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トラウマイベントへの考察と対策

「あら? 今日って、メンテナンスの日だった?」

「いえ、今日は純粋に本を求めて来ました」

 声をかけてきた館員さんにそう返せば、「それは素敵ね。ぜひ堪能していって」と笑顔で撫でられた。

 割とよく撫でてもらえるのは喜ぶべき事なのか、毛根の未来を思い憂うべき事なのか。

 そんなどうでもいい事を考えながら、図書館内の閲覧制限のかかった書の置いてある閲覧室(だから長いって)へと足を踏み入れる。

 本を目的としてここへ来るのは久しぶりだ。

 長いこと通っていた第五閲覧室にも、短期集中で通い詰めたこの閲覧室にも、必要な書を読破した後はあまり近寄らなくなってしまった。


 いや~、私、格別本好きって訳じゃ無いんだよね。必要だから読んでただけっていうか。だから本当に必要だと思った書(魔術書と一部の呪術書)しか読んで無いんだよねぇ。


 先日、“紙以外へ魔術の陣を描く”という事に関してオルリア先生と熱い議論を交わそうと思っていたら、シュラウトスさんが至極あっさり「図書館の練習部屋がその代表格なのではございませんか?」と指摘してくれた。

 そうだよ。練習部屋って、壁に直接陣が描いてあるんじゃん。むしろ今は私が描いて(実態はただの拡大コピペだが)るし。

 ってか、図書館だけじゃなく、他の建物だって陣が描いてあるとこあるよ。先生宅の大広間だって壁に図書館と同じような陣が描いてあるし、前まで通ってた道場だって防音の陣が描いてあった。

 “そうしてあるのが普通”だったから気にも留めて無かったわ。不覚。


 もうちょっと周りを見て生きようぜ、と自分にダメ出しながら、目当ての書棚へ向かう。“紙以外へ陣を描く”実例があるのは分かったけど、どういう条件下でそれがきちんと成り立つのかが知りたいのだ。

 紙に描いた陣は術を発動させると、その紙自体が跡形も無くなる。

 しかし壁に描かれたものは、壁が無くなる訳ではない。まぁ壁が無くなったら普通に倒壊するけども。代わりに、図書館(ここ)の練習部屋だと3ヶ月程度で描かれている陣が薄れてきたり部分的に消え始めたりする。

 ではその違いはどこからくるのか。


 材質によるもの、なのかなぁ? 陣の発動に紙は耐えられない、けど壁は耐えられる、とか? 耐えられる代わりに、長期間使用すると陣が消えていくって事? それとも回数制限的な事なのか?


 疑問を解消すべく、目の前の書棚から1冊抜き取り、ぱらぱらとページを繰る。

 閲覧制限のある高等魔術書は全て読破していて、私が知りたい内容が書かれてはいないと知っているけど、ひょっとしたら見落としがあるかもしれない。今日はその確認に来たのだ。ちなみに先生宅の書も全部確認したけど、やっぱり記載されて無かった。


 自分でイチから実験していけば良いだけなんだけど……ちょっと道のりが遠そうで。とっかかりだけでも拾えるとラクなんだよね。そろそろ準備に入らないといけないからなぁ。


 私が何に備えているのか。

 それはイベント―――正式には“トラウマイベント”である。

 ゲーム上の攻略対象者たちにもれなく用意されている、哀しみしか生まないイベント。

 例えばサイラス師匠なら、婚約者に心変わりされ、振られてしまうというもの。

 振られるぐらいへっちゃらだろ!

 ……なんて、失恋した事の無い私には言えない。もしかしたら世を儚む程の絶望なのかもしれないし。恋愛経験の無い奴が軽々しく言って良い事じゃ無いよね。


 それが発生する事により、攻略対象者たちの心に癒えない傷が刻まれたり、悩みを抱えたりするという、当人たちにとっては史上最悪であろうイベント。

 ヒロイン登場時には既に終了しており、ゲーム上では過去話として断片的に出てくるだけのイベントであるが、しかしそれらが発生していないと乙女ゲームとしての機能に支障をきたす……んじゃないのかなぁ、多分。

 攻略対象者がヒロインと親しくなるにつれ、その心の傷をさらけ出したり悩みを零したりするようになり、それをヒロインが時に慰め、時に励まし、時にカツを入れ、そうして粛々と攻略されていく事になるのである。


