怒りで我を忘れてる。鎮め―――うん、無理。
あの“悪夢のチュー事件”を引きあいに語るルナ王子の声音から、彼の本心を感じた。きっと皮肉でも何でも無く、心から私を褒めたのだろう。
しかし。
その予想だにしなかった王子からの暴露に、その場の空気がピシリと凍り付く。
正確には、壁際に居る団長から、凄まじいまでの冷気が放出され始めた。
「ほう……聞き捨てならないな」
冷えた空気を打ち破るどころか、尚一層冷やしてくれるようなお声が騎士団長様から速達で届きました。
キンッキンだ。こんなにも冷えた団長の声なんて初めて聞いた。いつの間に冷却したというのか。
とか言ってる場合じゃ無い。
これ、本気でやばいやつや。
「私の聞き間違いで無ければ、嬢ちゃんが騎士に口付けたと捉えられる内容だったが」
団長が『私』と仰っておられます。
つまり、マジギレなさってます。
うわあ、うわあああああ!
こうなる事が予測出来たから、団長にはバレないようあの場で緘口令が敷かれたというのに! どっから漏れたんだ!
やっちゃった後で、あ、団長に知られたらエラい事になるんじゃね?と気付いたが、起こしてしまったアクションは取り消せない。だからこそ、団長には内密にしていようと心得ていたのに。
なのに、思わぬ場所から爆弾が投下されたよ! まさしく予想外!
ちなみに、緘口令は私では無くその場に居合わせた副団長が言い出した事である。
もやしにしか見えないと評判の、ひょろひょろで存在感の無い副団長が食堂に居る事に気付いていなかったのだが、彼は居合わせた騎士たちに口外厳禁を言い渡してくれた。
その時ばかりは多少の存在感を醸し出していた副団長だが、ならばなぜ早々に何某さんの暴挙を止めてくれなかったのか……なんて今更言っても仕方が無い。言うタイミングを逃してしまったのか、もしくは、声を上げてもその存在感の無さゆえに完全スルーされてしまったのだろう。彼の存在感の無さは、時に悲劇を生むのだ。
「殿下。今の話は、実際に起こった出来事ですか?」
「ほ、報告書には、そう、記されて……います」
団長から水を向けられた王子が、青ざめた顔でこくこくと頷いている。
そして敬語だ。
団長のこの怒りっぷりは、王子すらも恐怖させるらしい。
でもこれ王子のせいだからね?! 責任取ってどうにかしてくださいよ!
ほらほら、あなたが部下に欲しいと言っていたシーデが大ピンチ! ここで助けてくれたら、部下の件、ちょっとだけ考えてみるから! 考えるだけだけど!
そりゃ原因は私だけど、何でわざわざ団長の居るところで言ったの! おかげでこの有り様だよ! いつものお説教なんて子守唄かと思う程の怒りっぷりに、団長大好きっ子な私も細かい震えが止まらないよ! 誰かこの微振動を止めて!
「なあ、嬢ちゃん」
シーデさんご指名入りましたー!
どうする逃げる? 転移で家に逃げ帰っちゃう?
そして全てを忘れてベッドにダイブとかしちゃう? いい夢見ちゃう?
……答えはノー。
逃げても何も解決しないどころか、団長の心証を悪くするだけだ。今後とも良好な関係でありたいのなら、ここで逃げてはいけない。今は潔く叱られるべき時だろう。逃げちゃ駄目だニゲチャダメダ。
と、冷静な自分はそう理解しているが、何をどうする事も出来無いというこの現実。
あああどうしよう。どうしようもないけど、マジでどうしよう。
えーと……シーデはただいま留守にしております。ピーという発信音の後に、お名前とご用件をお話しください。ピー。
「……嬢ちゃん?」
脳内で留守番電話サービスを開始した途端、団長の声が一段階低くなった。
バレてる。いらんこと考えてるのがモロバレしてる。エスパー怖い。
戦々恐々としたまま、団長を視界に入れまいとひたすら俯いていると。
カツ、と床を踏む音が聞こえた。
それが徐々に、私へと近づいて来るという事は、つまり団長が私の方へと接近中という……ひぃいいい! 来る、きっと来る! しかもゆっくり来てる! どうせならひと思いに来てくれ!
