弟子の実力(サイラス視点)
一週間前、己の情けない勘違いを発端とした決闘騒ぎの末、落としどころとしてシーデという名の少女が俺の弟子となった。
騎士である自分が弟子などというものを持つ事になるとは思わなかった。
それも、成人もしていない少女がその弟子だと言うのだから、人生というものは分からない。
12歳という年齢にしては上背はあるが、それでも俺達騎士とは比ぶべくもなく小さな少女。
何よりその腕も足も、簡単に圧し折れそうなほどに細い。どう考えても筋力が足りないだろう。あれでは俺達が使用しているような長剣は振り回せまい。
先日の決闘は終盤に慌てて駆け付ける事しか出来無かったので、彼女の闘いぶりは目にしていない。
決闘に敗れた友人は非常に悔しそうにしていたし、そもそもが俺の勘違いから彼にあのような行為に至らせてしまったという経緯もあったため、あまり詳しく聞く事も出来無かった。
彼はただ一言、「魔術さえ無ければ俺が勝ったに決まっている!」と言っていたが……それ程までに彼女の魔術は強力だったのだろう。実際彼女が彼に食らわせると挙げていった術は、今まで聞いた事も無いようなものばかりだった。
あまりにも不穏な術ばかりだったので内心引いてしまったが、あの場に居た全員が同じ気持ちだっただろうと思う。
それだけの魔術の才――魔術は魔法とは違い自力で得るものだから、才能では無く努力で得た力と言った方が正しいか――があるのならば、何も剣を学ぶ必要は無いだろうと思うのだが……何でもすると言った手前、断るという選択肢は無かった。
そして今日、練兵場へとやって来たシーデは俺を見つけ、「師匠! 来まし」まで言った辺りで団長に捕獲され連れて行かれた。
シーデの声に応えるように挙げた、このやり場の無い手を俺はどうしたら良いのだろう。
「……シーデと申します。不束者ですが、よろしくお願いいたします」
居並ぶ騎士の前、ごく普通に挨拶をする彼女はどこからどうみてもただの少女だ。
決闘の場に居合わせなかった団員達は、彼女に対し不審な目を向けているが、それも仕方が無いだろう。この年齢の少女が見習いとはいえ騎士団に入団するなど、前代未聞だ。
……むしろ、俺自身が怪訝そうな顔をしてしまっているかもしれない。
騎士見習い? 初耳なんだが。彼女は俺に個人的に弟子入りしたのでは無かったのか? いつの間にそんな話になったんだ?
粛々と新規入団者であるシーデを紹介していた団長は、重々しい表情のまま、ぐるりと俺達を見回すと、厳かにこう言い放った。
「手を出した奴は殺す。肝に銘じておけ。分かったな?」
「「「はい団長!!」」」
団長の目に込められた本気の色に、相手は子供ですよ?と返せる猛者が居るはずも無く、居並ぶ全員が完璧な敬礼で応えた。
その有り様を、騎士見習いとなった少女はどこかやるせない表情で眺めるだけだった。
その後、そのまま業務連絡へと移行した団長の隣で立つシーデは、なぜかずっと遠い目をしていた。
あれは確実に団長の話を聞いていないな。入団初日に良い度胸だ。意外と大物かもしれない。
普段ならばそんな気配を察知した途端、鬼と化すはずの団長は、彼女に対しちらっと視線を送っただけで何ひとつ咎める事無く、逆に微笑ましそうに口元を緩めていた。
俺の後ろに並ぶ団員達から「鬼の霍乱?」「いや、鬼の目にも涙じゃないか?」という小声のやり取りが聞こえてきたが、それはどちらも間違っている。だが言いたい事は分かる。俺もまったく同感だ。
団長の話が終了すると、団員たちは各々訓練や職務へと散って行った。
が、シーデだけは未だぽつんと突っ立ったまま動かない。相変わらず遠い目でどこかを見ている。もしくは、どこも見ていないのか。
先週会った際は元気の良い少女だと思ったが……厳つい団員たちの前に立たされ、緊張でもしたのだろうか?
取りあえず、あの少女と手合わせでもしてみよう。彼女の実力が分からない事には、どういった指導をすれば良いかも考えようが無い。
そう思い動き出そうとした俺は、団長に呼び止められた。
「サイラス、ちょっと待て」
「はい、何でしょうか」
「お前、今から嬢ちゃんと手合わせするつもりだろう? その前に、こいつらが嬢ちゃんの相手をしたいそうだ」
「道場が閉められて以来、シーデはまともに剣の稽古が出来て無い。そんな状態でいきなりお前と手合わせなんかしたら、危ないからな」
「ま、ウォーミングアップ代わりだと思ってくれよ」
先日の決闘の後、シーデの事を『妹分だ』と言っていた先輩達の登場に、怪我をさせるな等の注意事項を告げられるのかと思えば……先輩達が先に手合わせを?余計に危ないのでは?
