弟子の実力
一週間前、新しい剣の師匠をゲットした。
そして今日は初めての稽古の日。
鼻歌交じりで練兵場に向かっちゃうよ! 鼻歌ってかガチ歌だけどね! しかもヘヴィメタだよ! デスボイスは誰にも聴かれない事を祈る! とテンションの上がっていた数十分前の私。
……だというのに、なぜこんな事になっているんだろうか。
「では紹介する。新しく入団した騎士見習いのシーデだ。シーデ、挨拶を」
「……シーデと申します。不束者ですが、よろしくお願いいたします」
厳格な表情で騎士団長の威厳を醸し出すおっちゃんに促され、整列する騎士たちの前でぺこりと頭を下げる。
「シーデはまだ少女だが、現役の騎士と差しでの勝負が出来る実力がある。それにより特例として見習いに推され、受理された。当面の間は週に二日、ここへ通う事になる。主にサイラスが面倒を見る事になっているが、他の奴らも良くしてやってくれ。……ただし」
一度言葉を切った騎士団長様は、キリッとした表情のまま、ぐるりと騎士たちを見回すと、厳かにこう言い放った。
「手を出した奴は殺す。肝に銘じておけ。分かったな?」
「「「はい団長!!」」」
びしっと敬礼し、声を揃えて良い返事をする騎士たちに同情の涙を禁じ得ない。
おっちゃん……何つう発言してんの……。
初稽古にルンルン気分でやって来た私は、練兵場に足を踏み入れ、発見したサイラス師匠に駆け寄ろうとした途端、笑顔のおっちゃんに捕獲され。
そして、「嬢ちゃんの入団許可が下りたから、今日居る奴らの前で軽く挨拶しとこうな」と優しく言われ、「……はい? え? 入団? 挨拶? 入団? …………にゅうだん?!」という状態のまま居並ぶ騎士たちの前へと引きずり出され、訳も分からぬままぺこりと頭を下げる羽目になった。
……本気で、どうしてこなった。
ぇえ? だって、サイラスさんに弟子入りしただけだよね? そういう話で先週まとまったよね? 誰も騎士団に入団させてくれなんて言って無いよね?
てゆうか、私が騎士見習いになってどうすんの? 騎士になんかなりたくないよ? 目指すは立派なパン屋ですよ?
そうそうパンと言えば、ちょっと前に提案したシナモンロールが結構人気で。
この辺りではシナモンが流通して無いから無理かと思ったんだけど、クランツさんがチョコの仕入れの関係で知り合った商人さんのツテを使って確保してくれたんだよね。持つべきものは金友! 愛してる! あ、もちろん代金はちゃんと支払ってます。当然です。
まぁ問題はこのパンは甘味という判定になるようで、私には作れないという点だ。
1個だけ試作してみたが、やっぱり物体Xが出来上がった。物体Xはスタッフが美味しく……美味し……不味くいただきました。本当に不味かった。その晩は物凄い悪夢を見た。精神に作用するとか、本気でヤバい物体だよ、アレ。……武器として使える? いやいや、あの物体を持ち歩きたく無いわ。呪われそう。
もうちょっと惣菜寄りのパンを提案していかないとダメかな。自分で作れないとか切ないし。ガッツリ系のパンを増やせば男性客も増えるかもしれないし。
カルツォーネとピロシキだったらどっちがウケるだろうか? どっちも正確な作り方を知ってる訳じゃ無いから試行錯誤するしか無いけど……両方作って何人かに試食してもらおうかな?
「おーい嬢ちゃん、そろそろ戻って来い」
「……え? あれ? いつの間にこんな状況に?」
パンについての考察に没頭していた私は声を掛けられても無反応だったらしく、おっちゃんにデコをペチペチと連打され、そこでやっと現実世界に戻った。
見れば知らない間に整列していた騎士たちは解散してるし、私の前にはサイラス師匠とおっちゃんとお兄ちゃんたちが居るし。
というかむしろ、さっきまで立ってた場所から移動させられてない? 移動させられた事に気付かなかったのか、私。こんなんじゃ図書館長さんの現実逃避癖を笑えないな。
「えーっとそれで、今から稽古……じゃなくて、訓練ですか?」
なぜこうなったのかは分からないが、騎士見習いだというのならば、稽古ではなくれっきとした訓練という事になるだろう。
商売事について思考を巡らせていただなんて事はおくびにも出さず、しれっと訓練に入ろうとするが、お兄ちゃんに笑いながら止められた。
「そうそう。でもその前に、兄ちゃんたちと手合わせしようぜ」
「手合わせ?」
「いつも道場でやってたろ。3対1の手合わせだ。シーデの腕がどんなもんなのか、サイラスに見せてやらねえとな」
ふむ、実力テストみたいなもんかな?
