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テンプレ新人イビリにテンプレで返す必要は無いと思う

 騎士団に見習いとはいえ入団した私も団員の使う食堂を使用する権利が発生したらしく、しかも団員はタダという素敵な情報をいただいたので、昼食は持参せず毎回食堂を使用している。

 ご飯代が浮いてラッキー♪と喜んだら、「給料も出るぞ。見習いだから安いけどな」とお兄ちゃんに言われ、ふらっとよろめいたのは2ヶ月前の事。

 給・料!

 慌てて抱き留めてくれたお兄ちゃんの手に縋り付き「本当に? 訓練を施してもらった上に給料まで出るの? 新手の詐欺じゃ無いよね?」と確認したところ、「可愛い妹が年々金の亡者になってく……」と打ちひしがれたような顔をされた。

 ……お金、大事だよ?



 そんな訳で本日も午前中の訓練を終え食堂へやって来て、一人さっさとテーブルの端を確保し、食べながら陣を描くという器用な事をしていた。両利きって便利だよね。赤子時代から両利きになるよう訓練していた甲斐があった。

 左手で食事を取り、右手で陣を描くというファンタスティックな行為を続けていると、向かいの席に誰かが座った気配が。

 しかし特に興味も無くそのまま食事と陣に没頭していると、「行儀が悪いぞ」としかつめらしい声がかけられ、チラリと顔を上げればイノシシ騎士が真面目くさった顔で「食うか描くかどちらかにしろ」と注意してきた。

 知らん顔しても良かったけど、多分言う事を聞くまで言い続けてくるタイプだよな、と諦め、陣を描く手を止めた私はとっとと食事を終わらせることに。

 そうしたらそうしたで「しっかり嚙んで食え」と更なる注意が。お前は私のママンか!


「おい小娘」

「何ですかイノシシ」

 すっかり定番と化した“小娘”呼ばわりに、こちらも馴染んだ“イノシシ”呼びで応じると、「その呼び方はやめろ!」と嚙み付かれた。だが毎度の事なので気にせず話を進める。

「それでご用件は?」

「くっ……貴様は、訓練中には魔術を使わんようだが」

「はぁ、まぁ」

「それは何故だ?」

「なぜって、魔術を使ったら剣の腕が鍛わらないじゃないですか」

 実戦なら何でもありで挑むけど、剣を鍛えたいのに魔術を使ったら台無しだ。私は別に師匠を叩きのめしたい訳じゃ無い。


「では何故、俺との決闘の際に魔術を使用した?」

 肩を竦めた私に対し、食ってかかるよう身を乗り出してきた彼に、今更何を蒸し返してんだ、と言いたくなった。

「そんな2ヶ月も前の事、何で今更蒸し返すんですか?」

 おっと、思いが口から飛び出たわ。

「2ヶ月前の事だからだ。この2ヶ月、貴様の訓練風景を見るとは無しに見てきた。結果、貴様の腕ならばあの決闘で魔術など使わんくても俺に勝てたのではないかという結論に達したのだ。……屈辱だがな」

 心底悔し気に顔を歪めつつも、なぜか私を持ちあげるような発言をされ、思わず窓の外を確認。

 ……うん、この晴天っぷりなら急な雷雨とかにはならなさそうだわ。もー、急に変な事言い出すから、天気の心配しちゃったじゃないか。

「おだてても何も出ませんよ? あ、いや、良かったらこのパン食べます?」

「食いかけを差し出すな!」

 怒られた。


「……それで、決闘で魔術を使った理由は何だ? 貴様はあの時『勝てば官軍』などとほざいていたが、卑怯な手段に及ばずとも勝てるのならば、それに越した事は無いのではないか?」

 うん、正論ですね。至極真っ当なご意見だと思いますよ。

 でも、思うんだよね。

「正攻法に拘って死んだら馬鹿みたいじゃないですか」

「なっ! 馬鹿だんぐっ?!」

 大声を上げようとしたイノシシの口に、パンを押し込み黙らせる。もちろん食べかけのヤツです。尚且つ「口いっぱいに頬張ったまましゃべるのは行儀が悪いですよ」と機先を制しておいた。

 憎しみで人が殺せたら……! という目をしながらも、言われるがままに口内のパンを咀嚼し飲み下すあたりに育ちの良さが出てる。やっぱりお坊ちゃんなのかな?