カツン。
小さいのに、やけに響くその音が、私の右隣で止まる。
テーブルの木目を凝視する私に「顔を上げろ」というご命令が降ってきたので、覚悟を決めた。
座ったまま、体ごと右を向き、そろり、と目を上向ける。
それでも視線を団長に固定する事は出来ず、うろうろと彷徨わせると、団長の背後に壁を向いた師匠の姿が見えた。つまり、師匠が完全にそっぽを向いている。何て事だ。
師匠! ちょっと師匠! 可愛い弟子が未曽有のピンチですよ! 颯爽と助けて!
「私を見ろ、嬢ちゃん」
身から出た錆であるというのに往生際悪く心中でヘルプを求める私の頭を、団長が片手でガシッと掴み、強引に固定される。
「暴言を吐かれ、その仕返しに、そいつにキスをしたのか、嬢ちゃん」
静かな事実確認の言葉に、カラカラに乾いて貼り付いたような喉からは何の言葉も返せない。
出ない声の代わりに小さく頷き、その言葉を肯定した。
「相手は誰だ? 何を言われた? いや、それより―――他に方法は無かったのか?」
今度は、僅かに首を横に振る。
その問いには答えられない。
言われた内容を話せば、きっと団長の怒りは何某さんにも向くだろう。彼には私がきちんと報復をしたから、これ以上は過剰だ。
……などと殊勝な事を考えているように見せかけて、実際はただ名前を欠片も思い出せないというだけです、ハイ。思い出せるのならスケープゴートとして捧げるのを躊躇いはしないというのに。ちくしょう。
そして、最後の問いには……私への怒りが透けて見えた。
娘分として可愛がっている私が、その唇を武器にしたというのが怒りの対象だろうという事は想像に難くない。
ばーちゃんズに報告したら『成人前である事を逆手に取ったその攻撃、我が孫ながら見事だわ』と絶賛されたけど、同時に『でもデジーには黙っておきなさいね』と言われたのだ。軽々しく男に口付けたなんて知ったら、男親は泣くか怒るかどちらかよ、と。
そしてばーちゃんズの指摘通り、親心あふれる団長は、非常に怒っている。
けれど、覆水は盆に返らない。
この場の全員の記憶を消せば忘れてもらえるけど……部分的に記憶を消す術は心得ていないから、消すとしたら人格までも消してしまう事になる。そんなのは駄目だ。それに、私のやった事が無かった事になる訳じゃ無い。
自業自得だ、と、自分の中の冷静な部分が呟いた。
「何も、答えないのか」
微かな溜息と共に吐き出されたその言葉に、びくりと身を竦ませると。
「騎士団長殿、お待ちください」
班長さんの固い声が割って入った。
「どうか説明させてください。彼女がああいった行為に及んだのには、理由があります」
理由?
そんなの、気に障ったからだ。目障りな相手を潰すのに、他の理由は無い。
「彼女は、当初は自身に暴言を浴びせる輩を相手にはしませんでした。手を出されようとも、さして気にも留めない風情であったそうです。彼女が怒ったのは、自身を悪く言われたからでは無く、団」
「言わないでっ!!」
頭に乗せられていた団長の手を振り払い立ち上がり、班長さんの言葉を遮った。
背後で、勢いに負けた椅子が倒れ転がっていく音が耳触りだ。
はは。声、出たわ。
「しかし」
「黙って。言わないで。もういいから。黙ってて!」
「……嬢ちゃん、何を隠そうとしている?」
「何でもありません。さっき殿下が言った事がすべてです。私は、私の都合で、自分自身を武器にしま―――っぐ」
訝し気に眉根を寄せる団長に、開き直ったかのように捲し立てると、その口を大きな手で塞がれた。塞がれたというか、こう、片手でわしっと顔の下半分を鷲掴みにされてるという……これ女子の口の塞ぎ方として駄目なやつじゃない?!