「分かった。お兄ちゃん二人とおっちゃんが相手なの?」
「いやいや、さすがにおやっさんとは無理だ。俺らがついていけねーよ」
「俺達の同期から一人見繕ってある」
「見繕うって言い方は酷いな。協力してやるってのに」
苦笑しながら現れた細マッチョな騎士はお兄ちゃんたちと剣の腕前が近いらしく、これでいつも通りのレベルの手合わせが出来るとの事だった。
「えっとじゃあ、胸をお借りします、先輩」
名前を覚えるのは苦手だし、もう誰も彼も先輩って呼んどきゃ間違いないよね、という適当な思いのまま頭を下げておき。
「師匠、見ててくださいね!」
サイラス師匠に手を振って、そうして手合わせを始めた。
******
お兄ちゃんたちとの手合わせで、やっぱり自分の腕が鈍っていた事を再確認。ううっ、数ヶ月のツケは重い。
動いてる内に大分勘を取り戻せたとは思うけど……お兄ちゃんたちが手合わせを申し出てくれて助かった。鈍ったままの状態じゃ訓練どころじゃなかったよ、きっと。
細マッチョ先輩は「えーっと、うん……強いんだね、きみ」と言ってくれたが、その微妙な間とどうにも曖昧な表情からお世辞だと丸分かりだった。気を遣ってくれなくても良いのに。
そうして30分ほどで手合わせを終えると、練兵場内に居る全員の注目を浴びている事に気付いた。
……みんな、自分の事しなくて良いの? 訓練とか、仕事とか。
というか、どうして全員、何とも言えない表情をしてるんだろう?
ぐるりと視線を巡らせ、最後に師匠を見ると、彼もまた表現のし難い顔でこちらを見ていた。
……え、ひょっとして、失望されてない?!
何だよアイツあの程度の腕で弟子入りとか身の程を知れよ! とか思っちゃってる顔かなソレ?! やばい、それはやばいよ! 超困る!
「あの、師匠! 確かに私、あんまり反撃ってか自分から攻めていけませんでしたし、しかも数少ない攻撃の手は全部防がれちゃいましたけど! それは今後の課題というか! 今後師匠に鍛えていただく事によって身に付けていきたいというか! 逆に今がこの程度ということはまだまだ伸び代があるという事だと受け止めていただきたいというかホラだってまだ私12歳ですし鍛え方によっては化ける可能性が無きにしも非ずというかつまり早い話が私を捨てないでください!!」
ダッシュで師匠の元へ行き、驚いたように軽く仰け反る彼にはお構いなしにその手をガシッと掴み、一気に捲し立てる。
こんな弟子イラネ、とか言われたくないから必死ですとも。
……まぁそうなったらなったで、イノシシ騎士の命を盾に脅すという強硬手段もあるにはあるけどさ。出来れば良好な師弟関係を築きたいから、それはホントに最後の手段だよね。
真っ黒な私の腹の中を知らないサイラス師匠から、捨てないから落ち着けと諭され、今度は師匠と手合わせをする事に。
「一旦休憩を挟もう」って言われたけど、「時間は有限なんだからさくさくいきましょう!」とやんわり拒否。たかだか30分の手合わせで疲れるほどヤワじゃありません。日頃から鍛えてるからね! どんなに鍛えても筋力はアップしないけどね! 泣くぞ!
数年後には『国一番の剣の使い手である騎士』と言われる事になる師匠との手合わせに、ウキウキ気分で挑んだ私は見事撃沈。
いやぁ、強かった! お兄ちゃんたちより強かったよ。
でも、ボスとどっこいどっこいぐらい、かな?
