シーデの恩返し―師匠と魔剣withイノシシ騎士―
食事に満足してくれた団長たちが、お礼と称し代わる代わる私を抱き上げ、更に満足なさって食堂を後にした。
居合わせた騎士や料理人さんたちが生温い目でこちらを見ていたが、恥ずかしい思いをしたのは私だけで、抱き上げた側の三人はどこ吹く風のようだった。メンタルが強過ぎない? うらやましい限りだ。
ま、それで団長たちが満足なら良いんだけどさ……本気でそろそろ抱っこは遠慮したい気が……抱っこされちゃうサイズな私に問題があるの? 毎日飲んでる牛乳のパワーはどこに消えてるんだろう? しっかり食べてバリバリ運動して、これでどうしてマッチョにならないのか。我ながら不思議で仕方無い。
遠い目をする私に、団長たちと入れ替わりでやって来た師匠とイノシシが「何かあったのか?」「また団長に叱られたのではないか?」と声を掛けてくる。イノシシはナチュラルに失礼だな。
そんな彼らにも、まだ余っている私の手料理を勧めてみると、「……食えるのか?」なんて更に失礼な発言が返ってきた。当然、この発言はイノシシのもの。師匠は優しいからこんな事は言わない。……思ってたとしても黙っててくれる人だもの。思われてるかもしれないという可能性までは否定しきれないのが切ないけど。
「団長たちも食べてくれましたから大丈夫ですけど、嫌だと言うのを無理にはお勧めしませんよ。普通に料理人さんたちが作った食事もありますし」
「い、嫌だとは言っていないだろう」
今日もツンデレ香る発言をありがとう、友よ。癒された!
******
食事を終えた師匠とイノシシに少しだけ待っていてくれるよう頼み、食堂の二階から二本の剣を持って来る。
私の短剣がデビュー戦だったという事はつまり、師匠とイノシシに贈る剣も完成していたという訳で。熊の陰に隠して持ち込んだものを、ここの二階に置かせてもらっていたのだ。本日二つ目のサプライズは成功するだろうか? まぁイノシシは事前に知ってるんだけどね。今日渡すって事は言って無いけど。
「二人とも、これをそれぞれ持ってください」
「シーデ? これは?」
「あ、柄を握って剣先を下にしてください。そうですそうです、そのまま持っててくださいね」
質問には答えず、席を立った二人にそれぞれ剣を持ってもらい、剣先を下に向けさせる。すると、上にした柄の頭部分に丸い窪みがあるのが分かる。私は取り出した二つの球体をそれぞれの剣の窪みへと当て、「じゃあ、いきますよー」という気の抜けた掛け声と同時にそれらを押し込んだ。カチリと球体が嵌り込むと、二人から「うわっ」「何だ今のは?!」という驚きの声が上がった。
「どんな感じでした?」
「何か、こう、ぞわっと、いや、ずわっと……?」
どう表現したものか、と困惑している師匠に対し、イノシシは「魔力を吸われたぞ?! どうなっている?!」と声を荒げる。
師匠は魔法はそこまで使えない程度の魔力らしいけど、イノシシはある程度使えるぐらいには魔力があるらしいから、そこに感覚の違いがあるんだろう。……私には一生かかっても理解出来無い感覚だけどな。けっ。
「魔力を吸われたんなら成功ですね。これでその剣はそれぞれ、師匠とイノシシにしか使えないものになりました。日頃の感謝を込めて、弟子として、そして友としての贈り物です。気に入ってもらえたら嬉しいです」
「待てえええええいっ!」
朗らかな笑顔と共に、プレゼントだよ☆と言ったのに、なぜかイノシシから物言いが。よく叫ぶ人だなぁ。師匠は落ち着き払ってるってのに。
「お、お前、これ、これはっ」
「ん?」
「こっ、こっ、この剣はっ」
「ああ、あなたに連れてってもらった鍛冶屋で作ってもらったものですよ? 師匠の剣は、作ったというか柄部分を改良してもらっただけですけど……元が良い剣らしいので、それで充分だろうって鍛冶屋の親父さんは言ってました」
