狩りの代償
見知らぬ山から戻った数日後。
複数人相手でも自分の剣はそこそこ通用するようだ、と自信が付き、もっともっと頑張ろう!と気合たっぷりに練兵場へ向かうと、そこで待っていたのは。
お説教タイムでした。
練兵場に足を踏み入れ、発見したサイラス師匠に駆け寄ろうとした途端、笑顔の団長に捕獲され……あれこれすごいデジャヴ……ああ、入団の挨拶をした時もこんな感じで……え、今日は何の挨拶すんの?
頭に疑問符を浮かべたままずるずると引きずられ、しかし以前とは違い練兵場の隅っこへと連れて行かれ。更にはそこに師匠もやって来て。
そうして、団長と師匠からのダブル説教が幕を開けた。
当然、全員正座です。様式美です。
「さて嬢ちゃん、魔獣を狩ってきたという件について話そうか」
「シーデ、俺も団長から聞かされて、自分の耳を疑った。一体なぜそんな危険な事を?」
一見にこやかな騎士団長と、くそ真面目な顔で真っ直ぐこちらを見据えるサイラス師匠から、先日の魔獣狩りについてのお問い合わせだ。
……このタッグは危険だな。お説教という場面において最強な気がする。開始早々に追い詰められた気分なんだけど。
「あの、質問に質問で返すのが失礼だとは承知の上でひとつお聞きしたいんですが」
「何だ?」
「なにゆえ団長は、私が何か狩ってくるたびにそれをご存じなんでしょうか?」
これ、ずっと前から疑問に思ってたんだよ。熊を狩るたびに団長にバレる。別に私は『熊狩りなう』などとツイートしたりはしてないのに。
「そりゃ門番が報告してくれるからだ」
なんと?!
「門番さんたちは、どうして団長に全部話しちゃうんですか?!」
賄賂を送って無いからだろうか?
いやでも、熊肉のお裾分けはちょいちょいしてたのに。あの程度の賄賂じゃダメって事?
「どうしてって……ああそうか、シーデは知らないのか」
一瞬不思議そうにした師匠が、何かに思い当たったのか一人で納得している。
師匠が言うには、私は騎士見習いとはいえ少し特殊な立場らしい。見習いの中でも訓練生という扱いらしく、だから今まで訓練はさせても騎士の仕事について教えたりする事が無かったので、騎士にとっては当たり前の事を知らないんだな、と。
うん、確かに騎士の仕事内容って詳しくは知らないや。
納得する反面、何でそれ、私本人が知らされて無いんだろ?と更なる疑問も浮かぶが、まぁ知らされて無かったけど気にも留めて無かったし、別に良いか、という結論に落ち着いた。
……これだから教えてもらえなかったんだろうな。ははは。
「それで、先程の質問だが」
「はい」
「門番は騎士団員の一部だ。だから彼らには団長へ報告の義務がある」
「ええ?! 騎士団員?!」
「はは、そうだ。そんな訳で、嬢ちゃんが街の外に出て何かを狩ってくるたび、おっちゃんに報告が入るんだ。分かったか?」
通りで筒抜けな訳だよ!