まぁ手合わせだから、師匠は手加減してくれたんだろうね。私の実力テストな訳だし。瞬殺されたら実力を見せるどころじゃないもんな。
手心を加えてくれてこれだけの差があるのか……努力で埋まる差かなぁ、コレ。
そもそも長剣に短剣で相対するってのが間違ってるような気もするけど、私の筋力じゃ長剣は扱えないんだよ。多分、将来的にも無理だと思う。母さんぐらいのパワーがあればなぁ。……いや、母さんレベルのパワーがあったら、剣じゃなくてグーで勝負するわ。拳一択だわ。
手合わせ終了後、師匠はおっちゃんと私の訓練方針について話し合うとの事で、今度こそ休憩を取れとベンチへ追いやられ。
やっぱり別に疲れては無いんだけど……まぁ師匠たちに比べれば体が小さい(これはあくまでマッチョたちと比べたときの話で、同世代の中では小さく無い!とことある毎に主張させていただく)訳だし、体力無いように見えるのかもしれないな、と諦めてぼんやりする事に。
他の騎士たちの訓練でも観ておくか、と思ったのに、一人の騎士がさささっと近づいて来た。
「シーデちゃーん、お疲れさまー! もーちょー可愛かったよ!」
……先週のナンパ騎士か。
「はあ、どうも」
何と返して良いか分からないので曖昧に頷いておくと、「うわその表情初めて見た超かわいい!」と言いながら隣に座り込まれた。ちゃっかりしてんな。
そこから始まったのはベタ褒めタイム。
あの時の避け方が可愛かったとか、飛び退いたときに天使の羽が見えたとか、むしろ天使そのものだとか、振り返った時に目が合ったから今日はオレのラッキーデーだとか……いや、合ってない合ってない。気のせいですよ。そして褒める部分がおかしい。
適当に相槌を打ち、適当な所で切り上げ、ナンパ騎士は放置して師匠の元へ。
変な人……というか、何か父さんと話してるようだった。……って事は父さんと同じような扱いをしておけばオッケーって事かな? つまり、スルーと放置を繰り返せば良いと。おお、そりゃ楽だ。
師匠たちの元へ近寄ると、なぜか私の最近の冒険者ギルド内での呼び名の話になっていた。何の話をしてるんだ。『毒草の申し子』と呼ばれなくなっただけで御の字だから、今の呼び名については気にして無いというのに、おっちゃんは不満気だった。そろそろ私に女の子らしさを求めない方が精神衛生上良いと思うんだけど。
てゆうか、私の訓練方針についてはどうなったの?
そう聞こうとしたタイミングで師匠が顔を上げ、何気ない口振りでひとつ質問を寄こした。
「君はなぜ、あれ程の事が出来る?」
「どれ程ですか?」
「動きの素早さにも目を見張るものがあったが、何よりその正確さ―――瞬時に状況を判断し無駄なく回避行動に移すという部分が、君の年齢には見合わない程に優れている」
ふむ、師匠は観察眼が優れてるようだ。
その口調とは裏腹に目は真剣な師匠に対し、ならば私も伝家の宝刀を抜き応戦しよう。
「それは、私がおませさんだからです!」
誰もが黙らずにはいられない私の宝刀の切れ味は実証済みだ。
「……」
「このおませさん具合が年齢と釣り合うようになったら、私は一般的な人になります! なので、褒めるなら今の内ですよ!」
相手の思考を奪うように畳みかければ、目論見通り黙り込む師匠。ちょっぴり目が死んでるように見えるけど、気のせいだろう。
それに対し、さあどうぞ、どの角度からでも褒めてくれたまえよ!と待ち構える私の背後から、予想だにしない声が聞こえた。
「そうか、では私が褒めてやろう」
「…………え」
まるでゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちなくゆっくりと振り向けば、ほんの僅かに不敵な笑みを浮かべるボスの姿がそこにはあった。
「……どうしてここに?」
まぁ答えなんか聞かなくても分かってるけどね。ストーカーだもんね。どうせまたいつもみたく、どっからか私を視て魔法で飛んで来たんでしょ。まったく、こんな所にまで出没するなんて、私にプライバシーは無いのか。
そう思っていたのに、ボスが口にしたのは予想とは違う答えだった。
「私の後方に有る建物が、私の職場だからだが?」
ん? えーっと……。
ボスの後ろにあるのは、王様の居る、立派なお城。
目の前のこの人は、城付きの魔法師長様。
練兵場があるのは、お城の、真ん前。
つまり私は、ボスの職場の真ん前に、週二で通う、と。
「うああしまったあああ! このひと城付き魔法使いのトップだった! もうすっかり魔法を駆使する神出鬼没なただのストーカーだと思ってたあああ!!」
「……おい、お前の中の私の認識に不満がある」
「不満があるのは私! 飛んで火にいる夏の虫とは私の事かよ!ってツッコミを入れたい! 自分に!」
自らのこのことストーカーのテリトリー内に侵入してしまうとは……不覚!
