閑話・日常のアレやコレ2
大変遅くなったうえに閑話ですみません m(_ _)m
王子からの勧誘翌日・クランツの店にて
「クランツさんクランツさんぐっ」
「いつにも増して騒々しいですね。朝の挨拶もせず人の名を連呼するなど、品性を疑われますよ」
「んぐんぐ……ふぅ、おはようございます。ちなみにクランツさん、朝の挨拶もせず毎度私の口にチョコを押し込んでくるご自身についてはどうお考えで?」
「様式美です」
「ああ、それ言われたらもう何も言えない……」
「おはようシーデちゃん。ごめん出遅れちゃったよ。もうお水は要らない?」
「要る要る! ありがとうエヴァン君! んくんく……」
「―――えいっ」
「んぐっ?!」
「うーん、やっぱりまだクランツさんみたいに上手に押し込められないな」
「んぐぐ……はぁっ、びっくりした」
「ごめん、オレ、もっと頑張るから!」
「やめて頑張らないで。チョコを押し込む係は間に合ってるから。クランツさんから悪影響受け過ぎじゃない?!」
「今のチョコレートはいかがでした?」
「いかがって、今のはさすがに苦し過ぎてそれどころじゃありませんでしたよ」
「そうですか。今のはエヴァンが初めて試作したものだったのですが」
「まずは苦しくないように押し込める練習からしなきゃ駄目ですね!」
「違う違う努力の方向性が違う! 押し込めなくて良いんだよ? 手渡してくれれば今すぐに味わって感想言えるから! あーんとかでも良いから!」
「じゃあはい、あーん」
「あーん……んー、ん、15点」
「辛口採点!」
「友情と商売事の評価は別物だよ。友情得点を加味すると100点なんて一瞬で超えちゃうし」
「採点の意味がありませんね。ところで本日はどうしました? また賄賂用のチョコレートをお求めに?」
「あ、そうだった。チョコ押し込まれに来た訳じゃ無いんだ。クランツさんのデレを確認に来たんですよ、私」
「頭は大丈夫ですか?」
「うわぁ、人に言われると地味に傷付くなぁソレ。じゃなくって、私、聞いちゃったんですよ。私の事を探りに来た不審人物にクランツさんがどう対処したか」
「……何の話か分かりませんね」
「ふふふ、とぼけても無駄です。ここに証拠の書面がありますからね」
「見せてもらいましょう」
―――ボッ
「燃えた?!」
「おや、俺とした事が。魔力の制御が甘かったようです」
「クランツさんが制御に困る程の魔力持ちだなんて、聞いた事ありませんよ?!」
「実は俺には秘めた力がありまして」
「そんな恥ずかしい設定を捏造してまでデレを隠したいと?!」
「何の話でしょう?」
「くっ、美青年のすまし顔、腹立つわぁ」
「お客さんとかだったら、今のクランツさんの表情はレアなご褒美だって言うのに」
「やだ、初めてこの店のお客さんたちにぞわっとした。ご褒美とか言っちゃうあたりがホンモノ過ぎる」
「それに関して、貴女にだけは何も言われたくありません。そちらの店には貴女の褒め言葉を心待ちにする奇妙な女性が集っているでしょうに」
「女性が褒め言葉を心待ちにするのは当然じゃないですか。少なくとも、クランツさんの冷ややかな応対に身悶える女性たちよりは健全ですよ」
「オレにはどっちもどっちに聞こえるなぁ」
「ま、まぁ、不毛な議論はやめましょうか。大事なお客様をアレコレ言うのは良くないですし」
「そうですね。大事なお客様ですからね」
「クランツさん、その本音は営業中は隠してくださいね。オレ、路頭に迷いたくないんで」
「当たり前でしょう」
「えーっと―――『何故それ程までにシーデの事を知りたいと? よもや、俺の大切な友人に邪な事を企んでいるのでは』」
「シーデ?! その書面は?! 先程燃やしたはず……まさか俺にダミーを掴ませたと?!」
「いえ、これは控えです」
「寄こしなさい」
「ふ、また燃やされると分かっていて渡すような愚者に見えますか?」
「オレも見たいな。ちょっと貸してもらえる?」