 私はその邪魔をする気は毛頭無い。その気持ちに変わりは無い。

 むしろ、頑張れ!と沿道から旗を振って応援したいぐらいだ。ヒロインの愛の狩人(ラブハンター)としての腕に期待してるからね。もちろん、信頼はして無いけど。

 というか。

 嫌な出来事なんて、生きてたら誰にだってあるんだよ。攻略対象者だけが特別な訳じゃ無い。悲しい出来事も不幸な出来事も、生きていく上で誰にだって降りかかる可能性がある。皆、それらを何とかして生きている。立ち向かうか逃げ出すかは本人次第。そういうものだ。

 だから別に、私がそれらのトラウマイベントを『可哀想だから』とか思って回避出来るよう奮闘してやる義理なんて無い訳で。


 結論として、師匠には潔く振られてもらおうと思ってる。


 ……うん、本音を言うと、親しくなった人が辛い目に合うのは喜ばしくは無いよね。

 見知らぬ他人の不幸を助けようとするようなヒーロー精神は無くても、仲の良い人のためなら何かしたいし、それが無理でもせめて慰めたい。そう思う程度の良心は私にもある。前世の私だって、親友たちに助けてもらったり励ましてもらったりして生きてたんだから、自分だってそうしたいと思うのは当然だ。

 だけど、師匠が振られない、イコール、ヒロインのお相手候補が減ってしまうという事で……やっぱり、手出しは控えようと思う。手出しは控えると言うか、恋愛事の経験値がゼロの私に出せる手なんて元から無いとも言うけど。あれ、何だろこの地味な敗北感。


 仮に師匠が振られず、ヒロイン登場時に婚約状態が維持されていた場合、ヒロインがその凄腕をもってして婚約者から寝取っちゃうという可能性も―――あかん、それはあかん。真面目な師匠はきっと自分が振られる以上に苦悩するだろうって予想出来ちゃうわ。ここはひとつ心を鬼にして、我関せずを貫こう。それが良い。

 それに、前世でこのゲームを貸してくれた斉藤君も言ってたじゃないか。

「寝取るなんて美しくない。横恋慕した挙句に奪い取るだなんて、そんなの純愛だなんて言えないよ。せいぜい純愛(笑)だ! そこに愛があろうとも、僕は断じて認めない!」

 そんな彼は、寝取られは萌えるから推奨すると言って―――うん、コレ、どうでもいい思い出だったわ。ちょっとこの記憶の扉は閉めとこう。

 まぁぶっちゃけ、いつ発生するイベントなのかも記憶に無い(思い出す努力をしなかったからね!)んだけどね。薄情な弟子ですまん、師匠。



 さて、そのトラウマイベントだが、当然攻略対象者全員にある訳で。

 ……あ、ルナ王子だけは具体的なイベントは無かったかな?

 彼の場合は、王子として生まれた義務とか孤独感とか、何かそんな思春期みたいな感じのやつだったと記憶してる。

 うん、ごめん。そんな感情、ちっとも分からないや。だって私、平民だし。仲良し家族に囲まれて孤独感ゼロだし。

 いや、前世の中学時代ぐらいまでを思い出せば―――あ、やっぱ今の無しで。思い出すと何か……何か……うん、無しで。

 てか、王子として生まれた孤独感とか言ったって、ルナ王子は四男じゃないか。上に三人居るんだから、相談すれば良いじゃないの。確か兄弟仲は良かったはずだし。

 不自由しない場所に生まれて、鉄拳制裁してくれるような頼もしいお母さんも居て、何が不満なのよ?

 そりゃ立場によって悩みなんて変わってくるって事ぐらい承知してるけど……両親は亡く、血縁者に居ない者として扱われる事を考えれば―――ああ、あー……何かモヤッと……何か……いかん忘れよう。よし忘れた。綺麗、さっぱり、忘れた。よし!


 そんな感じで、心の中で王子に贈る言葉は『甘えんじゃねえ』に決定。彼のイベント、というか悩みもスルー案件だね! 別に仲が良い訳じゃ無いしね! 知るか!