「あれ、待って、ボスの職場って事は、つまり、まさか……」
「そう、そのまさかさ! 僕も居るよ、お嬢ちゃん!」
ストーカー1号が現れた!
そういえば、ストーカー1号と2号が揃い踏みって、めっちゃ久々だわ。道場に乗り込まれたとき以来だな。揃われるだけでメンタルが削られてってる気がするんだけど……頑張れ私、これは金貨これは金貨これは金貨。
「お嬢ちゃん、心の中で僕の事を金貨と連呼するのはどうかと思うよ」
「また心を読まれた! というか、あなたはウチの店以外では私に近寄らないという約束でしたよね? そういう話でしたよね?」
「やだなぁ、僕が近寄った訳じゃ無く、お嬢ちゃんから近寄って来たんじゃないか」
返す返すも私のお馬鹿さん!
なぜ敵の縄張りに堂々と入り込んでしまったのか……!
「では早速褒めてやろう。よくぞ騎士見習いになった。これであの人外に邪魔されずお前と会う事が出来る」
私の頭をぽんぽん撫でながら言うボスは普段通り無表情だったが、その目からは喜色が見て取れる。
ううむ、珍しく素直に喜んでるみたいだな。毎度行われる花守りとの淡々とした舌戦は、聞かされる私もうんざりだったけど、本人たちもうんざりしていたようだ。
道場が閉められて以来、空いてしまった時間の半分はオルリア先生宅の書庫に通い、それ以外の日は森に通っていた。
ちなみに先生宅にお邪魔した日は、結構な確率で先生の兄様に「お、暇なのか? じゃあちょっと俺と出掛けるか!」と拉致られ連れ回されていた。兄様、仕事は? 忙しいんじゃなかったの?
ボスは私がどこに居ても見つけ出せる魔法を習得しているようだが、さすがに他人様の家にまで乗り込んでくるような真似はしなかった。良かった、多少なり常識のある人でホント良かった……!
その代わり、森に行った日は出現率100%。レア度の低い敵キャラだなぁ。
森に出現するという事は、当然私だけでなく花守りとも毎回会うという事で、その度に火花を散らしていた二人。しかし、飽きずに言い合う二人を見て、実は仲良しなんじゃないの?と思っていたが……どうやら思い違いだったようだ。
「週に二日、ここへ通うのだろう。私も出来る限り顔を出すようにする」
「いえいえ、お忙しい魔法師長様にそのような事していただかなくても」
「案ずるな。お前の観察は仕事に組み込むよう調整済みだ」
おいどうなってんだこの国! こんなのを魔法師長に据えるんじゃない!
「じゃあ僕も」
「無理! 同時に二人は無理!」
便乗しようとしたストーカー野郎を全力で拒否。
一方に気を取られている内に、もう片方に何をされるか分かったもんじゃない。
「えー、でもボスばっかりズルくないかな? 僕にも何らかのメリットを提示してもらわないと、いくらお嬢ちゃんの言う事でも了承できないなぁ」
「大前提として! あなたが私の言う事を了承した事がありますか?!」
「お店には週一しか行ってないし、勧誘も月一に留めてるでしょ?」
にこりと微笑まれるが……違うそれは私が望んだ訳では無い! 四六時中ストーキングされるのが嫌で渋々呑んだ条件じゃないか!
「ここやだ……来たく無い……騎士見習い辞めたいんですけど、師匠、見習いじゃない私でも指導してくれますよね? 元々師匠個人に弟子入りさせてもらった訳ですし」
「気持ちは分からないでもないが……心が折れるのが早くないか?」
呆気に取られたように傍観していた師匠に話を振るとそう返されたが、こんなん折れるに決まってんじゃん!
