シーデの恩返し―団長と熊鍋withお兄ちゃんたち―
大変お久しぶりです m(_ _)m
ぼちぼち頑張りますのでよろしくお願いします m(_ _)m
雲ひとつ無い、抜けるような青空。
これは正に、絶好の。
「熊鍋日和ですね」
「「「そんな日和は無い!!」」」
騎士団食堂の前、つまり練兵場の隅っこで、清々しい気持ちで熊を捌く私に、居合わせた騎士たちから声の揃った盛大なツッコミが入った。
見事なシンクロ率! 気持ち良いね! 天気も良いし、最高だね!
そのツッコミで更に気分を良くした私は、鼻歌交じりにすいすいと熊の皮を剥いでいく。内臓の処理は狩ってすぐにやったし、今日は皮を剥いで部位ごとに解体するだけだから、さしたる時間はかからない。ちゃんと狩った直後に状態保存の術をかけてるから、鮮度的にも硬さ的にも問題無いし。状態保存しちゃってるから、熟成は出来て無いけどね。誰も素人にそこまで求めないよね。大体、肉の熟成期間なんて知らないしさ。
手早く皮を剥ぐと、丸裸になった熊の関節部分を指で探り、弱い部分を見つけそこに刃を差し込み両断。易々と切れるのは、私が熊の解体に慣れたからというよりも、おニューの短剣の切れ味のおかげだろう。
鍛冶屋に発注しておいた短剣、そのデビュー戦が熊の解体ショー!
……うん、平和。悪漢との戦いがデビュー戦ってよりは、よっぽど平和を感じられるから良いって事にしとこう。何より、鍛冶屋の親父さんがレアだと喜ぶぐらいの素材から出来てるこの剣、マジで切れ味が抜群。また何かレアな剣をゲットしたら、あの鍛冶屋に持っていこう。
大まかな部位に切り分けつつ、切ったものをほいっと横へスライドさせると、それを受け取った食堂勤務の料理人さんたちがご自慢の包丁で細かく切り分けてくれる。そこまでいくと、完全にその辺で売られてる肉の状態。美味しそうにしか見えない。
「何だ、あの阿吽の呼吸」
「すげーキレーに流れ作業が成立してんだけど」
私たちの連係プレイを目にして、見物する騎士たちがざわついている。
ふっふっふ、事前に根回しと打ち合わせを済ませておいてこそのこの流れ作業さ! 大体、根回し無しじゃあ熊を持ち込む事すら出来無かったからね。料理人さんたちが全面的にバックアップしてくれたからこそ、この解体ショーは実現したのだよ。
お世話になってる団長に恩返しとして手料理を振る舞いたい、と相談したところ、料理人さんたちは感動していた。中には感涙してる人もいた。そうして全面的に協力してくれるとの約束を取り付けた。やだチョロイ。チョロイ人が多い。ありがたいけど。
食材持ち込みの許可だとか、食材搬入用の転移陣の使用許可だとか、余る肉を食堂に回す代わりそれ以外の食材を用意してくれたりだとか、このあと熊鍋作りのために厨房を貸してくれるだとか、更にはこうやって捌くのも手伝ってもらっちゃって。本当に一から十まで協力してもらってる。恩返し計画のはずが、恩人を増やしてる気がしないでもない。
「余剰分の熊肉を貰えるんだから、これはWin-Winの取り引きだ」って言ってくれたけど……私のWinが大きくないかな。熊肉はこの街では高価なんだぞって言われても、私が狩ってるからタダだしなぁ。その上、この街で熊肉が高いのは、一番近場の森の熊たちを私が狩り尽くしちゃったせい……あれこれマッチポンプ的なアレじゃね?! どう考えても私の一人勝ちだった! ……だ、誰にもバレないようにしよう、うん。
さくさくと肉を切りながら見物人の方へ視線を走らせると、最前列で見物中の騎士団長、お兄ちゃんたち、サイラス師匠、イノシシ騎士といった面々が頭を抱えているのが映った。
えー、ちょっと皆、私のこの華麗なる熊の捌きっぷりを目に焼き付けてよ。せっかく今の私からは、あふれる女子力が留まるところを知らないというのに。こんなに手早く熊を捌くなんて、主婦でもなかなか難しいと思うよ? 私、凄くない?
同じく最前列を陣取ったナンパ騎士は、「シーデちゃんスゲー!」と目をキラキラさせてるってのにさ。うんうん、あれこそ私の求めていた姿。団長たちも、後からでも良いから私を褒めてくれないかな?
