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攻略対象その3

遅くなりました m(_ _)m




 ずんずんと歩く団長に遅れないよう小走り気味に足を運ぶ。

 そうして連れて行かれたのは、お城の一階にある一室。

 尚、お城に入るのはこれが初めてだったが、隣を歩く団長との足の長さの差という悲しい現実に勝手な敗北感を抱くのに忙しく、ほとんど周りを見ていなかった。

 どうも私は余計な事に気を取られ過ぎるところがある。気を付けねば、とは思うものの……だって団長の一歩が私の二歩だったんだよ。これは気を取られる案件でしょ。てか、絶望したわ。

 牛乳パワーはいつ発揮されるのか……。


「入るぞ」

 扉の前を警護していた騎士へと団長がそう告げ、入室したそこは広い会議室のような部屋だった。

 誰も居ない会議室(多分)で何をするのか、と傍らの団長を見上げると、彼は私の腕を離し、一人部屋の壁へと向かい。

 何の変哲もない壁を、何やら独特のリズムでコンコンと何度か叩いていたかと思えば、唐突にその壁が動き、内部に小部屋が……か、隠し部屋?! ファンタジック!


 予期せぬ隠し部屋出現に、私に潜む小学生男子の部分がわっしょいと騒ぎ出したが、その小さな部屋に入った途端、そんな興奮なんてふっ飛んでしまった。

 小さな四角い机と、それを挟んで二脚の背もたれのない簡素な木の椅子があるだけの狭い部屋。

 まるで取調室のよう(いや、ご厄介になった経験は無いけど、イメージ的にね)なその部屋の中で、静かに佇む文官系の男性……はどうでも良い。

 問題はもう一人の方。

 私たちの入室と同時に、椅子から立ち上がった少年。

 私は彼に見覚えがあった。


 ……あれ、この人って、もしかして……え、なんで?

 そりゃ確かにオルリア先生やサイラス師匠とも予想外な出会いをしちゃった訳だけど、でもこの人とだけは遭遇する確率は極めて低いと思ってたのに。

 だって、だってこの人……王子様でしょ?!


「呼びつけちゃってごめんね?」


 ゆったりと立ち上がった少年の、薄い栗色の髪がさらりと揺れる。

 静かに微笑みこちらを見つめるその眼は、綺麗な榛色をしていた。

 ……なんて、鑑賞してる場合じゃ無いわ。

 整ってはいるもののイマイチ印象が薄く、それゆえに人畜無害さを感じさせるこの少年こそ、この国の第四王子であるルナ殿下―――この世界で出会う三人目の攻略対象者(ヒロインのお相手)だった。



******



 初対面となった王子様に、私の脳内は俄かにパニック状態に。

 ちなみにパニックの内訳は“どうして王子様がここに?”が一割で、残りの九割を“私の敬語力では王族に対応出来無い……むしろちゃんとした敬語が無理!”が占めていた。前世でそれなりに社会人生活を送っていたというのに、今世でのびのびと子供時代を満喫し過ぎた弊害がここに。もはやクライアントと華麗に交わしていたはずのビジネス敬語すら覚束ない。大惨事だ。

 そんなパニクる私の胸中を見透かしたかのように、「非公式の場だし、そんなに畏まらなくて良いよ」と言ってくれたルナ王子は、少年とはいえさすがに王族だな、と感心した。

 まぁ少年って言ってるけど、確か15歳だか16歳だかその辺り(あやふや)だった気がするから、今の私よりは年上なんだけどね。

 あ、でも16歳だとすると成人済みって事になるから、青年って言うべきか? このぐらいの年齢って少年なのか青年なのか悩むよね、ってのはただの余談。


 そうして、名乗るだけの軽~い自己紹介を済ませた後、王子の指示により私は彼と向かい合う席に着席。団長と師匠は壁際で直立。

 ……ねえコレ居心地悪いんですけど。上役を差し置いて座るとか、無いわ。しかし言ってみれば上役の上役からの指示だから、従うしか無いんだけど。

 というか、なぜ私が王子と対面しなくてはいけないんだろう?

