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絶望からの決意

 私が4歳になる少し前。

 店舗を改装する事になった。

 時代を感じさせる、古くて厳めしい店構えだったのを全面的にリニューアルし、「小奇麗で洒落た店に生まれ変わらせるのよ」とばーちゃんズが教えてくれた。

 それにはどうやら、私が「お手伝いがしたい」と言っていたのも一因であるらしく。

 いやだって、愛されて、満足いく食事と寝床があって、私がちょっと何かをすると「可愛い可愛い」と手放しで絶賛してくれる甘々家族に恩返しがしたかったのよ。タダ飯食らいというのも、大人の理性を装備した私には居心地が悪かったし。


 で。

「可愛い可愛い娘がお手伝いしてくれるんなら、お店も可愛くしなくちゃね♪」という母さんの意見が全員の賛同を受け、まさかの全面リニューアル突入。親(祖父母)馬鹿にも程がある。

 逆に迷惑をかけた気がしないでもない。いかほどの出費だったんだろう……。

 元々じーちゃんズが若い頃に建てた店だったので、あちこちガタがきていたという理由もあったと聞き、ちょっとほっとした。

 どうせ建て直すんなら設計させてくれ! と思ったのは内緒。言えませんよね、こんなこと。


 そうして改装された店舗は、私の4歳の誕生日にお披露目となった。

 街が茜色に染まる夕刻。

 目を瞑った私を父さんが抱き上げ、店の前に連れて行かれ、「さあ目を開けてごらん」との言葉に従うと。


 白と茶色のレンガを組み上げた、シンプルながらも可愛らしい店。


「どお? 可愛いでしょう?」と楽しそうな母さんに、何と返したのか覚えていない。

 頭の中で、混乱と、驚愕が、渦巻いていた。

 じっくり外観を眺め、そして店内へと案内され、またじっくりと眺めまわし。

 ここがこうで……という家族からの説明に、子供らしくキャッキャとはしゃいでみせ。しばらく後、「あたま痛い……」と弱々しげに呟けば、あっという間に家へ帰された。

 「はしゃぎすぎたのかねぇ。今日はもう寝てしまいなさいな」というばーちゃんの言葉に従い、大人しくベッドの中へ。

 明日のリニューアルオープンに備えて準備しなきゃ!と忙しそうな家族に、「ひとりでだいじょぶ。ちゃんと寝てるから」と宣言し、一人きりになり。


 静まり返った家の中、ようやく頭が落ち着いてくる。

 新しくなった店を見て、我ながら、よく叫びださなかったと思う。

 私は、あの店を知っている。

 実際に見たことがある訳じゃない。画面を通して見たことがあるだけだ。

 そう、画面を通して。


 ここは、この世界は、ゲームの中だ。


 ああ、だから日本語が通じるのか。

 ゲームの作り手が、作中の細かい部分(それこそ言語といった部分)まで作り込まなかったんじゃないかと推察できる。作り込まなかったのか、作り込んだ上でコレなのかは定かではないが。

 言語だけでなく、一日が24時間、三十日で一ヶ月、十二ヶ月で一年。おまけに四季という概念まであった。現代日本と酷似し過ぎているとは思っていたが、日本人の感性で作られたゲームだからなのか。


 ゲームのタイトルは忘れた。でも内容はそれなりに覚えている。前世の友人が、いつまでも彼氏をつくらない私を心配(余計なお世話すぎる)して貸してくれた、乙女ゲーム。

 あの店は、その乙女ゲームのヒロイン……がちょこちょこ通うパン屋だ。

 シーデというのは、そのパン屋の看板娘として登場していた。


 つまり私、超脇役。


 この時の私の絶望がお分かりいただけるだろうか。

 いや別に、脇役である事を嘆いているわけではない。

 脇役、良いじゃないですか。恋愛という、切った張ったの戦を繰り広げるヒロインや攻略対象を横目で見てニヤニヤしつつ、自分の人生を造り上げる。まことに結構。

 ゲーム上の攻略対象たちに深い愛着を抱いた試しもないし、そもそも二次元に入れ込むというタイプでもなかった。スチルやイベントをコンプリートするのに燃えるという、その作業感がたまらなく楽しいという、ただの作業好きプレイヤーだった。

 だから、脇役であるのは構わない。むしろヒロインでも同じ絶望を味わったと思う。


 だって、何でよりによってこのゲーム?!