尚、興味津々で近づいて来たルナ王子は、見事に解体されていく熊を見て、貧血を起こし側近さんに運ばれてった。登場から退場までがマッハだった。こんな血抜きも終わってる熊の開き(アジの開き的なノリで)見てふらつくとか、ひ弱だな。だから城に籠ってろって言ってるのに。
「よっし、これで終わり。そっちはどうですか?」
「こっちもあらかた終わるとこだ」
「早っ! やっぱ本職の方には敵いませんね」
「こっちは数人がかりだぞ? 負ける訳にはいかんだろ」
「それもそうでした。それじゃあ野郎共、クッキングタイムだ!」
「「「っしゃー! やってやんぞー!」」」
捌き終わった熊肉を抱えた料理人さんたち(ノリが完全に体育会系)を鼓舞し、彼らと肩を並べ足取りも軽やかに食堂内へと向かう。
……向かうはずだったのに、なぜだか背後からしっかりと肩を掴まれていて動けません。うむ、この掴み方は団長に違いない。若干、怒りの波動を感じるのは気のせいかな?
「嬢ちゃん? 捌き終わったんなら、説明してくれるって約束だよな?」
そういえば、朝一で運び込んだ熊を見た団長が、嬢ちゃん何する気だ! って半ばお説教モードで迫って来たから、捌き終わるまで待って! って逃げたんだった。あははー、ワスレテター。
でもなぁ。恩返しのサプライズ感が薄れるから、まだ言いたくないな。
よし、もっかい逃げよ。
「団長、耳貸してください」
「ん?」
私の身長に合わせて屈んでくれた団長のほっぺに、迷う事無くチュッとかまし、「まだ内緒!」とにっこりして即座にその場から離脱。
鬼と謳われる騎士団長様だが、「まったく、しょうがないな」なんて言う声が笑ってるから、追いかけては来ないだろう。ほっぺにチューの威力は絶大。まったく、頼もしい相棒だぜ!
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料理人さんたちが忙しなく昼食の準備をする戦場―――もとい厨房の片隅で、一人ちまちまと野菜を切って(大根の皮の剥き方が厚いと怒られ)、野菜を切って(ゴボウの皮は剥くんじゃなくて強めに洗うか削げ!と怒られ)、野菜を切って(どうして人参の厚みがバラバラなんだと怒られ)……怒られっぱなしだった。解せぬ。
昼食の準備でびっくりするぐらい忙しそうなのに、チラチラとこっちを気に掛けてくれるのは嬉しいんだけどね? 油断すると、横から手伝われそうになるのが困りものだ。だから、それじゃあ私の手料理じゃ無くなるでしょうが。ほっといて、お願いだからほっといて。私の手が遅かろうがそっとしといて。お昼には間に合うから大丈夫だよ、もう!
そんなこんなで、料理三割、手伝おうとしてくる料理人さんたちを牽制すること七割ぐらいの割合で完成した熊鍋と南瓜サラダ。
……一応、食後のお口直しに、と柚子でシャーベットも作ってみた、けど……味見で全私が死んだ。いや、奇跡的に不味くは無かったの。不味くは無かったんだけど、なぜか味が無かった。そして、謎の涙が十分ぐらい止まらなかった。
そんな私を見て、どこを失敗したんだ? と横から一口ぱくりといっちゃった料理人さんは、三十分ぐらい泣き止まなかった。泣くつもりなんて無いのに涙が止まらないという不可思議な状況に、周りの料理人さんたちから「何入れた?」「オイ、おかしなもん入れてないよな?」「なぁ何入れたんだ」などと詰め寄られたけど、それは言い掛かりだ。変なモンは入れて無いよ。身に覚えが無いよ。
……にもかかわらず確実にメンタルを破壊しにくる系の物体Xに仕上がっておりましたが、私は一体どうすれば良いのでしょうか。甘味との相性が絶望的過ぎて、そろそろ笑える段階に突入しそう。
とりあえず神様、一度ツラを貸してください。文句なんて言いません。無言で一発ぶん殴るだけです。
「というかコレ、団長に食ってもらうんだよな?」
