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熊と美形と私

 オルリア先生に弟子入りして早8ヶ月。

 無事11歳になりました。


 ……何だか10歳が長くて濃かった気がするけど、多分気のせい。

 「11歳になりました!」と報告した私に、先生と姉様は笑顔で「おめでとう」をくれたけど、兄様は違った。お祝いとして宝飾品――平たく言えば、本物の宝石が付いたアクセサリーを寄こそうとしてきたのだ。

 兄様は宝石店を営んでいるそうだが……11歳女児に宝飾品。

 貴族の子ならアリかもしれないが、平民にはアリエナイ。いくら妹分と認定してくれたからといって、所詮他人。他人である女児に誕生祝いとして宝石とか、マジで無い。ドン引きだよ。

 非常識(おバカ)な兄様には正座させた上で、懇々とお説教をかまさせてもらった。


「プレゼントは相手の身の丈に合ったものを選ぶ事も大切です」

「平民と貴族の感覚の違いを学んでください」

「過ぎた贈り物は重いし引く」

「世間一般の11歳女児になら流行りの菓子だとか勉強用のペンだとか、そういった物が妥当でしょう」


 『重い』『引く』という単語に若干涙目になった兄様だが、最終的には口を尖らせ「世間一般の11歳女児はそこまで冷静な判断しないだろ……」とぶつくさ呟いていたので、最上級の笑顔で正座中の膝の上に座って差し上げた。更に涙目になってたのはきっと嬉しかったからに違いない。いやあ、説教する側って楽しいね!



 オルリア先生に師事した事で、着々と魔術の腕がレベルアップしていっている私であるが……それが先生のおかげ、とは言い切りづらい。

 先生の使う魔術は、とにかく綺麗過ぎる。教科書通り、みたいな?

 もちろん魔術書に載ってない術も教えてくれるんだけど、何てゆうか書に載ってた術を真っ直ぐグレードアップさせた術というか、こう、歪みのないまとまった術というか。

 一番しっくりくるのは“素直”という言葉か。

 捩れの無い、高等ではあるけれど真正直な術。

 ……この位なら独学でやってても到達できただろうな、というのが正直な感想。絶対言わないけどね。良いの、美女に教わるって事に意義があるんだから。癒されるから。それに先生に関しては()()()()()()()()があるから、この関係を崩すつもりは全く無い。

 そもそも先生は伯爵家のお嬢様だし、そんな先生に魔術を教えたのは洗練された物腰の執事であるシュラウトスさんという話だし……あの人から教わったんなら、そりゃ素直な術になるわな、と納得した。甘味に対しては若干愛が暴走気味だけど、それ以外においては完璧な執事さんだし、師弟そろって綺麗な術しか知らないんだろうな、と。


 しかしそれは私の思い違いだったとすぐに判明した。

 先生は兄様の商売を手伝う都合上、たびたび不在の時がある。

 そんな時はシュラウトスさんが代わりに教えてくれる(だから執事の仕事は良いのか?)のだが……はっきり言って、先生の術とは方向性が違う。

 術自体は普通なんだけど、その応用方法というか、使い方が“非道”。

 そう、非道なんだよ。息の根止めるような術の使い方ばっかり教え込もうとしてくるんだよ。子供に何させようとしてんだ、あの人。

 先生はあんなに真っ直ぐな術しか知らないのに、その師匠であるはずのシュラウトスさんがなぜ?と思い訊ねたら、「仕える家のお嬢様に危険な術を教える訳にはまいりませんので」と微笑みと共に返された。

 いやいや、それってつまり、『無関係な平民の娘になら危険でも良いから教えちゃえ!』って意味だよね? 正直過ぎない?! 「無情な術も躊躇せず使えるような、そんな後継者を探していたのですよ」とか、あんま嬉しくないんですけど?!

 そう思いつつも、自身のレベルアップには清濁併せ呑む事も必要だと分かっていたため、素直に教えを享受した。お綺麗な術はオルリア先生から教わり、危険且つ非道な術はシュラウトスさんから教わる。この隙の無いフォーメーションのおかげで、着実に私の腕は上がった。


 そして『相反する属性は混ぜちゃ駄目? ああ、オルリア先生宅と図書館以外で試すんなら良いんだよね?』という私の思惑は、やはりシュラウトスさんにはお見通しだったらしく……けしからんもっとやれ! 的なお言葉をいただいた上、秘密の練習場所まで教えてもらった。あの人は清濁併せ呑み過ぎだと思うの。



