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シーデの恩返し―下準備―

 まだお昼前だし、充分間に合うだろう。

 そう呑気に歩いていた私の目に、行きかう人々の向こう側、指定していた待ち合わせ場所で、所在なさげに佇むイノシシ騎士の姿が映った。

 もう来てる! てか、自分から誘っておきながら待たせちゃったよ! 何て失礼な私……!

「すみません、お待たせしました」

「帰っていいか」

 荷物を抱え直し、小走りで駆け寄った私を一目見た彼の言葉がそれだった。

 ひどい。

「出会い頭に帰宅宣言?! まだデートは始まってもいませんよ?!」

「何故、俺がお前とデートなのだ、という疑問よりも先に聞くぞ。何故、お前はそのデート現場に剣を担いで現れた?!」

 『私たちお友達よね』宣言以降、小娘呼びは相も変わらずだが、『貴様』と呼ばれる事が無くなった。微妙に心の距離が縮まった……!と感激したものの、口には出さない。指摘したらきっと、彼は恥ずかしがって『貴様』呼びに戻すと思うから。

 いや、別に何て呼ばれても良いんだけどさ。でもせっかく縮まった距離をフイにする事もあるまい。どうにも彼本人は、呼び方が変わった事に気付いて無いみたいなんだよね。無意識に起こる微かなデレとか、やばい萌える。大事にしよう。


 そんな彼は、私が抱える荷物たち―――数本の剣を嫌そうに見ながら眉間に皺を寄せている。なぜと言われても、必要だからに決まってるのに。

「え、だって今日は鍛冶屋に連れてってもらおうと思って」

 この剣たちは以前、班長さんたちを助けた時に入手した戦利品の一部である。正確には戦利品の一部とプラスαだけど。

 あらかたは売っぱらったが、結構な高値が付いた数本だけは手元に残した。ギルドの職員さん曰く、レアな素材から出来てる剣だそうで。せっかくのレアものなら売っちゃうより別の剣に仕立て直そうと思ったので、買い取りをキャンセルしてもらったのだ。レアものだと教えてくれた職員さんは、言うべきじゃ無かった、と半泣きになっていたけど。

「だったらそれを昨日言え! デートだなどと、紛らわしい!」

 騎士団員がよく行くという鍛冶屋を教えてもらってはいたけど、私一人で出向いても騎士見習いだと信用してもらえる自信が無くて。いや、見習いの服は着てるけどさ。ただでさえ鍛冶屋とかって厳つい頑固親父がやってるイメージがあるから、か弱い乙女には敷居が高い……なんてね。別に怖い親父が出て来ようが良いんだけど、門前払いを食らったら目も当てられないからねぇ。出直すのも面倒だし。

 だからぜひとも同行者が欲しくて、騎士団での訓練日だった昨日、私は勇気を振り絞って彼を誘ったのだ。



「イノシシ、明日お休みですよね? 何か予定はありますか?」

「いいや、特には何も無いが。何故だ?」

「じゃあ私とデートしてください!」

「は?! 断る!」

「分かりました! じゃあ明日の昼、北通りの小さい噴水の前で待ち合わせましょう!」

「話の流れが不可解だ! 今、お前は何を理解したのだ?! 俺は断ったではないか!」

「来てくれるまで、ずっと待ってますから! ではお先に失礼します!」

「いや待てだから―――帰るな話を聞けえええ!!」



 即座に断られる流れは予想済みでしたよ。うん、絶対断られると思ってた。

 だからこそ、ああやって言い逃げすれば、人の良い彼の事だから来ざるを得なくなるだろうという私の作戦勝ちだ!