 このゲームは酷かった。

 魔王が現れ、それを倒すべく異世界から召喚されたヒロイン。

 そして魔王討伐隊に選出された王子や騎士といったメンバーが、彼女の攻略対象。

 超・王道ファンタジーな道筋。そこに文句も不満もございません。

 では何が問題なのか。


 ヒロインが誰かとくっつかないと、倒し損ねた魔王によりもれなく世界が崩壊する。

 場合によっては、くっついても崩壊する。


 ねえ何これ。

 Love(ラブ) or Die(ダイ)って酷くないか。条件次第ではLove(ラブ) & Die(ダイ)。更に酷い。

 誰かとトゥルーエンドを迎えてくれれば良い。魔王を倒し、男と結ばれ、末永く幸せに、というありふれた終わり方。

 しかしトゥルーエンド以外は駄目だ。ハッピーエンドですら、この世界は滅ぶ。

 ヒロインとその攻略相手は、滅びゆくこの世界を尻目に、ヒロインの故郷である異世界に渡り幸せに暮らす、というのがハッピーエンド。ハッピーじゃないよ。この世界で暮らす人間にとっては大迷惑だよ。

 当然、ノーマルエンドでも滅ぶ。バッドエンドは言わずもがな。

 しかも全体としてのバッドエンドの他に、キャラ個別のバッドエンドが各人二通りはあった。多いキャラだと四通りぐらいあった。何そのバッドエンド祭り。


 大まかに計算して、ゲーム上、世界が滅ぶ確率は8割。

 何これ、世界を滅ぼすゲームなの?

 乙女ゲームじゃないの?

 誰得なの?

 滅びすぎじゃない?

 等、ネット上で「制作陣の意図が不明すぎる」と話題になっていた。激しく同意。

 バッドエンドが多く、またトゥルーエンドへの道のりがひとつも間違いを許されない(ひとつでも間違うとハッピーエンド行き)というそれなりの難易度だったため、私のように何度もくり返す作業感が好きなタイプにはウケていたけど。もちろんストーリーは別として。


 でもこれは、今のこの世界は、私にとっては現実なわけで。

 何度もくり返せるわけじゃない。

 この世界にいずれやって来るヒロインが誰のハートを狙うかは知らないが、もしトゥルー以外のエンドを迎えてしまった場合、待ち受けているのはこの世界の崩壊なわけで。

 つまり、私のあの優しい家族たちが死んでしまうという事で。


 それだけは、嫌だ。


 生まれ変わって、ようやく手に入れた温かい家庭。

 穏やかで、ちょっとズレたところが可愛い父さんと、天然でほんわかした、少女のように可愛い母さん。腕っぷしは強いみたいなのに、ばーちゃんズには頭の上がらない可愛いじーちゃんズと、ウチで一番強い、我が道を行く可愛いばーちゃんズ。あれ、全員可愛い。何だこの家族。

 それらが全てヒロインの男ゲット能力にかかってるなんて、たまったもんじゃない。


 ヒロインがこの世界に召喚されるのは、彼女が16歳のころ。

 ゲーム上で登場したシーデの年齢は、確かヒロインの1個上、17歳だったはず。

 現在私は4歳。

 つまり、魔王騒動が起こり崩壊へのカウントダウンが始まるのは、約13年後。


 それまでに、力をつけよう。魔王を討ち倒せるだけの力を。

 これは私の人生。だったら、自力で掴むしかない。

 目指せLove(ラブ) & Peace(ピース)! 家族の愛と家族の平和!


 新たな決意を胸に、私の4歳の誕生日の夜は更けていった。

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