彼氏面しないで!って言うべき?
森に来たのに、今度は熊には遭遇しなかった。残念。熊鍋美味しかったのに。
いつもの練習場所に行き、いつものように持って来た陣を試し、その途中で花守りが現れ「何故わたしを呼ばない」「やる事やってから遊びたい」というお決まりの会話を交わし、更に陣の試行を続ける。
二週間前の花守りのアドバイスを生かした結果、見事“花を召喚する術”は完成した。今回は“水爆”の時のような非常識な威力にはならなかったのでセーフだ。
召喚の術は対価を奪っていくとの事だったが、召喚出来た“花”たちはさほど大した対価は要求してこず一安心。しかし対価が必要な術を安易に使う気にはなれないので、何かあったら呼ぶね、とだけ約束してお帰りいただいた。
植物相手なのに意思疎通が図れた事に関しては、ファンタジーってすごいなぁとファンタジーパワーに責任を押し付けて気にするのをやめた。細かい事をいちいち気にしてたら、ファンタジーな世界では生きていけない。
召喚したものは正確には“植物”という括りでは無く“人外”というジャンルになるらしいけど……別にどっちでも良いや。花は花だ。
『召喚は光と闇だけでは成り立たず、召喚したいものの性質を見極め、その属性を先の二つに足すべし』という助言が脳裏にこびりついていたので、だったら光と闇に更に闇を足したらどうなるのか、という好奇心に負け試した結果……シュールなものを呼び出してしまった。好奇心は猫を殺すってのは言い得て妙だな、と実感。
呼び出した“彼ら”――彼? 彼女?――が提示した対価は“花”たちよりは重く、かといって“花”たちより出来る事が多い訳でも無く。“花”たちと同様に、誰かを縛ったり締め上げたりするぐらいしか活用方法が無さそうだったので、機会があればまたね、とだけ言ってお引き取りいただいた。
同程度の能力で対価が重いんなら、“花”で充分だと思うんだ。まぁ“彼ら”なら視覚的・精神的ダメージはかなり与えられるとは思うけど。召喚した私ですら「うわあぁぁ」って引いたし。
光+闇+闇でシュールな“彼ら”を召喚してしまったが、ならば光+闇+光ならどうなるのか……ああマズい、好奇心の扉が開きそう。自重って大事。
いっそドラゴンとか呼び出せたら格好良かったのになぁ。いや、対価がどのぐらいになるのか見当も付かないわ。怖いからやめとこう。私は自重の出来る子です!
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「其方の施した結界に干渉する者が居る」
そう花守りが言い出したのは、一通りの陣を試し満足し、彼に本日のおやつ――今日持って来たのは、無事商品化したイチゴジャムを使ったクッキー。ジャムの売れ行きは好調で、ジャム製造担当になった父さんが悲鳴を上げている――を勧め、自分も一緒にまったりとしていた時。
「結界に干渉? って、誰かが結界を壊そうとしてるって事?」
「打ち壊す気までは無さそうだが……結界内に侵入しようとしているようだ」
すいっと視線を流した彼につられ同じ方向を向いてはみたが、私には木しか見えない。
ここで術を試行する時は、この“シュラウトスさんがやらかしちゃった広場(私の命名だ)”より広範囲に亘って結界を張り巡らせているので、きっと私の目には見えない位置で結界をどうこうしようって人が居るんだろう。花守りには見えているようだが。さすが人外。
「えー、何でだろ。通行の邪魔になる位置に張ってる訳じゃ無いのにな」
「あれは……近頃この森をうろついている妙な人間だな」
「ん? 人間ぐらい、この森にはよく来るでしょ? 隣町へ行くのに通る人も多いだろうし」
「そういった類では無い。何かを探しているかのような、或いは探っているかのような」
視線を遠くへと固定したまま思案顔でそう告げる花守りに、こちらもちらっと考え、思い当たった可能性を上げてみる。
「私みたいに、薬草摘みに来てるんじゃなくて?」
「其方が薬草を摘んだ例はあるまい。的確に毒草のみを採ってゆくだろう」
貴様、なぜそれを知っている!