「エヴァン君なら良いよ。はい」
―――ボッ
「燃えた?! ちょ、エヴァン君?!」
「ごめんシーデちゃん。実はオレにも秘めた力が」
「それは何のノリなの?!」
「正直に言うと、雇い主のアイコンタクトには逆らえなくって」
「ふふ、どうやら貴女は愚者だったようですね」
「まぁ控えは大量に用意してあるので何枚でも燃やしてくれて構いませんが」
「全て寄こしなさい」
「お断りです。というか、燃やし燃やされをしに来たんじゃなくってですね。どうせなら私に向かってデレてくださいよって言いに来たんですよ」
「百年後に出直して来なさい」
「お互いに墓の中ですよ、それ! せめて十年後で!」
「却下します。そろそろ店を開けるので、お引き取り願えますか?」
「ついに退店要請?! クランツさんの意地悪! シーデ、グレちゃうから!」
「その気色悪い小芝居はやめろと言っているでしょう!」
(あーあ、シーデちゃん、走って帰っちゃった。オレに聞けば早いのに。本人の居ないところでは結構デレてるんだけどなぁ、クランツさん)
「エヴァン、要らぬ事を考えていませんか?」
「え?! いや、まさか」
「シーデに余計な事を吹き込んだら……分かっていますね?」
「大丈夫です! 何も言いません!」(ごめんシーデちゃん。やっぱ教えれないや)
一縷の望みをかけ訪れたクランツさんの店で、私は理解してしまった。
クランツさんのデレ期が、既に終了している事を。
彼のデレ期は、まるで春間に降った雪の如く儚く溶け去っていたという事を。
しかし、私は決して忘れはしない。
彼にもデレ期はあったのだ。
ならば私は、二度目のデレ期を待とう。待つだけの価値がそれには有る。
―――なんて格好付けてみたけど、やっぱり悔しい!
なにゆえ私の眼前でデレてくれないのか!
今回のも、王子の報告書が無きゃ私には伝わってませんよ?! 陰でデレてどうすんの?! 伝えて! くっきりはっきり私に伝えて!
くそ、こうなったら長期戦を覚悟だ。私のポジティブ過ぎる友情を侮るなよ!
……何の勝負なんだろ、これ。
******
同日・オルリア宅にて
「こんにちはー。お邪魔しまーす」
「シーデ様、いらっしゃいませ」
「あ、シュラウトスさ、ん……ぶふっ」
「シーデ様?」
「ふっ、あ、の、ごめんなさっ……っく」
「……如何なさいました?」
「ふ、ふあはははは! 紳士、なのっ、に、っは、しにがっ、み、はははっ!」
「……錯乱なされているようですね。別室にお連れ致しましょう」
数分後・別室
「落ち着かれましたか?」
「大変申し訳ございませんでした」
「土下座をまるで流れるように」
「人様の顔を見て爆笑するなど言語道断。土下座如きで許される事では無いと重々承知しておりますが、どうかお慈悲を」
「少女から慈悲を乞われるなどという異常事態に、驚倒する一方でございます」
「平に、平にご容赦くださいますようお願い申し上げます」
「さて……許すのは簡単な事ですが、さりとて安易にそうしてしまうのは青少年の育成という観点からすればよろしくない事でもありますし」
「ささやかではございますが当店自慢の甘味詰め合わせを持参させていただきました」
「許しましょう」
「ありがとうございますありがとうございます」
「―――それで、一体どうなさったのです?」
「それがですね。昨日、シュラウトスさんの二つ名とやらを聞いてしまいまして。絶対笑うだろうなーと思ってましたけど、案の定笑っちゃいました。耐えれませんでした。本当にすみません」
「笑う事を予測した上で甘味を持参するその周到さ。誠に素晴らしい」
「やった、褒められた!」
「それを聞いたという事は、王弟殿下からお話があったのですね?」
「いえ、第四王子のルナ殿下からでした」
「それはそれは……王弟殿下は後継へ丸投げなさったという事ですか。あの方は私がお仕えしていた頃と変わらず、情けなくていらっしゃる」
