持って階下へ下りる。

 厨房でそれを湿らせて二階へ戻り、こうなりゃヤケクソだ! と豪快に脱衣。訓練時には巻いているさらしも解き、潔く全裸で体を拭く。羞恥心? 人目の無い場所でそんな機能は作動しませんよ。

 年齢と共にまな板では無くなってきた私は、動く時にはさらしを着用している。年相応のサイズだから邪魔って程では無いんだけど、やっぱり体を動かす時は真っ平らの方が動き易いし。

 しかし顔が並で胸も並とか、実に面白味に欠ける。いっそ貧乳だったらラクだしネタにもなったのに。あ、巨乳は嫌。巨乳は見て愛でる派なんです、私。自分にあんな重装備は絶対要らない。



 そんな益体も無い事を考えながら体を拭き終え、おニューの下着を身に付けたところで―――音がした。


 扉の開く、キィッという音が。


 え? と思う間もなく、「シーデ? 居るのか?」という師匠の声が……ってうおおおおいちょっと待てえええええ!

「居ます! けどちょっと待っ」

「ここか―――っ?!」


 残念ながら、急いで上げた制止の声は間に合わず。

 師匠が、ひょいっと棚の角から顔を覗かせ。





 み ら れ た。




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