 そして『ずっと待ってる』と言いながら私の方が遅く来るとか本気でごめんなさい。それだけは深く反省してる。

 でも、無理やり約束を押し付けたにもかかわらず、先に来て待っててくれるとか……ほんとにこの人、優し。


「もしかして、デートって言われて何か期待しました?」

 “友達デート”という軽いニュアンスで使用しただけなのだが、もし期待させたんなら悪い事をしたなぁ。

 そう思い小さく謝ると、「自惚れるな」と真顔で返された。

 ご、ごめん。自惚れた私が悪かったから、その真顔やめて。割と傷付く。いっそのこと『お前如き小娘に』とか、ハッキリ口に出しちゃってくれた方がスッキリするよ。

「まったく……7つも下の少女相手に何を期待しろと言うのだ」

「7つ……という事は、あなたは20歳なんですね?」

「おい、そこからか?!」

「聞いたこと無かったなーと……今更ですが」

「実に今更だな!」

 軽く憤慨してるみたいだけど、それは、友達なんだから年ぐらい知っとけよこの白状者!って、へそを曲げてるのかな? やだもう、可愛い友人だこと。


「まぁでも、7歳差ぐらいどうってこと無いでしょう?」

「13と20はおかしいだろう?!」

「93歳と100歳なら誤差ですよ、誤差」

 ある程度の年齢まで達すれば、差なんて大した事じゃ無いと思うんだけどな。愛に年齢も性別も国籍も無関係だよね。

 ……こんなにも大らかな考えを持っているというのに、なぜに私自身は恋愛と無縁なんだろう? 不思議。

「遥か未来を見据え過ぎだ! まずは現実を見ろ!」

「そうですね、じゃあ現実を見ましょうか。私たち、とても目立ってますけど良いんでしょうか? 多分、うるさいとか思われてそうなんですけど」

 やいのやいのと喚き合う(主にイノシシが喚いてるだけだが)二人組に、通りがかる人々が好奇の視線を投げつけてってくれてますけど、いいの? 迷惑じゃないのかな?


 「早く言えこの馬鹿者!」と怒り心頭なイノシシ先導の元、大至急、鍛冶屋目指して移動する事になった。

 尚、私の抱えていた剣たちはイノシシが持ってくれました。

 自分の荷物だし、と遠慮したのに、「小娘に荷物を抱えさせて、俺が手ぶらという訳にはいかんだろうが!」とやっぱり怒りながら全部奪い取られた。

 デレ部分をツンで覆い隠そうとするこの奥ゆかしさ。由緒正しきツンデレの見本のような彼の言動がたまらない。私の友達、超可愛い。



******



 到着した鍛冶屋に遠慮無く踏み込むと、想像通りの厳つくて頑固そうな親父さんにギロリと睨まれた。

 おお、やっぱりアレか。『ここは女子供の来るところじゃねえ』とか言われちゃうのか。何というテンプレ。

 しかし予想に反してそんなテンプレイベントは発生せず、ごくごく普通に「らっしゃい」と言われただけで拍子抜け。……どうやら単純に目付きが悪いだけだったようだ。

 騎士団員が贔屓にしている店だけあってイノシシとも顔なじみだったらしく、「アンタか。珍しい連れだな。妹か?」と気安く尋ねる親父さんに、「こいつは騎士見習いだ。こんなものが妹であったら、俺には絶望しか残らん」とサラッと軽口を返していた。


 ……ん? ちょっと待って。あまりにもサラッとしてて聞き逃すとこだったけど、今の、結構失礼じゃなかった? 気のせい?

 ……ああ! そうか、分かったぞ。

「つまりあなたは、『妹なんかじゃなく仲の良い友人だ』と私を紹介したかった訳ですね? 分かります分かります」

 慈悲深い仏のような微笑みで鷹揚に頷いてみせると、「勝手に明後日の方向に解釈をするな!」とデコをピチッと弾かれた。

 ふふふ、こんな照れ隠しからの攻撃(デコピン)、痛くも痒くもないよ。私のツンデレ耐性を舐めてもらっちゃ困る。むしろ、親睦が深まってるな、とほっこりしたこの前向きさは誰にも止められない―――否、止めさせないよ!


 私たちの掛け合いに動じる事無く、「それで今日はどうした? その剣の修理か?」とイノシシの持つ剣に目を留めた親父さんが作業台の上を空けてくれたので、遠慮無くそこへと剣を置き、自分の要望を述べていく。

 三本ある戦利品の剣は、二本の長剣にして欲しい事。

 そして、プラスαで持って来た一本の長剣は、二本の短剣にして欲しい事。

 更に、腰の鞄から二つの球体を取り出し、それをその短剣に取りつけて欲しいとお願いする。

「そんなにも作ってどうする? 短剣はともかく、お前に長剣は扱えんだろう?」

「長剣は自分用じゃありません。だからこそ、ここに連れて来てもらったんですよ」


 以前、サイラス師匠から熊狩り(正確には魔獣狩り)についてのお説教を頂戴した際、日頃の感謝を込め師匠を拝もうかと申し出たが却下され。

 代わりに『近々別の方法で感謝の気持ちを表します』と言ったのだが、その『別の方法』というのが、ここで新しく仕立てた剣を師匠にプレゼントするという、題して“おニューの剣プレゼントしちゃうぞッ☆”大作戦である。尚、作戦名は今思い付いた。我ながらダサい。やっぱり変えよう。

 改めて、“素敵な剣をプレゼントして王子なんかよりも私を構ってもらおう”大作戦でどうだ! 賄賂であることがモロバレなこの作戦名! 完璧!