 王子は放り投げておくとして、未だ出会っていない攻略対象者があと二人居る。

 一人はヒロインよりひとつ年下の魔法使いの美少年。

 確か、どえらい美少年っぷりが災いし、同性におかしな事をされた、もしくはされかけたとかそういうイベント、だったかな?

 うーん、これは気の毒だわ……。

 私自身は別に同性愛云々を否定するつもりは無いし、同性愛者だろうが異性愛者だろうが、そんなの個人の勝手でしょ?ってスタンス。同性愛自体はこの世界でもある程度認められてたはず。

 だけど、無理やりってのは人としてカスだとしか思えない。そういう輩のナニは一刻も早く斬り落とすべき。人権どころか、呼吸をする権利すら奪ってやりたい。物理的に。


 残る一人は、顔にごっつい傷を負った剣士……冒険者だったかなぁ? とにかく顔の傷がインパクト大で、それ以外の外見の印象があんまり無い。

 確かこの人は、魔獣に唯一の肉親を殺されてたり、その後も守りたい人を守れず、自身も癒えない傷を負った(癒えないというか、自分への戒めとして治療すら拒否したってエピソードがあったかな)とかいう、そんな、トラウマ何個お持ちですか?って人だった。

 重い。なにこの乙女ゲーにあるまじき重さ。何かもう、彼に至っては世界観が青年誌みたいなんだけど。この人の心を溶かす手腕を持ったヒロインを素直に尊敬するわ。


 しかしあれだよね。この人とか前述した美少年とかのトラウマを思うと、やっぱりついついこう思っちゃうよね。

 振られるぐらいへっちゃらだろ!

 ごめん師匠、盛大にディスってごめん。師匠にとっては重大な事だろうから、絶対に本人に言うような事はしないよ。そういう空気は読むよ、私。

 話を戻して。

 美少年魔法使いと顔傷剣士のトラウマイベントは非常に哀れだと思うが、しかし私にしてやれる事は無い。

 だって、出会って無いからね。悪いけど、何をどうする事も出来ません。名前すら覚えて無いんだよなぁ。美少年は、何か神話っぽい名前だったかな?ぐらいの記憶しか無い。オルリア先生やサイラス師匠のときみたく、聞けば「それだ!」って思うんだろうけど。

 そもそも美少年たちは、私の記憶が確かなら王都住まいですら無かったはず。どこの街に住んでる(住んでた)のかまでは、ゲーム上でも開示されて無かったと思うし……ますます何もしてやれない。

 とりあえず心の中でエールだけ送っとこう。


 負けるな! いずれヒロインがその心の傷を(五人の対象者中一人の確率で)癒してくれるはずだから! それまで耐えて! 私、応援してるよ!


 よし! 終了!

 ……まぁハッキリ言っちゃうと、他人事だし。

 コレが大事な人に降りかかる出来事だってんなら阻止しようと必死になっただろうけど、現段階でこの二人は完全に赤の他人。知り合ってすら無い相手をどうこうしてやる義務は無いからさ。

 むしろ、見知らぬ人のためにエールを送っただけでも、私にしちゃ上等でしょ。

 ……こういう部分が王弟や王子に見込まれる要因なんだろうな。

 でも反省も後悔もしない。こうじゃなきゃ生きてこられなかった部分もあったから。

 何よりこの性格の悪さ、別に嫌いじゃ無いし! あはは!



 ま、己の性根の歪みは今は関係無い。

 いろいろと考えながらもざっと目を通したが、やっぱり私の求めている知識はここの書には無いようだ。

 大して数多くはない高等魔術書を、それでも延々書棚から出し、目次を追い、失望しながら戻す、を繰り返し手が疲れてしまった。

 閲覧室から退室し、手首をぐるぐると回しながら、さてどうしたもんかとあてどなく歩き出そうとすると。

「おやシーデ君。まだメンテナンスには早いと思うのだが」

 正面から、ナイスミドルな館長さんの登場。そして不思議がられた。

 メンテの日以外に出没する事もあるんだよ、私。昔はそうだったじゃない。

 それともアレかな。暗に『最近はお見限りだったくせに』と、スナックのママ的な感じでチクリと嫌味を言ってくれてんのかな。考え過ぎ?


