誕生日と友情と
遅くなりました m(_ _)m
13歳の誕生日、私はごくごくいつも通りの朝を迎えた。
といっても、朝イチで家族全員から毎誕生日恒例の「おめでとう」とハグをもらったけどね。
こういう外国式スキンシップは慣れた者勝ちだ。大好きな家族が笑顔で抱きついてきてくれるのに、照れてたら勿体無い。全身全霊で堪能するに限る。
私は今日も幸せです!
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家族愛を満喫した私は、じーちゃんズとの訓練と朝食を終え、着替えた後お店で仕事。朝だけでも毎日働かないと、看板娘としてのアイデンティティーが保てないからね。
あ、ブラックな企業では無いと言っておこう。家族は交代で休みを取ってる。私だって一日中仕事するのは週に3日だけだ。ウチは超クリアーな企業だと断言出来るし、逆にホワイト過ぎて眩しいと評判である。主に私の中で。
開店時刻と同時に開いたドアに目を向ければ、本日のお客様第一号が。
正確には“本日の”じゃなくて、“本日も”なんだけど。
「おはよーシーデちゃん! 今日も超かわいーね!」
一人騒々しく店内に飛び込んで来たのはナンパ騎士。私が騎士団に入団して以来、毎朝のように彼は来店するようになった。毎度大量買いしてくれるので、すでに上客と見なしている。
必ず朝に来店する理由は、私が店頭に居るからだそうだ。どこまで本気で言っているのかは不明。言動が軽すぎて掴めないんだよねぇ。
「おはようございます。今日は何を?」
「えーっとー、クロワッサンとクリームチーズデニッシュとソーセージフランスと玉子サンドを5個づつ。あれ、こっちのって新作?」
「ええ、今日から販売開始になったカルツォーネです。基本はトマトソースとチーズが入ってて、具は3種類。これがツナとコーンと玉子、これがナスとマッシュルームとベーコン、これが玉ねぎとピーマンとソーセージですね」
「今日から? やっばいこれ運命じゃね? じゃーナスのやつ5個ちょーだい!」
「ありがとうございます」
毎日来てたらそりゃ新発売の当日にカチ合うだろうから、運命でも何でもないと思うんだけど……まぁお客様に反論はすまい。
ちなみにこれだけ大量に購入されたパンは、騎士団員たちのおやつとして消費されているようだ。彼は代表で買いに来てくれている(というか、その役を誰にも譲らない)らしい。一人で食べてるって言われたら、その胃袋の底なし加減に震えるところだったわ。
「お待たせしました」
紙袋二袋分になったパンを差し出すと、受け取るフリをして手を握られた。
あの、私はお持ち帰り対象外ですけど?
営業スマイルはプライスレスだけど、テイクアウトはさせないよ。
「ねーね―シーデちゃん、明日あたり、俺とデートとかっ!」
「明日は忙しいのでごめんなさい」
握られた手をシュッと引き抜き、にっこりと紙袋を押し付ける。
本気で言ってるんなら『ロリコンめんどくせえ』だし、冗談で言ってるんなら『相手すんのめんどくせえ』って事で結果的にどっちにしろ面倒臭い。毎日のように交わしているやり取りなので、もはや挨拶みたいなものだけど。
「あ、そういやオレも勤務だったしー。やっぱシーデちゃんとオレって合うんじゃね? じゃあ来週なら」
「おめぇまたウチの孫に粉かけてやがんのか。懲りねぇ野郎だな」
「あ、はよっすー! ねーねーじーさんたち、シーデちゃん来週あたり、ヒマとかない感じ? たまには息抜き! みたいな日とかー?」
調理場から店頭に出て来たじーちゃんズが呆れ顔でナンパ騎士を見やるが、彼は一向に気にする様子も無い。まぁ、その挫けぬ心は嫌いじゃ無いよ。
「んなもんシーデに聞きゃいいじゃろうが」
「シーデちゃんいっつも忙しいって言うしー。そやって照れてるあたりが超かわいーんですけど! もーシーデちゃんマジ天使だし!」
照れ隠しからお断りしてると思ってんの?! 超プラス思考だな!
「お客さんは本当に見る目が高い! そうでしょうウチのシーデは天使でしょう! 毎日眺めていても飽きない可愛さでしょう!」
面倒なナンパ騎士の『天使』発言に、これまた面倒な父さんが加わった。
尚、このやり取りもほぼ毎日行われている。似た者同士、意味の分からないところで意気投合したようだ。ちょっとうざったいわね、とはばーちゃんズ談。
「あーパパさん、だよねシーデちゃんマジ天使だよね! もーオレシーデちゃんにメロメロってか」
「シーデは天使ですが手を出すのは許しませんよ僕は本気です」
「あ、そこ冷静なんだ……つーかパパさんの真顔ちょーコワイんですけど。声とかちょーひっくいんですけど。どっから出してんのか気になっちゃうし」
時折交わされる小声のやり取りは何なんだろう?