「そうでは無い! お前、これは、魔剣ではないのか?!」
「そうですね。魔核を嵌め込んだので、魔剣になりましたね」
私が二人の剣に嵌め込んだ球体は、一般に魔核と呼ばれる物。
魔核とは、魔獣の体内に存在する不思議な球体の名称である。魔力を持ち過ぎた獣の総称が魔獣であり、その持ち過ぎた魔力が球体として魔獣の体内に存在する……とか何とか言ってた。いや、細かく説明してもらったけど、大体は聞き流したから。まぁ大雑把に言うと、魔獣の体内には謎の玉が在る! って事らしい。それだけ分かってりゃ良いでしょ。興味無い部分まで聞いてらんないよ。
以前、熊と間違えて狩ったブラックベアーを冒険者ギルドに持ち込んだときに、わざわざ解体後に何やかんやと説明をしてくれたのだ。その上で、これは買い取っても良いのか? などとひとつずつ確認してくれたのだが、その中で二つ、結構な高値が付いたのがこの魔核だった。
ブラックベアーには一頭につき二つ、眼球の裏側に魔核が存在するらしいが、これが無傷で市場に出る事は滅多に無いという話だった。理由は、ブラックベアーが固すぎる点にあるらしい。体表が固すぎて、弱点が眼球ぐらいしかないそうで、よっぽどの魔法使いでもない限り弱点である眼球を突くしか倒す方法が無く、そうするとその裏側にある魔核にも傷が入る―――下手すると粉々にされている事が多いとのこと。
傷かぁ。そんなの付きようが無いよね。だって私、眼球狙って無いし。首チョンパしちゃったからさ。
だから、私の持ち込んだブラックベアーから取り出された魔核が傷ひとつ無い逸品で、ギルドの職員さんが小躍りせんばかりに浮かれていたので、そんなにレアなら売るのやーめたっ、とキャンセルした時にはマジ泣きされたけど知らぬ。
別に意地悪とかじゃ無く、魔核というのはいろいろと使い道があると教えてもらったからキャンセルしたんだよ。教えたあの職員さんのミスだよ。私のせいじゃ無いよ。
尚且つ、魔獣の種類によって異なる魔核であるが、ブラックベアーの魔核は武器防具に最適だ、なんて聞いちゃったら、そりゃあ売らないに決まってる。自分の剣に取り付ける気満々でしたとも。
……そう、自分の剣に付けたかったのに。魔核付けた剣でパワーアップひゃっほーい! とか思ってたのに、付けられなかった。いや、正しくは、私の剣に付けても何の意味も無いと知ってしまったんだよチクショウ。
ブラックベアーの魔核を取り付けた武器防具は、取り付けた瞬間にその武器なり防具なりに触れていた人間の魔力を吸い出し、その魔力の主を持ち主と定める。
そして、持ち主以外の人間には扱えない代物となる。持ったり手入れしたりするのは可能なんだけど、使う事は出来無いんだって。そうした剣を魔剣と呼ぶ……って、鍛冶屋の親父さんに教わった。イエーイ、付け焼き刃の知識イエーイ。
なので、鍛冶屋にしろ武器防具屋にしろ、そういったタイプの魔核は取り付けまではしない。魔核の形状に合わせた窪みだけ作り、魔核の嵌め込みは持ち主本人にやらせるのが普通だと言っていた。
今回は私が嵌め込んだが、それはひとえに私に魔力が一ミリも無いから可能だっただけ。吸い出される魔力が存在しないから、持ち主認定されようが無いっていうね。
別に本人たちに嵌めさせても良かったんだけど、私はこの嵌め込む儀式をやりたかった。うふふ、ほーらこれで完成だよー、みたいな気持ちだったんだよ。式典でテープカットする人の気持ちというか、酒樽の蓋を割る人の気持ちというか、そんな感じ。分かる人には分かるだろう。
まぁ、つまりはそういう事で……魔力ゼロの私は、イコール、魔剣の主にはなれないという事に他ならない。