「ちょっと調べものがあったんですよ。結果は芳しくなかったですけど」

「君の調べものと言うと、魔術関連かね?」

「そうです。実は―――」

 図書館の主である館長さんなら、何か役立ちそうな書を知ってるかもしれない。

 なんてご都合主義で彩られた事を考え、欲しい情報を口にする。もちろん、イベント云々なんて事は言いません。狂人扱いはごめんだよ。

 すると、髭をさらりとひと撫でして考える素振りを見せた彼は、「そういう事ならば、参考になるものがあるかもしれない」と私を館長室へ招いた。

 え、ご都合主義が発動しましたか? マジで? 言ってみるもんだ!

 そうして通された館長室で、ソファへと座り出された高級な紅茶を堪能していると、館長さんがテーブルの隅に本を積み上げ始めた。


「これは? 魔術書、じゃ無いですよね?」

「これは先々代館長の手記―――と言うよりは、業務日誌と言った方が正しいかな」

 先々代館長さんの業務って……超興味無いよ。現役館長さんの業務すら興味無いのに。

「先々代の館長であった方は、好奇心の塊のような方だったらしくてね。それも、ひとつの分野にという訳でなく多方面に興味を示し、だからこそ様々な知の集うこの図書館の館長という職に就いたという方だったのだが」

 そこから館長さんの(私の忍耐力を試しているとしか思えない)長い語りが始まったのだが、要約すると。

 先々代の好奇心旺盛な館長さんは、当然の事ながら魔術にもその好奇心を発揮していたそうで。テーブル上に置かれた日誌の中に、当時調べた事や研究結果などが記されている、と。

 ただし。

 多方面に好奇心が分散されるタイプだった上に飽きっぽい性格をしていたようで、唐突に好奇心が別方向へと突っ走る事が多々あり、日誌の中はカオスと化しているらしい。知を好み書を愛する目の前の館長さんをもってしても、途中で読むのを断念した程だと言うから相当だ。

「しかし、魔術に精通している君が読めば何かヒントを得られるかもしれない。風変りな人物同士、何か通ずるものがある可能性もある」

 ここからの持ち出しは許可出来ないが、もし良ければここで読んでいくかね?と続けた館長さんの申し出に、一も二も無く飛び付いた。

 途中、館長さんが私をどう思っているのか分かってしまう言葉が紛れ込んでいた気がするが、きっと気のせいだろう。『風変り』とか、全然聞こえなかったよ。うん。


「閉館前には戻るから、それまでは好きにしていると良い」

 そう言い残し去って行った館長さんを見送り、詰まれた日誌に手を付けた。

 館長室に部外者一人を置いてくって、不用心だなぁ。それとも、ちょっとは信頼されてんのかな?

 少しのくすぐったさを覚えながら手にした日誌に目を落とすと、そんな和やかな気持ちは一瞬で掻き消えた。


 やばい、マジでカオスだこれ。日誌……日誌? この書き方は日誌じゃ無いでしょ。何でありとあらゆる方向から書き込んでんのよ? これじゃただのメモ帳だよ! 読みづれえええ!


 内心で先々代館長に悪態を垂れながら、それでも読むのをやめるという選択肢は存在しない。糸口だけでも掴めれば御の字だ。

 私は、何としてでもトラウマイベントを阻止しなくてはいけない。

 いや、四人の攻略対象者たちに関しては放置プレイ、という事でシーデ脳内会議は決着したんだけどね。

 もう一人―――そう、オルリア先生。

 ヒロインの邪魔はしないと言ったが、すまんあれは嘘だ。

 申し訳無いけど、先生のトラウマイベントだけは絶対に完遂させない。発生させないってのはちょっと難しいんだけど、とにかく完遂だけは防ぐ。



 先生に出会った当初、教えてもらう魔術があまりにも素直過ぎて、これなら自分だけでも到達出来ただろうと思った。

 それでもその関係を維持してきたのは、ひとえに『利用出来そうだ』と考えたからだ。

 先生を、では無く、先生の“立ち位置”―――つまりは、魔王討伐隊に参加する唯一の魔術師枠(百合枠? 全然聞こえない!)という立場。先生以上の魔術が使えるようになれば、その立ち位置に私が取って代わる事が可能なのではないかと、そう踏んだのだ。