 教えてもらったのは街から出てしばらく行った所にある森の中で、まさしく秘密の練習にはもってこいの場所だった。一度行って以来、2週間に1回のペースで行ってる。

 代わりに図書館に行く回数がまた減ったので、ボスが不機嫌になって道場で異様に絡んでくるのが困りもの。べ、別にボスのために図書館に通ってるんじゃないんだからねっ! というツンデレ論法をお見舞いしてやりたい。……駄目だ、ツンデレ論法だと実際は反対の意味って事になっちゃうよな。難しいなツンデレは。

 そもそも図書館で読むべき本は読破したので、もう少し行く回数を減らしても良いぐらいなんだけど……それをやると本気でボスに攫われそうな気がするので、ちょっと様子見中。

 誘拐ダメ、絶対。



******



「おうシーデ、また森か?」

「そうでーす」

「今日こそは薬草を採ってこいよ? 毒草はやめろよ?」

「意図的に採ってきてる訳じゃ無いですよ!」

 街から出る門で、門番のおっさんと軽口を叩き合う。

 森へ通い始めて既に半年以上が経過しているので、門番さんたちとも顔見知り程度にはなれた。ほぼおっさんだが。

 森に行く理由として“薬草採取”というのをでっち上げ、毎回帰り道で適当な草をわさわさと引っこ抜いて帰って来るのだが……なぜか採ってきたものがすべて毒草という奇跡が起きている。新種を発見したのでとても褒められた上に報奨金を貰った。毒草だけど。


 ちなみに街から出るのは住民なら簡単。門番に外に出る理由を告げ、謎の板に手を乗せ許可を貰う。これだけ。

 謎の板は……何なんだろうね。犯罪歴とかが見えるとか、そういうファンタジックにプライバシーを侵害する板なのかな? 大して興味も無いので謎のままにしておいた。

「そういや最近、森で熊っぽいのを見かけたって情報があったからな。メインの道さえ逸れなきゃまず大丈夫だと思うが、気を付けろよ」

「はーい、行ってきまーす」

 門番のおっさんに手を振りつつ、森へ向けて出発。

 何かさりげなく死亡フラグを建てられたような……いや、気のせいだよね?



******



 そうしてやって来た森で、あっさりとメインの道を外れ、茂みを掻き分け木々の間を進むと……熊が出た。


 うん。

 あのさ?

 はえーよ死亡フラグ!

 ついさっき建ったばっかだよ! 即時対応し過ぎだこんにゃろー!

 いや待て、友好的な森の熊さんという可能性が……ああ、ヨダレ垂れてますね、私エサに見えてますかそうですか。


 流れる涎を隠しもせず唸る熊は、確実に私を獲物に定めたようで、咆哮と共にこちらへと突っ込んで来る。

 だったら遠慮しないさ。

「水」

 不敵に吠える熊に対し、不敵な笑みをお返ししつつ、即座に水の術を発動。常に各種の陣を取り揃え携帯している私に死角は無いのよ。

 発生した熊の頭程度の大きさの水球を「それ行け」と熊めがけて発射すると、それは熊の頭を包み込んだ。

 ―――グボ、グボゴポォォ

 一瞬にしてパニックに陥った熊は、必死に顔にへばりついた水の球を引き剥がそうとするが……いやぁ、そりゃ無理だ。だって水だし。どれだけ前足で剥がそうとしたところで、ざぱんざぱんと夏場のプールみたいな涼し気な音が響くだけだよ。あーかき氷食べたい。

 一応警戒して短剣を両手に構えておいたが、しばらくすると熊は地べたに敷物のように伸び、ぴくりとも動かなくなった。


 いやあ、見事な死亡フラグだったね。熊の。

 律儀にフラグを回収しに現れるからこんな事になるんだよ。

 私をエサ扱いしてくれた熊は、当然の報いとして私のエサになってもらうのがお似合いなので、血抜きを施し木に逆さ吊り(風の術でふわりとね。こんな重いの素手じゃ無理!)にした。今夜は熊鍋だ。


 結界の術をかけた熊は帰りに回収する事にして、当初の目的、魔術の練習場所へと向かう。

 しばらく茂みを掻き分け進むと、唐突に拓けた場所へと出た。

 広さ的にはオルリア先生宅の大広間と同程度か、少し小さいぐらいのスペース。

 木々に囲まれる中、ぽっかりと開いたその空間は、まるで誰かが強制的に更地にしたかのようだ。土がむき出しの地面には、草の一本も生えていない。不毛の大地という言葉がこれほどしっくりくる場所もないだろう。