それまでのハイテンションが嘘のように声を潜める二人の姿は気にかかるが、他のお客様も来店し始める頃合いなので捨て置く事にする。
今日は森に行く前にクランツさんの所に寄らなくちゃだし、それまでは頑張って売りまくらなきゃね。
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「おはようござんぐっ」
チリン、と軽い鈴の音のするドアを開け、クランツさんの店に一歩踏み込み、そして店主から挨拶もそこそこにチョコを押し込まれる。
長い事ここまでが形式として確立していたけど、少し前からそれにもうひとつ工程が加わった。
「はいシーデちゃん、お水」
「んくんく……ふー、ありがとうエヴァン君」
にこにことお水を差し出してくれる赤髪の青年からグラスを受け取り、口内に満ちた甘さを流し込む。現在はここまででワンセットとなっております。
赤髪の彼はエヴァン君といい、数か月前からクランツさんのチョコレート店で働き始めた、私より4歳年上の好青年だ。クランツさんが自分の店で働くよう、1年以上かけて口説きに口説き、口説き落した相手である。その執念が怖い。けど言えない。
「ようやく引き抜きに成功しました」
と初めて引き合わされた時に抱いたのは、真っ赤な髪をしたごく普通の少年? 青年? だなぁ、という感想。
とても可愛い人を見つけたって言ってなかったっけ?と疑問に思ったが、それはすぐに解消された。
クランツさんがブリザードならエヴァン君は太陽。
クランツさんがS極ならエヴァン君は太陽。
クランツさんがインテリ美青年ならエヴァン君は太陽。
老若男女問わない人あたりの良さや、明るく可愛い笑顔に滲み出る性格が、とにかく太陽だった。
汚れた心の私にはその笑顔はとても眩しくて―――即座にお友達になってもらいました。自分には無いものを求める心理ってやつだね、これ。
「それで、今日呼ばれたのは今押し込まれたチョコの試食のためですか?」
これなら改良の必要は無いと思いますけど、と太鼓判を押せば、「別件です」とのお返事が。
「エヴァンも仕事に慣れてきたようですので、フォンダンショコラを通常商品として販売していこうかと思いまして」
そうちらっとエヴァン君に向けられたクランツさんの視線は普段より優しい。その優しさの数パーセントでも私に向けてくれないかなぁ。ふふ……無理か。
「うーん、フォンダンを通常販売ですか……」
腕を組み思考を巡らせる私に、「問題がありますか?」と普段通りの冷たい視線が刺さる。
大丈夫。どんな目で見られても友情があるから別に平気。
それに、クランツさんは超の付くツンデレだって事ぐらい承知してる。普段のツンツンした態度は、いつかやってくるデレ期の壮大な前フリだって事ぐらい分かってるから、安心してツンツンしてくれて良いからね! 友情に関してはポジティブだよ、私!