「あんた、さっき、何を言おうとした?」
「んーっ! んんーーーっ!!」
班長さんに続きを促す団長に対し、言わせまいとその手を外そうともがくが、こんな時にもパワーの差というのが私の前に立ち塞がる。たった片手すら外せない自身の非力さに心底失望だ。
「その……彼女は、自身を誹謗されようと気にしませんでしたが、相手が団長殿を貶める発言をした途端、その怒りを爆発させた、と聞き及んでいます」
もがきながらも目で『言うな!』と訴える私を一瞥した班長さんは、しかしその懇願を聞き入れてくれる事も無く。
隠そうとしていた部分が、団長の耳に入れられてしまった。
班長さんを、今度殴ろう。
厳かに決意する私の口から、団長の手が離れる。
「……私の為か?」
「違います!」
さっきまでより幾分か凪いだ目でこちらを見やる団長へ、全力の否定をお返し。
団長のためだなんて、そんな御為ごかしは言わないよ。
「自分のためです」
「しかし君は」
「うっさいすっこんでろ」
そんな体裁の良い言葉で誤魔化したく無かったから、黙ってて欲しかったのに。やっぱり班長さんは殴ろう。
いずれ私に殴られる事が決定した彼を黙らせ、しっかりと団長を見据えた私は、もう一度繰り返す。
「自分のためにやった事です。“団長を悪く言われるのが嫌だ”という自分勝手な感情からキレました。私は本当に自分の事しか考えて無いんですよ。誰かのために動く、なんてこと、まずしません」
「私を悪く言われるのが嫌だ……というのは、それはつまり私の為という事じゃないのか?」
「いいえ。私は、自分の大切な人たちが貶められたり傷付けられたりしたら徹底抗戦します。でもそれって別に、私の大切な人たちがそうしてくれと望んでる訳じゃ無いですよね? けど、望まれなかろうが、私は私が許せないと思った相手を叩きのめします。これは完全に私の自己都合です。誰のためでもありません」
誰かのためだなんて、そんな綺麗事言わない。
私は常に、自分のために生きている。
嬉しかったらお返しをする、腹が立ったら戦う、哀しければ縋るし、楽しいから笑う。そして、幸せでありたいから行動する、なんて全部、相手の感情や周りの都合お構いなしの自分本位な振舞いでしかない。
我ながら、本当に自己中心的だ。
こんな事を正直に言えば、団長に嫌われるかもしれない。
それはとても哀しいけど、でも……しょうがない。
これが私だから。
「はぁ……嬢ちゃん……」
放っていた冷気を完全に消し去った団長が、溜息と共にこちらに両手を伸ばす。
伸ばされた手は私の頬を包み、そうして―――
「こんの、馬鹿娘がっ!!!」
―――左右にめっちゃ引っ張られた。
「ふおおおおおお?!」
伸びる伸びるほっぺ伸びる!
「何が『自分勝手』だ! 嬢ちゃんのそれが自分勝手だってんなら、世の中の大半が自分勝手に生きてるわ!」
「いひゃいいひゃいいひゃい!」
伸びてる伸びてるほっぺ超伸びてる!
なにゆえにこの無体な仕打ち?! 何なのこの唐突なるバイオレンスは?!
「人の為だろうが自分の為だろうが、どっちだって良い! その為の手段としてキスなんて方法をとったのが問題なんだよ!」
「ほめんらはいほめんらはい!」
とりあえず謝ったけど、ほっぺ痛過ぎてなに言われてんのか分かんねー!
引っ張るのをやめてくれないと、団長の言葉がまったく脳に染み渡らないよ!
「ひぎれる! ほっへろれるううううう!」
「嫁入り前の娘が軽々しくそういう事をするな! 嬢ちゃん、聞いてるのか?!」
「いひゃいろれるもげうほっへほろりぃいいいっ!」
「団長、あの、まず手を離してやった方が……痛みにやられて、何も耳に入っていないようです」
そっと何事か申し出たサイラス師匠と、悶絶する私を見比べた団長は、仕方無いなと言いたげな顔で手を離した。
師匠、何言ったか分かんないけどグッジョブ! さっきそっぽ向かれたのはこれでチャラにしときます!
あああマジで痛かった! まだじんじんする! 斬られたり投げ飛ばされたりするのとは別種の痛みだった! ぎりぎりとずっと痛かった!