私の剣に魔核を取り付けたところで、吸い出す魔力が無いから無意味。それどころか、その剣に他の人が触れた時点でアウト。だって私以外の人は大なり小なり魔力を持ってるから、触った人が持ち主認定されちゃう。なにその浮気な剣。
私というものがありながら他人に身を任せるなんて……ッ! っていう剣と私の昼メロ的展開は需要が無いので却下します。
あぁ、まさか魔力無しの弊害が剣にまで及ぶとは思わなかった。つらい。近々またルナ王子でもしばいて憂さを晴らそう。
「お前は阿呆か?! 正真正銘の阿呆なのか?! こんな高価な物、受け取れる訳が無かろうが!」
“正しい王子様のしばき方”を考えていると、イノシシが怖い顔で突っかかってきた。阿呆って言葉は引っかかるけど、まぁそれは置いといて。
「だから、加工費しかかかってないんですってば」
「お前がどれだけ身銭を切ったかが重要なのでは無いわ! 完成品が高価過ぎて受け取れんと言っているのだ!」
「えー、わがままー」
「誰が我が儘だッ!!」
「また叫ぶ……ちょっとは師匠の落ち着きっぷりを見習ってくださいよ」
「あれは落ち着いているのでは無い! ただただ愕然とし過ぎて声も出んだけだ!」
そう言われ師匠を見ると、手にした剣を呆然と見つめ言葉を失っているようだった。なんだ、落ち着いてた訳じゃ無いのね。びっくりし過ぎちゃってるだけなのね。
って事はアレだ。
「サプライズ、大・成・功!」
片手は腰に、もう片手は目いっぱい前に伸ばしてビシッと全力のVサインをキメると、「頼む、待ってくれ……」と師匠から疲れたような声が絞り出された。
お疲れっぽい師匠も気になるけど、それよりも私の『待て』と言われる率の高さが気になる。私、犬じゃ無いんだけどなぁ。
「どうして突然贈り物なんて……それも魔剣……。君は、これがどれだけ価値のある物なのか、理解しているのか?」
「突然なんかじゃ無いですよ? 前に言ったじゃないですか。『近々別の方法で感謝の気持ちを表します』って。ちょっと遅くなりましたけど、ようやく実行に移せました」
もっと早く実行すべきだったのに、図書館通いに時間を取られて、なかなか鍛冶屋に行けなかった。行ったら行ったで、親父さんが変なカスタマイズしないよう足繁く通って見張らなきゃいけなかったし。予想外に時間を食っちゃったよ。
「本気で実行に移すとは思ってもみなかった……。あの時、もっとしっかり止めておけば良かったのか……」
「サイラス、これが止めて止まるような生き物だと思っているのか?」
「やだ、イノシシの私に対する理解が深まってる。友情ってすごい」
「喜ぶな!」
「じゃれ合うのは後にしてくれないか……」
深い溜息と共に、よろりと椅子に座り込む師匠。どうやら本格的にお疲れのようだ。騎士団の仕事だけじゃなく、王子のお守りまでさせられてる彼の忙しさは計り知れないし、きっと肉体的にも精神的にも大変なんだろう。ファイト。
「師匠、元気出してください」
「……君が何もしなければ俺は割と元気だ」
自分より低い位置になった師匠の肩をポンと叩き労わると、少し恨めし気な目で見上げられた。師匠の上目遣いとか、新鮮。これが美少女だったら文句なしにハートを打ち抜かれたんだけどな。惜しい。
尚、師匠の発言はきっと私の空耳だろうと思われるので受け流しておく。師匠のお疲れの原因が私だなんて、そんなはずは無い。無いったら無い。
「贈り物をしてくれようとしたその気持ちは嬉しい。しかし、度を超えた贈り物は互いに負担でしかないと思わないか?」
目線で座るようにと促されたので、素直に隣の席に腰かけ椅子ごと師匠に向き直ると、彼は軽く眉間を揉みながらそう問い掛けた。
度を超えた贈り物……何か記憶にあるな、そのフレーズ。
しばし脳内検索をかけ、ピコンとひらめき「あ、その言葉、前に……」と呟けば、「言われた事があるのか? 以前にも? ……学習能力が無いのだな」と途中からイノシシに引き継がれた。間違ってるけど。激しく間違った方向に引き継がれたけど。そして最後が失礼。