「王様の弟さんが酷評されている」
「今のはまだ序の口でございますが」
「王様の弟さんが序章から詰んでいる」
「具体例を申しますと」
「申さなくて良いですよ。特に興味無いので」
「左様でございますか。目を付けた相手に歯牙にもかけられないあの方の情けなさは留まる事を知らないようですね」
「何となく王弟殿下とシュラウトスさんの力関係が分かったような気がします」
「一介の執事の力など、大したものではございませんよ」
「そんなこと無いですよね? 私の事を王弟殿下から庇ってくれたって聞きましたよ。おかげで無理やりルナ王子の部下にされずにすみました。ありがとうございます」
「いえ、どうぞお気になさらず。私は私の都合でシーデ様を擁護しただけでございますので」
「甘味ですか」
「甘味でございます」
「即答か……その潔さ、分かり易くてとても助かります。今後とも音物は欠かさぬようにしますので、どうぞよしなに」
「音物と言い切る貴女の潔さも相当だと思われますが……そうですね、シーデ様からの甘味便を途切れさせぬよう、王弟殿下の急所をひとつ教えて差し上げるとしましょう」
「ついにシュラウトスさんの中の私が“甘味を運ぶ便”という認識に。あながち間違いじゃ無いのがつらい。……ところで、急所って言いました? 私に王弟殿下を攻撃しろと?」
「知っておいて損はございませんよ? この言葉さえ覚えておけば、有事の際に対王弟殿下用の抑止力として覿面な効果を発揮すること請け合いですので」
「攻撃というよりは“口撃”用の急所なんですね。王弟殿下と会う事があるかどうかわかりませんし覚えておけるかも自信ありませんが、一応教えてもらっても良いですか?」
「では―――“童貞”、この一言が的確に彼の方の心を抉るでしょう」
「二度と忘れられない二文字きた」
「冷たい目で吐き捨てるように仰っていただくと効力が倍増いたします」
「男の精神的急所は世界共通なのか。何だその切ない情報。聞きたく無かった……」
「何か仰いましたか?」
「いえ別に。でも、その言葉を口にした途端、私の首が飛んでいく未来しか想像出来ないんですが」
「ご安心下さい。幾度も口にしております私の首はこの通り、胴体ときっちりくっついております」
「幾度も口にする機会があった、と」
「これ以上は王弟殿下の面目が潰れてしまう危険性がございますので、控えさせていただきましょうか」
「王弟殿下の面目なんて、これ以上潰れようが無いってぐらいにぺっしゃぺしゃにぶっ潰れてぺらんぺらんになってますよ」
「おや、何故そのような事に」
「十割シュラウトスさんのせいですけどね」
コンコンコン―――ガチャリ
「シーデ、来たのならどうしてわたくしのところに……何をしているの?」
「あ、オルリア先生、お邪魔してます」
「この状況で素直にいらっしゃいとは言えないわ。シュラウトス、一体シーデに何をさせているの? 何故シーデは床に這いつくばっているの?」
「違います先生、シュラウトスさんは悪くありません。これは自主的土下座です」
「自主的土下座」
「心からの謝意を表すのに、これ以上の方法はありませんから。まぁ最終的にモノで解決しましたけど」
「甘味ね」
「甘味です」
「そうなった経緯も詳しい内容も何も伝わってはこないけれど、解決したのならもう土下座は終わりにして良いのではないかしら? いつまでもそうしていたら、冷えてしまうもの」
「経緯も内容もほったらかして冷えについて心配してくれる先生が好きです」
「不思議ね。褒められた気がしないわ」
「最後の『先生が好き』って部分だけピックアップして覚えといてもらえれば、私は満足なので」
「貴女と話していると、何の話をしていたのか分からなくなってしまう事が時折あるのよ」
「楽しい会話は時間すら忘れさせますもんね。ところで先生、私、新しいタイプの術というか、術の方法を思い付いたんですけど」