「道場ではいつも俺達がシーデの相手をしてたからな。あいつが勘を取り戻すためには、俺らとやった方が早い」
肯定も否定も出来ず考え込んだ俺から、訝しむような気配が出てしまっていたのだろうか。問い掛ける前に答えを貰った。
「分かりました。それで、どちらが先に?」
二人の先輩の間で視線を揺らせば、「同時にだ」と良く分からない回答が返ってきたが、それについて問い返す間も無く、一人離れた団長がシーデを引きずるようにして連れて来たのでタイミングを逸してしまった。
「おーい嬢ちゃん、そろそろ戻って来い」
「……え? あれ? いつの間にこんな状況に?」
きょとんと周囲を見回した後、不思議そうな顔をしているシーデは、やはり挨拶以降ずっと意識を飛ばしていたのだろう。もしくは立ったまま寝ていたのか。……それはそれで器用だな。
「嬢ちゃん、おっちゃんの話、全然聞いてなかっただろ」
「……えへ?」
へらっと笑い小首を傾げてみせるシーデは俺の目には可愛らしく映ったが、先輩達二人は「あざとい」「実にあざとい」と頷き合っている。どうやら盲愛しているという訳でも無さそう……いや、「だがそこが可愛い」「実に可愛い」というやり取りが追加で聞こえてきた。やはり猫可愛がりしているようだ。
「えーっとそれで、今から稽古……じゃなくて、訓練ですか?」
そう言うシーデに先輩達が説明を始めるが、その内容に驚いた。
3対1の手合わせ? この少女相手に?
先程の先輩達の『同時に』という発言の意味は分かったが、今度はなぜそんな過酷な手合わせを実施するのかという疑問が生じた。
先輩達は彼女を妹のように可愛がっているのではないのだろうか? “叩きのめしたいほど可愛い”などという言葉は無かったように思うのだが。
さすがにそれは彼女にとって酷なのではないかと思ったが、そう言われた彼女はごく普通に了承し、「師匠、見ててくださいね!」と手を振ると、さっさと駆けて行ってしまった。
その後ろ姿に不安気な様子など微塵も無く、つまりは先輩達は彼女に自信を付けさせるべく、日ごろから手加減をして手合わせを行っていたんだろうと察した。下を育てるためには厳しくするだけが方法では無いという事か。深い。
……などという考察は完全に的外れだった。
先輩達はさすがだ。
一人に対し三方から剣を振り、時には足を出したりもしているが、彼らの剣の軌道が重なったりお互いの動きの邪魔をするような事は無い。
互いの呼吸を読み、僅かな視線の動きから仲間がどう動くのかを察し、別の角度から敵を攻めるその剣筋の正確さには思わず唸ってしまう。
そしてそれ以上に、そんな先輩達の剣を躱し続けるシーデの姿に……頬を抓りたくなった。これは現実の出来事か? 正直意味が分からない。
決してアクロバティックな動きで大仰に避けたりはしていない。そんな事をすれば逆に隙を生むだけだという事を理解しているのだろう。それを理解しているだけでも並みの少女では無い。
紙一重、という程ギリギリでは無く、着実に余裕を残しつつも最小限の動きで剣先を躱している。
……三方から同時に迫る剣を、どうやったら余裕を残しながら避けられるというのか。
ましてや、背後から襲いかかる剣を振り返る事無く避けているのはどういう事なんだ。後ろにも目があるのか? そんなまさか。
彼女が兄だと慕う先輩二人は、団長・副団長に次ぐ実力者だ。
そんな先輩達に、最近では1対1でなら勝ちをもぎ取れるようになった俺ではあるが、二人がかりで来られて勝てた試しは無い。それが今は三人がかり。数分と持つ自信は無い。
それなのに、手合わせ開始から早10分……彼女が負ける気配は感じられない。先輩達が手を抜いている様も見受けられない。手を抜いている剣は、あんなにも凄まじい勢いで振り抜かれない事を知っている。
模擬用に刃を潰してある剣とはいえ、あの勢いで打たれては確実に大怪我を負うと思うが……逆にもう少し手加減するべきではないのかと言いたくなる。当たった場合、彼女の細い腕など骨まで粉々になるに違いない。
初めの内は「シーデ、何分もつかな~?」「賭けね? オレ2分にしとくし」等と軽さ極まる会話を交わしていた騎士も居たが、今では誰もが固唾を呑んで見守っている。
「シーデちゃん、闘いの天使だし! やっぱちょー可愛い!」