 何か仕出かしたっけ?と脳内を検索してみるも、王子とは初めて会った訳だし、何ひとつとして因縁など無い。そもそも平民と王族の間に因も縁も生じるはずが無かった。



「まず初めに、ここでの会話は一切他所に漏らさないようにと言っておくね。守らなかった場合、いろいろと不都合が起こるかもしれないから……君たちの人生に」

「あ、守れる自信がありませんので、私はこれで失礼させてもらいますね」

 さて何の話が始まるのか、と身構えていたら、テーブル越しのルナ王子が穏やかな顔でさらっと脅しをブッ込んできたので、こちらも鉄壁の笑顔で離席をほのめかし応戦。なぜ対話開始早々に戦っているのかは定かでは無い。

 それと同時に軽やかに立ち上がろうとすれば、王子の側近(部屋に居た文官っぽい男性)に背後から肩を押さえ付けられ、浮いた腰は椅子へと着地させられた。

 宇宙船シーデ号、あえなく離陸失敗です。

 どうして自分の側近を私の背後へ位置させたのかと思ってたけど、逃走防止策かよ。周到な王子様だな。

「ふふ、駄目だよ。君に話があって呼び出したんだから」

 あくまで穏やかにこちらを見るルナ王子だが、私に選択肢は与えられていないというのがその言葉で分かった。



 「順を追って説明しようか」という王子の言葉を受け、私の肩を押さえていた側近が動いた。

 先程私たちが入って来たのとは逆側の壁を彼が叩くと、そこが開き、そうして一人の男性が入室して来る。

 その男性は王子の背後に控える位置に立つと、団長たちに軽く頭を下げた後、こちらを向くと、私へと目礼を寄こした。

 ……本当に、自分の女優魂に感謝だ。危うく『こっち見んじゃねー!』って叫ぶところだったわ。いやマジで、こっち見ないで。


「シーデ、彼を覚えているよね?」

 背後に立つ男性を示し、私へと問うルナ王子。

「初対面です」

 それを否定する私。

「……数日前の事でしょう?」

 首を傾げる王子。

「初対面です」

 更に否定する私。

「でも彼は」

「絶対に初対面です」

 口を開きかけた王子を遮り、断固として否定する私。


 ……うん、分かってる。否定したって意味なんか無い。こんなのささやかな抵抗だ。分かっちゃいるけど、ちょっと抵抗したくなった私の気持ちも察して欲しい。

 王子の背後から、少し申し訳なさそうにこちらを見る男性は―――数日前に山で出会った班長さんだった。

 何で、何であなたがここに居るの! 足元から嫌な予感が這い登ってくるんだけど!


「頑なだね。まぁ、話が終われば認めざるを得なくなるだろうから、今は良いよ」

 認めたくないものだな、という赤い彗星的セリフは心の中に留めておこう。口に出したところで分かってくれる人はこの世界には居ないから、虚しいだけだ。かく言う私も、そのセリフしか知らないんだけど。

「初対面だと言い張る君のために紹介するよ。彼は僕の叔父上の部下の一人だ」

「おじうえ……?」

「僕の父である国王陛下の弟、王弟殿下の事だよ。この国で王弟は代々、秘密裏の使命を背負っているんだけど……詳しく聞きたい?」

「いえ、結構です」

 へえ、そっか。

 班長さん、王様の弟さんの部下なんだ? ふーん、それは……嫌な予感が増すなぁ。『王弟の秘密裏の使命』なんて、詳しく聞きたくないよ。

「じゃあその部分に関してはいずれ、という事にしておこうか」

「いえ、将来的にも知りたくありません」

 馬鹿正直に胸の内をさらけ出せば、壁際の団長から「嬢ちゃん、包み隠せ」と注意が飛んできた。

 見れば、団長と隣に居る師匠の顔にはでかでかと『心配!』と書いてある。


 いやいや、そりゃこの国はあんまり身分差にうるさくないけども。平民の店に爵位のある方々がこっそり(時に堂々と)来ちゃうし、普通に喋ってくれるし。

 騎士団にだって貴族の子弟がごろごろ居て、そんな彼らと休憩時間中に『妖艶な美女派か清楚なお嬢様派か』とかいう話題で盛り上がったりしちゃってる(ちなみに私は『両方大好き派』だと明言したら、賛同者が多数出て第三の勢力として急成長中である)けど。

 そんな私ではあるが、さすがに彼らと王族を並列に捉えたりはしていない。その程度の分別、私にだってある。

 不安げな眼差しでこちらを見守る、優しくて心配性な二人を安心させるべく、大丈夫、私だって弁えてますよ、の意を込めにっこりしたら、二人の顔が『超心配!』にレベルアップした。なぜだ。


「良いんだよ団長。僕としては、包み隠さないでくれた方が嬉しいから。この場では本音を聞きたいんだ」

「……はっ、失礼しました」

「それじゃあ続けるね。叔父上の部下である彼は先日、任務中にとある山中で追っ手に追い詰められていたところを、一人の少女によって救われたらしいんだ」

 そうして、ちら、と視線を投げられたので、「へぇ、それは良かったですねぇ」とすっとぼけてみせる。無駄だと分かっていても、それでも足掻かずにはいられない。それが人間というものだ。