団長、力強過ぎだよ! 手加減……はしてくれてたんだろうけど。
「ううっ、私のほっぺを引き千切ろうとするほど、私の事を嫌いになったんですね……」
痛みより何より、それが切なくて涙が滲んだ。
いや、自分で蒔いた種だから仕方無いと分かっちゃいるけど、哀しいモンは哀しいんだよ。理性と感情は別物なんだよ。
「まったく……嬢ちゃんは賢いが、本当に馬鹿だな」
団長が呆れ返っている。
ヤレヤレと言いたげに首を振られ、より一層涙が……いかん、ぐっと呑み込むんだ。いくらとてつもなく落胆されたからって、そして嫌われたからって……ああ、もう駄目だ……このダメージはでかい……。
未だじりじり痛む頬を押さえたまま、瞬きの回数を増やし、何とか湧き出る涙を流さないよう堪える私の頭に、団長の手が乗せられた。
ぽす、と優しく乗せられたが、その衝撃で一筋だけ涙が零れていく。
「可愛い娘分を、嫌いになんてなる訳無いだろう?」
「え……だって、超怒ってたじゃないですか」
「娘みたいに思ってる嬢ちゃんが自身を軽く扱ったと聞いて、怒らないと思うか? 可愛がってるからこそ怒ったんだ。分かるな?」
「じゃ、じゃあ、ほんとに、嫌いになってない? 私の事、嫌いじゃない?」
あらやだ私ったら、何て女々しい質問。
我ながらウザい事この上ないけど、まだギリ子供と言える年齢だからセーフって事で良いかな。尚、精神年齢については今は忘れる事とする。
「嫌いになってない。何をしでかしても、嬢ちゃんは可愛い娘分だ」
その言葉に、堰を切ったように涙が溢れそうになった。
のだが。
「まぁ、しでかした事によっては、また全力で怒るがな。それこそ今回みたいな事があったりしたら、軽くトラウマになる程度には怒るから、覚悟しておくように」
少し黒さの染み出る微笑みを向けられ、背筋を悪寒が駆け抜けていった。
涙も引っ込んだ。
「しないしない絶対しない!」
「金輪際、軽はずみに誰かに口付けたりしないな?」
「しないよ! 二度とチューを攻撃方法にしないって約束する! チューなんて百害あって一利無し! だから許しておっちゃん!」
「よし、約束したぞ」
うっかりおっちゃんと呼んでしまったものの、今度は満面の笑みをお返しいただけたので、喜びのあまりその腕の中に飛び込んだ。
よっしゃあ、許された!
何だか私の必殺技はちょいちょい封印の憂き目に合うけど、嫌われなかったから良しとしよう! そういう事にしとこう!
……私、チョロくね? ま、まぁいっか。
ぎゅうぎゅうと抱き付き、その厚い大胸筋に顔を埋め―――おっと、ついでに堪能しちゃったわ。いかなる時も己の欲望に忠実な自分、嫌いじゃない。
「じゃあ嬢ちゃん、もう熊を狩ったりも」
「あ、それはお約束出来かねます」
「そこは譲れないのか……」
守れない約束はしない。これも私。
「ええと、落ち着いた、のかな?」
団長にひっついている私と、春の草原のように爽やかさ香る微笑みで私の頭を撫でている団長に、すっかり存在を忘れていた王子から横槍が入った。
何だよもう。疑似親子のいちゃいちゃを邪魔すんなよ。
ジト目で睨んでやるが、それをものともせず「それで、さっきの続きなんだけど」などと終わった話を蒸し返そうとする王子は、なかなかに面の皮が厚い。というか、あなたの話は続き過ぎだから。何度続くつもりなの。
続きとか言われたって、これ以上王子と話す事なんて無いよ。だってさっき断ったじゃん。はっきり断ったよね、私。
よし。私たち、もう終わりにしましょう。
お断りという結論が私の中で不変だと確定している以上、だらだら話し続けても何も得られない。むしろ時間の無駄だよね。王子直々の呼び出しだから、とここまで付き合ったけど、もう充分でしょ。
そんな気持ちを団長にへばりついたまま正直に述べると、団長と師匠からたしなめられた。でも二人からも、確かに断ったんだし、それで話しは終了だよなぁ、という雰囲気が漂っている。
そうなんだよね。私の意思を尊重するように、と王弟殿下からお達しがあったんなら、私の意思を示した今、それでこの会談は終われるはずなのだ。
それでも尚も粘ろうとする往生際の悪い王子に、さっきのお返しも込めて小さ目の爆弾を投下してあげた。
それにより、団長が今度は王子へと凍えるような怒りを噴出させ、その隙を付いて私と師匠は隠し部屋からの脱出に成功。
やっと窮屈な部屋から出られた!と伸びをする私に、どうにも後ろ髪を引かれているらしい師匠がチラチラとこちらを伺ってくるので、「師匠だけでも戻りますか?」と尋ねると「それはやめておこう」と即答された。うん、あの空気の中に再突入はしたくないよね。分かる分かる。
「しかし君は、団長を焚き付けるのが上手いな」
「別に焚き付けてなんていませんよ?」
「見事に団長の怒りを殿下へと誘導しただろう」
誘導だなんて、人聞きの悪い。
私はただ、『“口付けすら武器にする”という部分を見込んだって事は、殿下は私を部下にした暁にはそういう方向に私を使うって事ですよね?要するに、ハニートラップ担当? ……おっちゃん、私、そんな仕事は嫌だよ』って団長を見上げて訴えた(ちなみにこの時の“おっちゃん”呼びは意図的である)だけじゃないか。
結果、自分の娘分をハニトラ係にするつもりだったのかとキレた団長が王子に黒い笑顔で詰め寄る事態になったってだけだ。そしてそのチャンスを逃がすまいと側近の方に頼んで私たち二人を先に出してもらっただけ。
……ええ、誘導しましたが何か?