「二重の意味で違います。師匠が言ったような事を、昔私も言った事があるなぁと思い出しただけですよ」
何歳の誕生日だったか忘れたけど、オルリア先生の兄様が宝飾品をプレゼントしてくれようとした事があった。その時に何やかんやとお説教した中に、似たようなフレーズがあったな、という記憶だ。
「確か、『過ぎた贈り物は重いし引く』って言ったような気が……」
そして兄様が涙目になってたような気がする。嗚呼、懐かしき思い出。
「自分が人に注意した事を、何故人にするのだ、お前は」
師匠の横で、立ったままのイノシシが呆れたように私を見下ろしている。
彼はどうも、私を威圧するためには立ったままの方が良いとの判断から座らないらしい。なぜ友人を威圧しようとするのかと問い詰めたい。そして別に、威圧はされない。だって普段から騎士たちには見下ろされてるからね……身長……カモン身長……。
「ですけど、平民の女児に本物の宝石を首からぶら下げとけっていうのと、騎士に剣を使ってっていうのは、全然違いますよね? だから、私がその注意をした時と今回とは趣旨が異なると思います」
「宝石? プレゼントされそうになった事があるのか?」
「はぁ。もちろん回避しましたけど」
「君の家族は少し、君に甘過ぎるんじゃないのか?」
「パン屋というのは儲かるのだな」
「あ、家族からじゃ無いです。他人からです」
二人ともが過去のプレゼント話を家族からのものだと思ったらしく、師匠はやんわりとした苦言を、反対にイノシシは感嘆の声を上げていたので、一応訂正。ウチの店は繁盛してるから、儲かってるってのは間違いじゃ無いけどね。
「他人からだと? 小娘、お前は誰に貢がせているのだ?」
「人聞きが悪い! 貢がせた事なんてありませんし、私の容姿では今後もその予定は成り立ちませんよ!」
自信たっぷりに言い切ると、耳をそばだてていた食事中の騎士たちから哀れみの視線が集まった。
あの、同情してくれなくて良いんで。容姿が並みな事に不満は無いよ。いざという時には、化粧で文字通り化ければ何とかなるだろうし。前世で井上の姉ちゃんに仕込まれた化粧技術は、今も私の中に残っているハズ。
「君は可愛いと思……いや、まぁその、過去の話は置いておくとして」
さらっと褒め言葉をぶっ込もうとしてきたあたり、師匠は内面も男前だな。途中でむにゃむにゃと濁しちゃったけど。別に弟子に気を遣わなくても良いのにねぇ。
軽い咳払いで誤魔化そうとしている師匠を、イノシシが信じられないものを見る目で凝視している。彼は真っ直ぐ過ぎて、お世辞とか言えなさそうだもんな。それぐらいさらりと言えなきゃ、男前への道は遠いよ?
「それで、この魔剣だが。受け取る事は出来無い」
きりりと表情を引き締めた師匠によって、半ば強引に本題へと戻された。もう本題なんて忘れて、黙って受け取ってくれれば良かったのに。
「そう言わずに、貰ってください。気持ちですから。使い心地がお気に召さなければ、壁に飾っとくとか、そういう方向でも構いませんから」
鍛冶屋に通って見張った甲斐あって、二本とも世にも恥ずかしいカスタマイズは施されて無い。それどころか、豪奢では無いもののスッキリとした装飾が施されていて、実用品としてももちろん、オブジェ的に壁に飾るのにも良い見栄えに仕上がっている。
「気持ちと言うには、魔剣は高価過ぎるだろう。―――お前も、鍛冶屋に連れて行ったという事は、シーデが何をしようとしていたのか知っていたのか? 何故止めなかった?」
「言っておくが、魔剣にするつもりなどとは知らなかったぞ。ただの剣だと思っていたから、止める必要を感じなかったのだ」
「ただの剣だとしても、だ。材料費に加工費……剣一振りを作るには、相応の金銭が必要になるだろう」