「待って。土下座姿勢をキープしたままで何事も無かったかのように続けられても、何も頭に入って来ないわ」
「あれ? すみません。あまりにも馴染んでて、つい」
「馴染むほどに土下座を熟してきたと言うの……?」
「いえ、人生初ですが、何かこう、物凄くしっくりきております」
「はぁ……そんなものに適応力を発揮しないでちょうだい」
「美女の溜息、色っぽい」
「……貴女はすぐ余計な事に思考が脱線するわね。そしてやはり、褒められている気がしないわ」
「地上に舞い降りた女神と言っても過言では無いオルリア嬢のその艶やかな唇から零されれば、溜息すらも衆人を魅了する色香を放ち」
「違うのよ! 誰も言い直して欲しいと言った訳では無いわ! ……貴女の褒め言葉は年々過剰になっていってはいないかしら? 褒められている筈のわたくしの方が、その言葉に耐えられそうも無いのだけれど」
「照れる美女、可愛い」
「見事なまでの堂々巡りでございますね。ところでお二方とも、お茶の用意が整いましたが」
「静かだと思ったら仕事してたんですね、シュラウトスさん。ありがたくいただきたいです。何か、足が冷たーくなってきたんで」
「やはり冷えてしまったのではないの! 早く立って、ソファに座りなさい。先程言いかけていた新しい術とやらに関しては、温まってからきちんと聞きましょう」
「やはり優先されるべきは冷えの改善なんですね。先生のその冷えに対する敵愾心はどこから来るんですか?」
「女性なら当然でしょう。冷えは女の敵よ。冬が来るたび、石のように冷たくなる己の手足に絶望しているわ」
「先生、ちょっとは運動した方が良いですよ。基礎代謝を上げれば多少は違ってきますから」
「運動は苦手なのよ……運動するぐらいなら、生姜を丸かじりした方がマシだと思ってしまうぐらい苦手」
「生姜の丸かじりこそが罰ゲームだと思うんですが。でも生姜がお嫌いじゃないんなら、丸のままかじったりしなくても毎日の食事に混ぜたら良いんじゃないですか?」
「全食事を生姜味にしろと言うの? いくら嫌いでなくても、それは結構な試練だと思うのだけれど」
「味を感じる程に混ぜちゃダメですよ。すりおろした生姜を、味を感じない程度にスープとかに混ぜるんです。あとは生の玉ねぎとか―――これも丸かじりなんかじゃなくて、スライスしたものをサラダにしたりとかですね。辛みが強いようなら水にさらすとマシになりますし」
「それで冷えが改善されるのかしら?」
「血流が良くなる……んじゃなかったかなぁ、多分。うろ覚えですけど」
「本当に、貴女はそういった知識をどこから―――」
「おませさんなんで」
「それはもう良いわ。兄上も『シーデの“おませさん”って言葉は都合が良過ぎるな。ああ言われたら何も言えなくなる』と言っていたわよ」
「狙い通りなので兄様には言わせておきましょう」
「兄上の扱いが年々雑になっていくわね。気持ちは分かり過ぎる程に分かってしまうから、何も言えないけれど」
美味しい紅茶で体を温めた後、先生と“馬車に直接陣を描く(もしくは刻む)”事について話し合った。こないだ山の中で班長さんたちと出会ったときに思い付いたやつね。
そうしたらシュラウトスさんに、「紙以外に陣を、という事でしたら、それこそ図書館内の練習部屋がそれの実例なのではありませんか?」と言われ目から鱗がポロリした。
そういやそうだ。あそこは壁に直接描いてるわ。思いっきり実用化されてんじゃん。
……うーん、でもそうすると何で……いや、これは直接確かめた方が良いか。確かめた結果次第で今後のでっかい課題になるだろう。しかも急がなきゃいけない案件。よーし、燃えてきた!
しかし、やっぱり何年も言い続けていると伝家の宝刀の切れ味も鈍るらしいね。これもそろそろ封印対象かな。
私、普通の女の子に戻りま―――いや、現時点でも別に普通の女の子だったよ。これ以上普通になんて、なりようが無いよね。
異論? 認めないよ!