何か叫びが聞こえた気がしたが、きっと幻聴だろう。ここまで緊迫した空気の中、そんな事を叫ぶ奴は居ないと信じたい。
手合わせが20分を超え、もしや魔術を使っているのか?と疑い始めた頃。
「あの小娘はまた身体強化の術を使っているのか。……あの術は重宝しそうだな」
俺の隣で仁王立ちで観戦していた友人の呟きに、正直驚いた。
剣には剣を、という信念を貫く、良く言えば誇り高く、悪く言えば融通が利かない友人だったのだが……何かしらの心境の変化でもあったのだろうか。
「嬢ちゃんは、剣の稽古で魔術は一切使わねえよ」
知らない間に傍へと来ていた団長が、誰に聞かせるでも無かった友人の呟きに答えていたが、その内容に友人ともども目を剥いてしまう。
あんな少女が、何の術も使わずあれだけの動きをしているというのか。
突かれそうになれば身を捻り躱し、振り下ろされた剣は左右どちらかに軽くステップを踏み回避、薙ぎ払うように迫られれば少し大きめに避け、躱しきれないと判断したものは逆手に握りしめた短剣で受け流しその軌道を逸らせる。
一瞬たりとも立ち止まったりせず、一歩動いたときには既に数歩先の事まで考え動いているようだ。一体どれだけの騎士が同じ事を成し得るというのか。
それだけでなく、先程から少しづつ反撃も交えるようになってきている。もちろん一撃も先輩達には届かずあしらわれているが……あれだけの手数で繰り出される剣を避けながら、反撃する隙を見出せるというのがそもそもおかしい。
「俺は、あの子に何を教えれば良いのでしょうか」
あれだけの動きが出来る少女に、自分が教えられる事など無いのでは。
そんな思いが口から零れた。
「いや、教えなきゃならねえ事は山積みだと思うぞ」
「……そうでしょうか?」
団長の言葉を疑うような発言をしてしまったが、これは紛れもない本心だ。
先輩達相手に対等に渡り合う彼女に、自分が一体何を教えられるというのか。
「ひとつは、嬢ちゃんは避けるのは完璧に近いが、攻撃がまだまだ甘い。現にあいつらに嬢ちゃんの剣は届いちゃいねえだろう」
「それは剣の違いもあるでしょう。短剣と長剣ではリーチが違いすぎます」
「だがその差を克服しない限り、嬢ちゃんは永遠に勝てない。あの細腕じゃあ今後も長剣は持てないだろうからな。だからもっと確実――いや、精密に急所を狙えるようにならねえと」
……団長は、彼女を何に育て上げるつもりなのだろう。期待が過剰過ぎると思うのだが。
「もうひとつは実際に剣を交えてみれば分かる。……そろそろ嬢ちゃんも温まったみたいだな。ウォーミングアップも終わりだろうから、今度はお前が相手してみろ」
先輩達三人と渡り合う彼女との手合わせか……無様な結果にならないよう、気を引き締めてかかろう。
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先輩達との手合わせを終えたシーデは、なぜか俺の元へ駆け寄り、驚き身を引いた俺の手を逃がすまいとギュッと握りしめると、必死に縋り付いてきた。
「あの、師匠! 確かに私、あんまり反撃ってか自分から攻めていけませんでしたし、しかも数少ない攻撃の手は全部防がれちゃいましたけど! それは今後の課題というか! 今後師匠に鍛えていただく事によって身に付けていきたいというか! 逆に今がこの程度ということはまだまだ伸び代があるという事だと受け止めていただきたいというかホラだってまだ私12歳ですし鍛え方によっては化ける可能性が無きにしも非ずというかつまり早い話が私を捨てないでください!!」
あわあわと言い募る様子は少し可愛かったが、最終的に話の内容を人聞きの悪い方向にもっていかれた。捨てるとはどういう事だ。
「落ち着いてくれ。捨てないから」
「ホントに? ホントに私を捨てたりしないですね?」
潤んだ目で見上げるのもやめてくれ。俺に少女を愛でる趣味嗜好は無い。
「やはりあざとい」
「だがあのあざとさが可愛い」
先輩達、冷静に評価していないで止めてもらえませんか。俺にはまだこの子の取り扱い方法が分かりません。
再度捨てないからと何とか宥め、そのまま手合わせに移る。
休憩するよう勧めてみたが、あの程度で疲れたりしませんと断られた。
……先輩達は適度に消耗しているようなんだが。なぜこの子だけ疲れていないのか。若さか?