 しかしそんな反応は王子にとって想定内だったのか、特に気に留めた素振りも見せずそのまま話を続けられた。

 私にとって、続けて欲しく無い話を。

 つまりは、班長さん視点での先日の山中の出来事が王子の口から滔々と流れ出てきた、と。

 班長さんたちが追っ手に囲まれていたところへ謎の少女が現れ、人質として捕まったその少女が逆に追っ手を叩きのめし、後始末を済ませ倒した相手の武器を回収し、ついでに直前に仕留めたという魔獣を小脇に抱え、班長さんたちを王都まで送り届けた後、報酬の受け渡しを済ませ冒険者ギルドの前で別れた、と。


 あああこれもう言い訳不可能だ!

 謎の少女とか言ってくれてるけど、『回収した武器』とか『仕留めた魔獣』とか、さっきのお説教の内容と合致しちゃってるよ。確実に団長と師匠には私の事だとバレた。

 せっかくそれ以外の部分は乙女の秘密として流させようとしてたのに、そうして濁した部分が全部―――とはいえ班長さんの主観によるものなので、私しか知らない部分については未だ伏せられているのだが―――きちんと説明されてしまった。


 その結果、団長周辺の空気がひんやりし始めました。

 ……まずい。これはお説教追加コースか。師匠の顔も若干引きつってるから、さぞや懇々とお説教してくれる事だろう。

 追い剥ぎに殺られかけたから正当防衛したって事にしてあった(まぁそれについては間違いでは無いが)のに、自ら厄介事に首を突っ込んだというのがバレてしまったので、きっと“危機管理”という事柄についてみっちり説いてくれるであろう未来が予想出来た。

 自分が迂闊だった事は重々承知しておりますので何卒ご容赦ください……っ!

 願いを込めてそっと団長の顔色を窺えば、私の心の祈りが通じたのか、団長が笑った。

 冷やっこく、笑った。

 ……うん、祈り、通じて無いわ。容赦してもらえなさそう。


 ならばせめて、これだけは主張しておかねば。

「あの、そちらの班長さんと初対面だと無駄に言い張ったのは撤回しますし、その少女が私だと潔く認めますので、一部訂正させてください」

「……え? あ、うん、どうぞ?」

 認めるの? みたいな顔でこっちを見る王子は放っておき、壁際のお説教タッグに間違って伝わってしまった部分を即刻訂正させてもらう。

「私、魔獣を小脇に抱えてなんていません! 魔術で浮かせてました!」

「「気にする部分が違う!!」」

 怒られた。


「えーと……続けても良いかな?」

「え? まだ続くんですか?」

「……これからが本題なんだけど」

 お説教タッグのカミナリ発動に戸惑った様子の王子が、私の素の返しに更に戸惑い顔になりつつ、尚も続けられた話の内容に、今度は私が戸惑う番だった。

 曰く、山から無事生還を果たした後から今日まで、班長さんたちは私の事を調べていたらしい。

「……ありふれた少女の事を調べて何が面白いんです?」

「君の事をありふれた少女と言い切るのは難しいんじゃないかな? いろいろと興味深かったよ」

 側近から手渡された紙束をぱらぱら捲り、そこに書かれている事を無作為に読み上げていく王子。

 私の生まれから住まいから魔力が無い事、何歳の時にどういう事があったとか、どういう訓練をしてるかとか、普段の私の接客態度とか、身長のために毎日牛乳を飲んでるとか……生態調査か!とツッコまなかった自分を褒めたい。


「それを全部、班長さんたちが調べたんですか?」

「うん? そうだよ?」

「それは何と言うか……ご苦労様でした」

 プライバシー云々とかより先に、労わりの気持ちが芽生えた。

 だってこの世界で一人の人間についてここまで詳しく調べようと思ったら、聞き取り調査しか方法は無い。

 生まれや住まいなんかは出生届で分かるだろうし、魔力についても国に調べられてる事だし、普段の行動も街の外に出る分には門で記録が残るから容易だろう。

 しかしそれ以外は全部、人に聞いて回るしか無い訳で。

 足を棒にしながらこんな小娘について調べ回ったのかと思うと……心の底から同情するわ。


「さぞやたくさんの人に聞いて回ったんでしょうね。大変だったでしょう」

「……いや、そうでも無い」

 溢れる同情心のまま班長さんを労うと、なぜかいたたまれないような雰囲気を滲ませた彼が首を横に振った。勝手に私の事を嗅ぎ回った罪悪感でも抱いてるんだろうか?