「小娘曰く、材料費はかかっておらん。手持ちの素材で賄えると聞いていた」
「これだけの剣を作るのに、手持ちの素材で賄えたのか? シーデは一体何を所持しているんだ」
「鍛冶屋の親父がレアだと喜ぶ程度の物だったぞ。特にお前に渡されたその剣は、相当珍しい物らしい」
「何故そんなに珍しいものを他人にほいほい渡す……」
「小娘の行動など俺には理解出来ん。―――それで、費用の件に戻すが。加工費だけならば目の玉が飛び出る程の額になる訳では無かろう」
「目の玉が飛び出る程では無いにしろ、決して少額では済まない筈だ。お前は少し、金銭感覚が人とは違う事を自覚した方がいい」
「……そこまでずれているつもりは無いのだが」
「俺が知る限り、少なくとも一般的な平民とは大幅にずれが生じているぞ」
「小娘に『一般的』という言葉が当てはまるのか?」
「……」
師匠、なぜそこで押し黙るの。
私はちょっと前世の記憶があるだけで、それ以外は普通の平民だというのに。
「ところで、お前は何故部外者のように呑気な顔で果汁を啜っているのだ」
「あ、これジュースじゃなくってゼリーなんですよ。イノシシも飲み……食べます?」
「要らん。飲み……食いかけを寄こそうとするな。そして論旨をずらすな」
私を置いてけぼりにして二人が熱く意見交換を始めてしまい、その隙を付いて料理人さんがそっと差し入れてくれた、グラスに入ったゆるゆるの林檎ゼリー(ストロー付き)をちるちると吸い上げてたら注意されてしまった。てへ。
ちるっとゼリーを最後まで食べきった私は、本腰を入れて師匠とイノシシを丸め込むことに。
唸れ私の口車! と言葉を尽くし懐柔……じゃなくて説得していると、周囲の騎士たちからも「観念して受け取ってやれよ」「慕われてて良かったじゃないか」「つーか受け取るまで諦めねんじゃね?」「しつこそうだもんなぁ」というフォロー……いや最後のはフォローじゃ無いな。誰だ言ったの。誰か知らんがお話し合いが必要だな。
……まぁとにかくそういった口添えもあり、だいぶ二人の気持ちが傾いたみたいだった。皆さん、この御恩は忘れません。最後の奴以外な。
じゃあそろそろ攻め方を変えてみるか、と今度は二人にストレートな好意をありったけぶつけてみる作戦に移ると、先にギブアップしたのは意外な事にイノシシの方だった。
「分かった、分かったからもう止めろそれ以上言うな……っ!」
ツンデレな彼は、真正面から賛辞やら好意やらを伝えられ過ぎると照れが発生するらしかった。真顔で言ったのも良かったのかもしれない。「いたたまれん……」と手で顔を覆っちゃったよ。乙女か。
そんな彼の姿に、君とは一生友達でいたいよ大事にする、と固く決意。絶対に逃がさないぞ。
師匠の方もあと一押しというところまで漕ぎ着けたので、いっちょ手早い作戦に踏み切る事にして。
泣いた。
といっても、あくまで”涙目”の範疇だけどね。
「尊敬する師匠が、もっと強くなったら嬉しいなぁって思って……だからぜひ剣を受け取って欲しいんですけど……」
どうしてもダメですか? と涙を湛えた目で見上げると、師匠は若干たじろぎ、助けを求めるように視線を彷徨わせた。
ぃよしっ! こうかはばつぐんだ!
嘘泣き技術を仕込んでくれたばーちゃんズには感謝しかない。そして残念ながら周囲の騎士たちは私を援護してくれてるみたいなので、どんなに見回しても助けは現れないよ。諦めて。
師匠に強くなってもらいたいってのは紛れもない本音だ。魔王駆除に向けてパワーアップしてもらうってのは良い事だろう。
ま、本音を含んだ建前でもあるんだけど。
一番重要なのは、私が狩ってきた魔獣の魔核を付けた剣を師匠に使ってもらうって事。そうすれば、今後私がもしまた魔獣を狩ったりしてもお説教がしづらくなるだろうという魂胆さ! あっはは、見よ、この小賢しさ!
