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山中にて(ある班長視点)

やっぱり遅くなりました m(_ _)m



 太陽は真上に位置する時刻だというのに、背の高い木々のせいで余り日光が差し込まず、薄暗く陰鬱な気配を漂わせる山。

 その中腹の川辺に、俺達は追い込まれていた。

 背後には山裾に向かう奔流と、その間際に俺達の乗ってきた小型の馬車がある。


 俺と部下二人は馬車の前に降り立ち、状況を打開すべく暗器を駆使してきたが、遠巻きに半円状に取り囲む三十人前後の敵を数名減らせただけで、未だ活路は見いだせていない。

 敵の目を逸らすべく散り散りに逃げたのが仇となったか。目を逸らせるどころか、主要である俺達にほとんどの敵が集まってしまったようだ。

 本来ならば部下の殺傷力の強い魔法で殲滅すればいいだけなのだが、どうやら敵が魔法封じの魔具を所持しているらしい。

 「魔法が使えません……」と申告してきた部下の声は、絶望で掠れていた。

 要である俺達に敵の戦力が集中した事といい、魔具を所持している事といい、妙に手際が良過ぎる。これはこちら側の内通者の存在を懸念すべきか。


 いや、そんな事はこの場を逃げ延びてから考えるべきだ。

 ……正しくは、逃げ延びる事が出来たら考えるべき、か。

 このまま続けていっても、いずれ手持ちの暗器も底を付く。そこからは剣による接近戦という事になるだろうが……個々の技量で勝ろうとも、圧倒的な数の差というものは如何ともし難い。

 せめて、馬車とその中身だけでも逃がす事が出来れば。

 そうすればこちらの勝利だ。

 例え、俺達がここで果てようとも。


「何とか突破口を開くぞ」

 背後の部下に視線を流せば、二人とも固い面持ちで首肯した。

 そうする間にもその手は止まること無く、投擲用の暗器を次々に敵へと放ち続けている。

 しかし遠巻きにされている為、すべて余裕の表情で躱されてしまう。くそ、癪に障る……しかし他に方法は……。



 ただいたずらに暗器を消費するだけの攻防とも言えぬ抵抗を続けていた、その時。

 一人の男に避けられた暗器が、その背後の茂みへとそのまま飛び込んだ。

 それと同時に、「うわっ」というこの場に似つかわしくない軽い声と共に、一人の少女が飛び出してきた。

 ……少女?こんな山中に? あんな軽装の少女が、何故?

 やっちまった!と顔にくっきりと書いてあるかのようなその少女の登場に、その場の誰もが意表を突かれ視線を集中させる。

 殺気立った男の群れから刺さるような目を向けられた少女は、引きつった半笑いになりながら、小さく一歩後ずさった。


「早く逃げろ!」

 俺の部下の一人が、きっと本人も自覚しないまま、咄嗟にそう少女へと声を上げる。

 他人の心配をしている場合か? この職務を全うする上で、他人への情けなど足枷になるだけだというのに。あいつはそこがまだ甘い。

 「行け!」という部下の声を受けた少女は驚いたように目を見張り、しかし足が竦んでしまったのか、固まったように動かなかった。


 そしてそのまま、敵の一人に捕まった。


 背後から男に抱え込まれ、喉元にナイフを突きつけられるという由緒正しき人質状態になった少女は、「ふおおおお!」と謎の奇声を発している。きっと恐怖の余り錯乱しているのだろう。


「さぁて、実に都合のいい子ウサギをゲットしちまった訳だが」

 敵のリーダー格であろう男が、余裕の表情でこちらに一歩踏み出す。

「悪役としちゃあ、一度は言ってみてえ台詞だよなぁ。『コイツの命が惜しけりゃ、とっとと降参しな』ってか? っはははは!」

 男が仲間達と顔を見合わせ高らかに笑い始めると、捕らわれの少女がまたしても奇声を発した。頭が状況に追い付かず混乱の極致といった風情の少女の姿に、背後の俺の部下から悲愴な呻きが漏れる。

 男が「さあ、どうする?」と重ねてくるが、そんな交渉にこちらが応じる筈は無いと理解しているだろう。それでも敢えてそう言うのは、分かっていてこちらを嘲っているという事だ。下衆だとしか言いようが無い。


 無関係な少女を巻き込んでしまったのは我々の失態だ。

 遺憾ではあるが……おそらく助ける事は無理に等しい。

 俺達には守らなければならぬものと、果たさねばならぬ任務がある。最優先にすべきはそちらであり、無関係な少女一人を庇う為にそれらをふいにする事など出来無い。

 この考えが身勝手極まりない非道なものであるなど承知している。

 それでも、たった一人の少女と引き換えに出来るようなものでは無いのだ。

 元より、俺達は多勢に無勢な状況で追い込まれていた側であり、あの少女を助けようとしたところで全員死ぬ未来しか見えないのだが。

 ……いや、人質など無意味だと理解させる事が出来れば、或いは。


「やめろ! その子は関係無いだろう!」


 ああ……終わった。

 堪えきれなくなった部下の片割れが叫んだ事により、巡らせていた俺の思考は全て無駄となった。

 ここは『自分達に関係の無い人間など知った事か』と、人質に価値は無いと思わせるところだろうが! そんな言い方をしては、人質は効果抜群ですと公言しているも同義だ! この馬鹿者が!


