決闘3-釣り上げた大物ー
「シーデ、その術の陣を寄こしなさい」
逃げ腰なチャラ騎士たちを横目で見ていると、じーちゃんズが拘束していた相手を放り出し、いつの間にか私の傍らで手を差し出していた。
「これ? いいけど、じーちゃんたちには使えないよ?」
「使う気も使わせる気もないわ!」
素直に陣を渡すと、受け取ったじーちゃんはその陣をビリッビリに破いた。その横でうんうんと頷くもう一人のじーちゃん。
チャラ騎士たちは、そんなじーちゃんズに称賛の眼差しと惜しみない拍手を送っている。
って、えええええ?!
「じーちゃん?! なにゆえに?!」
「この陣は二度と作らんと、そんで他の誰にも作成方法を教えんと、じーちゃんたちと約束せえ!」
「何でその術だけ禁止?! むしろ他の術の方がいろいろ危険だと思うんだけど?!」
「危険度なぞ重要じゃないわい!」
「これは男の尊厳に関わる極めて繊細な」
「あなたたち、今すぐその口を閉じなさいな」
「それ以上シーデに下品な事を吹き込んだら、向こう一週間は口をききませんからね」
熱弁しかかるじーちゃんズを遮るように、井戸端会議中だったばーちゃんズから声が上がった。それを受けピタリと黙るじーちゃんズ。
ばーちゃんたち、何気に聞いてたんだね。そしてじーちゃんたち、黙っちゃうんだね。惚れた弱味って凄い。
「えーっと、じーちゃんたちが駄目って言うならもう作らないよ」
「マジじゃな?」
「大マジ」
「よしよし、エエ子じゃ」
男性としての機能をなくす術の陣は封印(本日二つ目の封印ですね)かつ門外不出が決定したが、私の頭を撫でながら満足げに頷くじーちゃんズの姿に、まぁいいか、と流されることにした。
甘いって? 身内に弱いのは今世の私の仕様ですが、何か?
撫でられ和やかな気分になっていると、拘束から解放されたサイラスさんが近寄って来た。
入れ替わるようにしてじーちゃんズはばーちゃんズの元へ。きっとご機嫌を取りに行ったんだろう。よくある事だ。和むわー。
「ほのぼのしているところ悪いが、その、謝罪させてもらうという事ではいけないだろうか?」
「私はむしろ謝罪を望んでますけど、それを切り捨てたのはあのイノシシですよ?」
ちら、とイノシシ騎士に視線を送ると、なぜか青ざめた表情で固まっていた。いや、オブジェ状態だから固まってるのは元々だけど。
何か静かだと思ったけど、どうした? もしや私が挙げた術たちが怖かったとか、そんな事ないよね?
「彼は、俺の為に今回の行動に出た。君にとっては迷惑なだけだったとは思うが、俺としては彼のその真っ直ぐな心遣いを嬉しくも思う。だから、俺が君と父君に謝罪するという事で決着を付けさせてもらいたいのだが……どうだろう?」
サイラスさんの表情には、真面目に詫びる気持ちが表れている。
ふむふむ、その言い分には一理あるね。
だがしかし。
「お断りです!」
にこっと笑って元気よく拒絶した。
「私の父を罵ったのは、あのイノシシであってあなたじゃないです。だから、あなたの謝罪には何の意味もありません。分かります?」
「しかし、元々は俺の誤解が招いた事態で」
「誤解しただけ、ですよね。それを妄信して猛進したのはあのイノシシですし、あの優しくて可愛くて男前な父さんを冒涜したのもあのイノシシです。大体、父さんと直に話して父さんの人畜無害さを感じ取れないなんて、あのイノシシの目は何で出来てるんですか? くり抜いて飴玉でも詰めといた方がよっぽどマシですよね」
にっこにこ笑いながら力説すると、サイラスさんがとても微妙な顔つきになった。
「……君は、いわゆるファザコンという人種なのか?」
失礼な!
「舐めないでください! ファザコンでマザコンでじじコンでばばコンです!」
両手の拳を握りしめ主張する。これだけは譲れん!