そんな打算にまみれた心は欠片も外に出さず、更なる追い打ちをかけようと師匠の片手を取り、両手で包んで自分の胸の前で押し抱く。
今にも溢れていきそうな涙目での上目遣いは継続したまま、彷徨っていた視線が再度こちらに向けられた瞬間、「師匠、もらってくれますよね? ……ね?」とあざとさ満点でごりっごりにごり押した。これぞ THE・力技(非物理)。
ふふん、この技は前世で幸也の妹ちゃんがお願い事する時によくやってたんだよね。JKのうるるんおねだりに、毎度すんなり引っかかってた私は激チョロだったに違いない。反省も後悔もしてないけど。可愛い女の子を愛でるのは当然の嗜みです。私には妹ちゃんみたいな可愛さは無いけど、きっと師匠は女子供の涙には弱いだろうとやってみた次第。
愛弟子の涙って事で三割増しぐらいになってたら尚良しだな、とか考えてると、どうやら予想通り師匠も私と同レベルのチョロさだったらしく。
「っ……分かった。降参だ。受け取る。喜んで受け取るから、だから手を離して、そして涙を拭いてくれ……!」
弱り切った表情での敗北宣言と共に、懐から取り出したハンカチをそっと目元に添えられた。
やべぇ、私の師匠マジで紳士。ハンカチ持ち歩いてるのも凄いし、そのハンカチが何か良い匂いなのも凄い。非の打ち所がないよ。紳士過ぎるよ。
しかも、洗って返しますと言う隙を与えてももらえなかった。涙を拭い終わった瞬間にさっと取り上げられ、懐にリターン。どんだけ出来た人なの……?! 尊敬を通り越したわ! やっぱり毎日拝むべき……いやでも浄化されそうでちょっと怖いな。私は性格が悪いぐらいで丁度いいし。
「はぁ……参った……」
「お前は精一杯戦ったのだ。誇れ」
師匠が額を押さえ呻くと、イノシシがその肩を軽く叩きしたり顔で励ます。仲良しだなぁ。二人は確か幼馴染だとか聞いたっけ。和むね。
「受け取ってもらえて良かった。あ、自分の気持ちを無理に押し付けたってのは重々承知しているので、もしどうしてもお気に召さなければ手放してくださっても気にしませ…………ちょっとしか気にしませんからね?」
「ちょっとは気にするんだな? 心配しなくてもそんな事はしない。……ああ、そうじゃないな」
「はい?」
「シーデ、ありがとう。大切にする」
疲れたような雰囲気は変わらず漂っていたけど、優しい微笑を乗せてそう約束してくれる師匠、ほんっと男前……っ! こんな人が遠からず振られるとか、人生って無情だ。いずれ召喚されるヒロインにはぜひとも師匠を選んでいただきたい。
おニューの剣を早々に試してみたい、と席を立った師匠と、私の期待通りにツンデレ風味な感謝の気持ちを述べてくれたイノシシを温かく見送り、そうして私のラストサプライズミッション。待っていてもなかなかやって来なかった本日勤務日のナンパ騎士を探し出し、最後の一人分残っていた熊鍋を食べてもらった。
……前に心の中で連絡帳扱いしちゃった罪滅ぼしを、ね。お見舞いのお花をもらったお礼でもあるけど。
「シーデちゃんの手料理?! 勿体無くて食べれない! エーキュー保存を!」
「やめて。食べて」
「だって二度と無いかもだし! とっといてずっと眺めてっ」
「腐る腐る。はい、あーん」
「シーデちゃんのあーん?! これ夢じゃね?! 夢でもいい結婚して!」
「展開が早い! いいから口を開け!」
永久保存は無理! と強制的に食べさせようとしたら、どんどんテンション上げられて、お礼の筈が最終的に雑な扱いをしてしまった。反省はしてる。けど他に手は無かった。大体、結婚出来る年じゃ無いしね! 気がはえーよ!
尚、彼は後日その発言を団長に知られ、ぎっちぎちに〆られていた。合掌。
ブラックベアーの魔核を使った魔剣は、使用者の能力を著しく引き上げる訳ではありません。剣単体の物理攻撃に魔力による攻撃力が上乗せされる=攻撃力が上がるという感覚。なので、使用者の腕がヘボければ意味の無い代物に成り下がります。
……というのをいずれ本文中に捻じ込めるといいなぁ。
ん? シーデの剣のパワーアップポイント?
熊の皮をすいすい剥げるようになって、さらに肉もさくさく切り分けられるようになった=熊を解体する速度が上がった。…………以上!