 てゆうか、若き日のシュラウトスさんがやらかしちゃった場所なんだけどね。

 いろいろな術を容赦なく試しまくった結果、この部分の地面(土?)がダメージを受け過ぎて何も生えてこなくなったらしい。何をどうやり過ぎたらこうなるんだ。危ない人だよ、ホント。まぁこの不毛の地のおかげで私も存分に術を試せるから、文句は言うまい。

 今日は試したい陣を100枚ほど持って来ている(私の作成した陣は携帯性に優れた小サイズなので、数百枚程度は鞄に余裕で入る)ので、どんどんこなしていかないと日が暮れちゃうから、さっさと結界を張って試行してみよう。


 鞄の中から陣の束を取り出し、順繰りに発動させていく。

 失敗にせよ成功にせよ、その結果はひとつひとつきちんとメモを取る。だって忘れちゃうし。

 このメモを参考に甘い部分を直したり、威力を上げたり、他の術に応用出来るか考えたりと、やらなきゃいけないことは膨大だ。術を試す時間よりも机に向き合う時間の方が明らかに長い。魔術ってデスクワークだよなぁ。前世の仕事と酷似し過ぎてるよ。道理で向いてる訳だ。


「うーん、“花”が成功しない……」

 今一番力を入れている術がすべて不発に終わり、思わず不満の声がもれた。

 “花”の術、それは地面から花を生やす術である。

 ……うん、ちょっと違うかな。正確には花を“召喚”する術。

 花を生やすだけなら、地面に種をばら蒔き、土と水の術で成長を促進させてやれば良い。でもそれだとただ花が生えるだけ。別に私は花見を所望してはいない。

 私がやりたいのは、召喚によって花を呼び出し、その花で自在に敵を縛ったり押さえ付けたり締め上げたり絞め殺……おっと、これ以上は乙女の秘密(トップシークレット)です。


 この世界に召喚という術は存在しない。

 存在しないというか、発見されていない。

 なぜなら召喚の術は、光と闇のミックスにより発生するものだからである。

 そうなんだよね、発見しちゃったんだよ。光×闇=召喚の図式を。相反する属性を混ぜると、大層強力な術になるらしかった。

 更に言うなら、火と水のミックスは既に成功させている。まだまだ突き詰めなくてはいけないが、現時点である程度の物に仕上がったのが、“水蒸気”と“水爆”の二つ。

 ……うん、後者が危険すぎる事は承知してる。でもこれは私のせいじゃ無い。()()()に教えられた通り作成し、試行し、ぎゃああ国が滅ぶ!と恐慌した。これは確実に人に――人間に教えて良い術じゃ無い。



「愛し子よ、()の森を訪れたのならばわたしを呼ぶよう言ってあるだろう」

「あ、ごめん、先に陣を試したくって。ちょっと待ってて」

 しんと静まり返った結界の中、ふいに背後から掛けられた声に振り返る事も無く応える。

 振り返らなくても誰だか分かる。そもそも結界を張ったこの場に侵入出来るのは、一人しかいない。

 声の主を放置し、試行した花の術の問題点をメモに書き起こしていると、残念ながら相手の方が私を放っておいてはくれなかった。

 背中から覆いかぶさるように抱き付かれ、耳元で冷えた、けれど艶を含んだ声が響く。


「わたしより魔術を優先すると?」

「やる事やってから遊びたいタイプなんだよ」

其方(そなた)は真面目過ぎるな。人の生など瞬きの間ではないか。好きに生きずして如何(どう)する」

「充分好きに生きてるよ。てゆうか、とりあえず放してくれない?」

 私の要望に応えあっさりと離れていくかに見えた手は、そのまま私の腕を捕え、強制的に振り向かされた。


 目の前には、森に相応しくない色彩を纏った青年が一人。

 緩やかに波打った、地につくほど長い白銀の髪と、鮮血のように赤い瞳。

 肌は透き通るように白く、何よりその(かんばせ)は神様の不公平さを集約したかのように人間離れした整い方をしている。整い過ぎていて、いっそ冷たさすら感じるほどだ。けれど私は、神様にその不公平さを異議申し立てするつもりは無い。


 だって彼、人間じゃ無いし。


 現在でこそ白皙(はくせき)の美青年という形容詞が当てはまる彼だが、初回遭遇時にはちょっと違った。

 具体的に言うと、美貌はそのままだが、全身の肌が明るい緑色をしていたのだ。どうやらそっちが本当の姿のようだが、最近は私に合わせてなのか白い肌にしている。私の『美形なのに緑! 惜しい!』という心の声が伝わってしまった訳では無いと信じたい。

 ファンタジーな世界とはいえ、肌の色は前世の西洋と大差無いこの世界。

 そこまで異なる肌の色、イコール人外――精霊と呼ばれる存在だと一目見た瞬間理解した。実際には精霊より遥か高位の存在だと後から聞いたが、私の理解の範疇外だったのでさらっと受け流しておいた。どっちにしろ人間とは違う種って事でオッケーだよね?