そうして突入した手合わせで、シーデの素早さと判断力の良さに内心舌を巻きながらも、少々の違和感を感じた。
先程先輩達と行った手合わせよりも、動きが鈍いような気がする。キレが無い、というか。いや、それでも充分に凄い動きではあるのだが……若干集中に欠けているようにも見えた。
やはり先程の手合わせで疲弊していたのではないのだろうか。
もしくは……彼女にとって俺は、本気を出すに値しないという事か?と考え、少しだけカチンとくる。
俺自身も手合わせという事で加減してはいたが、そう思い浮かんでしまったのでつい力が入ってしまい、結果先程の手合わせよりも10分ほど短い時間で終了する事となった。
……我ながら大人げ無い。
己の未熟さに自己嫌悪に陥っていると、団長が「嬢ちゃんの訓練方針について話し合うから、嬢ちゃんはあっちで休んでろ」と当の本人を追い払っていた。
ベンチに腰かけた彼女へと騎士の一人が絡みに行くのが視界の端に入ったが、団長に呼ばれ気持ちを切り替える。
「どうだサイラス、嬢ちゃんの問題点が分かったか?」
「……どちらかというと、自分の問題点が発覚しました」
「ああ? あー、ラストにちょっと本気出してたな、お前。まぁ別に怪我させた訳でも無し、嬢ちゃんも『さすが師匠、強いです!』って喜んでたから良いだろう」
嬢ちゃんが楽しけりゃそれで良い、と頷く団長は日頃の鬼っぷりが嘘のようだ。まるで子煩悩な父親のように見える。
父親…………ああ、そうか、そうだった。
確か団長は10年近く前、奥方と幼い御子息を事故で亡くされている。御子息が存命なら、シーデと同じぐらいの年齢だったはずだ。それで、か。
「で、嬢ちゃんの問題点については?」
続きを促され、はっと我に返る。
危なかった。一瞬過った考えを見透かされていたら、余計な世話だと本物の鬼が降臨するところだった。
「そう、ですね。やはり疲れていたのか、動きが若干鈍いように感じましたが」
「ああ、やっぱりそう思うか。あれはなぁ、疲れてた訳じゃあ無いんだ」
団長が苦笑すると、そこへ先輩達がやって来て「あれは俺達のせいだな」と肩を竦めながら加わった。
「先輩達のせい、とは?」
「結構前に、シーデが誘拐犯と闘って大怪我を負った事があってな」
「それでつい心配になって、逃げ足を鍛えさせようと今日みたいに多人数を相手にする稽古ばっかりさせててさ」
「そんでまぁ気付いたら、シーデは多人数相手は得意なのに、サシでの闘いが苦手になっちまってたって訳だ」
かなりさらりと話されたが、突っ込みどころが満載だ。
「あの、誘拐犯、というのは?」
「んー簡単に言うと、誘拐された少年を助けに行ったシーデが大怪我して、それでも誘拐犯を何とか倒して少年も助けて帰って来た、って話しだ。3年……いや、4年ぐらい前の事だったか?」
先輩の補足に突っ込みどころが増えたんだが、どうしたら良いんだ。
そのような大事件なのに、なぜ何年前かすらもあやふやなのか。適当過ぎではないか?
仮に3年前だとしても、彼女の年齢は一桁だったのでは?
10歳に満たない少女が、誘拐犯を倒し少年を救出したと?
……既に俺の理解の範疇を超えかけている。
だというのに、団長も先輩達も今の話をさも普通の事であるかのようにどんどん進めていく。
「1対1だとどうにも動きが硬いというかなぁ。避け続ける事をしなくて良い分、身体能力を持て余してるような雰囲気がある」
「絶え間なく躱し続けるよう稽古してましたからね。それなのに攻撃方法はあんま仕込んで無いですし」
「手持ち無沙汰になっちゃうんすよね、多分」
これは異次元の会話か? とても12歳の少女について語っているようには思えない。
というか、そこまで理解しているのならば、俺では無く先輩達や団長直々に指導した方が良いのではないのだろうか?