 師匠が現在使用している剣は団の支給品で、まぁ大体の騎士が支給品を使っている。

 そこ拘らないんだ?と意外に思ったが、騎士たちは、剣だけ良い物を持ったところで、腕が伴わなければ意味が無いだろ?と、それはそれは格好良く―――建前を吐いていた。本音は、給料を酒にブッ込んでるからなかなか剣とか買えねーよなテヘペロ!って事らしい。

 まぁ支給品も充分良い物だからいいんだろうけど……思考が騎士っていうより荒くれ者みたいだなぁ。お酒は程々にしとかないと、人生終了するよ?って今度教えてあげよう。

 ちなみに、副団長やお兄ちゃんたちレベルの騎士は自前の剣を持ってるみたい。団長の剣は自前どころか、王様からの下賜品だそうだ。おおぅ、格が違うわ。さすが我らが団長。

 話を戻して。

 そんな訳で、支給品を使ってる師匠に、一本作ってプレゼントしようかなーと考えて本日製作依頼に来たのだ。

 だからこそ、師匠も普段お世話になってるこの鍛冶屋に来たかった。師匠が日頃から手入れや修繕を頼んでるこの鍛冶屋なら、師匠の気に入る剣を作ってくれるんじゃないかと思ってさ。もし誂えた剣を気に入ってもらえなかったら……壁にでも飾っといてもらえば良いや。オブジェって事で。


 そんな自分の目論見を話すと、「しかし、長剣を二本と言わなかったか?」とイノシシが訝しむ。

 ので、素直に言った。

「もう一本はあなたにプレゼントしようと思って」

「……は?」

 口をあんぐりと開け、何を言われたのか理解出来無いという顔をしている私の友達。更には「頭は大丈夫か?」と問われる始末。失敬な。

「なにゆえ私の正気を疑う発言を?」

「師匠としてお前を指導するサイラスはともかく、俺はお前に何もしていない。贈り物など、貰う謂れが無かろう」

「貰う謂れとか、そんな風に難しく考えないでください。友人に贈り物をするのは、別におかしな事じゃ無いでしょう?」

「しかしだな……」

 イノシシが困惑したように言葉を途切れさせる。ちょっと視線が彷徨ってる様子を見るに、もしかしたら照れてるのかもしれない。なにそれ可愛い。

「一応、あなたに剣をプレゼントしようと思った理由はあるんですよ?」

「どんな理由だ?」

「一直線に突っ込んでいくイノシシばりの習性を見せる友人の生存率を少しでも上げたい、ただそれだけです」

「余計な世話だ!!」

 キリッと言い放った私の脳天に、憤慨で顔を赤くした彼のチョップが炸裂した。でも全然痛く無いので、きっとこれも照れ隠しを含んだパフォーマンスなんだろう。ツンデレの様式美は奥が深い。



 私たちが友情を深めている傍らで、それを気にも留めず親父さんはじっくりと持ち込んだ剣を品定めしていた。長剣にして欲しいと言った三本の剣を鞘から抜き、「こりゃ珍しい。レアモノだな……」とか呟いてる。尚、何がどうレアなのかは私には分からない。そういうのは専門家にお任せするのが一番だと思うの。説明されてもきっとすぐ忘れるし。

 三本の剣をじっくりと見た親父さんは、次に私の短剣になる予定の長剣を手に取る。途端、「これは……」と呆けたような顔をしたけど、何か問題でもあったんだろうか?