 先生以上の魔術が使えるようにならなかった場合、そもそも魔王を倒すなんてのは私には夢物語だという事になるので、余生を楽しむ方向へシフトチェンジするしか無かったのだが。幸い現状でも先生より使える術が多いので、第一段階はクリアーしているはず。率直に言うと、その師であるシュラウトスさんと競り合うレベルに私の魔術の腕は上がってると思う。過信は大敵なので、今後とも努力を惜しむ事はしないけど。

 ちなみに討伐隊のメンバーがゲーム上、シュラウトスさんではなくオルリア先生であったのは、ひとえに乙女ゲーだからという理由だと思われる。じじいを攻略対象にしてどうすんだ(尚、枯れ専と百合好きのどっちの人口が多いのかは私の知るところでは無い)っていうね。城付きの魔術師長ってのもいるけど、そっちも確かじじいだったはず。……この国、強いじじいが多過ぎない? 気のせい?


 どうして討伐隊にこだわるのかと言えば、それが一番手っ取り早い方法だから……というよりも、それしか方法が無いからである。

 魔王登場、討伐隊結成、異世界からヒロイン召喚。

 諸々の準備期間を経て出発した討伐隊は、魔王登場に合わせて各地に出没した超強い魔獣を倒しながら進み、一体倒す毎に魔王に張られた結界が弱まり、全部倒してようやく魔王本体に手が届くようになるという、ごめん、王道過ぎてちょっと恥ずかしくなってきた。

 まぁゲームしてる側にしてみれば、魔獣を倒す部分はボタン連打するだけの簡単なお仕事(二週目以降はオートでスキップしてたから連打の必要すら無かった)だったんだけどさ。そりゃ乙女ゲーとしては、重要なのはそこじゃなくてその旅の間に起こるイベント各種だもんな。魔獣倒して、お、こいつ高値で売れるんじゃね?とかいうシーンなんて無粋だよね。


 で、どうして討伐隊に加わってそれを順々に熟さなくてはいけないのかと言うと。

 魔獣がどこに出没したのか覚えて無いからですよコンチクショウ。

 もう、ほんとに、私のポンコツ!!

 と、何度脳内で自分を詰ったか分からない。

 だって、だってさ、キャラの濃いエピソードとかはある程度印象に残るけども、二週目以降はオートでスキップしてくような部分、覚えてらんないよ! 地図をガン見してみたけど、どの地名もまったく記憶を刺激しなかったよ!

 RPGみたいに自分で行く場所決めて「ここではこういうモンスターが出るのね、ふむふむ」とかって攻略してくんならともかく、自動で次の場所に行ってくれちゃうしさ! 画面に一瞬、~○○の森~とか~○○山~とか出たって、何の印象にも残らないに決まってんじゃん! 凄い面白い名称とかだったら私だって覚えてたよ、きっと!



 と、まぁそういった経緯で討伐隊のメンバーに己を捻じ込むつもり満々な私は、そのためにオルリア先生の弟子として今日まで過ごしてきた訳なのだが。

 能力的に先生を超えた、という自信があるのなら、別に彼女のトラウマイベントを阻止せずとも討伐隊メンバーとしてのポジションを強奪する事は可能なのではないのか? わざわざ阻止する必要があるのか?と、考えなかった訳では無い。

 事実、出会ったばかりのころは、トラウマイベントなんて放置して、ただただ先生を超えればそれで良いと考えていた。


 ハッキリ言おう。

 可能かもしれない、けど私にその気は無い。

 正直言えば、最悪、討伐隊に入れなくても、こっそり付いて行くという手段も無くはない。現実問題付いて行けるかどうかは分からないけど、今からストーキング能力を磨くとか(したくないけど)すれば、やってやれない事は無い、と思う。

 だから別に、先生のトラウマイベントを阻止するってのは、魔王討伐という部分だけに着目すれば、必要のない事。


 だけど、私が嫌だ。


 そのイベントのせいで先生が精神を病むというのももちろん嫌だけど、絶対に嫌だけど、それに加えて先生がそうなってしまった原因―――そのイベントが発生し完了する事によって、“先生の兄様が他者に殺害される”というのが。


