王子のお誘い
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
今すぐに帰りたい。
そして、クランツさんとエヴァン君に飛び付きたい。
そんな衝動を隠しきれずそわそわしている私を、既に壁際に戻っていた団長が、もう一度押さえ付けなきゃいけないか、という目で見てくる。
いや、今度こそ大丈夫ですって。我慢します。まだルナ王子の話しは終わってませんからね。
そう団長とサイラス師匠にアイコンタクトを送ったが、二人の心配は払拭出来ないようだった。どんどん私の信頼感が目減りしている気が……あ、師匠が口パクで『大人しくしてくれ』って言ってる。
……よし、今から私は借りてきた猫になろう。
決意も新たに鉄壁の笑顔を装備し対面の王子に向き直ると、私が落ち着いたのを見計らい、彼はゆっくりと口を開いた。
「それでね。この調査結果を受け、君の身体能力や魔術の能力を踏まえ、僕は君をこうして呼び出す事にした。理由が分かる?」
「いいえ」
素直に分からないと伝えると、こちらを見つめる王子の榛色の瞳がきらりと光った。
「じゃあ率直に言うよ。シーデ、僕の下で働かない?」
……ああ、鉄壁の笑顔を貼り付けておいて良かった。
そうで無かったら、『なに言ってんだコイツ』って顔になっちゃってただろう。またしても不敬を働くところだった。セーフ。
「私は一応、騎士団に所属する騎士見習いですので、広義では殿下の下に居る事になるんじゃないでしょうか?」
「君、分かって言っているでしょう? 広義なんて望んでない。騎士団を辞めて、僕個人の部下にならないかと言っているんだ」
『騎士団員なら広い意味で王子様の部下って事でしょ?』と言葉遊びのような形で煙に巻こうとしてみたが、案の定無理だった。まぁそんなんで誤魔化せるんだったら、最初っからこんな事を言い出したりはしないだろう。
「その、殿下個人の部下というのはどういう事でしょうか?」
「この国の王弟は代々、秘密裏の使命を背負っていると言ったでしょう? 今は叔父上がされているその仕事を、いずれは僕が引き継ぐ事になる。だから、その為の部下を僕は欲している」
「……それはつまり、そこの班長さんのような立場の人間を求めている、という解釈で合ってます?」
「うん、合っているよ」
「私みたいな子供が“秘密裏の使命”とやらに関わる事を望む、と?」
「今すぐの話じゃない。そうだね、十年後を目途に、僕が引き継ぐ事になると思うから……その頃には、君も子供なんかじゃ無いよね?」
「でしたら、そのお話しはまた十年後に、という事で」
本日はここまで! 解散!
そう爽やかに立ち上がろうとしたら、またしても側近の青年に肩を押さえられ強制着席。
シーデ号は一向に離陸出来ません。
そして、側近の押さえる力がさっきより強くなっているのは、やはり先程のやり取りが腹に据えかねているという事なんだろうか。静かな表情の裏で、地味に怒ってるの?