「どうかしました?」

「この軽さ……まさか……」

 私の問い掛けは上の空な親父さんにスルーされ、ちょっぴり切ないけどまぁ良いか。

 問題があるなら言ってくれよー、と見守っていると、彼は先程までよりもかなり慎重な手付きで鞘から剣を抜き始めた。剣身が露わになるに従い彼の目付きは鋭くなり、眉間にはくっきりと皺が刻まれ、そうして全てを抜き終わると、「マジか……」と一言呟いた後、全眼力を集中させたような目付きでこちらを見た。見たというか、どう考えても睨まれてる。何が気に障ったというのか……。


「お嬢ちゃん、この剣はアンタのか?」

「はい、私のですが、何か問題でもありました?」

「どうやって手に入れた?」

「はい?」

「念の為に聞くが……盗んだ訳じゃあるめえな?」


 険しい顔で私を睨め付ける親父さんに、イノシシが「突然何を言い出すのだ。根拠の無い言い掛かりは感心せんぞ」と擁護してくれる。

 ほらね、普段ツンツンしてるのはやっぱりポーズなんだよね!……などという場違いな感想は控えるべきかな。うん、空気読もう。

 しかし何て事だ。このシーデさんが泥棒と間違えられるなんて、末代までの恥。きっちり釈明させていただかなくては。

「私、泥棒なんてしたことありません!」

「……本当だな?」

 何を疑っているのか知らないが、尚も険しい表情を崩さない親父さんに、疾しいところなんてひとつも無い私は胸を張って答える。




「当たり前でしょう! その剣は正々堂々と強奪しました!」

「待てえええええいッ!」




 間髪入れずにイノシシに頭を真上から鷲掴みにされたんだけど、私、バスケットボールじゃ無いよ? 片手でわしっと掴むのはやめてくれない? 皆して何なの? 私は鷲掴み易いサイズなの?

「もう、鷲掴みにしないでくださいよ。髪が乱れるじゃないですか」

 女の子らしく頬を膨らませ抗議してみたが、「お前の髪など知らん!」と一刀両断。私の女子力の低下って、原因は周囲の扱い方って部分もあるよね、とか思う今日この頃。


「強奪しただと?! つまりは盗んだという事ではないのか?!」

「違いますよ。“盗む”というのはひそかに他人の物を取る事でしょう? “強奪”というのは、暴力や脅迫などで強引に奪い取ることを言いますから」

 全然違いますよね、とイノシシを仰ぎ見ようとしたのに、頭を鷲掴まれてて動けなかった。放してくれないかなぁ。

「どちらも犯罪行為だろうが!」

「あ、言っておきますけど、私に非はありませんよ? 別にその剣が欲しくて他人を襲ったとかじゃ無いですからね? 私を殺そうと向かって来た相手をぶちのめして得ただけですから。言わば慰謝料代わりですよ」

 何を隠そうその剣は、ヒューの誘拐事件の際にゲットした私の戦利品だ。

 刃こぼれしない頑丈さと大きさに見合わぬ軽さに目を付け、いつか使える日が来るだろうと部屋の隅に放置しておいた戦利品。元の持ち主があの変態誘拐野郎だとか、その剣で自分もガッツリ斬られてるとか、そういうのはどうでもいい。物に罪は無いし。


「そういう事情か。納得した。いきなり疑うような事を言ってすまんかった。どう考えても俺が失礼だったな」

「賊を返り討ちにした挙句、逆に相手の物を強奪するような奴に対しての失礼というのがどこにあたるのか俺には分からん……」

 軽く説明すると、親父さんが頭を掻きながら気まずそうに謝罪。イノシシは私の頭から手をどけ、何やら遠い目をしている。

 それぞれ違う反応してるけど、ひとまず私への疑いは晴れた、もしくはどっかに行ったらしいので良しとしよう。イノシシの呟きがやっぱりちょっと失礼な気もするけど、それは気にしたら負けかな?

 しかし、『賊を返り討ちにして相手の物を強奪した』という説明で納得してもらえるあたりに、この世界の物騒さが滲み出ている。ヒューの誘拐の時に私が気にしていた“過剰防衛”なんてのも、気にするだけ無駄だった。弱肉強食って怖いね。私はぜひとも食らう側でありたいよ。


「それで、私の注文は受けてもらえるんですよね?」

 ようやく本題に戻れる、と親父さんが手にしたままの剣に目を向けると、即座に「無理だな」……って、えええええ?!