「問題というか、アレはもう“特別な商品”として上手いこと定着してるじゃないですか。作るのに手間がかかる訳ですし、通常商品に引き下げるメリットは少ないんじゃないんですかね」
ツンデレ族のクランツさんに、まだ見ぬデレ期を期待しながら、とりあえずは商品についての会話を続ける。私って器用。
「お客様は喜ばれると思いますが」
「確かにそうですけど、そうなると“特別商品枠”が空いちゃいますよ。やっぱり何か目玉商品があった方が良いと思うんですけど」
「目玉商品ですか。そう言われると……」
二人そろって難しい顔で考え込んでいると、商品の陳列を終えたエヴァン君が明るい顔で寄って来た。
「クランツさんのチョコは全部特別です。オレ、こんなに美味いチョコ食べたの初めてでした!」
グッと拳を握りそう力説するエヴァン君に、ぶんぶんと尻尾を振る犬が重なって見えて、場がほっこりと和む。
クランツさんという冷気に満ち満ちたこのお店に、ここまでの暖かさをもたらすとは。太陽そのものだなぁ。
「口コミで広まってるフォンダンを特別商品枠から外すより、通常商品のラインナップを増やす方向で検討してみたらどうでしょう?」
「あくまでもフォンダンは特別扱いのままで行くべきだと?」
「手が届きそうで届かない、そういったものに人は惹かれるんですよ。フォンダンを販売日不定なエサとしてちらつかせておいた方が、集客率的にも良いんじゃないですかね」
「ああ、貴女は本当に守銭奴ですね」
うっすらと冷笑を浮かべるクランツさんは、どう考えても私をディスってると思うの。
守銭奴じゃ無いよ。ただお金を稼ぎたい欲が強めなだけだよ。借金返済生活はもう二度としたくないっていう前世からの魂の嘆きだよ。
「では、試作中のものからいくつか通常商品に回せるよう考えてみましょう。近い内にまた試食で呼びますので、何を置いても駆けつけなさい」
「お願いされたら嫌とは言いませんが、なぜ命令なんでしょうか」
「ではエヴァン、シーデによくよくお願いしておきなさい」
「はい! シーデちゃん、試作品が出来たら呼びに行くから、来てもらえると嬉しいんだけど、いいかな?」
「何を置いても駆けつけるよ!」
冷たく言い放つクランツさんにはちょっぴり渋ってみせたが、太陽のような笑顔でお願いしてくるエヴァン君にハートを射抜かれた私は即座に了承し、尚且つ更にエヴァン君を喜ばせようとチョコを大量買いしてお店を後にした。
うん、我ながらチョロい。
ひょっとして私には貢ぐ性質があるんだろうか? 気を付けなければ。
しかしこのチョコどうしよう……花守りと食べればいっか。
******
森に来て、魔術の前にまず熊狩りだ!と滾りに滾っていた私。
先日の何某さん(完全に名前忘れた)の狂気の沙汰であるチュー事件(半分自業自得だろうという己の心からのツッコミはスルーで)を忘れるべく、まずは熊を狩ろう、そして夕飯でいただこう、と意気込んでうろついてみたのに、肝心の熊に出会え無かった。
しょんぼりと“シュラウトスさんがやらかしちゃった広場”に向かい、やって来た花守りにチョコを与え術の試行に入ろうとすると、彼の口から衝撃の事実が明かされた。
もうこの森に熊は居ない。
突き付けられたその事実に、思わず絶句。
熊、私のくま……。
私のストレス解消相手、そして熊鍋の素……っ!
悲しみの余り地に膝を付いたが、しかし重ねて明かされた真相によって、私には嘆く資格すら無いと判明する。
どうやら私が狩り尽くしてしまった模様。
……生態系のバランス! やばい! 前世でアホウドリを狩り尽くしてしまった人々と同じ轍を踏んでいるぞ、私! 簡単に狩れるからって狩り尽くしちゃ駄目なんだよ! 節度を守って狩らなきゃいけないのに!
おお、愚かで罪深き私よ……こうなったら、各地を巡り子熊を捕まえこの森に移住させるしか方法は残されていない。それで何とか生態系は保たれるだろうか? それともやっぱり親熊も一緒に移住させないと駄目かな。うう、大変そうだ……でもこれは私の責任。何としてでも成し遂げなくては。
地べたに座り込みしばし呆然とした後、そう決意を固めていると。
いつの間にか私の口はチョコでいっぱいだった。いっぱいいっぱいだった。
私を気遣わし気に見守る花守りが、手にしたチョコをそっと口に押し込んでくるのは新手の嫌がらせなのかな?
ちょっと花守りさん? シーデのチョコ詰めでも作るつもり? そろそろ呼吸困難になりますけど?
「ふぁなほり、ふふぉっふ」
「ふむ、もっとか」
もごもごと制止の声を上げてみたが、口内のチョコ詰め込み率が高すぎて意思の疎通もままならない。どう考えても文字数すら違うというのに伝わらない。
なぜ人の思いは悲しくもすれ違うのだろう。
なんてちょっと哲学ぶってみたが、どう考えても原因は口にチョコが詰まってて会話が成立してないせいだな、とか思ってる内にもチョコが詰め込まれ続けていてギブギブもう無理! 立体パズルじゃないんだから! 隙間を見つけて合うように入れようとしないでくれるかな!
これ以上詰め込まれたら耳から出る!と慌てて両手で口を塞ぎ、必死に口内のチョコを噛み砕き徐々に嚥下していく。
目の前では次のチョコがスタンバっているが……やめて、もうやめて。チョコを押し込む係はクランツさんだけで間に合ってるから。むしろ持て余してるから。
「……はぁ。あの、今のは何の嫌がらせ?」
実は私の事、嫌ってるとかじゃ無いよね? そうだったら死ぬほど落ち込むよ? 落ち込んだ私は多分、びっくりするぐらい鬱陶しいよ? 覚悟は出来てる?