 ……そう、それなのに、彼と初めて遭遇した時、私の口から飛び出たのは、



「何という美形!!」



 ……これだった。

 初☆人外との邂逅だったというのに……我ながら残念極まりないが、『緑色?!』と叫ばなかっただけマシだと思おう。さすがにそれは失礼過ぎる。


 しかしその一言で彼は私を気に入ったらしく、二人の間に種族を超えた友情が芽生えた。

 ……うん、ちょっと見栄張ったわ。私は彼を友人だと思ってるけど……彼は私を愛玩動物だと思ってるようだ。要するにペット扱い。うーん……まぁモルモットよりはマシ、かなぁ? あれ、私の判断基準おかしくなってない? 大丈夫?

 何でも、魔力の高い人間は彼を目にした途端、彼が人には及びもつかない存在だと理解し平伏(ひれふ)し、大した魔力を持って無い人でも本能的に彼という存在の異質さ――と言うと失礼だが、人と異なるという点においてある意味正しい――を感じ取り畏怖するらしい。

 つまりは魔力が欠片も無い私だからこそ、彼の異質さを感じ取れず、彼に(おのの)いたり(あが)(たてまつ)ったりしなくてすむという……あれこれって暗に鈍いって言われてる訳じゃ無いよね? ディスられてる訳じゃ無いよね?


 まぁとにかく、彼はそんな毛色の変わった私をお気に召したらしいのだ。

 初回の遭遇時以来、私がこの森に来るたび姿を現すようになり、何だかんだと話したり持って来たおやつを分け与えてみたりしているうち、結構仲良くなった。背後から抱き付かれる程度には。

 別に森以外にも出現できるというか、ぶっちゃけ彼にこの世界上で行けない場所なんて無い(これぞチート!)みたいなのだが、他の人間の目にあんまり触れたくないようで、誰も来ないここへと現れるらしい。



「召喚の術が上手くゆかぬようだな。わたしの助力が必要か?」

「要らない。凄まじい術にされたら困るもん」

 至近距離で顔を覗き込んでくる青年に、うおお肌も綺麗だなこの野郎! という感想は飲み込み、無難な答えを返しておく。

「其方にならば、助言程度、幾らでも与えるぞ?」

 首を傾げて微笑まれたって、断固として拒否するよ?

 何てったって以前、似たようなパターンで助言を受けた結果、“水爆”なんて術が完成しちゃったんだからね。そんな簡単に人外の叡智を授けないでよ! 危うく魔王出現以前に国が滅ぶとこだったわ!

「要らないって。また国が滅ぶような術に仕上げられたらマジ泣きするよ?」

「其方はわたしに何も強請(ねだ)らぬな。愛しい其方の為ならば、出来ぬ事など無いというに」

 美形にとろりとした目で見つめられ視覚的ダメージは食らったが、世の女性をうっとりと魅了しそうな甘い台詞には欠片も心動かされない。

 だって今の言葉、正しくは『愛しい(ペットである)其方の為ならば、(飼い主として)出来ぬ事など無いというに』って意味だからね。はは、ときめかねー。

「そんな事無いよ? して欲しい事ならある」

「ふふ、其方の望みであれば全て叶えよう」

「じゃあね、これとこれ食べ比べて、どっちが美味しかったか教えて」

 鞄から紙袋に入れた熱々のスコーン(状態保存の術はマジで便利)と2種類のジャムを取り出し差し出すと、反射的に受け取った彼は目に見えて落胆した。

「……其方は些末な事しかわたしに乞うてくれぬ」

 微かな溜息と共に吐き出された言葉は切なげだが……いや、加減を知らないチートに頼めるのはジャムの味見がいいとこなんだよ。これなら国が滅ぶ心配はあるまい。

「重大な事だよ。ほらここに座って、そんで食べて感想聞かせて。ね、花守(はなも)り」

「愛し子の要望には逆らえぬな」

 地面にぺたりと座り、隣をぺしぺしと叩いて催促する私の姿が面白かったのか、笑みを零した彼もゆるりと地に座した。そうして紙袋からがさごそとスコーンを取り出す。あああ、人外美形が紙袋を漁る姿ってちょっとシュールだわ。でもまぁスコーンにして良かった。食パンは絶対にやめとこう。ジャムを塗った食パンに齧りつく美貌の青年なんて、見たく無い。