「いや、さすがにこのシャーベットは無理です」
団長のメンタルが死んじゃう。
「んなこた分かってる。つーか絶対に食わさせねえぞ。そうじゃなくて、鍋の方だ」
「もちろん団長に食べてもらいますよ」
「……多くね?」
出来栄えは家庭料理として普通だと思うが、この量はどういう事だ? と首を傾げる料理人さんたちに、至極真面目に頷きを返す。
「これには深い訳がありまして」
「ほお、聞こうか」
「ウチ、七人家族なんですよ」
「早くも嫌な予感」
「だから私、七人前しか作れません!」
毎度同じに作らなきゃいけない商売物ならキッチリ量って作るけど、家での食事なんて目分量でしか作らない……というか、目分量でしか作れない。そして私の目分量は、揺るぎなく七人分にセットされている。よって、例え団長一人に食べてもらおうと作っても七人前になってしまうのは、当然の帰結なのである。
「半分の量で作るとか、やりようがあるだろ」
「具材は半分に出来ても、汁とか調味料は七人前での具合しか分かりませんので、全面的に七人前で作った次第です」
「融通の利かねえ目分量だな……」
ははっ。生まれてこのかた七人分の食事しか作った事が無いのに、それ以外の量に対応出来るような融通なんて有る訳無いじゃん。むしろ前世で三十年まったく料理をしなかった私が、この数年でここまで出来るようになった事が奇跡。
地味な奇跡を内心で祝いながら、使わせてもらった道具を洗ったり、皿洗いを手伝ったりして、待ち望んだお昼どき。
普段は城内の食堂に行ってしまう団長だけど、今日だけはこっちに連れて来てとお兄ちゃんたちに頼んでおいた甲斐あって、一緒にこちらの食堂に来てくれた。
「それで嬢ちゃん、何を企んでるんだ?」
そうですね、とりあえず、目減りしてしまった私の信頼感を回復したいと思ってますよ。何も企んでなんかないのに……お説教されるばかりの日々が私の株を著しく下落させた……日頃の行いって大事……。
不審そうな眼差しの団長に心が折れかけたけど、まだ挽回可能! いける、私は戦える! と気を取り直し。
団長と、一緒にやって来たお兄ちゃんたちにも席に着いてもらい、My手料理を並べていった。……柚子シャーベットだけは私のお手製じゃ無いけど。料理人さんに作り直してもらったよ。あの精神破壊食品を振る舞う予定は無い。
「お世話になってる団長に、日頃の感謝を込めてお昼ご飯を作りました! 味は、えー、普通だと思うんですが、愛情は超込めてあります! ……召し上がってもらえますか?」
自分も一緒に食べようと、ちゃっかり席に着きながら。ありがとうの気持ちを述べ、でも最後の最後でちょっと自信を無くし、恐る恐るお伺いを立てると、隣に座る団長は一瞬驚いた後、それはもう嬉しそうに破顔した。
そして、そのまま抱き潰されかけた。
慌ててお兄ちゃんたちが引き剥がしてくれたおかげで助かったけど、危なかった。マッチョの腕の中で逝くところだった。団長のパワーこええ。力だけで言ったら、ウチの母さんとどっこいどっこいじゃないかな? ……ウチの母さんこええ。
「すまないな嬢ちゃん。つい、その、感動して」
少し照れくさそうな目でこちらを見る団長に、喜んでもらえたのが嬉しくて、ついつい私の頬も緩む。
そんなラブラブ疑似親子に付き合ってられないとばかりに、さっさと席に戻ったお兄ちゃん二人は「おー、この熊美味いな」「妹の手料理ってだけで美味さ百点満点っすけどね」などと既に食事を開始している。美味しいって言ってもらえるのは嬉しいけど、早えーな。
「料理の腕は並だから、食材でカバーしたの。あの熊の一番良い部位を使ったんだよ」
団長が一口食べ、「確かに美味いな」と目尻を下げたのを横目で確認し、ふふんと胸を張る。素材が良ければ、料理の腕が平凡でも何とかなる。
そんな素材におんぶに抱っこの状態で誇れるのかって? 誇るさ! だってその素材を狩ったのも私だもん!