「どうにかして門を通らない出入り方法を確立出来無いものか……」
「そうじゃない。魔獣を狩るな! 怪我でもしたらどうするんだ!」
うっかり思考が口から滑り出ていたため、団長の怒り声を浴びるはめになった。失敗失敗。
「魔獣だとは思わなかったんですよ。熊だと思ってました」
「熊なら狩って良い訳じゃ無い。団長も常々言っている事だが、まず熊を狩らないでくれ」
「えへ」
「嬢ちゃん、可愛く首を傾げて見せても誤魔化されないぞ?」
うーん、この程度の怒り具合なら、団長一人だったら誤魔化しきれる自信があるんだけど。ひと月ほど前にも二回、ハグからのほっぺにチューという高等テクで逃げ切った実績がある。一ヶ月そこそこでお説教が三回目なのか! なんてツッコミは聞こえない。全然聞こえない。
けど今回はサイラス師匠も一緒だからなぁ。さすがに師匠にはハグ&チューは通用しないだろうから、今日は逃げられそうに無い。
……多分、逃走を防ぐために今日は二人体制のお説教なんだろうな。団長が学習してしまった。くそ。
「シーデ、聞いているか?」
「あ、すみません。どうぞ続けてください」
「……聞いて無かったな?」
師匠の顔が引きつり、団長の笑みが深まる。
まずい。二人の怒りのボルテージを上げてしまったようだ。
そこから、熊を狩る事により生じる弊害(私の女子力低下に関する懸念が主だった。まだ諦めて無かったのか)や魔獣の危険性、野生動物と魔獣を見分けられないんなら闘わず逃げろとか、むしろとにかく逃げろだとかを長々と諭された。
もう狩っちゃったんだから後の祭りじゃない? とか、私の女子力なんて元々さして無かったよ? とか、言いたい事はいろいろあったけど、私を案じてくれているがゆえのお説教だという事ぐらいは理解しているので、神妙な顔を保った。
……ちょっとだけ、二人とも過保護だよね。私の外見のせいかなぁ? 私がマッチョだったらここまで心配をかけなくて済むんだろうか?
団長と師匠の心の平安のために、今からでもマッチョを目指すべきか……悩む。
「それになぁ嬢ちゃん。魔獣を狩ったなんて知ったら、嬢ちゃんの家族はどう思う? 特に親父さんなんて、泣いちまうんじゃないのか?」
「家族に心配をかけるのは良い事では無いだろう? 君が街の外で危険な事をしていると知ったら、君の家族は二度と街の外に出るなと言うかもしれない。それで良いのか?」
二人して軽く脅しを含んだ目でこちらを見てくるが、即席お説教タッグのコンビネーションが絶妙過ぎるよ。
だがしかし。
私にそんな脅しは効かないんだな、これが。
「え? 家族は知ってますよ? 手放しで褒めてくれましたから!」
にへっとだらしなく笑うと、団長と師匠が同時に頭の痛そうな顔になった。
「じーちゃんたちは『さすがわしらの孫!』って大盛り上がりでしたし、ばーちゃんたちは『あら、大物を狩れたのねぇ』って笑ってました。母さんは『いずれは素手で仕留められるようにならなきゃね♪』って無茶振りしてくれて、父さんは血塗れの服を見て卒倒しかけましたけど、私に傷ひとつ無いって分かったら『娘が天使過ぎて怖い』って、こっちが引くほど称賛の嵐でした」
にへにへ思い出し笑いをしながら報告という名の自慢をすれば、団長が目を剥いて「嬢ちゃんの家族はどうなってんだ?!」と喚く。
「そうですよね。魔獣を倒した娘を『天使』って、ちょっとよく分からないですよね」
「そこじゃない! いや、そこも含めて全員おかしいぞ?!」
「君の家族に君を止める気は無いのか?!」
「褒められてのびのびと育ててもらった結果がこちらです」
「「他人事か!」」
おお、息ピッタリですね!と思わず拍手したら睨まれた。ご、ごめんなさい。
「……それじゃあもうひとつ聞こうか。冒険者ギルドに売っぱらった多量の武器についてだが、それはどういう事なんだ、嬢ちゃん?」
追い剥ぎの件も筒抜けなのか。門番さんたちめ……って、ん? いや、それはおかしい。門番さんたちは追い剥ぎの件は知らないはずだ。
だってあの日、街に帰って来た私と彼らの間に会話は発生していない。