 ちなみに私は彼の名前は知らない。

 何やら人外には人外のルールがあるらしく、迂闊に名前を交わす事はしないそうだ。よって彼も私の名前は呼ばない。まぁ何かの偶然で彼の名前を知ったところで、許可を与えられないと呼べないらしいが。名前にロックがかかってんの? 超不思議。

 好きに呼んで良いとの事だったので、“花守り”と呼ばせてもらってる。彼からは花のような良い香りがするから。神がかった美貌とチートな能力を持ったフローラルな香り漂う系男子って……もう収拾つかないよね。何をもってして彼みたいな存在がこの世界に……ちょっと神様に説教したくなってきたわ。神様の電話番号ってどこで教えてもらえんの? あ、電話無いわ、この世界。


「ふむ、()のとろりとした果物の蜜は美味だ」

 神様へのクレーム方法を思案していると、スコーンとジャムを賞味し終わった花守りが感心したようにジャムの入っていた容器を眺めていた。

「ジャムって言うんだよ、それ。イチゴと林檎、どっちが美味しかった?」

「味も香りも甲乙付け難いが……此方(こちら)の色が好きだ」

「イチゴの方ね。確かに可愛い色だから、女性客には人気出そう。来週辺りから販売開始してもらおうかな」

 いかんせんこういう甘味は私には作れないので、作り方を教えた後は家族に丸投げするしかないのが辛いところだ。パンも菓子パン系の甘い物は作れないという……こんなんでパン屋継げるのかなぁ?

「『可愛い色』か。では其方はわたしの目も可愛いと思っているのか?」

「は? ……ああ、確かにイチゴジャムと同じ色だね。でも花守りの目は可愛いってより綺麗かな。澄んだ血の塊みたいで」

 ……あれ? これ褒め言葉か?

「ふふ、其方に讃えられると面映ゆいな。わたしも其方の一切の光を通さぬ黒々とした闇のような瞳を愛らしいと思うぞ」

 良かった、褒め言葉だと受け取られたようだ。

 しかし後半は褒め言葉なのか? 私、褒められた? 『愛らしい』が付いてたって事は、褒められたって事だよね? お互いに褒めるセンスが無かったみたいだなぁ。


「美味な甘味への礼に、先程の召喚の術のヒントを与えよう」

「あ、それは結構です」

「そう言うな。わたしも加減を知らぬ訳では無い」

「嘘でしょ? “水爆”は酷かったよ?」

「あれは威力が強大な方が其方が喜ぶかと思ったのだ。其れにわたしが与えるのは微々たる切っ掛け程度に過ぎぬ。上手く調整し使える術に仕上げられるかは其方次第だ」

「最終的に丸投げじゃん!」

 喚く私を微笑ましいものを見る目で眺めた花守りは、そのまま聞きたくも無い助言を語り出した。

「召喚は光と闇だけでは成り立たぬ。召喚したいものの性質を見極め、そのふたつの属性に足してやらねば。其方は花を召喚したいのだろう? であるならば、光と闇の他に土を混ぜると良い。植物は等しく大地の恩恵を授かるもの。土の香りで花々を誘い出せるであろう」

「結局聞いちゃったし! そして誘い出すってナニ?! 召喚って『お願いしまーす出て来てー』って事じゃなくって、騙しておびき寄せる事なの?!」

「おびき寄せ一方的に使役するのが召喚というものだ」

「凄く人聞きの悪い術だね! 一気に罪悪感が湧いたよ!」

「案ずるな。召喚されたものは対価を奪ってゆく。ある意味対等であると言えよう」

 何か怖い単語が出た!

「対価?! 何を奪われるの?! 命?!」

「強力なものを召喚すればそういった事も有る。しかし其方の命でなくて良い。適当な人間をくれてやれば良かろう」

「ああなるほど……じゃ無い! それ駄目なやつ! さすがの私でも引く!」

 なぜ私の周りには人を人とも思わない系の奴が集まるんだ!