「しかし、あんな立派な熊、どこで調達してきたんだ?」
「山」
「山? どこの?」
「うーん、どこだろ?」
「は?」
お兄ちゃんが熊肉を頬張ったまま、訝し気にこちらを見てくるけど、そんな風に見られても正確な回答は返せないよスマン。
とろとろに煮込まれたこの熊は、以前ラキラに飛ばしてもらった山(班長さんたちと遭遇した山)に行って狩ってきたものである。熊狩りに簡単に行けるよう、あの山にはいくつか転移の陣を埋め込んでおいたのだ。
しかし残念ながら、私は未だにあの山の名称どころか、どの辺りにあるのかも知らない。ラキラに尋ねてはみたが、「山は山であろう?」と不思議そうに返されたので諦めた。人外様は人間の付けた山の名前なんて興味の範疇外だった模様。
班長さんたちにはルナ王子との邂逅以来、一度も遭遇しないし。だから聞く事も出来ず、更には殴る事も出来てない。心の中の“一度殴りたい人”リストが消化出来ず増えてく一方だ。
「つーか、団長に恩返しがしたくて手料理、ってのは理解出来たけど、何で熊鍋だったんだ?」
曖昧に笑って流す私に、それ以上突っ込んで聞いても調達場所についての回答は得られないと理解したのか、もう一人のお兄ちゃんが別の質問を寄こした。
「他の料理も出来るんだろ?」って、そりゃ出来るけども、今回のコレは恩返し兼私の女子力アピールだったから、熊じゃなきゃ意味が無かったんだよ。
「私の女子力アピールも兼ねてたから、熊の解体から見てもらおうと思って」
「待て。熊の解体でどうやって女子力をアピールするんだ。熊と女子力なんて、かけ離れ過ぎだろ」
「離れて無いよ? だって、“熊解体する系女子”としての面目を十二分に躍如出来てたじゃん」
「“熊解体する系女子”」
「あんなにも綺麗に熊を捌けるなんて、私の女子力も捨てたもんじゃないでしょ?」
「捨てろ。そんな紛い物の女子力、今すぐ捨てっちまえ」
「嬢ちゃん、熊を捌けるのは女子力なんかじゃ―――」
「あのなぁシーデ。そんなんじゃ、嫁の貰い手が無くなるぞ?」
お兄ちゃんたちが呆れたように溜息を吐くと、私の隣の団長が固まった。不思議に思い覗き見ると、なぜだか団長から表情が抜け落ちている。急にどうしたんだろう?
しかし、嫁の貰い手か。自分が誰かの嫁になるなんて想像もつかないけど、でも、そうだなぁ。
「猟師さんあたりなら、ぜひとも嫁にと望んでくれるかもしれないよ? “熊解体する系妻”として」
現段階で熊を捌けるんだから、練習次第で他の鳥獣も捌けるようになると思うんだけど、どうかな?
「よし、狙いがピンポイント過ぎだ」
「まず猟師に出会う確率が低いだろ」
「ある日森の中で、狩りの真っ最中な猟師さんとバッタリ出会うかもしれないじゃん」
図書館とかで同じ本を取ろうとして「あ、すみません」「いえ、こちらこそ」「……この作家さん、お好きなんですか?」みたいな出会いがあるんだから、その派生系として、森の中で同じ熊を追っかけてた男女が「あ、すみません」「いえ、こちらこそ」「……熊、お好きなんですか?」みたいな流れも無くはないでしょ。
今の所、バッタリ出会うのは熊ばっかりだけどさ。あとはまぁ、人外も出没もしますけど。
うん……熊と結婚すんのが一番の近道なんじゃないのコレ。
しかし、いくら私が大らかでも異類婚はなぁ。まず意思の疎通、いやそれより、食うか食われるか(物理)の関係にしかなれない気がするわ。
てか、熊と夫婦になるぐらいなら生涯独り身の方がマシだな。
「……ヨメ? …………嫁だと?」
「ん? おやっさん、どうしました?」
「団長? 大丈夫ですか? ……実はあんまりお好きな味じゃ無かったですか?」
なぜかフリーズしてしまっていた団長が、何事かをぶつぶつ呟いている。食事の手が完全に止まってるから、もしかしたらさっきまでは私に遠慮して食べてくれてただけなのかもしれない。騎士団長様ともなると、こんな庶民的な料理はNGだった可能性もある。だとしたら申し訳無い。
「ああ、いや違う。ちょっと考え事してただけだ。鍋は美味いぞ、嬢ちゃん」
「……ほんと?」
「本当だとも。大体、嬢ちゃんがおっちゃんの為に作ってくれたものが口に合わない訳ないだろ?」
しゅんと下を向いた私の頭を、優しい手付きで撫でながら団長が笑った。それだけで嬉しくなり、えへへぇ、とだらしなく顔を崩す単純な私。
まぁ、いくら団長のために作ろうが、あの物体Xは口に合わないだろうと思うけどね。むしろアレが口に合う人がいたら、こっちが引いちゃうけどね。
「……ところで嬢ちゃん、ひとつ提案なんだが。今度熊を狩りに行くときは、おっちゃんも同行させてもらえないか?」
「はい? え? 熊狩りに? 団長が?」
「ああ。一度、嬢ちゃんが熊を狩るところを見てみたいと思ってな」
「はぁ、良いですけど……」
『熊を狩るな』が口癖の団長が、次回の熊狩りを予定するような事を言うなんて。同行されるのも狩りを見られるのにも問題は無いけど、一体どういう風の吹き回しだろう?