「あのね、十年後に必要な人材を十年後に募っていたら遅いでしょう? 教育する時間も必要だし、主従としての信頼関係を築く時間だって必要だ」
「教育が必要なら、私じゃなくて良いですよね? ぜひ他の方を育てて差し上げてください」
王子様の部下なんて、その立場を望む人間はいっぱいいるでしょ? 望まない私じゃなく、望んでる人にこそ与えてやったら良いじゃない。
「当然、君以外にも必要だし、既に教育を始めている人材も居る。それに現在叔父上の部下である者達を、半数程は引き継ぐ事になる。けれど、君にはもう、短時間の教育を施せばすぐにでも実務に投入出来るだけの実力が備わっているんだ。僕が君を欲しいと思うのは、至極当然の事でしょう?」
真剣な王子様に、驚くほどひたむきな眼差しを注がれ、そんなにも―――そんなにも深刻な人材不足なのか、それはつまり、“秘密裏の仕事”というのはよっぽど過酷という事なんじゃないのか、とドン引いた。
やだ、ブラック企業の匂いがぷんぷんする。そんなの拒否一択だよ。
「こんな事を言ったら君が引き受けてくれる可能性が減ると分かってはいるけれど、隠しておくのはフェアじゃ無いから、正直に言うよ。決して楽な仕事じゃ無いし、時には命の危険が伴うような事もある」
具体的な仕事内容は現時点では明かせないんだけれど、と前置きされたその言葉の内容に、私の拒否心は更に育っていく。正直に言ってくれたという点には好感を持ったけどさ。
「ただね、そういった危険を含む仕事だから……お給料は良いよ」
しかし、育てるだけ育てた拒否心を枯れ果てさせるかのように、にっこり笑った王子が甘い餌を投げつけてきた。
「基本給だけでも、騎士見習いとは比較出来ないぐらいのお給料だよ。それに能力給と危険手当が付くし、出張手当も出す。どうかな?」
その甘い誘惑に、私の心は揺れ動いた。
そうだった。
彼が手にしている書面には、私の実態が記されているんだった。
それはつまり、私がちょっぴりお金の好きな女の子だとバレてるって事だ。そこを遠慮無く突っついてくるとか、何という策士。
「ええと、その“お給料”という言葉にはとてつもなく惹かれますし、私の事を買ってくださっている、という事実は喜ばしいのですが……」
「ですが?」
「申し訳ありません。お断りさせていただきます」
王子の目を見つめ、はっきりと謝絶。
確かに『高給だよ!』発言には心揺らされたけど、揺れただけだ。私の最終目標はパン屋であり、それは絶対に揺るがない。
剣も魔術も、“平和な世界で家族と仲良くパン屋を営む”ために頑張っているのであり、それで身を立てようとは思っていない。王子の部下という立場は、パン屋には必要無いのだ。
やるからには楽しく学んでるし、副業に役立ててもいるけどね。
「そう……理由を、聞かせてくれる?」
「やりたくないだけ、ですが?」
それが何か?と笑うと、王子は哀し気に目を伏せた。
「それは、実に明快だね。つまり僕は、君が仕える主として不足、だと?」
「いえ、足りる足りないでは無く、私は別に誰かに仕えたいなんて思っていませんので。殿下は先程『主従としての信頼関係』と仰いましたが、私にはその感覚もイマイチ理解出来無いんです」
これは多分、前世の日本人としての感性が生きている限りこのままだと思う。
会社勤めをしていても、それは“給料を得たいがため”であり、つまりは自分のためだった。決して“社長様に仕えるのが自分の喜び”なんて感覚では無い。
だから、誰かに命をかけて仕えるという感覚が理解の範疇外だ。そうやって生きている人も居ると分かっているけれど、私には無理。
「それに、私について調べたのなら、私が将来的には家業を継ぐつもりでいる事もご存じでしょう?」
ウチの家族に話を聞いたんなら、当然、それも自慢されてるだろう。
「それは把握していたけれど……報告書を読んで、君がそれだけ自身の能力を磨いているのに誰に仕えるでも無いのは、仕えるに値する相手を見出せていないだけなんだろう、と。だから家業を継ぐ方向に気持ちを固めているのかと、そう思っていたから」
まさか、誰にも仕える意思が無いとは思わなかった、と続けた王子が机にもたれるように腕を組み、小さな木の机は、ギシ、と僅かに音をたてた。
『仕えるに値する相手を見出せていない』って、私、どんだけ高望みしてると思われたの? そんなご大層な野望、抱いて無いからね?
