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決闘1-完全に見世物だねー

 翌日。

 わしらが代わりに闘ってやらぁー! といきり立つじーちゃんズを押しとどめ。

 騎士が女の子に決闘を申し込むだなんて、どんな躾をしているの! と抗議に行こうとするばーちゃんズを宥め(すか)し。

 シーデ、反抗期は収まったかい? と私を伺うズレた父さんを放置。

 シーデなら大丈夫よ♪ あ、帰りに八百屋さんに寄ってきてくれる? とお使いを押し付けてくる母さんにオッケーと返事をし、家を出た。

 ちなみにじーちゃんズとばーちゃんズは付いてきてしまった。決闘に乱入してこないよう気を付けないと。



 そうして今、練兵場で昨日の騎士と向かい合って立っている私。

 そんな私たちを遠巻きに、じーちゃんズ&ばーちゃんズ、そして野次馬であろう騎士たちと、更に野次馬であろう見覚えのあるご婦人方とお嬢さん方。

 うん、昨日店に来てた人たちだ。いや、昨日居なかった人も居るな。ご婦人ネットワークって凄い。というか、物見高いな!

 「頑張ってくださいませー!」と声援をくれたのは、2日に1回は店に来てくれるお嬢さんか。確か子爵家のご令嬢だったはず。……良いのか、決闘なんて見て。おうちの人に怒られない? 大丈夫?



 そしてなぜか、目の前にいる決闘相手の騎士はまた怒っている。

「時間だというのに、なぜお前の父は来ないのだ! さては臆したのか!」

 意味が分からない。

「父が来ない事に不都合でも?」

「不都合?! 不都合だと?! 決闘を放棄して逃げ出すなど男の風上にも置けん! それに俺は昨日、拒否権はないと通告したはずだ!」

 風上に置けないなら風下に置いとけばいいじゃない。

 というか、やっぱり意味が分からない。

「誰が放棄したと? 私はこうしてあなたと決闘するためここに立っていますが」

「……何だと?」

「ですから、私は決闘を拒否してなんかいません。早く始めましょう。帰りにお使いを頼まれてるんです」

 騎士は、目と口をこれ以上ないくらい開いた。

 すごくアホっぽい。


「お前は何を言っている?! なぜ俺が女児と決闘せねばならんのだ?!」

「あなたこそ何を言ってるんです? あなたが決闘を申し込んだから、私はここに居るんですよ?」

「……まさかあの男、己の娘を決闘の代理人にしたのか?! なんたる非道! まだ子供と言って差し支えのない年頃の、しかも娘を闘いの場に差し向けるとは! 地獄の悪鬼もここまで無情ではあるまい!!」


 父さんが、ぼろくそに言われています。

 どうしますか?

1、闘う。

2、叩きのめす。

3、謝罪させる。

 ふふふ、そんなの決まってる。

 1から2を経て3に至らせてやる!

 その鼻っ柱、へし折ってくれるわ!



「では、始めましょう」

 十歩ほど後退し、眼前の騎士から間合いを取ると、私は腰の左右に下げた2本の短剣を抜いた。

 しかし騎士はぐだぐだ言うばかりで、自分の剣に手を伸ばそうともしない。

「俺は騎士だ。女子供に向ける剣など持ち合わせてはおらん!」

 だったら何で私に決闘を申し込んだのよ? このアホが!

 私はもうやる気まんまんなので、ここでやめるつもりはないんですよ。そっちがやる気なしなら、ぜひとも闘いたくなるように(あお)ってあげようじゃないか。


「御託は結構。つまり、自分から申し込んだ決闘を投げ出し私に背を向けて逃げるという事ですね? はっ、無様にも程がある」

「……何だと?!」

 鼻で(わら)ってみせた私に、騎士の目が(すが)められる。

 あれ、カチンときちゃいました?

「闘うべき相手を性別・年齢で選り好みするとは。とても騎士とは思えませんね」

「俺を愚弄するか!」

 よしよし、ノッてきた。直情型って扱いやすくていいですね!

「ああ、それとも負けた時のための言い訳ですか? 自分は子供と闘う気はなかったと事前に言っておけば、負けても本気ではなかったと言える、と。保身に回す頭はあるようですが、何とも情けない人ですね」