 私は、絶対に、許せない。


 そう、結局コレは私の都合。

 商売が好きで、奥さん(姉様)(オルリア先生)を愛してて、その妹の弟子ってだけの私にまで優しくしてくれる、伯爵様らしくない兄様。

 ちょっとお馬鹿でちょっと面倒で、でも私の『おませさんだから』という人を煙に巻く気しかない言葉を聞くと、またそれか、という顔をしながらも追及はしないでくれる人の良い兄様。

 私の“大切な人枠”に入ってる彼を、死なせたくないという、ただそれだけの理由。


 自分勝手だなんて分かってる。

 だけど、先生のそのイベントが完遂されようとも、私の中で既に確定している“先生の立ち位置を掠め取る”という予定に変わりは無い。つまり、ヒロインにとっての攻略対象者が一人減るってのは決定事項な訳で。

 だったら、そのイベントを立ち消えさせたって無問題でしょ?

 攻略対象者から外れる先生のイベントなんて、消えようが潰れようが構わないよね?

 むしろ、攻略対象者中、最多である4通りというバッドエンド数を誇るオルリア先生を外しておくのは世界平和のためでもある!……はず!

 てゆうかね、良いのよ。もしヒロインが誰ともラブラブになれなくったって、私が代わりに魔獣殲滅して魔王撲殺―――は無理だけど、滅殺するから!

 つきましては前略ヒロイン様、攻略対象者が一人減るけど、勘弁してね! かしこ!



 よし。言い訳終了。

 これで心置きなく先生を助けられる。

 どだい無理な話だったんだよね。自分に関係無い人はどうだっていいけど、それは裏を返せば“親しい人を見捨てるのは嫌”って事なんだから。

 仲良くしてくれる人の凶事を見過ごすなんてしないよ、私。

 だって私は、魔王を倒して平和になった世界で、一人で生きたい訳じゃ無い。

 平和な世界で、好きな人たちと一緒に幸せに生きていきたいんだから。




 あ、でも師匠のイベントは俄然スルーしますけどね。

 だって……振られるぐらいへっちゃらでしょ?!

 いやもう本当に申し訳無いけど、でもさ、オルリア先生のイベントに比べて全然へっちゃらな案件でしょ?!

 片や兄を殺され精神を病む、片や彼女に振られるって、師匠には悪いけど、明らかに後者はどうでも良い事件だと思うんだよ! むしろ事件ですら無いんじゃないかな!

 それとも、乙女的には振られる方がダメージがでかいの?

 私、一生かかってもそんな乙女心は理解出来る気がしないわ!


「あー、目ぇ痛い頭痛い……」

 乙女心の複雑さに頭を悩ませ、そして複雑怪奇な日誌に目を翻弄されていたら、両方ともがオーバーヒートし始めた。

 あかん、読む方に集中すべきだった。ただでさえワッケワカラン書き方してあんのに、これ。

 確かに魔術についての記載もある。あちらこちらに記述が散らばってる。

 だけど、どうして!

 陣についての検証をしてる最中に食事の事を考え始めちゃったの、先々代館長!

 『陣を描く際、やはり交わる線の角度も術に影響してくるようだ。角度を鋭角にすればするほど―――ムニエルに添える柑橘はレモンが王道であるが、しかし魚の種類によってはオレンジの活躍が期待され』―――って、おい! 文章が嚙み合って無い! 鋭角にすればするほど何なのよ?! 結論までちゃんと書いて! 自分の脳内だけで完結させないで! オレンジの活躍は今どうでもいいから! あいつは単体でも充分魅力的なやつだから!

 館長さん、私ならこの文章から何かを感じ取れると、どうしてそう思ったの?! 先々代館長は『風変り』なんて言葉で済ませられない紙一重さだと思うんだけど!


 ツッコミが脳内を乱舞してるせいで、ますます文章を追えない。文章と呼べる程にまとまってないのが余計に辛い。

 唸り声(もしくは怨嗟の声)を上げながら、難解過ぎる日誌と格闘を続けていると、軽いノック音と同時に館長室の扉が開かれた。

「ようシーデ。頑張ってるか?」

 顔なじみの館員のお兄さんが、様子を見に来てくれたようだ。


 ……ん? あ、ああっ! そうだ!