良いのよ。王子の暴露のせいで超怒られたってのに、庇う素振りも見せなかった王子が悪いんだから。多分、マジギレ団長は箱入り王子には荷が重かったんだろうけどね。ま、このくらい、ちょっとした意趣返しってやつだ。
やだ、仕返しをこの程度で終わらせてあげるなんて、私、ちょっと人間が丸くなったかも。
「報復がこの程度で済んだことを、殿下は感謝すべきですよね」
「誤った方向へと誘導しておいて感謝を望むのか。君は凄いな」
「あ、バレてました?」
「殿下が君にハニートラップをさせようなどと考えていなかった事ぐらい、君には分かっているだろう?」
そりゃもちろん。
王子のあれは、つまり『そういう事を躊躇わず出来るようなえげつない人材が欲しい』って意味なだけであって、別に私をハニトラ要員に見込んでたって事じゃ無い。大体、そこが目当てならもっと顔の良い子か悩殺ボディーの子かコミュニケーション能力の高い子を集めるだろう。
私に望まれたのは、顔や体やコミュ力でのハニトラ係じゃなく、“えげつなさ”。
……え、なに、私の取柄って逃げ足とえげつなさ? 13歳女子の武器がそれってどうなのよ? いや、そりゃ自覚はしてるよ? してるけどさ、それを他人から見込まれるって微妙なんだけど。
というか、えげつなさが必要とされる仕事って、なに? ……うん、知らない方が良さそうだね。忘れよう。
「師匠、そんな事より私、大変な事に気付きました」
「君にとって殿下は『そんな事』なんだな……それで、どうした?」
「もうお昼ですよ。今日、まだ何の訓練もしてないのに!」
「そうか。殿下は“訓練”以下の扱いなのか」
「違います。“お昼ごはん”以下の扱いです。さ、早く食堂に行きましょう!」
「殿下はこの子を御せる自信があったのだろうか……待てシーデ、そっちは逆方向だ」
師匠と他愛のない会話を交わしつつ、退城するべく廊下を辿る。
物珍しさからあちらこちらに視線を飛ばし、目が合った可愛いメイドさんに微笑まれついそちらへ向かいそうになったり、はたまた遠目に見えたメイドさんがあまりにも巨乳でつい立ち止まってガン見していたりしたら、業を煮やした師匠に手を引かれて歩く羽目になった。
あれ? 結局連行されてるみたいになるんだけど、どうして?
てか逆に、なぜ師匠はあの巨乳に目を惹かれないのか。ロマンだろうに。
え? 婚約者さんに悪いから?
ああ、うん、何か……うん、ごめんなさい。
婚約者を大事にしていて、他の女性に目を向けないというその姿勢は素晴らしい。
だけど、だけど。
ああ、言えない。絶対に言えないし、必要な事だから言うつもりなんてまったく無いけど、それでも、私の手を引きながらさりげなく歩幅を合わせてくれているこの優しい師匠に、せめて心の中でだけでも詫びよう。
ごめんなさい、師匠。
そうまで大事にしている婚約者に、あなたは。
いずれ、めためたに振られます。