そう返そうかと思った、その矢先。
「それに彼からは、『高額な報酬を約束すれば釣れる』と聞いていたから、いけるんじゃないかと踏んでいたんだ」
自身の背後をちらっと振り返った王子がそう付け足し、図らずも低く唸る事になった。
「ちょっと班長さん、殿下に何てこと吹き込んでくれてるんですか!」
王子の振り返った先で、『しまった!』みたいな顔をしている班長さんに猛然と食って掛かる。
「しかし……事実だろう?」
「虚構ですよ! 私はちょっぴりお金が好きなだけです! 金さえ積めば陥落するだろうという見立ては極めて心外!」
確かにお金は好きだが、取り立てて貧困に喘いでいる訳じゃ無い。だから、例え札束でビンタされようとも、やりたく無い事を引き受けたりはしない。
……そりゃ、目の前に札束を積み上げられでもしたら、理性飛びそうだけど。
「それなら、少し攻め方を変えてみようか。君がそこのサイラスに弟子入りを志願した際、その理由を『自分と大切な人達を守るための備え』だと言っていたそうだね。それは合っている?」
よくそんな細かい部分まで調べたもんだ。
「ええ、合ってます」
「だったら、その『大切な人達』に、僕を含める事は出来るんじゃないのかな?」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
何て、何て図々しい。
さすが王族。穏やかな顔で静かに微笑んでいる少年であろうとも、やはり他者に傅かれる位置に生まれた人間だ。
初対面の私の“大切な人枠”に自分を捻じ込もうとするとか、笑っちゃうぐらい図々しい。
しかも、別段それがそこまで不快では無いというか……いっそ長閑さすら感じてしまうのが不思議だ。これが王族のオーラってヤツなのか。すげぇな王族。
まぁでも、残念ですが。
「初対面の人を私の“大切な人枠”に入れる事は出来ませんよ」
笑みを浮かべたまま、すぱっと断言。
「初対面で無ければ良いのかな? 数年後なら、君の“大切な人枠”に入れる?」
「まさか。重要なのは付き合いの長さじゃありません。私がどれだけその人を好きか、それだけです」
現に、出会ってまだ数ヶ月のサイラス師匠は私の“大切な人枠”の上位に居るし、逆に数年来の知己であるストーカー野郎は不動のランク外である。彼は生涯ランク外のままだろう。
「それに、例え殿下に好意を抱き大切な人だという認識になったとしても、それが仕えたいという気持ちに結び付きはしませんよ? 逆に遠慮が無くなってしまって、“従”なんてものから遠ざかる一方だと思います」
「……今以上に、遠慮が無くなるの?」
「……今、かなり遠慮してますけど?」
互いに、目をぱちくりと瞬き見つめ合う。
え、私、すごい遠慮してるの、伝わりません?
本来なら『嫌ですさよなら~』で終わるところを、わざわざ理由まで説明してあげてるんだよ? 我ながらご丁寧な事だと感心するレベルだというのに。伝わってないの?
私が首を傾げると同時に、向かいの王子も同じ方向に首を倒した。
思わずシンクロしてしまった私たちの動きに、班長さんが小さく噴き出している。団長と師匠も、王子からの勧誘が始まって以降ずっと渋い顔をしていたのが、今ので少し雰囲気が緩んだ。穏やかな気分になれたようで何よりです。相変わらず、王子の側近だけは微動だにしてないけども。
ゴホッと咳払いをし、笑いを誤魔化している(しかし誤魔化せていない)班長さんの姿を見て、「そういえば」と、少し引っかかっていた事を思い出した。
「班長さんは、どうして私の事を調べたりしたんですか? あ、別に文句を言ってる訳じゃ無いんですけど、ちょっと気になったので」
そう尋ねると、班長さんの顔色が悪くなった。
いや、そんな、罪悪感の塊みたいになられても。文句じゃ無いってば。
「彼が自発的に調べようとした訳では無いよ。君を見込んだ叔父上が、調査するようにと命を下したんだ」
はて?