「ここまで引っ張っといてまさかの受注拒否?! 言っておきますが、支払い能力ならありますよ?!」

「そうじゃねえ。先に見た三本の剣、あれで長剣を二本作るって依頼は喜んで引き受ける。しかし残念だが、この長剣を短剣にっつうのは無理だ」

 親父さんが手にした剣を静かに鞘に戻しながら、困ったように眉を下げる。そして、「この剣はなぁ、遺物なんだよ」と語り始めた。


 それによると、変態誘拐野郎から奪った剣は、今はもう失われてしまった国の遺物の内の一本であるらしく。滅多に出回る事の無いものだが、鍛冶に関わる人の間では有名なようで、剣身が青味がかっている事、余程の事が無い限り刃こぼれもしない点、そして大きさとは裏腹の軽さなどから彼らは見分ける事が出来るらしい。

 先に見せた三本の剣がレアモノならば、こっちの剣は激レアモノという括りになるようで、そんなレアモノと激レアモノを私のような小娘が持ち込んだという点に親父さんは不信感を抱いたようだ。要は、私が軽はずみ過ぎるって事だね。今後は気を付けたいと思います。……思うだけのような気もします。てへ。


 そして、ほんの少しだけ反省している私に、突き付けられた現実は残酷だった。

「その剣を加工できる奴はこの世に居ねえ。そもそも道具が無え」

 手入れは可能だし、握り部分に限れば調整も多少の加工も出来るんだけどな、と肩を竦める親父さん。

 いや、手入れじゃ困るのよ。私、長剣なんて使えないから。だから短剣にしてもらいたかったのに。

「詳しく。もうちょっと詳しくお願いします」

「そうさな……失われた国ってのは、南の方にあった島国でな。遥か昔に島ごと沈んじまったんだ。その剣の素材となる鉱石はその島でしか採れず、更に加工には特殊な道具が必要だったらしいっつうのは噂として残ってんだが、何しろ全部まとめて海の底だからな。解明されてねえんだ」

「……文献とか、そういうのは?」

「今んとこ見つかってねえ。残ったのは、他国に出回ってた(現物)だけだ。二百年以上前の事だし、もう解明される事は無えんだろうよ」


 どこか寂しそうに言う親父さんに、私も心底ガッカリだ。

 私はずっと、使い道の無い物を大事にとっといたのか。そりゃ本当はこのまま使えればそれが良いんだろうけど、何かもう長剣を使える気がしないから、諦めて短剣に加工してもらっちゃおうと決意したのに!

 筋力が足りてないってのも勿論あるんだけど、何より短剣に慣れ過ぎちゃったんだよなぁ。もう長剣に移行できる気がしない。魔術プラス短剣ってのが、私にとってベターな戦い方だと思ってる。私の特徴である素早さ(逃げ足)が生かせるしね。


 そんな事を考えていると、横に居るイノシシがどこかそわそわしているのに気が付いた。

「何か落ち着きが無いようですが、どうしたんです?」

「いや、その……その、だな」

「何ですか?」

「その剣を、一度振ってみたいんだが……」

 どうやら彼は、激レアと言われた剣を試してみたくてウズウズしていたようだ。試してみても良いか?とちらりとこちらを見た友人が可愛かったので速攻で願いを叶える事にした私はマジでチョロイ。けど大丈夫。チョロイって自覚がある内は、詐欺には引っかかからないよ。

 どうせならという事で、広い裏庭を借りて試させてもらうと、親父さんまで「俺もいいか?」と言い出す始末。激レアな剣にテンション上がっちゃったんだろうね。遠慮しないで好きなだけ試しておくんなまし。

 私? もちろん試さないよ。長剣なんて振るどころか、自分が振り回される絵面しか予想出来無いからね。くそ!

 

 二人が剣を試している間、さてどうしようかと考える。

 私の短剣にする予定だった激レア剣は、加工が不可能。だったらそれはすっぱりと諦め、家に置いてある残りの二本のレア剣を持って来るか。そっちから私の短剣も作ってもらえば良いだろう。激レアという言葉には心残りがあるけど、加工出来無いんなら意味無いし。

