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まさかの申し込み

今回短いです。


「ほら父さん、ここ。この板が少し浮いてて、引っ掛かると危ないと思う」

「ああ本当だ。こっちの釘がゆるくなってるんだね。すぐに打ち付けてしまおう」

「うん、お願い」

「こんな些細な部分に気が付くなんて、さすが僕の娘。本当に賢くて可愛くて天使みた」

「シーデ様ぁ! 今日も来てしまいましたわ!」

「いらっしゃいませお嬢様」


 お店での仕事中、店内の床板が一部浮いている事に気が付き、父さんに直してくれるよう頼んだ。お客さんが蹴つまづいたりしたら危ないからね。

 私を褒め称えようとする父さんを取り残し、立ち上がり接客へと戻る。冷たくは無い。接客優先なのは当然の事だ。

 スルーされた父さんも気にせず床の修理を始める。このやり取りは最早ルーティンワークと化しているので、お互いに慣れたものだ。


「あれ、前髪を少し切られましたか?」

「え、あ、ほんの少し切っただけなのに……」

「愛らしいあなたの変化に気付かない訳がありません。よくお似合いですよ」

「シーデ様ったら……嬉しい……! 世の男共に爪の垢を煎じて飲ませて差し上げたいですわ」

 後半はよく聞こえなかったが、喜んでもらえたようで何よりだ。


 12歳も終盤に差し掛かった私は、一部のお嬢さん方から『シーデ様』と呼ばれるようになっていた。特に貴族のお嬢さん方から。

 何で様付けなのか聞いてみたところ、『ファンだからですわ!』とキラッキラの笑顔に乗せた意味不明な返答が。

 ファン? 誰の? 私の? 12歳女児のファンなの? それどういう事?

 そんな疑問が渦巻きはしたが、しかし可愛いお嬢さん方の笑顔にノックアウトされた私は、彼女たちをそっとしておくことにした。

 まぁ別に、何て呼ばれようが構わないしね。人の楽しみにケチを付ける事もあるまい。


 近寄って来たお嬢さんに笑顔で応対し、本日のオススメのパンをさり気なく(それでいて全力で)プッシュしていると。

 突然、店のドアが蹴倒さんばかりの勢いで開かれた。

 ちょっと、ドア壊す気?! 壊れたら修理か弁償させるからね?! と視線を飛ばすと、入店してきたのは、眩しいばかりの金髪を背中へ垂らした、険しい顔の男だった。その服装から騎士だと推察できる。前髪がパッツンな辺りに貴族の坊ちゃん臭さを感じるが、これは偏見かもしれない。

 しかし、騎士は力が有り余ってんのか? ドアはもっと大人しく開けなさいよ。


「貴様がシーデか」

 店内をぐるりと見回した男は、大股でこちらへと歩み寄ると、私の前で立ち止まり、憎々しげにそう吐いた。

 12歳の少女に貴様ってナニゴト?

 てゆうか、誰?

 どことなく見覚えがあるような気もするけど……。


「えぇと、どちらさまでしょうか?」

 黙っている私を怯えていると思ったのか、傍らでしゃがみ込んでいた父さんが私の前に出て聞き返してくれる。

 男の血相に若干引いてはいるようだが、愛娘を守ろうという心意気が素敵。さすが父さん。

「どなた、だと? 俺を知らないのか?」

 騎士に知り合いなんていないから、この言い方は有名人って事なんだろうか?もしくは自分を有名だと勘違いしちゃってる、痛いアホの可能性もあるけど。

「不勉強で申し訳ありません。その、どういったご用事でしょうか?」

 そう言った父さんに、男の目つきが更に剣呑になった。

 ちょっと騎士、私に用があるんでしょ。父さんを睨むのやめてよ。母さんに見られたら殺処分されるよ?


「早く用件を言っていただけますか? 他のお客様にご迷惑です」

「ふん、子供のくせに生意気な」

 父さんの後ろから声を上げると、馬鹿にしたように(わら)われる。

 その子供に用があるのはお前だろが! とっとと用件言えやゴラァ!! と言いたい気持ちを抑え、丁寧に対応する大人な私をとくと見よ!