そう提案してみると、三人揃って「無理だ」と一言のもと、却下された。
曰く、先輩方は日々職務という名の団長の使い走りに忙しく、団長本人は特定の団員を特別扱いする訳にはいかないとの事だったが……現時点で充分特別扱いをしているように思うのは俺だけだろうか。
ちなみに先輩方は「使い走り」と言った途端、団長に殴られていた。御愁傷様です。
「ああそうだ、大事な事を忘れていた。嬢ちゃんに一番欠けているものがある」
「欠けているもの、ですか」
真剣な面持ちになった団長に、こちらも背筋を正す。
……が、団長の口から出たのは、正直意味を図りかねる言葉だった。
「嬢ちゃんに欠けているもの、それは常識だ。まずは、熊は狩るなと言い聞かせろ」
「……は?」
「何度言っても何度でも狩ってくるが、諦めず叩き込め」
「……くま?」
「熊だ。余裕で狩れるから危なくなんて無いですよ、とか言われても駄目だと言っておけ。危険かどうかが問題なんじゃないんだ。最近冒険者ギルド内で『熊殺し』って呼ばれてんだぞ、嬢ちゃんは」
女の子なのに、と嘆く団長を呆気に取られ眺めた。
言っている内容が分からない。熊? 熊がどうしたって?
「かっこいいじゃないですか『熊殺し』。『毒草の申し子』なんかよりよっぽど良いので、私に不満はありませんよ」
丁度良いタイミングでこちらへとやって来たシーデは、心なしか誇らしげだ。
『熊殺し』を誇っているのか? 『熊殺し』だぞ? 正気なのか? というか、『毒草』というのも何の事なのか気になるんだが……。
いや、それはまたいずれ聞けば良い。そんな事よりも、今、どうしても聞いておきたい事がある。
そう思った俺は、出来るだけさりげない風を装い、12歳という年齢でなぜあれ程の事が出来るのか尋ねてみた。
「それは、私がおませさんだからです!」
……返ってきたのは、どこまでも斜め上の答えだった。
違う、そうじゃない。
俺が聞きたかったのは、一体どんな修練を積めばそれ程まで特出した状況判断力が身に付くのかという事だ。
「このおませさん具合が年齢と釣り合うようになったら、私は一般的な人になります! なので、褒めるなら今の内ですよ!」
おませさんを押さないでくれ。混乱する。もはや訳が分からない。
ほら褒めて!という目でこちらを見上げてくるシーデに、ここは褒めておくべきかと考えた矢先、突如として現れた魔法師長殿の存在よってその機会を逃した。
なぜ魔法師長殿が練兵場に。
通りすがる事すら滅多に無い方……稀に通りかかったところで訓練中の騎士達に一瞥をくれる事すら無い方が、わざわざシーデのためにここへ足を運んだと? それどころか、今後も彼女の為にここへ顔を出すと?職務に当てる時間を調整してまで?
しかも、彼女の頭を撫でているように見えるが……あの魔法師長殿が? 魔法(つまるところ職務)以外に何の興味も無いという風情の魔法師長殿が、少女の頭を撫でている、だと……?!
己の目が信じられず一度視線を逸らし再度見直すも、やはり見間違いでは無かった。
そして、周囲でこちらを見ていた同僚達も俺と同様の行為をしていた。どこからか「天変地異の前触れ……?!」「明日世界が終わんじゃね?!」という絶望感に満ちた声も聞こえてくる。激しく同意したい。
予想外過ぎる事態が次々と起こり、もうこれで数年は何事にも驚く事は無いのではないかと思えた。今日だけで数年分の驚きを使い果たした気がする。
望んで師となった訳では無い。
しかし一度引き受けた以上、途中で放り出すような真似はしたくない。
攻撃が甘いというのならば、徹底的に鍛えよう。
常識が欠けているというのならば、ことある毎に教え込もう。
自分自身が未だ成長過程にある未熟な身だという事は承知しているが、そんな俺を師だと言う彼女に、出来る限りの事は教えてやりたい、そう思った。
……そう思ったが、騎士団長と実力の秀でた先輩達に可愛がられ、魔法師長殿に執着されているらしき少女が、果たして自分の手に負えるのだろうか、という考えが早くも頭の中を過った。
不安だ。不安しかない。
……今夜は街に飲みに出ようか。
今日の光景を目撃した同僚達ならば、俺のこの気持ちを理解してくれるに違いない。特に、先程から物言いたげな視線を俺に飛ばしてきている友人ならば、言葉に表せない微妙な思いも汲み取って励ましてくれるに違いない。
……非常に不安だ。
サイラスは常識人。
常識人から見ると、シーデやその周囲はこんな風に見えます。
……がんばれサイラス。