******
数日後・練兵場にて
「サイラス師匠、私が今、何を聞きたいのか分かります?」
「……ああ、良く分かるとも」
「わあ、以心伝心ですね! でもあえて聞きますね! ……どうしてルナ王子がここに居るんですか?」
「……紆余曲折を経たんだ」
「では、紆余の方でも曲折の方でも良いので解説をお願いします」
「ねえシーデ、僕に直接聞いてくれても良いんだよ?」
「あ、殿下は黙っててもらえます? というか近寄らないで欲しいんですけど」
「シーデ、殿下に対して口の利き方が酷い」
「口を利いてるだけ偉いと思ってください。大体、こんな人目のあるところで堂々と接触するって、何考えてるんですか? こないだわざわざ人目を憚って呼び出されたのは何だったんです?」
「あの時の話には聞かれては困る事もあったから」
「今は困らないとでも?」
「困らない。僕もサイラスに剣を習う事になったから。言わば君の弟弟子になるから、姉弟子の君と交流を図ったところで何も不自然じゃ無いでしょう?」
「……師匠? この不自然さの塊について、ぜひ解説を」
「そんな目で見ないでくれ。まぁ、そういう事だ」
「何の説明にもなってませんよ。どうして王子様が師匠に弟子入りなんて事になってるんです?」
「弟子入りというほど大仰な事じゃ無い。少し前から、殿下の剣術の指南役であった方が田舎に戻るという話が出ていたそうなんだ」
「それで、後任を誰にするか選定中だったのだけれどね」
「へー。それでその白羽の矢が師匠にぶっ刺さったって事ですか。作為的ー」
「作為だなんて。それは勿論、最終決定を下したのは僕だけれど。元々サイラスは候補に入っていたんだ。若くて優秀な人間が選ばれるのは当然の流れでしょう?」
「普通は老獪なおじいちゃんとかじゃないんですか? まぁ、師匠の優秀さは折り紙付きですけどね。はぁ……」
「……溜息を吐くほど、僕が傍に寄るのが嫌?」
「どちらかというと、師匠に弟子が増えたのが嫌なんです。私だけの師匠だったのに……独占時間が減っちゃう……」
「し、シーデ、何を」
「だって師匠はただでさえお忙しいのに、教える相手が増えたら構ってもらえる時間が減るじゃないですか。マンツーマンで鍛えてもらった方が身になるってのに、もう!」
「……君は言い方が紛らわしいな」
「そうですか?」
「それじゃあシーデは、僕が傍に寄っても嫌じゃ無いんだね?」
「嫌ですよ? だって目的は先日の件なんですよね? 私の意思が翻る事は無いので、寄って来られても対応に困るんですけど」
「先日の件をまったく含んでいないと言ったら嘘になるけど、それだけが目的じゃ無い。サイラスから剣を教わるのも勿論だし、あと、君と仲良くなりたいと思って」
「あはは嘘くさい」
「嘘じゃ無いよ。僕は今後、先日の件を踏まえて身分に拘らない視野が必要になってくる。それには、君みたいに遠慮無く話してくれる子は貴重だと思っているから」
「そんなのお忍びで街を歩けば一発でしょうに。それに、私はこれでも遠慮してるんですってば」
「あ、まだ遠慮していたんだ……参考までに、遠慮を取り払って何か一言話してもらえないかな?」
「無理です。遠慮無い一言を放った途端、付かず離れずの距離で控えてる殿下の側近さんにぶっ飛ばされそうなので」
「彼はそんな暴力的じゃ無いよ。というよりも、どれだけの事を言おうと思ったのか聞きたくて堪らないのだけれど」
「城に帰れ」
「……うん……うん。たったそれだけの言葉なのに、詰まった拒否感がありありと感じ取れて、これは結構なダメージだ。聞かなかった事にしたい」
「シーデ、頼むから自重を。頼むから」
「うう、側近さんからのクレームは無かったけど、師匠から切ない目で懇願されるという罰ゲームが発生。これは殿下のせいなので、静かに落ち込んでないでフォローしてください」
「え、胸を抉る言葉をもらった上に、それをフォローまでしなくてはいけないの?」
「欲しがったのは殿下でしょう?」