「お会いした事も無い王弟殿下が、どうして私に目を付けたんでしょう?」
私の悪名が知らない間にどんどん広まってるとか、そんなこと無いよね? そこまでの悪い事はまだしてないよ? 多分。
「実は……叔父上は、現場に居たんだよ」
「現場、ですか?」
「君が追っ手を倒し彼らを助けてくれたその現場、例の山に―――馬車の中に居たんだ」
「ああ、あれって王弟殿下だったんですねぇ、って、ええええ?! 居たの?!」
「居たんだ。……というか、君、馬車の中に誰か居るって、知っていたんだね?」
あ、しまった。つい口からポロリと。
「……ええ、まあ、あれだけ気配をダダモレにされれば誰でも気付くかと」
「ダダモレ……一応叔父上も慎重に行動なさっていたと思うし、あれでいて訓練も受けていらっしゃるんだけど」
「いやいや、馬車の中で動き回り過ぎでしたからね。息をするなとは言いませんけど、せめて息を殺してじっとしてないと。誰か居るな、ってモロバレです―――と、王弟殿下にお伝えください。出来るだけ不敬にならないように伝えていただけると助かります」
「ま、まぁ、普段は現場に出るような方では無いから」
「それが適切でしょうね。御大は背後でどっしり構えておくべきであって、慣れない現場に出られては現場の人間が迷惑を被るだけですから」
偉いさんは会議室にでも籠っててもらった方が現場が混乱しなくて良いと思う。
現場の出来事に対応しつつ、偉いさんの面倒まで見なきゃいけないなんて、普通に重荷だ。帰れコールが起こってもおかしくない。
「そうだね。胸に刻むよ……」
まぁこの王子の場合、いずれは魔王を倒すメンバーとして現場に出張って来る事になるんだけど、それだけはしゃーない。ヒロインのお相手候補な訳だし。
「それで、王弟殿下が私に目を付けた、の後はどう続くんですか?」
何やら消沈している王子に、早よ続きを話せと促すと、彼は気を取り直したように穏やかな表情に戻り、静かに頷いた。
「あ、うん。叔父上が君を僕の将来的な配下にと見込んで、自分の部下である彼らに君の事を調べさせてね。その上で、ご自身も心当たりを探って……当初は、君の弱味を握るなり権力にものをいわせるなりして、僕の配下に当てる予定だったらしいんだけど」
し、知らないとこで何気ないピンチが発生していた模様!
というか、現在進行形で発生している模様!
「……それで、権力にものをいわせて、私に殿下の部下になれと仰るんですか? それとも、何か私の弱味を握れました?」
とびきりの笑顔で王子を見据えると、彼は「落ち着いて」と困ったように微笑んだ。
むう、私の極上笑顔からどす黒い感情が漏れてたのかな。
「心当たりを探られた結果、叔父上は方針を一変なさった。僕に君についての資料を託し、もし僕が君を部下にと望むのなら、権力で押さえ付けるような真似はせず、真正面から誠意を込めて勧誘しろ、と」
へ?
いや、それはありがたいけども……。
「なぜ、方向転換を?」
「それが……君は、随分“死神”に可愛がられているんだね」
んん? 聞き間違いかな?
「私が、何に可愛がられていると?」
「“死神”だよ」
うわ、聞き間違いじゃ無かった。どうした王子。
「え、突発的な中二病ですか?」
「チューニビョー?」
「ああ、いや、えっと……頭、じゃなくて、精神状態は大丈夫ですか?」
「こら嬢ちゃん!」
「え? どうして僕は気遣われているの? それも、物凄く具体的に失礼な心配をされている気がするんだけれど」
団長が声を荒げ、王子は目を丸くしているが、誰だって突然“死神”とか言われたらこういうリアクションになると思う。
「脈絡も無く死神とか言い出されたので、急に中二的な闇に目覚めてしまったのかと……この場はお開きにして、ゆっくりと休まれた方が良いと思います」
初対面の王子を気遣う義理は無いけど、中二病は一刻も早く治さなくては黒歴史が量産されてしまうから、さすがに哀れだ。戻って休んでくれれば私も解放されるので一石二鳥だし。
「そのチューニテキというのが何かは分からないけれど……“死神”は、君の師匠でしょう?」
その言葉に、今度は私の目が丸くなる。
“死神”が私の師匠? 私、そんな中二感満載なシロモノに弟子入りした記憶は無いんだけど。何か勘違いしてるんだろうか?