「この二人に同時に絡まれて折れないような強靭な心の持ち合わせはありません」
「嬢ちゃん、そもそも正式に見習いになっちまったんだから、最低でも1年は辞めれねえぞ」
「何それ聞いて無い……てゆうか、騎士見習いになる事をまず聞いて無かったよ……何で私、見習いにされたの?」
「何でってそりゃ、推薦があったからだ。最初はおっちゃんも反対したんだけどなぁ」
至極真面目くさって言うおっちゃんに、誰だよ私を推したのは!てか騎士団長様の反対にも屈しない推薦ってどんだけ強力だったの?と驚くと、「反対してたのは最初だけで、シーデと週二で会えると理解した途端、周囲への根回しを始めてたけどな」というお兄ちゃんの暴露により疑問が氷解した。
推薦が強力だった訳じゃ無く、途中から強力な人が協力しちゃっただけかい!
公私混同も甚だしい騎士団長へ抗議を込めた視線を送ると、さっと明後日の方向を向かれた。
騎士団長も魔法師長も公私混同のプロだとか……いずれ潰れるんじゃないかな、この国。
「はぁ……なし崩し感が凄いですが、分かりました。なっちゃったものはしょうがない。騎士見習いとしてここへ通います。その代わり」
一旦言葉を切り、ボスを見上げ提案してみる。
「ボス、魔法師長辞めて転職しません? そうしたら丸く収まるんですけど」
「その収め方は方々に角が立つと思うんだが」
師匠から真面目そのものといったツッコミをいただいた。
良いじゃないですか、提案してみるのはタダだし。どうせ受諾されるなんて思って無いですよ。言ってみただけだよ。
「……ほう、私に現職を辞せと言うのか」
「そうすればここにボスが出没する事は無くなりますよね」
「そうだな、では再就職先としてお前の店で雇え。それならば」
「ますます会う頻度が上がる! 毎日会っちゃうじゃないですか! お断りですよ!」
私の提案を上回る申し出をされ、戦慄が走った。
くそう、軽口ですら勝てぬとは。知ってたけどさ。
「大体ボスがウチの店で働いたりなんかしたら、取られちゃうじゃないですか! ウチの店は女性客が多いし、ボス顔面偏差値は高いんだから! それは本気で嫌!」
その叫びに、周囲の誰もがぽかんと口を開ける。
何ですかその間抜け面。私、何か変な事言った?
「嬢ちゃん……いろいろと矛盾してる気がするんだが」
「矛盾? どこがですか?」
「毎日会うのは嫌だけど、他の人間に取られるのも嫌って、すげー矛盾だろ」
「つうかその言い分だと、シーデはこの人を好いてるって事に……嘘だろどうしてそうなったんだ!」
頭を抱えるお兄ちゃんたちに、「え? は? ちょっと言ってる意味が分かんないんですけど」と首を捻ると、ボスがどことなく嬉しそうに私の頭に手を置いた。
「つまりお前は、私を女性客に取られたく無いと言っているのだろう?」
そうして髪を梳くように撫で始めたが……何言ってんのよ、この人。
「はあ? 逆ですよ、逆。私の可愛い女性客たちをボスに取られたく無いんです! 手塩にかけて褒め育ててきたというのに! 顔が良いだけの男に横から掻っ攫われるなんて、考えただけで頭にくる!」
例え性格が外道で表情筋が活動を停止していようとも、顔が良いというだけでお嬢さん方が群がる可能性がある。実際にクランツさんという例があるしね。
私が何年も褒めて讃えて大切にしているお嬢さん方を何の苦労も無く顔面という武器だけで手に入れようとか、人生舐めてんのか! お天道様が許しても私が許さないよ!
そう力説すれば、全員が残念なものを見る目つきに変わった。
「嬢ちゃんは本当に残念だな」
くっ、目だけでなく言葉にされたよ。
おまけにボスが私を撫でていた手は止まり、さっと移動したその手でぎゅっと鼻を摘まれた。
「なにひゅるんれふか!」
「喧しい。お前という奴は……」
ちょっとボス、何でそこで溜息吐くの? 溜息吐きたいのは私だよ?
そう主張してみたのに、誰も取り合ってはくれなかった。なぜだ。鼻摘まれたまんま言ったから、本気度を理解してもらえなかったんだろうか。
余談だが、ストーカー野郎にはやはり店以外では近寄るなと言い渡した。
聞き入れてもらえたのかって?
ふふ、代償は私の髪です。もう渡しました。
渡した途端、嬉々として走り去ったストーカーを見送る私の目は、きっと死んでいたに違いない。……泣いてなんか無いよ!