「―――っ小娘! 黙って聞いていれば、貴様は殿下を何だと思っているのだ?! いくら殿下がお許しになられているとはいえ、限度というものがあるだろうが!」
「ええええ?! 何で関係無いイノシシが怒って割り込んで来るの?! てか、何気に聞いてたんですか?!」
「練兵場のど真ん中で話されては、聞きたく無くとも聞こえるわ! 全騎士がハラハラし通しだぞ?! 代表して言ってやった俺は称えられるべきであろう!」
「あ、殿下、紹介しますね。こちら騎士団の名物、怒りっぽいイノシシ騎士です。私の友達なんですよ」
「彼の事は知っているけれど……ええと、その“イノシシ”というのは?」
「そうですねぇ、まぁ彼の二つ名だと思っていただければ」
「待て! 俺はどこから突っ込めば良いのだ?!」
「ツッコむとこなんてありますか?」
「あるだろうが! 誰が名物、いや、イノシシという呼び名を殿下にまで晒すな、いやそれより、誰と誰が友人だと言うのだ?!」
「律儀に全部ツッコもうとした結果、イッパイイッパイになってますね。とても愉快です。でも、殿下の前で大声を出すのは失礼だと思いますけど」
「む、前半に異論がある上に貴様に言われたくはないが、一理ある。殿下、大変失礼致しました」
「あ、うん。それは良いのだけれど……随分と仲が良いのだね?」
「!!」
「小娘! イイ笑顔で頷くな! 殿下、それは酷い誤解です! 俺とこの小娘は、犬猿の仲と申し上げても過言ではありません!」
「ええっ?! そんな風に思ってたんですか?! しかもそれを殿下にストレートに伝えちゃうって! 傷付いた!」
「貴様が傷付くタマか?」
「だって私は、あなたとは結構仲良しだと思ってたのに!」
「何という図々しさ! 貴様、己の言動を顧みるという事を少しはしろ! 何をどうしたら俺と貴様が仲良しなどという単語で括れると思うのだ?!」
「面と向かって罵り合えるぐらいに仲良しじゃないですか! これだけ気安い関係は、もはや友達でしょう?!」
「俺の中の友人という言葉の規格からは盛大に逸脱している! 罵り合う友人同士などおらんだろうが!」
「でも、私はあなたの事嫌いじゃないんですよ?! どっちかというと好きなんですよ?! それなのに、あなたは私を嫌いなんですか?!」
「べっ、別に嫌っているという訳では無いが……」
「じゃあ好きですか?!」
「何故その二つしか選択肢が無いのだ!」
「ええい、男らしくない人ですね! 私の事を好きなのか嫌いなのか、はっきり言ってくださいよ! こんなスッキリしない状態じゃ、この後の訓練に身が入らなくなるじゃないですか!」
「男らしくないだと?! この生意気な小娘め! それだけの憎まれ口を叩いておきながら、よくも俺を嫌いではないなどと世迷言をほざけるものだ!」
「私は嫌いな人間はその存在を己の中から抹消し視界に入ってもあれは石ころなのよ程度の認識しかしなくなる派ですよ?! 嫌いだったらこんな風に話しませんよ!」
「『その存在を己の中から抹消し視界に入ってもあれは石ころなのよ程度の認識しかしなくなる派』だと?! どこまで性根が捻じ曲がっているのだ貴様は!」
「私の性根の曲がり具合なんか今はどうだって良いんですよ! 私の事を好きなのか、顔も見たく無いほど嫌いなのか、早く答えてください!」
「嫌いのハードルが上がっていないか?!」
「じゃあ私の事を、挨拶代わりに抱きしめたいレベルで好きなのか、この世から消し去りたいほど嫌いなのか、どっち?!」
「両方のハードルを引き上げるな! 大体、この世から消し去りたいほど嫌いな人間など、そうそう居る訳が無いだろうが!」
「私、あなたのそういう根が善良なところが好きです」
「おい、急に真顔になるのはやめろ。いたたまれん」
「―――こんなにも息がピッタリなやり取りは初めて見た。本当に仲が良いんだね」
「やはりシーデは俺よりお前に懐いているな。師匠役を譲るべきか?」