ようやくすべてを飲み下した私がそう尋ねると、花守りは不思議そうに首を傾げた。
「失意の其方を慰めようと思ったのだが」
そっか、今のは慰めだったのか。ちっとも気付かなかった。この世界式の慰め方なのかな。今度誰かにやってみよう。
「慰められたかどうかは別にして、予想以上の量が口に入るんだって事は分かったよ」
「子リスのようで非常に愛らしかったぞ。更なる慰めが必要ならば気兼ねなく言うが良い」
「あ、ホントに大丈夫なんで、お気遣いなく」
これ以上チョコ詰め込まれたら鼻血の海に沈むわ!
という本音を耳当たりの良い遠慮の言葉で包み隠し、チョコレート詰め放題なんかよりも重大な熊移住計画について熱弁してみたところ、「必要無い」とあえなく棄却された。
それどころか、「元来此の森にとって異分子は熊の方であった。其方が殲滅した事により、此の森の生態系は緩やかに回復してゆくであろう」と花守りに頭を撫でられ拍子抜け。
ちなみに彼自身がその現象に気付いていながら何もしなかったのは、人の世で起きた事象に手出しする必要性を感じないからだそうだ。気紛れで手を出す事もあるらしいけど。人外ってフリーダムだなぁ。
「それホントにホント? 私を慰めるための嘘とかじゃ無くって?」
そうは言われても安易に『マジで? じゃーいっか!』とは言えず、念を押すよう確認してみれば、自分の言葉が信じられないのかと花守りがちょっといじけてしまった。
慌てて謝ったが拗ねて背中を向けたままの彼に、後ろから軽く抱き付いてみたところ、一瞬で機嫌が治るどころか上機嫌になったので私の心は不安で満ちた。
あの、私に言われたく無いだろうけど、チョロ過ぎやしませんか? 独居老人を狙った詐欺には気を付けてね? 心配だわぁ。
「其れ程までに熊を狩りたいのならば、熊の住まう場へとわたしが送ってやろうか」
私の(ちょっと失礼な)心配をよそに、ご機嫌な彼から願ってもない提案をもらったが、それにより心配が増した。花守り……チョロイン過ぎるよ。
「うーん、ありがたいけど、でも、あんまり友達の力をアテにしたくは無いというか……」
ギブ&テイクなら友情を損なう心配は無いけれど、一方的に与えられるのはよろしくないと思う。一方的に与えられてそれを甘受するのに慣れちゃったら、友情は破綻するんじゃないかな。それは嫌だ。
些細な事なら良いんだけど……行った事の無い場所に転移させてもらう(しかも熊付き)ってのは些細って範囲じゃ無いよね、どう考えても。
「女子は稀に何か強請る位が愛らしいのだぞ?」
「うーん、でもなぁ」
あなたは私を女子ジャンルに入れてるの?
まぁそれは置いといて。
相手が友達でなければ、私もここまで拘ったりはしない。ぶっちゃけ、前世では親友たちに世話になりっぱなしだったという負い目が未だに残ってるんだよ。恩を返せもせずさっさと死んじゃったし。だからこそ今世では友達とは対等でありたいと思ってしまう。
こういう部分で自分には可愛げが無い事を実感するなぁ。
可愛げは前世に置いてきたのよ!と言い張ってみたいが、前世のどこを振り返っても可愛げなんてものは装備して無かったという事実を思い出したのでなんも言えん。無念だ。
「……愛し子に頼って貰いたいと思うのは、わたしの高望みであるのか」
「あ、じゃあ一回だけ! 一回だけお願いしても良い? 一回連れてってもらえば、次からは自分で行けるから!」
可愛げ無く唸る私から拒絶の意思を感じ取った花守りが、寂しそうに肩を落とし再度背を向けようとしたので、急いで妥協案を提示。
これは人の好意を無下にし過ぎるのも良くないと思ったからであり、決して再び拗ねられると面倒だと思ったからでは無い。
うん、安心して。友達の事を面倒だなんて、ちょこっとしか思わないよ。
私のお願いにより、またしても上機嫌になった花守りはとことんチョロ過ぎると思ったけど黙っておく事にして。
それでもやっぱり一方的に何かしてもらうってのが引っかかったので、代わりに何かして欲しい事があったら言ってくれるよう頼んだ。
すると花守りは、少し考える素振りながらも口を開いた。
「では、其方に聞きたい事が有る」
「うん、何?」
「其方は何故、強さを求める?」
「守りたい人たちがいるから」
ゆっくりと問い掛ける彼に至極あっさりそう返すと、彼は一瞬迷うような表情を見せた後、ならば、と切り出した。
「わたしと、名を交わすか?」
「え? 名前教えてくれるの?」
それは嬉しい。友達は名前で呼びたいよね、やっぱり。
「名を交わせば、わたしは其方を守護する事が可能となる」
「えっと、守護って?」
その単語の意味自体は知ってるし、花守りとボスとのやり取りで耳にした事もあるけど、具体的に何をどうするつもりなんだろう。
「其方に何事か有れば、わたしが其方を守る。例え遠く離れた地に居ようとも、其方が呼べば瞬きの間に其方の傍へと赴き其方を守る事が可能となる。其れは即ち、其方が守りたい者を守る際に役立つという事に他ならぬ。加えて、わたしの守護の印を其方へと付せば、精霊程度では其方に手出しは不可能となる」
……うん、なんか重いや!