「っ……何故パンを」

「それで話の続きですけど」

 なぜパンを押し込んだ?!と怒られそうになるのを遮り、話を元の道に戻す。あんまり怒鳴ると血圧上がりますぜ、旦那。

「確かに正攻法は大切です。建前としても美しいですしね。でも、死んだら元も子もありません。それに、命を賭けた闘いで、敵に自身の全力を(もっ)て挑むのは悪い事ですか? すべてを出し切るのが礼儀なのでは?」

「そ、れは……そうだが、しかし……」

「剣には剣を、確かにそれは騎士道精神に則った非常に美しい行為でしょう。しかしその精神を最後まで貫いた挙句、守るべき者を守れず死んだら本末転倒でしかありません。言っておきますが、誇りで人は守れませんよ」

「……」

 年上の騎士に対し長広舌を振るう私は、周囲から見れば完全に子供という規格から逸脱しているという自覚はあるがまぁ別に、もう良くね?自他共に認めるおませさん(笑)ですし? 数日後には13歳になるし? マセてんなーこいつ、ぐらいに思ってもらえるでしょ? と最近は開き直っているので特に問題は無い。無いったら無い。


「あなたがどういう経緯で騎士という立場を選んだのかは知りませんが、騎士とは王家の方や民を守る存在でしょう? 真っ向から正々堂々と闘うという事に拘り過ぎて、“守り抜く”という本分を忘れてはいませんか?」

「守り、抜く……」

 私の言葉に対し、イノシシの顔からは険が消え、考え込むように顎に手を当てた。

「大切な者を守るため、己の持ちうるすべての技を駆使する、この事を恥じる必要がどこにあります? 剣だけで敵わないのなら、それを補うべく魔法なり魔術なりを使うのは卑怯でも何でもないと私は思います。むしろ、それで勝率が上がるんだったら積極的に使っていくべきですよ!」

 何てったって積極的に使った(そして勝った)私が言うんだから、信憑性高いでしょ?

 剣を交えた仲――いや交えてないけど。私が一方的に斬ってただけだけど――だし、私にしては珍しく親切心を発揮し忠言めいた事を言ってみた。

 だってこの人、ほっといたら真っ直ぐ突っ込んでってすぐ死にそうなんだもん。ウリ坊の方がまだいろいろ考えて生きてると思うよ。


「……なるほど、そういう考え方もあるのか。意外と考えているのだな。小娘だと侮って悪かった」

 私の可愛げのない言葉に『生意気だ』と怒るでもなく、深く頷き理解を示しつつ詫びの言葉を重ねてきた彼は、やっぱり真っ直ぐな人なんだと思う。ちょっと態度が尊大なだけで。

「良いんですよ。小娘だからこそ相手の油断を誘える訳ですし。現にあなたもそれで油断して油断して油断しまくったせいで私ごとき小娘に敗北を喫する羽目になったんですよねぷぷぷっ……」

 ああ駄目だ、笑いを堪えきれなかった。


「貴様っ……良い話をするならするで最後まで綺麗にまとめろ! 何故笑った! 全てが台無しではないか!!」

「ふっ、あ、すいま……ふふっ……ごほんっ! すいませんでした堪えきれませんでしたいやもうマジ無理でした! てゆうかやっぱ無理! あはははははは!」

 互いに食事の手を止め真剣に語り合う空気から一転、止まらない笑いの衝動に身を任せた。

 いや別に、イノシシを馬鹿にしてるんじゃ無いよ?

 ただただ、雰囲気が真剣であればあるほど笑い出しそうになり、それを堪えると更に笑い出しそうになるっていうの、あるよね? 笑っちゃいけない場面でこそ笑いたくなるよね? それだよ!


「ちょーヒデェ」

「最後の最後に叩き落したし」

「アレはダメージ半端ねーわー」

「鬼だな~」

 転げそうなほど笑ってる私を見て、周囲の席に居たチャラ騎士たちがイノシシにがっつり同情している声が聞こえた。


「いい加減笑いを止めろ! 周りに迷惑だろうが!」

「はは、はぁ、は、す、すいませ、ふ、っくく」

「笑うなと言っているだろう!」

「っく、やめて、っ、言われれば、言われるほど、止まんない、っんで」

 必死に呑み込もうとはしてるんだよ!

 でも笑っちゃ駄目だと思うほど止まんないんだよ!

 私だって笑いたくないよもうお腹痛いー!



 テーブルに突っ伏する勢いで痙攣する腹を抱え耐えていたところ、背後から痛烈な舌打ちが降ってきた。

 それと同時に、「何でこんなのが見習いなんだ。騎士団も落ちたもんだな」という嫌味ったらしい言葉も降ってきた。

 一気に笑いの発作が治まり、おお、ありがとう名も顔も知らぬ人、助かったよ、と脳内で感謝し食事に戻る。

 会話に夢中でまだ半分も残ってるのよね。早く食べないと冷め切ってしまう。

 握ったフォークでトマトを突き刺そうとすると、完全スルーされたのが気に入らなかったのか、背後の誰かさんが私の尻尾(ポニーテール)を掴み、ぐいっと後ろに引いた。おかげさまで椅子の背もたれを支点として首がブリッジ状態ですよこんちくしょう。