「貴様! いい加減にしろ!!」

 憤怒のあまり顔を真っ赤にしながら腰の得物を抜き放った騎士に、侮蔑の眼差しを向けてやる。

「へぇ、口で敵わないとみると剣を抜くんですね。女子供に向ける剣は無いと言った舌の根が乾かない内にそれですか。大した志をお持ちですね?」

 仕上げとばかりに、小首を傾げ冷笑してみせた。

「っの小娘が!この俺を口汚く嘲罵(ちょうば)した事、後悔させてやる!!」

 沸点を通り越したらしい騎士(沸点低いですね!)は剣を上段に振りかぶり、私へと真っ直ぐ向かってきた。



 では、始めますか。

「強化・結界・治癒」

 3つの術を発動し、突っ込んでくる騎士をさらりと(かわ)す。

「たかがパン屋の娘のくせに、魔術を使うのか」

「パン屋の娘だからこそです。剣のみで騎士に敵うとは思ってませんから」


 そう、これは当然。

 そもそも常識的な範囲の筋力しか持ち合わせていない私が、パワータイプの男の剣を真っ向から受けたら、受けた剣どころか腕がいかれてしまうだろう。“強化”の術で身体能力を倍にした所で、その結果にさして変わりはないはず。骨が砕けるか折れるかの違いだ。そして私は、そのどちらも嫌だ。

 ただ、強化した私のスピードに付いて来られる奴はいない。今のところは。

 空振りの後、すぐさま振り返り私を狙い繰り出される彼の剣を、ことごとく躱せているのがその証拠。


「逃げるだけでは勝負にならんぞ! 威勢がいいのは口だけだったようだな!」

「じゃあこれでどうです?」

 避けるついでに、右手の短剣で彼の脇腹を斬りつける。

「っ!!」

「ほら、動きが止まってますよ」

 痛みからか一瞬固まった彼の上腕を斬りつけ、先程切りつけた脇腹にも再度一撃。オマケでちょっと抉ってやった。

「っの!」

「はいはい、あなたの剣は当たりませんよー。遅いんですもん」

 強化の術は、体の全ての機能を向上させる。もちろん、動体視力も反射神経も。

 そんな訳で、彼の剣は私には届きません。……ぶっちゃけ強化の術を使わなくても避けきれた気がするけど。どうにも動きが単調だな、この人。



 というか、本当なら“水”の術で頭を包んじゃえば一発で終わるんだけどね。それだと彼の人生も終わっちゃうから、今日は魔術は補助としてしか使わないと決めてる。

 これは決闘だし、ボコるぐらいが丁度良いだろう。父さんの悪口言われたぐらいで息の根止めるってのは、さすがに行き過ぎだと思うから。まぁ代わりにへし折るけど。



 軽口を叩きつつ、避けては斬り、避けては斬る。

 腕、腹、背中、腿、あちこちを思うがままにひたすら斬りつけていると、腕が疲れてきたのでいったん彼から距離を置く。

 最近稽古してないから、やっぱり鈍ってるなぁ。これは早いとこ何とかしないと。


 騎士は私が一筋縄ではいかないと理解したのか、剣を構え睨みつけてはくるものの、動き出そうとしない。

 このまま睨み合いが続くのかなー、いや、強化の術は長時間は()たない(術自体の持続性では無く、私の体がもたない)から、早めに終わらせないと。

 そう考え私が動こうとすると、騎士がそれを制するように話しかけてきた。

「……なぜだ」

 主語が抜けてるから、何を言いたいのか分からない。

「何がですか?」

「あれだけ斬られたのに血も出ていない。斬られた傷すらない。これはどういう事だ!」


 ま、気付きますよね。

 そう。あれだけ斬ったもかかわらず、彼はどの角度から見ても無傷そのもの。代わりに衣服はズタズタだが。

 というのも……すいません、私、性格悪いんですよ。

 最初に発動させた術のうち、治癒の術は私自身にかけた訳じゃない。私が使用している2本の短剣にかけたのだ。この剣で斬られると、それと同時にその傷が癒えるようにしてある。相手は斬られても斬られても、傷はおろか血も出ないという寸法だ。


 でも、痛みはある。普通に斬られた痛みがある。

 つまりこれは、相手を痛め付けるためだけの術。


 何度でも同じ場所を斬りつける事ができて、無限に痛みを与えられるという、嫌ぁな術だ。

 傷は出来無いし、出血も無いから身体的には何らダメージは与えられないけど、がっつり心は折れる。むしろ心だけを折る。へし折る。

 考えたのは当然私。うん、我ながら非道だわー。でもま、命を落とすよりマシだよね? ちなみに参考書は呪術の本。ようやく役に立ったよ!


「だって、観覧してくれてる麗しのご婦人方やお嬢様方に、血を見せる訳にはいかないですから」

 当然の配慮でしょう? と見物人の方へ微笑んでみせると、お嬢さん方から黄色い声が上がった。よしよし、リップサービス成功。

 じーちゃんズから、「生温い!血祭りに上げるべきだー!」という励ましのお言葉が投げかけられたが、聞こえなかった事にしよう。


「どこまでもふざけた娘だ!」

 余裕を露わにする私の言動に、またしても沸点に至ったのか、騎士が全力で突っ込んで来る。

 というか、何で毎回まっすぐ突っ込んで来るんですかね、この人。前世はイノシシだったのかな。動きが単純過ぎて、すごく避け易いんだけど。


「ちょこまかとっ……避けるなっ!」

「無茶言わないで下さい」

 避けなきゃ私がミンチの危機。

「あなたも魔法を使ったらいいじゃないですか」

 結界張ってるんで、効きませんけどね。

「俺は騎士だ! そんなものには頼らん!!」

 おっと、結界張った意味なかった。

「騎士として剣を振るう事に誇りを覚えてるタイプなんですね」

「当然だろう!」

 じゃあここはフェアに……とは思わないよ。だって私は非力な女子!