「実際、彼らが話を聞くため接触した人数は、通常に比べてそう多くは無いよ。どうも……七割がた、君の家族が語ってくれたみたいだから」

「……はい?」

「ひとつ聞くと十返ってくる勢いで……これで良いのかとこちらが困惑した。君の家族にはもう少し、その、情報を秘匿する必要性を示唆した方が良いのではないか、と思うが」

 どうやら、娘(孫)自慢という名の情報漏洩が凄かったらしく、班長さんは簡単に情報を得られた事に喜ぶよりも、私を案ずる気持ちが上回ってしまったようだ。

「漏れるほどにあふれっぱなしの愛情がウチの家族の特徴ですから、良しとします」

 愛されてる。

 私、家族に超愛されてる!という満足から一人頷いていると、「それで良いの?!」と王子にツッコまれた。班長さんは微妙な表情をしてるし、壁際の団長と師匠は頭を抱えている。王子の側近だけが一人、特に表情も変えず静かに控えているのが特徴的だ。やはり王子の側近ともなると、安易に心乱すような事は無いのか。立派だな。


「別に、聞かれて困るような事もありませんし」

 心は汚れているけれど、生活態度は割と清らかだと自負しているのだ。爛れた関係が発生するようなお年頃でも無いし。

「それより、七割がウチの家族から提供された情報という事は、他の三割はお客様とか騎士団の人とかからの情報ですか?」

「あ、ああ、うん、そうみたい。君のお店のお客さん、特に年若いお嬢さん達には女性が情報収集役としてあたったみたいだけど、何て言うか……君のファン仲間だと思われたみたい、だね。……ファンが居るの?」

 奇妙なものを見る目付きで尋ねられたので、ああ、前に決闘を見学に来た子爵家のお嬢さんが筆頭になってキャッキャしてるグループと接触したんだな、と理解し「まぁ、そんな日もあります」と頷いた。

 可愛い女性たちにキャッキャされるのは、割と嫌いじゃ無い。本当は一緒にキャッキャ出来たら楽しいんだろうけど……キャッキャされる側だから、それは叶わないだろうなぁ。……女友達、欲しいな。


「うん、まぁ、それは良いや……ああ、接触した中で、二人、一切君に関して情報を漏らさなかった人たちがいるみたいだね」

 どこか諦めたような気配を滲ませた王子が、ふと紙束を捲る手を止めた。

「二人とも、あるチョコレート店の店員……いや、片方は店主か」

「ひょっとして、クランツさんとエヴァン君ですか?」

「そうそう。店員のエヴァンという青年は、何を聞いても『シーデちゃんは可愛い友達です!』としか答えなかったとか……年齢も性別も違うけど、友達なの?」

「エヴァン君は年上の青年だけど可愛い友達です!」

 ぐっと拳を握り、満面の笑みで元気に返せば、「そっか」、と、どうやらツッコミを放棄したらしい王子が適当に頷いていた。……諦めるのが早過ぎないかね?


「調査に行った者の報告によると、エヴァンという青年から聞き出すのは断念して、店主のクランツに君について尋ねたところ、非常に怪しまれて逆に素性を探られかけたとか」

「ああ、クランツさんは用心深いですからねぇ」

 彼ならばきっと詐欺なんかには引っかかるまい。詐欺を働く側にはなれそうだが。

「それでも挫けず何とか君の情報を引き出そうとしたみたいだけど、最終的に『大切な友人を見知らぬ他人に売り渡すような真似はしません。お引き取りを』って、これ以上ない程に冷ややかな目で睨まれて逃げ帰ったみたいで」

「マジで?!」

 がばっと立ち上がり身を乗り出した私に、王子は椅子をガタンッと鳴らし体を引いた。私の勢いに驚いているようだ。しかしそんな事はどうでも良い。

「え、えーと、マジ、みたいだよ? 報告書にはそう書いてある」

「見せて! 見せて!」

 困惑する王子に手を突き出し、書類を渡すよう催促すると、「落ち着け嬢ちゃん」とストップが入った。

 一瞬で傍らへとやって来た団長が私の肩を掴み、そのまま座り直させようと軽く押してくるが、いやいやそんな落ち着いてる場合じゃ無いから!


「落ち着けませんよ! あのクランツさんが、ですよ?! 私を『大切な友人』って言ってくれたとか超奇跡! その奇跡の痕跡をせめて書面上でもいいからぜひともこの目に焼き付けなくてはいけません! だから早くそれを見せてください!」

 ついに、ついにクランツさんがデレた!