 彼の顔を見て、私の脳裏にひらめきと安堵が走る。

「なんだ、ここに実例が居るじゃん。そうだよ。このお兄さんだって、振られ続けながらもこうしてめげずに生きてるんだもん。そしてまた懲りずに恋をするんだから、別に一度や二度の失恋ぐらいへっちゃらって事じゃん」

「ぅおいっ! 何で出会い頭に喧嘩ふっかけてくれてんだよ?!」

 彼の数々の武勇伝(失恋話)を思い出し、口からどどっと漏れた本音に過剰な反応をいただいた。

 やだなぁ、喧嘩なんて売ってないし。

「違いますよ、褒めたんです。そして感心したんです。懲りないって素敵ですよね」

「確実に馬鹿にしてんだろ?! 勘弁しろよ! 振られたばっかだってのにこの仕打ち……俺の失われた恋心に敬意を払え!」

 おお。失恋ほやほやとか、なんてタイミング。

「ちなみに何度目の失恋ですか?」

「はち―――いや待て、失礼な事を聞くなよ! 俺の心は泣いてるぞ?!」

「八度目かぁ。七転び八起きを地で行くんですね。素晴らしい。これで私の心は救われました。ありがとうお兄さん!」

 いや~、師匠の失恋を見捨てる事への罪悪感がゼロになったわ! とても晴れ晴れとした気分!

「ん? 何だシーデ、お前も失恋したのか?」

「初恋もまだですが何か」

「初恋……あー、いいなぁ甘酸っぱい響きだ。俺にもそんな時代が」

「あ、すみません。今、素晴らしく清々しい気持ちなので。この勢いに乗って難敵であるこの日誌たちを読み倒したいので、お話はまた今度」

「何でお前、俺の失恋で清々しくなってるんだ?! なぁシーデ、俺に何か恨みでもあるのかよ?!」


 日誌を手にしようとしたら、その手をお兄さんにガッチリ掴まれて妨害された。

 んもう、めんどくさいなぁ。

「お兄さんは、頭が良くて女性に優しくて、おまけに格好良いでしょう? そんなお兄さんを振るなんてありえないですよ。今までお兄さんを振ってきた女性たちは、お兄さんの“運命の相手”じゃ無かったって事なんじゃないですか?」

「運命の相手?」

「ええ。どこかにお兄さんが見つけてくれるのを心待ちにしている女性が居るはずです。もしくは出会っていても気付いていないのかも。だからあんまり消沈しないで、お兄さんの“運命の相手”を探してください。ね?」

 お兄さんの手をそっと握り返し、ぞんざいな励ましの言葉を小さな微笑みでラッピングして贈呈。

 悪いけど、私に言えるのは見え透いたお世辞とありきたりな鼓舞ぐらいなもんだよ。これでも頑張った方だ。私のリップサービスは基本、女性のためのものなんだから。

「運命の相手……気付いてない……俺の失恋が清々しい……それじゃまるで……いや違う、それはマズいだろ! 違う、俺はロリコンじゃなああい!」

 私の『早く日誌の続きを読みたい』という気持ちにあふれた適当な慰めの言葉は、お兄さんの心の琴線のどこかに触れたようで。

 彼は何事かを叫びながら走って部屋から飛び出して行った。何なんだ。思春期? それとも発情期? 喧しさという点においては似たようなものかも。


 しかし、良い気分転換にはなった。

 お兄さんの経験則から、師匠は放置しても大丈夫だと太鼓判を押してもらえた(?)だけでも収穫だ。

 この爽快な気分のまま、難解な日誌に挑み、打ち勝ってみせる!

 そうしてせめて手掛かりだけでも拾い上げてみせる!

 待っててください、オルリア先生。

 先生と兄様は、絶対に私が助けるから!!




シーデは討伐隊のメンバーがオルリアだった事を「シュラウトスさんがじじいだから」だと推察していますが。

実際には、シュラウトスは王弟の下で表に出られないような仕事をしていたので、彼の実力は裏の世界でしか知られていません。なので彼は元から選考の対象外でした。

魔術師長が選ばれなかった理由は、高齢過ぎて魔王を倒す道半ばでぽっくり逝きそうだからです。


以上、どうでも良い補足でした。



本編に関係の無い小話(会話文)を本日(2017/2/5)の活動報告に置いておきました。

暇つぶしにどうぞ (`・ω・´)

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