 そろそろ終わらせよう。キャベツ買って帰らないといけないし。

 さあ、私の素敵な術を喰らってくださいな!



「花!」



 澄んだ青空へ響き渡った私の声に応え、仕込んでおいた陣が発動し、あちこちの地面から色とりどりの花々が生えてくる。

「まぁ、綺麗……!」

「こんな術もあるのね、素敵だわ……!」

 うっとりと感銘を受けているらしい見物の女性たちに、ごめんね、あんまり平和な術じゃないんだ、と心の中で謝っておいた。

「目晦ましのつもりか? 小賢しいっ!」

 花を蹴散らしつつ剣を振るう彼を、右手に持った短剣ですっと示し。

「捕まえて」

 私がそう言うと、花々は一斉にその茎を伸ばし彼に襲い掛かった。


「なっ……!?」

 まるで意志を持つかのように己に向かってくる花々――実際意志を持ってるんだけどね――に顔色を無くした騎士は、その花々に捕まるまいと縦横無尽に剣を振り回す。

 斬られた花は消えていくが、後から後から地面から生えて(というより湧いて出て)くる花に、もはや多勢に無勢。

 まず足首に絡みつかれ、徐々にくるぶし、膝、腿……と、上へ上へ花々が(まと)わりつく。


「く、そ! 何だこれはっ!!」

 品種は様々だけど、こっそり薔薇も混ざってるので、所々チクチクと痛むだろうけどそれはご愛嬌。刺さった棘から若干血を吸われるだろうけど、それもご愛嬌。

 しょうがないんだよね。その花たちを召喚・使役する対価は“血”だから。ほんのちょっとの量だから、我慢しておくれ。


「このっ……卑怯な……っ!」

「は? 何言ってんですか。何でもアリだと言ったのは、あなたでしょう?」

 顔を歪めこちらを非難する騎士へ、純然たる事実を突き付ける。

「このような手段で勝ちを手にしたとて、貴様は誇れるのか?!」

 身動きもままならない状況に陥ってるってのに、元気な人だな。

「誇れますよ? だって……勝てば官軍でしょう?」

 そうにっこりと笑ったタイミングで花が彼の口を塞いだので、彼がどんな返答をしようとしてたのかは不明だけど、まぁ別に何でも良いや。

「止まって」

 私の声に応え、花々がその動きをピタリと止める。

 鼻まで塞いじゃうと息ができなくなるからね。口を塞ぐまで待ったのは、黙っててほしいから。


「さて……いいざまですね。小娘と舐めていた相手に手も足も出せなくなったご感想は?」

 花のオブジェと化した騎士に歩み寄り小馬鹿にしてみせるが、返答はない。

 だって口塞がってるからね! 何も言えないよね!

「そういえば、決闘ってどうなったら終わりなんですか? どちらかが負けを認めたら? それとも……」

意味ありげに間を空け。



「どちらかが、死ぬまで、続けるの?」



 そう訊ね彼の目を覗き込むと、その空色の瞳が動揺で揺れた。

 ちなみに彼は首も花でガッチガチに固まってるので、頷いて肯定する事も、逆に(かぶり)を振って否定する事もできない。


「……そうですか、負けを認めてはもらえないんですね。残念です」

 間近で聞いている人が居たら、何が『そうですか』なんだ!と怒られそうだ。

 現にオブジェな騎士も、目で必死に何かを訴えかけてくる。

 だが私はエスパーではないので、何ひとつ伝わってこない。はい残念。


「そろそろ終わりにしましょう」

 溜息とともに、彼の首に――もちろん花は避け、きちんと肌に――短剣をそっと押し当てる。

 この短剣はまだ治癒の術が発動したままの状態なので、これで首を掻っ切った所で何も終わらないんだけどね。最大限に嫌がらせを込めたパフォーマンスですよ。せいぜい怖がれ。

 そんな事は知る由もない彼は、こーろーさーれーるー!という心の悲鳴が聞こえてきそうな目で私を凝視していた。

 あれ、目から伝わってきちゃったわ。ひょっとして私、エスパーの素質ありですか?


「では、さようなら?」


 エスパー云々はひとまず置いておき、私は無邪気に微笑むと、押し当てた短剣に力を込め―――


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