不思議に思い首を傾げると、その気持ちが伝わったのか「この目で嬢ちゃんの狩りの様子を確認して、危険が無いと判断したら、もう狩るなと言うのはやめるつもりだ」とのお言葉をいただいた。
「アレも駄目、コレも駄目っていつまでも縛り付けてても、嬢ちゃんの成長の妨げになるしな」
そう苦笑する団長に、お兄ちゃん二人が呆れた眼差しを注いでいるが、どこに呆れる要素があったというの? これ、凄い事じゃない? だって、団長の父親力が上がったんだよ?! 心の広い父親的な存在にレベルアップしなさったんだよ?! やだマジ凄い、熊鍋の威力ハンパない。
熊鍋効果に驚きつつ、熊狩りのお墨付きがもらえるかも、と期待に満ちた眼差しで団長を見つめると、「ただし」と真剣な顔で付け加えられる。
「猟師に出会ったら、即座に逃げると約束してくれ」
「……ん? それは、どういう」
「猟師は危険だ。熊よりもよっぽど危険だと、今、気が付いた。だから嬢ちゃん。熊狩りは安全だと確認出来れば許すが、猟師に狩られるのだけは許さんぞ」
うん。
…………うん? え? 猟師に……狩られるのは許さない? え? なに? どういうこと?
「おっちゃん、猟師って、人も狩るの?」
「狩る」
うっかりおっちゃん呼びが飛び出た私の質問に、団長は真顔で頷いた。物凄い真顔だった。
マジで?! 人も狩るとか、この世界の猟師どうなってんの?! こっわ! 猟師こわっ!!
「そんなに怖がらなくても大丈夫だ。見かけたら逃げれば良い。嬢ちゃんの逃げ足に追い付ける奴は居ないだろう。な?」
「だ、だよね、だよね? 私の逃げ足なら猟師からも逃げ切れるよね?」
慄く私を安心させるように団長が言い聞かせてくるので、その言葉に全力で乗っかった。そうか、私は猟師から逃げるために逃げ足を磨いてきたんだな。ファンタジー世界の猟師って怖いわぁ。
「人狩るってどんな猟師だよ……これが洗脳ってヤツか……」
「親心ってのは恐ろしいな……」
お兄ちゃんたちが二人でぼそぼそと頷き合ってるけど、どことなく哀愁が漂ってるように見えるのは気のせいかな?
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おまけ お兄ちゃんたちの会話
「おやっさん……嫁って言葉に反応し過ぎだな」
「完全に娘に嫁がれるのが嫌な父親の反応っすよね、アレ」
「でも、どうするんだ。あれじゃあ絶対にシーデが嫁に行けなくなるぞ」
「うーん、おやっさんがシーデを養子にすれば、嫁入り先ぐらい確保出来るんじゃないすか? 騎士団長の養女ともなれば、それなりの縁談が来るんじゃないかと思うんすけど」
「あんなに家族仲の良いシーデが、例え団長のところだろうと養子に行く訳が無いだろう」
「あー、それもそっすね」
「そもそも養女に迎えたりしたら、余計に嫁に出そうとしなくなるだろうしな、おやっさんは」
「そっすよねー。……シーデ、嫁に行くの無理かもしんないっす」
「諦めるな。俺達が諦めたら可能性がゼロになるぞ」
「いや、それは本人次第なんじゃないんすか?」
「シーデ次第か。……熊を解体して『私の女子力凄い』とか言い出すシーデ次第って……可能性は限りなくゼロじゃねえか」
「……何とも言えねっす」
「とりあえずアレだな。団長が猟師狩りを決行しねえよう、目を光らせとかねえとな」
「国中の猟師に『騎士団長に会ったら一目散に逃げろ』って通達してやりたい気分っすよ」
「シーデを嫁に欲しがる豪気な猟師がいるとも思えねんだけどなぁ……」
団長の見解→ あれ、女子力上げたら嫁ぐ? じゃあ女子力なんて上げなくて良し! 嫁なんてまだ早い! むしろガンガン熊狩ってその辺の野郎共から敬遠されるべき! うっかり出会いそうな猟師にだけは気を付けさせよう!
お兄ちゃんたち→ ただでさえシーデ本人の女子力が絶望的なのに、団長が本気で妨害したらマジで嫁に行けなくなる! 可愛い妹分なんだから、末永く幸せにしてくれそうなところに嫁がせてやりたいのに!
どっちも愛です。