「サイラス……厄介者を俺に押し付けようとて、そうはいかんぞ」
「師匠とイノシシが私を奪い合って―――無い?! 何で押し付け合ってるの?! え、師匠、そんなに私の師匠でいるのが嫌なんですか?!」
「そうじゃないが、気心の知れた相手の方が君も教わり易いのではないのかと、そう思ったんだ」
「いくら気心が知れていても、イノシシから教わる事は特にありませんよ? 一度私が負かした相手なんですから」
「友人関係だと主張した相手の心を直後に折りにいく君が分からない」
「だって本当の事ですもん。ね、イノシシ?」
「くっ……否定したいところだが、俺が負けたのは確固たる事実。反論の余地も無いわ」
「そういう真正直なところも好きです」
「だから真顔はやめろ。いたたまれん」
「見事なまでのコンビネーションだ。ねえシーデ、僕と君もいずれは姉弟弟子として、それぐらい息が合うようになるだろうか?」
「はは、無理でしょうね。いくら私がちょっぴり図太いからって、年上の王子様に馴れ馴れしく姉弟子ぶるほどの神経は装備して無いので」
「サイラスに師事している時間ぐらいは、ただの弟弟子というスタンスで接してくれれば良いよ。だから遠慮なんてしないで、弟子仲間としてよろしくね?」
「うーん……嫌だとゴネるのは簡単ですけど、師匠が受けられた話に口を挟む権利は私には無いんですよね、実際」
「そう言う割には、顔に嫌悪感がありありと浮かんでいる気がするのだけれど……?」
「だって、普通弟弟子って言ったら可愛がる対象なのに。自分より年上で身分が雲の上過ぎる弟弟子なんて受け入れ難い。可愛がれる気がしない。王子様なんかじゃなくってもっと普通に可愛い弟分が欲しい。妹分でも良い。てゆうか弟か妹が欲しい」
「最終的に只の願望になったな。最後のは君の両親に言うべきじゃないか?」
「言えませんよ。子供は授かりものですし、子づくりなんて夫婦間のデリケートな部分でしょう? 例え家族であれ、無闇に踏み込むのは失礼じゃないですか」
「こっ、子づくりなどという言葉を未婚の子女が発するな、この馬鹿者!」
「ごめんよママン」
「なっ?! 誰がママンだ!」
「あー……えーっと、うん。君、本当に13歳? 流石に今の発言は……引く」
「お好きなだけ引いて引いて、そのままお城の中へ引き下がってください。急がないとホラ、殿下の背後から笑みを貼り付けた騎士団長様が足早にこちらへと向かって来て……ああ、もう手遅れだ」
「団長?! そんな、今日は会議の筈じゃあ……」
「おや殿下。私が居ては困る事でも?」
「い、いや、そういう訳では無い、のだけれど」
「それは良かった。それで、一体こちらで何をなさっておいでで?」
「その、そう、サイラスに剣の指南役が決まった事を、団長も聞いています、よね?」
「その件でしたか。勿論聞き及んでおりますし、むしろ打診を受け受諾したのは他ならぬ騎士団長の私です」
「あ、ああ、そうですよね。団長は承認して下さったのですよね」
「騎士団員としての職務に差し支えない程度―――現在サイラスが騎士見習いを指導しているのと同日・同時刻に殿下もサイラスからの指南を受ける。突発的な職務が発生した場合はそちらを優先して構わない、と。そのように配慮して頂いては、受け入れざるを得ませんでしたが」
「はは、は…………その、怒って……」
「まさか。憤りなど感じておりません。ただただ、腸が煮えくり返っているだけで。……よもや前回の“話し合い”が何の功も奏していなかったとは。これは前回以上の“話し合い”が必要だと考えますが、いかがでしょうか?」
「ぷふっ。殿下終了のお知らせ」
「シーデ?! 今、何か聞こえたよ?!」
「空耳です。団長、私たちはお邪魔みたいなので、あっちで訓練してきても良いですか?」
「ああ、そうだな。おっちゃんは殿下とちょっと“話し合い”をして来るから。励むんだぞ、嬢ちゃん」
「はい! じゃあ師匠、行きましょう! イノシシもホラ、団長と殿下の邪魔しちゃ駄目ですよ」