 類は友を呼ぶ? そんな言葉シリマセンヨ。


「其方は元気だな」

 ぎゃーぎゃーと叫ぶ私の頭をよしよしと撫でる彼の手つきは、完全に犬を撫でる飼い主のものだった。それもどちらかというと駄犬を宥める感じ。

「初回の召喚では対価を求められはせぬ。其の際に次回以降の対価を確認、及び交渉すれば良い。現在は召喚の術を使う者は居らぬ為、比較的手頃な対価で召喚に応じてくれよう」

「うわぁ、何その行き届いたサービス。召喚の術から商業的な匂いを感じるんだけど。裏でどっかの大商人が糸を引いてるの?」

 訝しがる私の質問に、彼は綺麗な笑顔を返すだけで答えてはくれなかった。大商人説が色濃くなったな。どうなってんだこの世界。



 「もっと其方で遊ばせろ(意訳)」と言う花守りの相手をしつつ、残りの陣を試しメモり、日暮れ前に何とか全部の陣を試行出来た。花守りからもらったアドバイスもちゃんとメモってしまった。き、聞いちゃったもんはしょうがないもんね! これをきちんと生かすべきだよね!


 名残惜し気な花守りと別れ、来た時と同じく茂みを掻き分け進み、ついでに見た事の無い薬草をわっしわっしと採取。

 行きに吊るした熊の元へと辿り着き、風の術でふわふわと浮かせて持って帰ろうかと考え―――。



******



「……シーデ。何がどうしてそうなった」

「熊を採ったけど重いので風の術で飛ばして、どうせ飛ばすんならとそれに乗っかって帰って来た次第です」

 空飛ぶ魔法の絨毯・熊バージョンを決行し、文字通り飛んで帰って来た私を迎えた門番のおっさんたちの顔は引きつっていた。確かに見た目はシュールだけどね。

「へぇ……シーデにとっちゃ薬草も熊も等しく『採る』って事か」

「まぁ大差無いですよね」

「んな訳ねーだろ!」

「この非常識娘!」

「大体“飛行”の魔法が使えるような子供が野放しとか! そんな魔力が高いんだったら、その歳なら魔法学園に行ってる筈だろ! 何で街に居るんだ!」

「魔法じゃ無くて魔術なので、学園に通う必要はありません。理解したなら通してください。おうち帰りたい」

 ぎゃーすか喚くおっさんたちに、はよ通せと促す。熊に乗ったままだが。

「熊に乗っかって飛んでる子供を街に放つってどーなんだコレ」

「苦情出るんじゃねえか?」

「生きてる熊じゃ無いし、問題無いですよ。早く通してください。この熊を夕飯に間に合わせたい」

「食う気まんまんか!」

「じゃなきゃ持って帰って来ませんって、こんなお荷物」

「あーもー分かった。分かったから、熊から降りろ。そんであそこの荷車と人手を貸してやるから、熊を飛ばせるのもやめろ」

「いえ、そんなお手数をお掛けする訳には」

「いいから甘んじて受け入れろ! 街中で熊を飛ばせようとすんじゃねえ! 迷惑だ! 視覚の暴力だ!」

 頭を振り諦めたように提案してくるおっさんに丁重にお断りをしようとしたが、食い気味に怒られた。解せぬ。

「えーとでも、何人もお借りする訳にはいかないので、風の術で重さを軽減させるのは良いですよね? それなら二人ぐらいで荷車引けると思いますし」

「まぁそれなら良い。その手に持った毒草もギルドに持ち込むんだろ? 一旦熊はここで預かっとくから、さっさと行ってこい」

 ファンタジーな世界のお決まり“冒険者ギルド”はここにもある。登録して無くても素材や薬草の買い取りはしてもらえるので、採ってきた薬草は毎回ギルドに持ち込んでいる。

 最近ギルドに行くとカウンター内から『毒草の申し子が来た!』と失礼な呼び名が聞こえてくるんだけど……殴るべき? 一発ガツンとかますべきかな?

「てゆうか既に毒草と断定?! 薬草ですってば!」

「……ハッ」

「鼻で嗤われた!」

「早く行ってこい。戻って来たらお前んちまで熊運んでやるから、な?」

「そして優しくされた! 何このツンデレ!」



 ギルドへと売り払いに行った結果、採ってきた草はやっぱり毒草だった。それも新種の。

 また報奨金を貰って懐が潤ったので、もう何も気にしない事にした。


 運んでもらった熊はじーちゃんズが大喜びで解体し、見事な熊鍋になりました。美味しかったです。

何だか長くなってしまいました。

各話、長さがまちまちで申し訳無いです。

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