完全なるキョトン顔で首を捻っていると、王子が“死神”とやらについて説明してくれた。
それによると、“死神”というのは過去に王弟殿下に仕えていた魔術師―――ぶっちゃけて言えば、オルリア先生宅の執事であるシュラウトスさんの事らしい。
王弟殿下に仕えていた頃のシュラウトスさんは、任務遂行率が極めて高く、しかしその手段を問わぬ非道っぷりから“死神”という二つ名で呼ばれ畏怖されていた、と。
後任を指導する事はあっても後継を育てる事はしなかった、そんな彼が引退し、一伯爵家の執事として収まり早幾年。
偶然山の中で出会った私が、“死神”の得意としていた非道な魔術を行使している事に王弟殿下は気付いた。
つまりは、私こそが“死神”と呼ばれた男の後継であるのだろうと王弟殿下は理解し、私を次代のため確保しようという結論に至ったそうだ。
平民の小娘一人だ。権力で抑え付けるか、弱味を握り脅すか、それとも高額な報酬で釣り上げるか。手段を問わなければ引き込むぐらい容易だろう。
そう考えていた王弟殿下が『弟子を甥っ子の為に確保しちゃうけど良いよね!』、という意味合いの事をシュラウトスさんに告げたところ、当人の意思を無視した強引な勧誘はいただけないと懇々と諭され、素直に意を翻したらしい。
そうした経緯により、私が“死神”シュラウトスの弟子であり、更には王弟殿下に逆らってまで庇う程には“死神”に可愛がられているのだろうという認識になったと、こういう説明だったのだが。
よぉし、ツッコミどころが多いぞぉ♪
いやマジで、途中でツッコまなかった私、凄くね?
これはもう、この後に待っているダブルお説教の続きなんて中止にして、シーデを褒める会を敢行すべきだと声を大にして言いたい。
まず、私の魔術の師匠はオルリア先生であってシュラウトスさんじゃ無い。私は美女の弟子なの! シュラウトスさんの事もそれなりに好きだけど、美女に勝るものは無いのよ! これだけは譲れねー!
次に、どんな手を使ってもいいや、という王弟殿下の思考回路―――は権力者として当然だろうし、効率的だとも思う。よって、特に責める気は無い。対象が私じゃ無きゃ良かったのにな、とは思うし、実際に強硬手段を取られていたら反発して反抗しただろうけど。
そして、王弟殿下を諫めたというシュラウトスさん。
王弟だよ? 王様の弟さんなんだよ? そんな人が元部下に止められたからって、それに従うか? ……シュラウトスさん、もしや王弟殿下のウィークポイント的な部分、突いてみちゃったりしてないかな? うん、やってそうだわ。あの人、非道だもんなぁ。まぁその件には触れまい。藪をつついて蛇を出す事になりかねないし。
そんで『可愛がられてる』の部分は、まぁ間違いじゃあ無いけど……それ、“甘味”目当てだからね? 彼の人生の最上位に位置するのは“甘味愛”だから。
私を庇ってくれたのは、ウチの店とクランツさんの店で新発売する甘味をイチ早くお届けしてるからだよ。彼の中では“シーデ=新作甘味への架け橋”という図式が成り立っているに違いない。大事な架け橋を壊されまいと、私の意思を尊重するよう王弟殿下に言ってくれたんだろう。
つまりまとめると、“賄賂最強”って事ですな。今後ともこのスタンスは貫くぞ。
しかし、そんな事よりも。
「シュラウトスさん……可哀想に」
王子の説明を聞き終えた私の口から出たのは、そんな素直な感想だった。
「えっ? 可哀想?」
「だって“死神”とか……なんて恥ずかしい呼び名……」
しかも二つ名とか言っちゃってますよ? ますます中二臭い!
あんなにもジェントルマン系執事のシュラウトスさんが“死神”と呼ばれていたなんて、そんな中二感あふるる二つ名を付けられちゃってたなんて!