「あ、ああ。その方が良い、のか……?」
「しかし、殿下の縋るような目付きに罪悪感が刺激されるのだが……」
「そんな罪悪感なんて重し付けて井戸に沈めちゃえば良いんですよ」
「何という事を言うのだ!」
「だったらあなたは殿下のために、あの団長に立ち向かうと?」
「さて、これ以上お二人の邪魔立てをしては申し訳無い。殿下、団長、失礼します」
「何という手の平返し。やっぱり私、あなたとは素敵な友情を育めそうです」
「貴様の判断基準は狂っていると思うが、この場での言い争いに益を感じん。とっととこの場から離れるぞ」
「そうですね。師匠、早く訓練しましょうよ。殿下の事なんか忘れて、愛弟子の私の事だけ考えてください」
「今日の君はいつにも増して自己主張が激しいな。何かあったのか?」
「師匠の弟子への愛が分散されそうな未来予想図に危機感を抱いているだけです。しかもどう考えたって王子の方が平民の少女なんかより優先されて当然だろうし……いずれ王子には消えてもら」
「迂闊な事を言わないでくれ! ほらシーデ、早く向こうに行くぞ!」
「はーい」
「……では殿下。先日のあの部屋にでも行きましょうか。じっくりと“話し合い”ましょう」
「いや、でもその、あの部屋は今日は特に準備をして」
「ありますとも。殿下の裏の意図が見え透けた申し出を受諾せざるを得なかったやり場の無い憤懣を抱えた私に、団長室の扉を颯爽と押し開き登場した王妃様が『その怒りは是非とも本人に教育的指導という形でぶつけてやってちょうだい。多少の物理攻撃も認めるわ』と仰って下さいましたのでね。あの部屋は万全の準備を整えて殿下をお待ちしていますとも」
「は、ははうえ、何て事を……ああ、あ、ああぁぁぁぁぁ…………」
ずるずると引きずられフェードアウトしていくルナ王子に、心の中で合掌しておいた私って優しい。
馬鹿だなぁ王子様。前回のお説教から数日しか経って無いのに、もう再度のお説教コースだなんて。もうちょっと慎重に行動し―――あれ、これブーメラン? 私の後頭部あたりにガツンと突き刺さる感じかな? いやいや、私はあそこまで迂闊じゃ無い……ような気がしないでもない。多分。メイビー。
数時間後、話し合いという名のお説教を済ませたのであろう団長に、王子が強引な勧誘をしてくるようだったらすぐにおっちゃんに言うんだぞ、と念を押された。頼れる団長をもって幸せなので、今後王子が気に障ったら有ること無いこと団長に吹き込んでやろう、とほくそ笑んだのは内緒。
むしろ団長のお説教パワーが王子へと向かってくれれば、私がお説教される機会が減るかもしれないという希望を抱いているので、積極的に王子を売り渡していく所存。
……儚い希望だって?うん、しょうがないよ。だって、“人”の“夢”って書いて“儚”いなんだもん。希望はすべからく儚いものなのさ……切ない。
とりあえずアレかな、王子に姉弟弟子の縦社会を学ばせるべく、おい弟弟子、牛乳買って来いよ!とか言ってみる? 温室育ちの王子に人生の厳しさってやつを教えてあげるべきかな?
あ……ダメだ、こないだの側近さんがさりげない距離で見守ってらっしゃるの忘れてたわ。下手な事はやめとこう。
シーデがクランツさんのデレに邂逅する日が来るのかは謎。
シュラウトスさんは王弟の弱味をいろいろと握っているので、彼に甘味を届けている間はシーデが無理やり王子の部下にされる事は無さそうです。
王子の言う、指南役が居なくなるから代わりにサイラスを、というのは本当の事。
シーデの勧誘はそのついで。共通の師を仰ぐ事でじわじわと懐柔出来たらラッキーだな、というゆるーい作戦。どうしても部下に欲しいというほど人材については切羽詰まってないけど、剣術教わりついでにもしも取り込む事が出来たら一石二鳥だよね、という程度。
……のはずだったのに、イノシシとシーデの軽快なやり取りを見て、ちょっとうらやましくなってしまったらしい王子様。
そんな彼は多分ボッチ。