「まぁまぁシーデちゃんたら、本当に家族思いねぇ」
「素敵なお孫さんでうらやましいわぁ」
「ええ、ええ、本当に自慢の孫娘なのよ」
「家業も一生懸命手伝ってくれるし」
「わたしたちに似て器量も良いし」
「頭の良さもわたしたちに似ているのよねぇ」
私の主張を受け、井戸端会議がシーデを褒める会になっているようだ。
しかしばーちゃんズよ、それは孫褒めと見せかけて自分褒めなのではないですか? 孫はちょっとしょっぱい気持ちになりましたよ。
「とにかく、私は家族が大事です。そんな大切な家族を悪く言ったあのイノシシを、死なない程度に嬲りたいと思うのは普通の気持ちですよね」
「あまり普通ではないと思うが……」
「そうですか。では私は普通ではないので、彼を存分に嬲ることに決めました!」
「待ってくれ! 頼む、俺に出来る事なら何でもする。全裸で這いつくばって謝罪、だったか? それを実行するのも厭わない。だから……っ!!」
必死の形相で私に縋り付いてくるサイラスさん。
必死なのは分かったから、私の肩を押さえ付けるように掴むのはやめてもらえまいか。縮んだらどうしてくれんだ。
「やめろ! お前にそんな事させられる訳がなかろう! 小娘! 俺が全裸で謝罪すれば良いのだな?!」
「いや、お前を突っ走らせたのは、ひとえに俺の誤解が原因なんだ。ここは俺こそが全裸で謝罪すべきだ」
「させる訳にはいかんと言っているだろう! 俺の全裸で妥協しておけ小娘!」
待って。私が全裸を求めてるみたいな言い方やめて。
「お前にだけそんな屈辱を味わわせるわけにはいかない。お前がそうするというのなら、俺も共に全裸で謝罪しよう。……それなら君は許してくれるだろうか」
増えた。全裸が増えた。ダブル全裸って何の悪夢だ!
大体、全裸の部分はイノシシ騎士に謝罪を突っぱねさせるための方便なのに。
イノシシが謝罪を突っぱねる、私が怒って何かしらの術を行使しようとする、そうすれば目の前の彼が釣れると踏んでの交渉術の一環だ。
そんな訳で、全裸は全力で拒否させてもらおう。野郎の裸なんて、前世の高校時代に見飽きたわ。あいつら、私が居ようがおかまいなしで着替えてたからな……。
「全裸の騎士が二人とか、そんな無残な光景は私こそがお断りです」
「何だと?! この俺の全裸が拝めるというのに、何が不満だ小娘!」
自分の裸体にそんなに自信があるの?! もうこの人、逆に凄いわ!
「あなた方の必死さと、友人を大切にする気持ちは伝わりました。なので、別の方法を提案します」
さて、大物を一本釣りと参りましょう。
「サイラスさん、あなたはさっき、自分に出来る事なら何でもすると言いましたね?」
「ああ、確かに」
「その言葉に二言はありませんか?」
「もちろんだ。俺に可能な事なら成し遂げてみせよう。全裸での」
「だから全裸はもういい!」
求めてないっての!
「イノシシな彼には当然謝罪してもらいます。ごく普通に謝ってもらえばそれでいいです。その代わり、あなたに引き受けてもらいたい事があります」
「俺の謝罪ではあきたらず、そいつにどんな無理難題を押し付けようというのだ!」
「無理難題じゃないですよ。サイラスさん、あなたには、私の師匠になってもらいます。引き受けますね?」
「…………師匠?」
「はい」
「それは、どういう……」
「私の、剣の師匠になってください」
はい、これが私の本当の目的です。
あのイノシシ騎士が決闘を申し込みに来たとき、この人の名前を出され、もしそれがゲームの攻略対象と同一人物なら、剣の師匠をゲットできるチャンスかもしれない、と考えたのだ。
サイラスという人物は、ゲームの中で『国一番の剣の使い手である騎士』と紹介されていた。その剣の腕前が評価され、魔王討伐のメンバーに選出されたというキャラだ。
じーちゃん師匠はどうしたって?うん、師匠、引っ越しちゃったんだよ。
何でも、じーちゃん師匠には縁を切った息子がいたらしい。
タチの悪い女に貢いでいた息子をじーちゃん師匠が諫めたところ喧嘩になり、売り言葉に買い言葉で縁切りと同時に家から叩き出しずっと断絶状態だったのだが、遠い地でその女に身ぐるみ剥がされ捨てられた彼は己の過ちに気付き、その後裸一貫のし上がったそうで。
じーちゃん師匠を何度も訪ね(だから師匠は道場に不在がちだったみたい)涙ながらに謝罪。
及び今まで不義理を働いた分、これからは孝行したいと申し出た息子さんをじーちゃん師匠は受け入れ、共に暮らすため彼の住む町へと引っ越して行ってしまったのだ。
何て、何てドラマチック……! 私の知らないところでそんなドラマが繰り広げられていたなんて!