 となると、激レア剣はどうしようか。家に置いといても邪魔だし……潔く売っぱらうか? 激レアって位だから、さぞかし良いお値段が付くんだろう。あ、やばい、ヨダレ出た。

 ……もしイノシシが試して気に入るようだったら、彼にプレゼントする剣はそれでも良いかもしれない。どうせなら気に入ってくれるものを贈りたいし。


 だが残念な事に、一通り試してみたイノシシの感想は「軽すぎて心許ない」であった。ちぇっ。

「アンタは力押しするタイプだからな。軽い剣じゃあ真価は発揮出来ねえだろ」

 同じく激レア剣を振り回し満足気な様子の親父さんがそう評する。力の有り余っているイノシシに、激レア剣は方向性が違ったらしい。

 ……真っ直ぐ突っ込んでって力でゴリ押しするタイプだと周知されてるんだね、イノシシ。本当に“イノシシ”って呼び名がピッタリ過ぎるよ。そう呼んだ私は天才じゃなかろうか。


「そうですか。気に入ってもらえるようならその剣をプレゼントしようかと思ったんですが……」

「……お嬢ちゃん、俺の話を聞いてたか? この剣は稀少なんだぞ? それを人にやっちまうつもりだったってのか?」

「使えないのに持ってても無駄でしょう? でもまぁお気に召さなかったんなら仕方ありませんね」

 冒険者ギルドと商業ギルド、どっちが良い値を付けてくれるだろう? 両方に持ってってみて値段をつり上げる作戦でいこうかな? ふふ、楽しみ。

 ニマニマと脳内ソロバンを弾いていると、「この剣はサイラスには合うかもしれんな」というイノシシの呟きが聞こえた。

 あ、そっか。師匠に激レア剣をプレゼントするってのもアリか。

「サイラスか。そうだな、アイツになら打って付けの剣かもしれねえな」

「師匠は別に力押しするタイプじゃ無いですもんね。でも特にスピード重視というタイプでも無い気がするんですけど……本当に合うと思います?」

「ん? 師匠?」

「あ、私、サイラスさんの弟子なんですよ。それで、あっちの剣から作る予定の長剣二本の内、一本は師匠にプレゼントするつもりだったんですけど、それよりもこっちの剣を贈った方が喜ばれますかね?」

 他人に合う剣がどれかなんて私には皆目見当も付かないので、親父さんに丸っと放り投げてみた。専門家が居るんなら丸投げした方が間違い無い。

「そうさなぁ……あっちの剣から作る予定の長剣も、結構な品に仕上がるとは思うが……どっちがよりサイラスに合うかで言えば、この剣の方が相応しいかもしれん。だがな、何度も言うが、この剣は相当な価格になるぞ? 本当に他人にくれてやるつもりなのか?」

 厳つい顔の親父さんが、「ちゃんと考えねえと、後悔するぞ」と気遣わしげにこちらを伺う。意外に優しい人だなぁ。目付きは悪いけど。

「私が大枚叩いて買った物だというなら、さすがに躊躇しますけどね。でもこれ、戦利品ですから。価格は気にしません」

 価格とか考えると……元手はゼロだから贈り物としてアウトな気がするし。身銭を切って手に入れた剣なんて無いんだもん。ここから加工したりするのに費用はかかるけど、材料費が浮いてるって考えると、最終的にはささやかなプレゼントとして相応しい額になると思うんだ。あんまりお金を掛け過ぎても受け取ってもらえない気がするんだよね。師匠もイノシシも真面目だから。


 親父さんと話し合った結果、激レア剣は握り部分を加工・調整してもらい、師匠へのプレゼントに充てる事になった。レア剣三本は長剣二本で無く、長剣一本と短剣二本にしてもらう事に。

 当初の予定と変わってしまったので材料が不足するんじゃないかと思い、家から追加でレア剣を持って来ようかと提案すると、「こいつらと同等の剣をまだ他にも持ってんのか?!」と親父さんが目を剥いた。

「あと二本あります。必要ですか?」

「凄えなオイ。何でそんなに持ってんだ」

「えー、詳しくは話せませんが……そうですね、追い剥ぎを逆に追い剥いでやった、って言えば何となく想像付きます?」

「お嬢ちゃんは返り討ちが趣味なのか?」

 正確には追い剥ぎじゃなくて、班長さんたち(というか、王弟殿下かな?)への追っ手だったんだけど、面倒なので追い剥ぎという事にしておいた。多分コレ、言わない方が良いやつだし。

 そう適当にお茶を濁したら、何か物騒な趣味が私のプロフィールに追加されかかってるんだけど……いやいや、趣味じゃ無いよ! 私は野蛮人じゃありません!