そんな直情的な感想は別にしても、精霊と出会う可能性は私の人生においてとても低い(魔力が無いからね)ものだと思うし、それ以上に『役立つ』とかやめて欲しい。それはもう友達って範囲から完全に飛び出してる。
……あ、そうか。花守りは私の事をペットだと思ってるから、庇護する対象としてこういう事を言うのか。うーむ、互いの認識の齟齬が恨めしい。
「別に、守護は要らないよ」
「……然うか」
「でも名前は知りたい、ってのはワガママかな?」
「……知りたいと?」
「うん。だって友達だし。名前で呼びたいなーとはずっと思ってた」
さりげなく“こっちはあなたを友達だと思ってます”アピールを混ぜておこう。まぁ、今更ペットから昇格出来る望みは少ない気もするけど。そもそも人外の常識がよく分からないからなぁ。
守護は要らん、でも名前は教えろ、ってのも失礼なのかもしれないし。異種族間の友情って難しいわ。
「でも花守りにとって名前ってのは重要みたいだから、無理やり聞こうとは思わないよ。だからまぁ今の話は」
忘れてくれる?と続けようとしたのだが。
「わたしも、其方を名で呼ぶ事に惹かれていた」
そう柔らかに微笑まれ、続けるはずだった言葉を呑み込んだ。
せっかく教えてくれそうな気配なのに、忘れてとか言ったらもったいない。チャンスは逃がさず確保しなくては。
そうして花守りの提案に飛び乗った私は、彼と名を交わした。
尚、彼にはその直前に「あの男がわたしとは名を交わすなと常々其方に言っていたが、それは良いのだな?」という確認を取られた。彼の言う『あの男』とはボスの事である。やはり二人の仲はよろしく無いようだ。
それに対し私が「え? 何で私がボスの言う事に従わなきゃいけないの?」とキョトン顔でマジレスしたところ、花守りは優越感溢れる顔で私に名を教えてくれたので、やはり二人の仲は(以下略)。
教えてもらった彼の名は“ラキラ”。
うん、大丈夫、覚えた。さすがに友達の名前は忘れないよ、大丈夫!
しかし教えてもらえたのは嬉しかったけど、その後お互いの名前をただ呼び合うという謎の行為を繰り返させられ。
まるで壊れたラジオのように彼の名をリピートし続け、なにこれ何のバカップル的儀式? 楽しい? これ楽しいの? と虚ろな眼差しで彼を見つめたが、その先にあった心底楽しそうな笑みの前では口に出せるはずも無く、彼が飽きるまで付き合う羽目になり……人外との名前の交換って手間がかかるんだな、と学んだ。
意味の分からない行為に私の精神力が少しばかり削られたが、友情の為には止む無しだろう。
そして結局、名前を呼んだりチョコを食べさせ合ったりしている内に日暮れが迫ってきたので、陣の試行を一切行わないまま帰る事にし、ラキラに軽く頬を撫でられた私は、またね、と手を振りその場を後にした。
良いのよ。陣の試行はまた今度出来るから。今日の収穫は花守りの名前を知れたって事で私は満足してる。何よりの誕生日プレゼントだったよ!
「守護は要らぬ、か……己が矛盾に気付いておらぬのだな……」
弾む足取りで去る私の背中に、ひっそりと囁かれたラキラの声は余りに儚く。
「……何時か、其方の澱みを分かち合える日が来ることを願おう」
その言葉はただ、黄昏時に沈みゆく森へと静かに呑まれた。
届く事の無かったその想いの真意を私が実感するのは、まだしばらく先の話。