ぜひ一話目から視聴させてもらえませんか特に息子さんがのし上がる過程が観たいんですが無理ですかどうしても無理ですかそうですか。
……まぁそんな私の個人的な感想はさて置き、居なくなってしまった師匠の代わりに別の道場を探さなくてはいけなかった訳だが、やっぱり女という理由で断られてしまったのですよ。じーちゃん師匠はとても物好きだったんだなぁと実感。
ちなみに道場仲間たちは他の道場へと散っていった。男は受け入れて貰えるんだよな。ズルいわぁ。
そんなこんなで、ここ数ヶ月、まともに剣の稽古が出来ていない状態で。
これは一刻も早くじーちゃん師匠の代わりを見つけねば! と焦っていた私のもとへ、イノシシ騎士がやって来たという訳だ。
鴨葱! カモネギですぜ旦那! と思ってしまった私は悪くないはず。
「君は、騎士になりたいのか?」
私の悪だくみなど知らないサイラスさんは、長い沈黙の末、返事の代わりにそんな質問を寄こした。
「いいえ」
騎士になんて、なろうともなれるとも思ってませんよ。
「では、剣士に?」
「いいえ」
「それなら一体、何の為だ?」
いずれ魔王を討つためです!とは言えぬ。頭おかしいと思われちゃうよね。
「自分と、大切な人たちを守るための備えです」
世界を崩壊させない、イコール大切な人を守るってことだから、嘘ではない。
「しかし君は、魔術を使えるんだろう? 剣に頼る必要は無いんじゃないのか?」
「魔術ではとっさの時に対応が遅れる可能性があります。陣が手元にないと、何も出来無いただの小娘ですしね」
「ならば魔法を使えば良かろう! その細腕で剣を修めたところで、出来る事などたかが知れておるだろうが!」
「その細腕に負けた人は黙っててください」
「なっ……!!」
「そもそも私に魔法は使えません。だから万が一に備えるため、ある程度は剣を使えるようにしておきたいんです」
「魔法が使えない?」
「はい。なので、私はあなたに剣を教わりたい。毎日訓練してくれ、とは言いません。週に一度、あなたの都合の良い日に、数時間から半日程度、で結構です。どうですか?」
全裸に比べりゃ安いもんでしょ?
……全裸の方が安いって思っちゃう性癖の人だったらどうしよう。しまった、その可能性は考えて無かった。
「いーじゃんいーじゃん、引き受けちゃえよー」
「そーそー、週イチなら時間的にも平気じゃん?」
「場所だったら、ココでやったらいいし?」
「俺らの訓練に紛れさせちゃえば良くね?」
「え、いや、さすがに紛れるのは無理がありません?」
チャラ騎士たち、援護射撃をしてくれるのは助かるけど、騎士の群れと合同とか無理すぎる。
「男っぽい服着りゃイケるって。キミまだ凹凸ないしー」
「見習いとか言っとけばヨユーヨユー」
なるほど見習い。その手があったか。
「それいいですね。それでいきましょう」
「いや、勝手に決められても困るんだが」
困惑するサイラスさんに対し、周囲の騎士たちは大乗り気で話を進めていく。思わぬ味方だ。ありがたや。
「つーかさ、マジで見習いにしちゃわね?」
「え~? でも女の子で平民だと許可下りねーと思うわ~」
「そーでもなくね? 現役の騎士にサシで勝ってんだから、実力はショーメーされてるしー」
「つかお前、何で見習い推しなワケ? 別に見習いのフリで良くね?」
「マジで見習いにしといたら、ずっと通ってくれんじゃん?」
「ナニナニ、そんな気に入ったとかー?」
「いや、潤いが欲しい。ガチで。基本ヤローしかいねーし、ここ」
「あー」
「やっばいチョーわかる」
「子供とはいえ女の子が居るってだけでテンション上がるかもしんねーわ」
「もちょっと育てばホンモノの潤いに進化するかもだし~?」
「でもマジ見習いだと週イチはダメじゃね?」
「そーかもなー……ねーきみ、シーデだっけ?」
「はい?」
「シーデは週イチしか来れない系? もう一日ぐらい来れるとか、そんなノリある?」
「うーん、私は週二でも平気というか、元々週二で道場に通ってたのでその方がありがたいですけど。でもサイラスさんにそこまでの負担を強いる訳にはいかないので」
「道場? 道場行ってたんだ? 辞めちゃったとか、そーゆーこと?」
「いえ、師匠が引っ越して道場自体が閉められました」
何やらひそひそゴニョゴニョしていたチャラ騎士たちから質問を寄こされたので、ちょっと考えて返事をした。
本当なら週二が良いんだけどね。欲張った結果『無理』って言われたら元も子もないからさ。まずは週一で様子見といくつもりなんだよ。
「時間は~? 週二で朝から晩までとかムリっぽい~?」
「いいえ? 平気ですよ」
「っし、ならイケんじゃね?」
「マジで申請してみるかー」
「じゃーオレやっとくし。あの子には受理されたら教える方向でオッケー?」
「「「オッケーオッケー!」」」
チャラ騎士たちはひそひそと何を盛り上がってるんだろう?
……私の悪口とかじゃ無いよね? 違うよね? ……ね?