「あのですね、率直に言いますと商売の邪魔です。用が無いなら出てって下さいませんか。こうしている間にも売れるはずのパンが買い手を逃している可能性があるんですよ」


 うん、丁寧になりきれなかった。

 言い方はともかく、内容が直球すぎたかもしれない。

「平民の子供は分を弁えないな。貴族に逆らうのか?」

「平民が貴族の方に(こうべ)を垂れるのは、その身分ゆえではありません。(とうと)い行いをなさる方だからこそ、私たちは貴び敬うんです。貴族であるというだけで貴ばれるべきというのは、思い上がり甚だしい。そして、現在進行形で平民の仕事を妨害しているあなたの、どこを貴べというんですか?」

 うん、ますます火に油を注いだ気がする。でも間違った事は言ってないし。

 父さんが小さな声で私を賛辞する言葉を呟いてるけど、多分今それどころじゃ無いと思うよ?


「なにっ?!」

「現に今もあなたが無駄に周囲を威圧なさっているせいで、せっかくウチのパンを買いに来て下さった美しいご婦人方から血の気が引いてしまっているではありませんか。愛でるべき花々を(おのの)かせるなど騎士、いいえ、人として(かんば)しくない行為ですよ。ついでに、横柄に振る舞う騎士が現れる怖い店などとウチの評判が下がったらどうしてくれるんです? 責任取って毎日ウチのパンを全部買い取ってもらえるんですか?」

 前半は女性客への人気取り、そして後半は本音です。

「はっ、さすがはこの男の娘。客を(たぶら)かす話術は父親仕込みか」

 何ですと?!

 父さんは母さん以外を誑かせられませんけど?!

「いわれのない中傷をする暇があるんでしたら、早く用を言って下さい」

「では」

 男は懐から一対の手袋を取り出すと、床に向かって叩き付け、吼えた。



「シーデ、貴様に決闘を申し込む!」



「何を仰るんです?!」

 父さんの声が驚きの余りひっくり返ってる。可愛い。

 いやそんな呑気な場合じゃなかった。

「貴様に拒否権などない! 我が同輩を苦しめた罪、その身で(あがな)え!」

 さっぱり身に覚えのない理由で決闘を申し込まれた。

 いやぁ、じーちゃんズが休みの日で命拾いしたね、この騎士。じゃなきゃ今頃フルボッコにされてるとこだよ? 我が家の武神の不在に、感謝しなさいね?


「同輩?! 何のお話ですか?!」

 父さんがこれ以上ないくらい混乱して、騎士を見て、私を見て、騎士を見て……のエンドレス状態。

 やばい、小動物感がはんぱない。世の父親はみんなこんな風におもしろ可愛いんだろうか。

「同輩の名はサイラス。この名を言えばすべてが分かっただろう!」

 残念ながら一個も分かりませんて。

 いやでも、サイラス?

 ……これは、ひょっとしたら好機かもしれない。


「理解できたならばとっととそれを拾え!」

 目で床の手袋を示す騎士は、どこまでも上から目線だ。

 ここまで喧嘩を売られたなら、買わない訳にはいかないよね! (たこ)()うたろやないけ! 身に覚えはまったく無いけどさ!

「では、日時・場所をどうぞ」

 さっと手袋を拾い上げ騎士に差し出す。

「何をしているんだい?!決闘だなん」

「ごめんね父さん、ちょっと黙ってて」

 こ、これが噂に聞く反抗期……! と衝撃を受けてる父さんは放っておこう。

 というか反抗期じゃないし。


「娘の方がよほど潔いな。明日の午前中、場所は城前の練兵場だ。遅れずに来い」

「方法は? 剣のみですか?」

「ふん、その細腕では打ち合いにもなるまい。魔法だろうが何だろうが好きに使え。何をしようが貴様程度に遅れはとらん!」

 私の手から手袋をひったくるように毟り取ると、父さんを睨みつけながら威勢のいい捨て台詞を吐いて、騎士は去っていった。



 おい、そこは私を見て言うべきじゃなかったのか?

 アレか、私の身長が足りなくて目線を合わせられなかったとか、そういう事?

 くそっ、誰か牛乳持ってこーい!

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