「無視してんじゃねえよ!」

「おい何してんだ!」

「やめろって!」

「うるせえな! お前らだって、こんなのが見習いなんて我慢出来ねえだろ?!」

 気色ばみ止めようとする周囲に、苛立ったように怒鳴り返す名も知らぬ人。

 あ、顔は今知った。知ったというか、現在進行形でバッチリ目撃中です。逆さまだけど。

要するにこの人は、私みたいな小娘が端くれとはいえ騎士団員として名を連ねたってのが気に入らないんだろうね。今までにも数人に突っかかられたけど、こんな多数の人間が集まる場所で喧嘩売って来る人は初だわ。度胸あるぅ~フゥ~。

 あ、いかん、ちょっと息が苦しくなってきた。喉ブリッジ辛い。


「おい取りあえずその手を放せ! 小娘の顔色が悪い!」

 ガタンッと椅子を鳴らして立ち上がったイノシシの言葉を受け、さすがにヤバいと思ったのか、掴まれていた髪から手が離れた。

「っは、は、はぁっ、あっぶなかった……危うく公衆の面前でゲロ吐くとこだった……セーフ」

「「「そっちか!!」」」

 新鮮な空気に肺が歓喜するのを感じつつもらした本音に、周囲から息ピッタリなツッコミをいただきました。

 いやいや、女子としてこれは非常に重要な問題ですよ? ゲロの噴水とか、冗談じゃ無いからね? 一生の恥になるよ。

「下品な言葉を使うな!」

 テーブルのこちら側へ移動したイノシシが、私の背をさすりながらお小言をくれた。ごめんよママン。さすってくれてありがとうママン。


「ふんっ、ガキでも女なら周りの男から庇って貰えるんだな。そうやって守られながら騎士やりますってか? そんな奴いらねえんだよ!」

 はいはい。

「実力も無えくせに! そんな奴が騎士団員なんて名乗んじゃねえ!」

 はいはいはいはい。

「何とか言ったらどうなんだ?!」

「えー、だって、心に響く言葉がひとつも無いんですもん。二番煎じどころか、何番煎じ?って感じで。もっと斬新な罵倒を考えて再チャレンジしてください。ご応募お待ちしておりまーす」

 にこっと笑いそう言えば、背をさすってくれていた意外と優しい手がペシッと後頭部を(はた)いた。

「何故挑発する!!」

「してませんよ。ホントのこと言っただけですってば。この2ヶ月で何人こういう人の相手したと思ってんですか。もう、面倒臭いんですよ」

 呆れを隠そうともしない私に、周囲はぎょっとしたように瞠目した。

「え、と……こーゆー事が、何度もあったって事?」

 恐る恐る尋ねてくる騎士の一人に、「はぁ、そうですね」とやる気の無い返事をする。


 てゆうか不思議なんだけどさ、どうして気に入らないからって突っかかってくるんだろうね? 無視すれば良くない? 居ないものとして存在をスルーしてくれれば良くない? 関わるだけ時間の無駄だとは思わないのかな? 私ならそうするんだけどなぁ。


 飄々とした私の態度に苛立ちが最高潮に達したのか、名も知らぬ人は吐き捨てるように叫んだ。

「こんなのを見習いに据えるなんて、団長もとんだロリコンだな! 反吐が出る!」




 ……おい何つった。




 ゆらり、と立ち上がり、名も知らぬ人に向かい合う。

「今、何て言いました?」

 表情を消し去り、静かに見上げる私に気圧されたのか、名も知らぬ人は一瞬躊躇したようで、微かに視線が泳いだ。

 しかし今更引っ込みはつかないと感じたのか、はたまた男の意地でもあったのか。

「だ、団長はロリコンだって言ったんだ! だってそうだろ?! じゃなきゃ何でお前みたいな女の、それもガキが入団出来るっていうんだ!」

 喚き出した彼に、ああ、私の聞き間違いじゃ無かったんだな、とその言葉を心中で噛み締める。


 ロリコン……私を娘のように可愛がってくれている団長(おっちゃん)をロリコン扱い。

 確かにちょっと贔屓されてる感はあるけど、どう見たって娘扱いであって、決してロリコンなんて言葉で罵倒されるべき人じゃ無いのに。

 鬼だとか言われてるけど、それでも団員たちに尊敬され慕われているのがこの2ヶ月だけでも見ていて分かった。

 そんな人を、騎士団を引っぱる団長という立場の人を、己の上司である人を、気に入らない事があるからといってロリコン扱いするなんて。




 キレた。




「おい聞いてんのか?!」

 黙り込む私に焦れたのか、こちらへ手を伸ばしてくるのが視界に入る。

 周囲が慌てて止めようとするが、私と彼の距離は近く、伸ばされた手はもう目の前。

「うっさい」

 その手をパシッと()()け、彼の顎へと下から突き上げるように掌底を叩き込んでやると「うぐッ!」と後方によろけた。

 そこへ両手を伸ばし、襟首をギチリと鷲掴む。

 それを力の限りぐいっと引けば、顎から脳へと抜けた衝撃でくらりとしていた相手は簡単に体を前のめりに傾がせた。

 自分と同じ高さになった彼の目をじっと見つめ、そして―――




―――思いっきりチューしてやった。

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