「そんでサイラス、早くシーデに返事してあげなって」
「まさか断んねーよな?」
「何でもするっつったの、俺らきーてたしー?」
「二言は無いとか言ってたし~?」
おお、良かった。悪口で盛り上がってた訳じゃ無いっぽかった。
サイラスさんを説得してくれるために意見をまとめてでもいたのかな。エエ人たちや。チャラいって判定は覆らないけど。
「……分かった、引き受けよう」
寄ってたかって詰め寄られたサイラスさんが、諦めたような吐息と共に遂に陥落した。
釣れた! 皆さん、大物が釣れましたよ!
「よっしゃ言質取った! これからよろしくお願いします師匠!」
「女の子が言質とか言うんじゃない」
あれ、デジャヴ。じーちゃん師匠にも言われた事ある気がする。
「引き受けたからには、しっかりと面倒を見る。なあなあにはしないから、覚悟しておくように」
少しだけ険しい顔で私の目を見るサイラスさん―――もといサイラス師匠。
うーん、真面目そうな人だな。これで周囲のチャラッチャラな騎士たちから浮かずにやれてるんだろうか?
「覚悟って、女の子相手なんだしさー」
「あんま厳しくしたら、カワイソじゃね?」
「いいえ、望むところです! なあなあなんて、私が許しません! びしばし鍛えてくださいね!」
「いーの?!」
「むしろ望んじゃうの?!」
当たり前じゃないか。何のための稽古だと思ってんのよ。
そんな風に、やいのやいのと騎士たちと盛り上がっていると。
「おーいシーデ、一段落付いたようじゃし、ワシら引き上げるからなー」
「そろそろ店が心配だしの。きっとデジーは気もそぞろで使い物にならんくなっとるだろう」
既に8割方こっちの展開に興味を失い談笑していたじーちゃんズから、そんな声が上がった。
「シーデ、八百屋さんへは代わりに行っておいてあげるわ」
「だから、きっちり片を付けてから帰っていらっしゃいね」
「ありがとー! よろしくー!」
四人は、店の方が重要とばかりにさっさと引き上げて行った。あれぞ商人。見習わなくては。
「じゃあ私たちも帰りましょうか」
「そうね。シーデちゃん、またね」
「シーデ様、今日は素敵でしたわ!」
「いいえシーデ様、今日も素敵でした!」
「シーデ、またお店に行くから、待っててね!」
「今日はわざわざありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしています、美しい方々」
にっこり一礼を返した私に対し、キャッキャと歓声を上げつつ、ご婦人方とお嬢さん方も帰って行った。
本当に、ただただ野次馬に来ただけだったんだな。ヒマ……げふんげふん、時間にゆとりがあるんだね!
「では、話がまとまったところで、彼の花を撤去してもらえないだろうか」
そう声をかけてきたサイラス師匠の視線を辿ると、すっかり忘れ去っていたオブジェ状のイノシシ騎士の姿が。
ああ、そういやそんな人もいたな。師匠を釣り上げるのに忙しくて、完全に頭から飛んでたわ。
「そうですね。せっかくの大技なので惜しい気もしますが……」
「大技だったのか?」
「事前にしっかりと準備しないといけない術、という点では大技ですね」
「魔術の陣を描くのは大変そうだからな」
「いえ、描くのはそうでもないんですけど。この練兵場に仕込むのが大仕事でした」
「……仕込む?」
「ええ。昨夜ここに忍び込んで、あちこちの地面を掘り返して陣を埋めたんですよ。スリル満点でした!」
イイ笑顔で答える私に、サイラス師匠の顔は引きつった。
「……警備の責任者と話さなくては」
「とってもザル警備でした!」
念押しのように教えてあげる親切な私。だって余裕で侵入できたんだもん。
さすがに地面を掘り返してる時は、見つかるんじゃなかろうかとドッキドキだったけどね。
「……それはひとまず置いておこう。とりあえず彼を解放してやってくれ」
NEW師匠の指示に従い花々を撤去すると、解放されたイノシシ騎士は私へと謝罪をしてきた。
父さんに謝ってくれればそれで良かったんだけど……意外ときちんとしてるんだな。
ちょっと行動が直線的過ぎるし直情的過ぎるし人を侮り過ぎなきらいはあるけど、私みたいな子供にでも自分の非を認め筋を通したあたりに好感が持てる。まぁ隠し切れない不本意さがにじみ出てはいたけど、それはしょうがないだろう。
だって、小娘に闘いを挑んで、小娘に一方的にやられて、小娘に謝罪しなくちゃいけないって……あはは可哀想! すっごい可哀想! 可哀想過ぎて、私は今、超たのしい!
今夜は良い夢が見れそうだ!
しかしこの直後、駆けつけた元道場仲間のおっちゃんに盛大なお説教を食らい、私のテンションは天から地へと落ちる事になるが、それは完全に余談である。