彼らは私では無く班長さんと何事か小さな声で話していて、私にはちらちらと物言いたげな視線を向けてくるだけだった。だから彼らは、私の戦利品は私の乗っていた魔獣しか知らないはずだ。
「あの、私からももうひとつ、質問して良いですか?」
「今度は何だ?」
「どうしてその件までご存じなんでしょうか? 門番さんたちは知ってる訳が無い情報なんですが」
「ああ、そっちは情報源が別だ」
「冒険者ギルドのギルドマスターは、団長の友人だからな」
「まさかの」
「友人なんて良いもんじゃあ無い。ありゃ腐れ縁ってやつだ」
「なら冒険者ギルドを通さない素材の売却方法を……商業ギルドなら……」
「シーデ、考えている内容が口に出過ぎだという指摘は置いておくとして、商業ギルドのギルドマスターも団長の友人だから無駄だと思うが」
「くっ、団長の情報網から逃れられない」
長はみんな仲良しなのか。そんな友人ネットワークを構築されてちゃ、私の行動なんてダダモレだ。底の抜けたバケツ並みにもれもれだ。何てこった。
悔し紛れに地面をべしべし叩くぐらいしか、無力な私に出来る事は無い。
「嬢ちゃん、手が汚れるぞ。……それで、おっちゃんに説明してくれるな?」
「あれはただの戦利品です。追い剥ぎに出くわしたので、逆に追い剥いでやったんですよ」
悪い事はしてません、と胸を張って答えれば、二人の視線がそろって険しくなった。
「追い剥ぎ? 嬢ちゃん、一体どういう事だ?」
「頼むから、前後の状況をきちんと説明してくれないか」
待って、正座したままじわじわと寄って来ないで。
「説明ですか……追い剥ぎに遭遇して、刃物を突き付けられた上に殺すと言われたので、正当防衛して、ついでに彼らの武器の類をいただいた、って感じです」
「シーデ、俺は『きちんと』と言ったんだが」
「これでもきちんと説明してるつもりなんですけど」
だって、場所は私にも分からないし、班長さんたちの事はあんまり言いたく無いし……知られたく無い部分を伏せると、どうしてもこんな説明しか出来無いんですよ。察してもらえないかな。無理かな。
「君とは一度、『きちんと』という言葉の意味を摺り合わせる必要があるな」
「いえ、それよりも、不明な部分については『乙女には秘密が多いんだな』と解釈して流していただく方向でお願いします」
「あのなぁ嬢ちゃん」
苦い顔で息を吐いた団長に、やっぱり流されてはくれないか、と首を竦めたところへ、「お取込み中のところ申し訳ありません」という声がかかった。
見れば、『こんな場面で声なんかかけたく無かった!』とくっきり顔に書いてある一人の騎士が、ビシッと敬礼して佇んでいた。遠巻きにちらちらと視線を送って来る騎士たちが居るのを見るに、どうやら彼は他の騎士たちから貧乏くじを押し付けられたらしい。哀れな人だ。
団長に急ぎの用事があったらしく、立ち上がった団長は「すぐに戻る。サイラス、嬢ちゃんを逃がすなよ」と言い置き、呼びに来た騎士と共にこの場から離れた。
どうぞごゆっくり。良かったらそのままお説教の事は忘れてくださいね。
そんな、口が裂けても言えない正直な気持ちは、正面に座したままだった師匠に看過されてしまったらしい。
「シーデ、まだ俺が残っている事を忘れていないか?」
「……えへ?」
へらりと笑いお茶を濁そうと試みると、デコをピシッと弾かれた。あうち。
「まったく君は……団長がこうして苦言を呈するのは、君の身を心配しての事だと、汲み取れない訳じゃないだろう? 勿論、俺だって心配している。……君の師となってまだ数ヶ月の俺がこんな事を言っても、信じられないかもしれないが」
「まさか! 師匠の言う事を信じない訳がありません!」
首を左右へと振りまくり、師匠の言葉を完全否定してみせる。首が痛まない事を祈ろう。
「しかし……俺は君につきっきりで指導が出来ている訳では無いし、それに……君はどちらかというと、俺よりも彼に懐いているように見える」
私の全パワーを注ぎ込んだ断言に、師匠は戸惑ったように目を瞬かせ、その視線を離れた場所で訓練中のイノシシ騎士へと向けた。
……師匠、私に今以上に懐かれたいの? 結構懐いてると思うんだけど。そして、私がイノシシに懐いてるように見えてるの?