「わざとじゃ無いし!」
「……まだ諦めぬようだな。何処か遠くへ放り出してしまうか」
「それはマズいんじゃない? ちなみにどんな人?」
「ふむ、闇色の長い髪をした男だ。人間にしては魔力が高そうだが」
容姿の特徴を述べてはくれたが、それだけの情報で誰か判別出来る訳も無い。というか、黒髪長髪なんて、当てはまる人いっぱいいそう。
「……どうやら入り込むのは無理だと判断したようだな。貼り付いた様な無表情で結界を破壊しようとしている。矢張り遠くへ捨てて来るか」
「待った! ……それ多分知り合い」
“貼り付いたような無表情”というキーワードで、私の中の人物データベース(載っている人は多くない)から一致する人間が浮かんだ。
てゆうか、一人しか思い当たらん。
捨てて来ようと主張する花守りに待ったをかけ、様子を見てくると申し出た私は、花守りが指し示した方向へとさっさと歩き。
広場から抜け、木々の間を通り、茂みを掻き分けると、無表情で何事か――きっと結界を壊そうとしてるんだろう。魔法についてはサッパリなので、良く分からないが――を行っている男性が見えた。
防音も備わっている結界内から話しかけても外には聞こえないので、するっと結界を通り抜け声をかける。
「何してんですか、ボス」
溜め息混じりの問いかけになってしまったのは仕方が無いだろう。
何でこんな所にボスが居るんだ。そんで、何で私の結界を壊そうとしてんだ、この人は。
胡乱気な私に対し、「やはりここに居たか」と返すボスの顔に驚きの成分は含まれていない。どうやら私の出現は彼の中では予想通りだったようだ。
……って事は。
「え、まさかのストーキング?! 街の外まで追って来たの?!」
「違う。お前が居た場所を探していた」
だからそれをストーカーって言うんだよ! と叩き付けようと開いた口が途中で止まったのは、一か所引っ掛かる部分があったから。
「……“居る場所”じゃなくて、“居た場所”? なぜ過去形?」
「道場でお前の稽古の相手をした日、お前の周囲に高濃度の魔力の残滓が視えた」
私が現れた事で結界を壊す気は無くなったのか、こちらへと向き直り何やら語り出した。魔力とか言われても、私には理解出来ない事柄なんですけど。
「稽古の相手って、二週間前の事ですよね? 魔力の残滓? って何ですか?」
「お前が熊を狩ったと耳にし、それが熊では無く魔獣だったのかと考えたが。しかし正真正銘の熊だったと聞き、それではどこであの魔力が付着したのかと考えてな」
私の質問は見事にスルーし、そのまま語る事を止めてくれない。どうしたボス。いつになく多弁だなボス。
しかし私の話も聞いて欲しい。疑問が疑問のまま流されると、何を言われてるのかまったく理解出来無いよ。
「従って、原因を探るべくこの森に日参していた。そこへ普段は無い結界が張られているのに気付き、この中にお前が居て尚且つ原因もここにあるのではないのかと推察し、結界内に入ろうとしていた所へお前が現れた。それだけだ。理解出来たか」
「残念ながら出来ませんでした。熊? 問題は熊ですか?」
いつまで熊ネタを引っぱるんだと思いながら首を傾げると、じっとりと見つめられた。
ちょ、『馬鹿なのか』って目で伝えてくるのやめてもらえませんかね。地味に傷付く。
「ボスの言う事は難解なんですよ。もう少し噛み砕いて言ってください」
「……何を普通の子供みたいな事を言っている」
「私はいたって普通の子供ですが」
「熊を倒す子供を普通とは認めん」
「ん? やっぱり問題は熊なんですか?」
「何故会話を堂々巡りさせる?」
会話を重ねるほどに、ボスの目が細められ険が宿っていくが……私の疑問をスルーしたのはあなたじゃないか。説明してもらわなきゃ分からないよ。
「だからですね、魔力の残滓とか、付着とか、魔獣とか、ボスの言ってる事はいろいろと意味不明なんですよ」
「……一から話さなくてはならんのか」
面倒臭そうな様子を隠しもせず説明してくれたボスによると、二週間前の稽古の際、私の周囲に魔力が漂っていたそうだ。それも、非常に濃い魔力が。
もしや私に後天的に魔力が芽生えたのではないかと心配し、頭を撫でるふりをして魔力を測ってみた(無断でね!)が、やはり私に魔力は無かった。
ちなみに心配とは、急に魔力が芽生えていた場合、私の体に負担が……とかではなく、モルモットとしての価値が無くなるではないかという心配だったそうだ。この揺るぎなき外道っぷりに爽快感すら覚える。
話を戻して。
それならば前日に狩ったという熊がただの熊では無く魔獣(簡単に言うと魔力を持ちすぎた獣の総称)で、それを仕留める際に付着したのかと考えたが、目撃者の門番さんたちが熊だと断言したためその可能性も消えた。
それらを踏まえると、私の周囲に漂う魔力は、どこかの誰かが私の傍で強力な魔法を使った、もしくは私に何らかの魔法をかけた痕跡であると考えられたらしく。
「つまり、心配してくれたって事ですか?」
魔法をかけられた可能性のある私の身を案じてくれたのか。ボスにも人の心があったんだなぁ。
……なんて、そんな心温まる話じゃ無かった。全然無かった。
「お前に私の知らん魔力が纏わり付いているというのが極めて不快だった」
剣呑な光を放つ瞳でこちらを見据え、更に「今も件の魔力を纏わせているだろう。非常に不愉快だ。二度とその魔力の主に会わんと約束しろ」と重ねてくる。
いや……うん。
知らないよ。
魔力なんて私には視えないから、どこで付着したのか分かんないし。
というか、なぜこの人は私に指図してくるんだろう。
しかも言い分が束縛系彼氏みたいなんだが。どういう事だ。
「ボスは、なにゆえ私を束縛しようとするんでしょうか。私があなたの言葉に従う道理は無いと思うんですが」
「私のモルモットに私以外の魔力が付着しているのが愉快な訳は無かろう」
「まずその前提が間違ってるから! 私、モルモットじゃ無いから!」
いずれ自分のモルモットになるのだから同じ事だと主張するボスと、そんな未来は来ないと主張する私とでは嚙み合わないのは当たり前で、その後しばらく口論が続いた。
口論というか、お互い自分の主張を言い合ってただけだから、口論にすらなってなかったかもしれない。完全に交わる事の無い平行線だった。何て無駄な時間。
ボスが淡々と、そして私はぎゃーぎゃーと。
そんな賑やかな口論に終止符が打たれたのは、いささか唐突に別の声が加わったからだった。
長くなったので適当な所で切りました。
続きは明日アップ予定です。