「まぁ詳しく聞くのはやめとくか。物騒な匂いしかしねえしな。そんで剣だが、この三本で足りるから追加は要らねえ。……ついでに聞くが、その余ってる二本の使い道は決まってんのか?」

「はい、決まりました」

「そうか。それは残念―――」

「邪魔なんでギルドにでも売っぱらいます」

「ちょっと待ったあああ!」



 私は基本、自分の部屋の床に物を置くのは好きじゃ無い。たかが二本とはいえ、壁際に立てかけてある残りの剣は、ハッキリ言って目障りな荷物でしかないのだ。

 それに売り払えば臨時収入になるし! イエーイ! お金様イエーイ!

 そうテンション上げ上げな私に、結構な勢いで待ったを掛けた親父さんが、「だからレアモノだって言ってんだろうが! そう簡単に売っぱらって良いのか?!」と食いついて来る。そんな凄い勢いで迫って来られても……だって邪魔なんだもんとしか言えない私を許して欲しい。いくらレアだからって、使い道無いのにとっといてもしょうがないじゃん。

 淡々と答える私の両肩を親父さんがひしと掴み、怖いくらいに真剣な顔で叫んだ。


「だったら、ギルドじゃなくウチに売ってくれ!」


 ……要するに、ギルドに売られた品を買えるかどうかは運任せになるし、何よりギルドを経由する事によってお高くなっちゃうから、って事らしい。そりゃあギルドもそれが仕事だもんね。中間マージンで儲けてる部分もあるから、仕方無いよ。

 しかしまぁ、たかが剣二本ぐらいならギルド的にも微々たるものだろうし、直接売っても何の問題も無いか、と親父さんの申し出を快諾。すると、今後も武器防具の類を入手したらギルドじゃなくて是非ウチに! と押せ押せな営業をかけられた。

 どんどん返り討ちにして追い剥げ俺が許す!とか言ってくれてるけど、だからそれは趣味じゃ無いってば!


 良い物(レア剣)を入手出来るとなった親父さんのテンションはうなぎ登りで、「意欲がもりもり湧いてきた! この滾る情熱のまま、お嬢ちゃんの剣の製作に取りかかろう!」と吼え始めたので軽く引いた。

 でも、これだけやる気を出してもらえるのは喜ばしい。きっと素敵な剣が出来上がることだろう。期待が高まるわぁ。

「ふむ、親父がここまで滾るのは珍しい。……これは危険だな」

「え? 何が危険なんです? 意欲が湧くのは良い事ですよね?」

「親父が滾って作った武器防具は、大体がああいった感じになるが。いくら物が良かろうとも、俺には使いこなせん」

 イノシシが指し示す一角には、大小の剣や楯、防具などが飾ってあった。

 そのどれもこれもが、髑髏を模した装飾が施されていたり、剣の握り部分に龍が巻き付いていたり、肩当てがトゲトゲしていたりという……なんて言ったらいいんだろ、こう、世紀末覇者の部下(それも下っ端)感が凄いというか、ちょっと中二っぽいというか。そんな代物ばかりで、正直ドン引いた。


 親父さん、滾るたびに黒歴史を量産してるの?! いや、飾ってるって事は本人的にはグッジョブな出来栄えなのか! 無理無理、似合う人ならともかく、私も師匠もイノシシもこんなん似合わないから! 大体アレ、絶対に使い勝手が悪いでしょ?! 持つとこがあんなにゴテゴテしてたら、武器として致命的に役立たずなんじゃないの?!


 私が欲しいのは実用品だから!と慌てて親父さんを軌道修正。大層不満気だったけど、一応納得してくれた。

 イノシシがしたり顔で「腕の良い職人というのは、えてして変わり者が多い」と述べていたので、この親父さんから目を放したら危険かもしれないと不安を煽られ、完成するまではマメに通って軌道修正を続ける事に。

 完成間近になったら熊も狩りに行かなきゃ。どうせなら恩返しをいっぺんに済ませちゃいたいしね。あ、その前に熊鍋を振る舞う会の根回しもしなきゃだった。地味に忙しいなぁ。でも頑張れるよ。だって、大切な人たちに恩返しは絶対にしたいし、何より……新たな武器で、私、パワーアップ! 超楽しみ!


 パワーアップ……出来るのかなぁ。何か不安が残るけど、大丈夫かなぁ。


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