「嬢ちゃん、不敬が過ぎる」

「だって殿下は、この場は無礼講だって言ってましたよ?」

「いや、言われて無いぞ?!」

「え? 包み隠さない本音が聞きたいって言ってましたよね?」

 私の肩に手を乗せたままの団長を振り仰ぎ、軽く首を傾げると、「本音が聞きたいってのと無礼講ってのは、イコールじゃ無いだろう? まったく、心配した通りだったな……」と頭痛を堪えるような溜息を吐かれた。


 少し冷静になり室内を見回すと、班長さんは額を押さえてるし、師匠は王子に「俺の弟子が申し訳ありません」と謝罪している。

 側近の彼だけは相変わらず静かに控えているが……その静けさに逆に不安を煽られた。内心、腸煮えくり返ってんじゃないのかな。やばい、かなり冷静になったわ。さすがに態度が雑過ぎた。あと、無礼講じゃなかった。反省。

 王子に突き出し、書類を渡すようぴろぴろと振っていた手を静かに引くと、「申し訳ありませんでした」と頭を下げた私―――しかし、だからといって要求を引き下げる気は毛頭無い。

「でも、どうしてもその書面を見せていただきたいんです。お願いします、どうかそれを私に見せてください。見られてはいけない部分があるのなら、その部分を隠して見せてくださる事は出来無いでしょうか? どうかお願いします。私、土下座も厭いません」

 有言実行とばかりに団長の手からするりと逃げ、床に膝を付くと、「わあ、待って待って! やめて!」と王子が悲鳴を上げた。

「いらないから、土下座なんてしなくても見せるから! 今すぐ立って! 女の子に土下座させたなんて母上に知れたら、殴られるから……っ!」

 王家の子育てに鉄拳制裁があるとは。意外過ぎる事実だ。

 しかし、国王様(父親)でなく王妃様(母親)に殴られるのか……やっぱりこの世界の人妻はちょっと強いようだ。逞しい。


 よっぽど王妃様が怖いのか、焦ったようにルナ王子が私に書類の一枚を差し出す。

 それを受け取り読んだ私は、さっきの王子の言葉より詳細の記されたその書類を手に、己の頬が緩むのを抑えられなかった。



『何故それ程までにシーデの事を知りたいと? よもや、俺の大切な友人に邪な事を企んでいるのではないでしょうね?』

『そんなつもりは無い? 口先だけのその言葉を信じろと?』

『いえ、結構です。これ以上言葉を重ねないでください。非常に不快です。何と言われようとも、俺は掛け替えのない友人の情報を他者に差し出すような真似はしません。お引き取りを』

『……お引き取りを、と言ったのが聞こえませんでしたか? そうですか、では……貴方の人生はここで幕引き、という事でよろしいのですね?』

『シーデちゃんは可愛くて大切な友達です! だから、変な事を考えないで欲しいんです! ……変な事を、考えられないようにしましょうか』

 ―――以上が調査対象の近隣のチョコレート店に聞き取り調査に行った者の報告であります。これ以上踏み込むのは危険だと判断した彼は、直後に金輪際調査対象に近づかぬ事を誓い逃げ帰りました。

 店主及び店員の言葉のみを報告されましたが、報告の間、終始落ち着きなく視線を彷徨わせ微かに体を震わせるその様子から、何か余程の事をされた、もしくはされかけたのだと推察します。今後、彼にはカウンセリングを受けさせる事を考慮しております―――



 うん、うん、クランツさん!

 デレ期に突入だというのに、どうしてこんなに冷え冷えとした感情が書面上から伝わってくるんだろうね? 聞き取り調査に行った人の態度が悪かったって事かな? そして、トラウマを植え付けるほどの何かを仕出かしたの? しかも、最終的にエヴァン君も加わってない?

 ……まぁそんなのどうでも良いや。肝心なのはクランツさんがデレたというその事実だ。


「……幸せそうだね?」

「感慨無量と言っても過言ではありません」

 呆気に取られたようにこちらを見る王子に、再度お礼を述べた。

 いやもう、私について調べてくれてありがとう! おかげでこんなにも素敵なクランツさんのデレを堪能出来ました!


 娘(孫)自慢を誰彼構わずしてしまう家族と、友人の情報を怪しい人間に渡したりしないというクランツさんたち、どちらからも限りない愛情を感じるよ! 至福!



今回のハイライト。


「ハイライト?そんなのクランツさんがデレた事に決まってんじゃん!

 でも何で!どうして!私が居ないところでデレるのクランツさーーーん!!

 次のデレはいつなの?!待ってるからねクランツさあああん!!!」


シーデは今日も平和です。



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