「へーえ、意外だな。人質が有効だったのか。だったら大人しく馬車の中のモノを渡しな。そうすりゃコイツは解放してやるよ」

「それはっ……」

「ぁあ? 何だ、やっぱ人質なんて効かねえってか?」

 顔を背けた部下を見た男達は、「あーあ、可哀想になぁ」「こんな若ぇのになぁ」等と本音とは真逆であろう言葉を少女に向けている。少女を怯えさせ溜飲を下げようという腹積もりなのだろう。手の施しようが無い程に低劣な奴らだ。

 ニヤニヤと下卑た笑いを垂れ流す周囲の男達に対し、口元を手で押さえ悲鳴を堪えている少女の姿が哀れを誘う。

「だったらサクッと処分しちまうか。お荷物なんて抱えててもしょうがねえしな」

 少女が取り乱したり泣いて命乞いをするような事をせず、必死に恐怖に耐えようとしている様子が興ざめだったのか、リーダー格の男がつまらなさそうに、少女を捕らえている仲間へ「殺れ」と短く告げた。


「待て!」

 それを聞き、図らずも制止の声が出てしまう。

 ……くそっ!

「ははっ、降参する気になったのか?」

「……その子を放せ」

「おいおい、オレの言う事はスルーか? 降参すんのかって聞いてんだよ」

「……どのみち俺達がお前らに敵うような状況では無いだろう。その子を放せ。そして、俺達を殺して奪って行けば良いだろう」


 あの少女を助けようとしたところで、全員死ぬ未来しか見えない。

 しかし、あの少女を見捨てたところで、直後に俺達全員が後を追う事になるのは明白だ。

 ならばせめて少女だけでも逃がそう、と考えてしまった俺もまだまだ甘いという事だな。

 は……最悪な終わり方だ。


「いつも俺達に甘いって言ってくれますけど、班長も大概ですよね」

「言うな」

「ま、仕様が無いですな。あの子を見捨てればこちらが助かるというならともかく、どちらにせよこちらの死亡は確定している訳ですから」

「そうですね。どっちみち死ぬんなら、あの子だけでも助かって欲しいですもんね」

「言うなと言っているだろう」

 部下二人がそろって揶揄うような声をかけてくるが、その声に固さは無い。既に覚悟を決めた者特有の清々しさに満ちている。

 俺には過ぎた部下を持ったな。


「おいおいおーい、なーに勝手に盛り上がってんだ? 誰がコイツを助けるっつったよ。勘違いしてんじゃねえぞ」

「なっ……?!」

「オレはただ、コイツの命が惜しけりゃ降参しろっつっただけだぜ? 降参したら助けるなんて言ってねぇだろ? ふっ、はっはははは!」

「ぎゃはは、違ぇねえ!」

「貴様っ……!」

「そもそもテメェらは降参するんじゃねえんだよな? だったら尚更だろ。コイツを殺ってからテメェらを殺りゃいいだけだ。そういう事だよな?」

「なあ、どうせ殺るんなら、その前に犯っちまうってのはどうだ? そいつらの目の前で」

「ぷ、テメェも好きだなぁ。まぁ余興ぐらいにゃなるか?」

 哄笑する男達に、「待て! やめろ!」と声を荒げるも、「やめる訳ねぇだろ」と一蹴され、そして―――




「えっと、『コイツの命が惜しけりゃ、とっとと降参しな』でしたっけ?」




―――男達の最後部で捕らわれていた筈の少女は、捕らえていた筈の男の膝を地に付かせ、その背後から男の喉元にナイフを押し当てていた。


「「「……は?」」」

 その場の全員の口から、間の抜けた吐息めいた声が漏れる。

 ……何が起きた?

 一体、何が起こったというのだ?

 何故、捕らわれていた筈の少女が、捕らえる側に回っている?

 (うずくま)る男の髪を掴み無理やり顔を上向かせ、その喉元に見せつけるかのようにナイフを押し当てている少女が飄々と先程の男の言葉をなぞってみせたが、この場の誰しもがその意味を理解するところまで頭が回っていないだろう。

 何が、起きたんだ?