確かに彼とは忌憚のないやり取りをよく交わしてるし、お互い打てば響くように言い争える仲ではあるが……って、あれこれ仲良し? 遠慮のないコミュニケーションが出来るって、もう友達じゃね? どうしよう、知らない間に友達が増えてた。嬉しい。
……いや、違う。今考えるべきはそこじゃないわ。本題に戻そう。
「師匠が本来の職務でお忙しいというのは重々承知してます。その合間を縫って私の指導をしてくれてるんですから、その事に感謝こそすれ、不服に思ったりなんてしません」
むしろ、道場に通ってた頃は逃げ足以外はさして向上しなかったけど、サイラス師匠に教わり始めてから着実に攻撃方面が伸びてってる。感謝しない訳が無いじゃないか。
師匠の手が空かない時間は、お兄ちゃんたちや他の騎士たちが相手をしてくれるから問題無いし。
しかし、そう言っても師匠の困惑顔は晴れないので。
「一日に二回、朝と晩に拝んでも良いってくらい感謝してるんですよ? 明日から実行しましょうか?」
「やめてくれ」
感謝の気持ちを具体的な行動で表すべきかと思ったら、真顔で即座に拒否された。
照れてるの? それとも普通に嫌なの? ……まぁ私なら後者だけど。
「では、近々別の方法で感謝の気持ちを表しますね。楽しみにしててください」
「不安しか湧かないからやめ……いや、そうじゃなくて、表してくれなくて良い。俺は当然の事をしているだけだから」
「……当然? 当然の事ですって?」
「あ、ああ」
「そんな訳無いじゃないですか! 私が無理やり弟子にするよう迫って、師匠は渋々引き受けただけなのに、あんなにも懇切丁寧に指導してくれて。あれが師匠にとっての当然なんだとしたら、懐が深いにも程がありますよ!」
もう仏として祀らなくてはいけないレベルの心の広さだと思う。そんなに神格化されたいの?
「やっぱり拝みましょうか?」
「それだけはやめてくれ。頼むから」
「でも」
「やめてくれ。本気でやめてくれ」
真顔でやめろと繰り返す師匠に、これはもう逆に拝めって意味じゃ無いか? 押すな押すなってやつでしょ? と思い始めた頃、離席していた団長が足早に戻って来るのが視界に入った。
「あ、団長。早かったですね」
「嬢ちゃん……」
「ん? どうかしました?」
戻るなり、苦々しい溜息を吐いた団長は、こちらの問いかけには答えず私の腕を取る。
そうして引かれるままに立ち上がったけど……正座解除って事は、お説教は終わりなのかな? 無罪で釈放してもらえるの?
「とりあえず、説教は後回しだ。サイラスは戻……いや、お前も一緒に来い。嬢ちゃんの師匠として立ち会った方が良いだろう。……その師匠って立場が、今後どうなるかも分からないからな」
「は? それはどういった意味でしょうか?」
「来れば分かる。行くぞ、嬢ちゃん」
「え、あの、どこに?」
「それも来れば分かる」
苦い顔のまま、師匠の質問にも私の質問にも明言は避け、そのまま歩き出す団長。
それに腕を取られたままの私も従わざるを得ない。従わなくても引きずられたんだろうけど。
どこに行くのか、なぜ団長はさっきまでより機嫌が悪そうなのか、どうして私はいつも連行されているかのような姿になってしまうのか。
団長と並び歩きながら、ぽろぽろと疑問が浮かんでは脳内を漂っている状況ではあるが、私が一番気になっているのは、先程の団長の言葉だ。
『説教は後回し』って……終了してねえ! 先延ばしにされただけだ! マジか!
無罪放免は遠そうである。