駄目だ、次シュラウトスさんに会った時、笑い出さない自信が無い。絶対笑うわ。
「き、君がそれを言うの? 君、“熊殺し”って呼ばれているよね?」
「“熊殺し”は格好良いじゃないですか。ちょっと泥臭さがあるというか、垢抜けてない感じが良いんですよ。それに比べて“死神”はスタイリッシュ過ぎると言うか、シュッとし過ぎてて恥ずかしいです」
「泥臭いのが格好良い、のか」
「嬢ちゃんの感性が分からねえ」
壁際から師匠と団長の呆れたような呟きが届いた。
そうか、時代がまだ私に追い付いてないんだな。もしくは、私が時代を追い抜いちゃったんだろう。難儀な事だ。
「ところで私、シュラウトスさんの直弟子じゃ無いんですが。私の魔術の師はオルリア先生で、シュラウトスさんはそのオルリア先生の師匠ってだけですよ?」
シュラウトスさんの恥ずい呼び名はともかく、私が今主張すべきはコレだ。
結局、変な勘違いから私を勧誘してるって事なんだよね? だったら、これを訂正すればこの勧誘は終わるんだよね? キッチリ訂正させてもらおう。
「“死神”から直接教えを乞う事もあるんでしょう? だったら君は紛れも無い、“死神”の後継者という事だ」
いや、シュラウトスさんには申し訳無いけど、そんな恥ずかしいものの後継者にはなりたくない。
「それを言うならオルリア先生こそが後継者なのでは? 私は先生が不在の折にたまにシュラウトスさんに教わってるだけですから」
「確かにオルリア嬢も技術として教わってはいるみたいだけれど、彼女の使う魔術は整ったお綺麗なものばかりだ。肝心の非道さを、彼女は引き継いでいない。あの非道さがあってこその“死神”だというのに、ね」
まぁ、そこは同感ですな。
シュラウトスさんの非道さは、オルリア先生にはまったく受け継がれていない。清く正しい魔術しか、先生は使わない―――使えないだろう。
でも、それって、裏を返せばさ。
「それは暗に、私を非道だと言ってるんですね?」
「暗に、じゃ無い。明確にそう言っているんだよ」
にっこりする私とにっこりする王子のにっこり対決がここに勃発。
「稀代の魔術師と称されるオルリア嬢よりも、僕は君が欲しい。能力的にも勿論だけど、その性格―――目的の為には手段を選ばないという君の在りようはとても貴重だ。こればかりは教育よりも本人の資質が上回る。甘さが命取りになる任務だから、尚更ね」
よし、凄いディスり具合だ。喧嘩売ってんのか。
あの知的で美人で時に可愛い先生を差し置いて私の何を見込んだのかと思えば、性格の悪さ重視とかやめて。どうせなら腕を買ってくれよ。何で性格の悪さに着目してくれてんの。嬉しさゼロだわ。
「そう言われると、私が血も涙もない極悪非道な人間のように聞こえるんですが。班長さんたちを助けた際の行動は、そこまで言われるほど酷いものでしたか?」
山で追い剥ぎ(実態は追っ手だけど)を蹴散らしたとき、班長さんたちが見てるという事を意識して、あんまり血生臭い事にならないよう配慮した私のどこが極悪だと言うのか。
むしろ気遣い屋さんでしょ? 超空気読んだよ? 空気読んで、後始末のシーンは見せないようにしたよ? 褒められて然るべきじゃない?
「その件だけが判断材料じゃ無い。僕が報告を受けた中で君の性質が顕著に表れていると感じたのは、二週間程前の一件だ」
二週間前?
って事は、誕生日のちょっと前か。12歳の私、何かやらかしてたっけ?
「君は、自分に暴言を吐いた騎士に対し、キスという手段を用いて完膚なきまでに相手の心を叩き折ったそうだね。自身の敵を潰す為ならば、己の身すらも有効に使う。そういった行為を、何の躊躇いも無く只の手段として活用するなんて、生半な人間に出来る事じゃ無い」
途端、その場の空気が凍り付いた。