「さて、これで形勢逆転って事になりますか?」

 こっくりと小首を傾げてみせる少女のその場違い感に、自分の背筋が冷えていくのを感じた。

「……何しやがったテメェ」

「男の人は、分かり易い急所がぶら下がっててお気の毒ですよね」

 唸るリーダー格の男に、しれっと返した少女のその言葉により、捕らえられた男が蹲り脂汗を流している意味を理解した。

 そして、少女以外の全員が一瞬ひゅんとした顔になる。

 敵味方など関係無く心情が一致した瞬間だった。


「それで、どうします? 武器を捨てて大人しく立ち去ってくれますか?」

 早く決めてくれないと、うっかり手が滑っちゃうかもしれませんよ?と邪気無く問い重ねる少女に対し、男は残忍な目でもってそれに答える。

「どうやったかは知らねぇが、女如きに後れを取るようなヤツ、惜しくも何ともねえよ」

 仲間すら潔く切り捨てるその心構えは、俺達に最も必要なものであるかもしれないな。敵から学ぶ事になろうとは。

「うわぁ、人でなしですね。そういう人非人に人質は無意味って事ですか」

「誰が人非人だ! 足手まといを切り捨てんのは当然だろうが」

「そういう部分が人非人だって言ってるんですけど……じゃあまあ、無駄な事はやめます」

 少女は何の躊躇いも気負いも無く、すっと手にしたナイフを横に引いた。

 しかし大して力は入れていなかったようで、そのナイフを当てられた男の首からは微かに血が滲んだ程度のようだ。


「は、っははは! テメェ、口だけかよ。まぁ当たり前か。人なんて殺った事ねえんだろ? ほら、今なら許してやるから、ナイフをこっちに返せ。な?」

 その言葉からは嘘が見え透けていたが、やはり人を殺す事など出来無かったのであろう少女は、握りしめていたナイフの柄を放した。

 ぽと、と気の抜ける音を立てて着地したナイフに、周囲の男達から嘲笑が上がる。

 それに温度の籠らない一瞥をくれた少女は、捕らえている男の首――うっすらと滲む血に指を這わせ、ほんの僅かに唇を動かした。

 誰の耳にも届かない程にささやかなその呟きに、どんな意味があったのか。


「ぐっ、がっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」

 途端、男は咆哮のような絶叫と共にガクガクと全身を痙攣させ始め、白目を剥き、終いには口から泡を吹いて崩れるようにその場に倒れた。

 少女に嘲りの笑いを浴びせていた男達が瞬時に静まり返り、驚愕の眼差しでそちらを見つめる。

「いったぁ……この方法は自分にもダメージがあるなぁ。一旦剣にかけた方が良いのか、それとも威力の問題かな。でも剣にかける位なら、そのまま斬り捨てた方が早いし。いまいち使い道が無いなぁコレ」

 眉をひそめ、意味の分からない事を一人ごちる少女の姿に、背後の部下達が小さく息を呑む。

 あの少女は、何をしたのか。

 いや、あの少女は、()だ?


「なっ……に、しやがった」

「え? あなたが要らないって言ったから、とりあえずおねんねしてもらったんですけど、それが何か?」

 きょとんと目を瞬かせる少女に、俺が感じている得体の知れなさを男達も感じ始めているのだろう。少女を見る目には、驚愕と恐れが入り混じっている。

「それで、降参する気になりました?」

「誰が……誰がするか! テメェら、殺っちまえ!」

 恐れを振り払うかのようにリーダー格の男が威勢よく叫び、それに鼓舞された男達は怒気を放ちながら得物を手にし、じわりと少女を取り囲み始めた。

「そうですか。じゃあ、ここから先は自己責任って事でお願いしますね。後からの苦情は一切受け付けませんよ。これは紛うことなき正当防衛ですからね!」

 私は悪く無いですよ!と的外れな主張を張り上げた少女は、己の纏う外衣に手をかけると、ぷつ、ぷつ、とボタンを外していく。

「何だあ? ストリップでもおっ始めようってのか?」

「脱ぐから許して下さい~ってか?」

「それとも恐怖で頭がイカレた、んじゃ、ねえの……?」

 少女がボタンを外し終え、ばさりと外衣を取り払い茂みに放り投げると、揶揄していた男達の声が急激にしぼんでいき、そして。

「テメ……なんだ、それは」



 外衣の下から現れた少女の衣服は、全面べっとりと赤黒く染まっていた。



「これで返り血を気にせずやれますね。じゃ、いきますよ?」

 ニィッと楽しそうに口の端を吊り上げた少女は腰から二対の短剣を抜き放つと、瞬く間に手近な男を二人斬って捨て。


 そこから、たった一人の少女による、一方的な蹂躙が開始された。



唐突に知らない人視点でした。

次話でいろいろ分かるハズ。

次は1週間以内に更新します (`・ω・´)

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