結局理由は不明という
和やかなご家族紹介タイムのあと、伯爵様として、ではなく「商売人として予定が詰まっているから残念だけど出掛けるよまたね!」という兄様と、「貴族の奥様達とのお茶会があるからわたしの愛らしさをこれでもかというほど見せつけてくるわ!」という姉様をエントランスまでお見送りした。ちなみに姉様は最敬礼で見送っておいた。もはや尊敬しか出来ぬ。
その後はオルリア先生に家の中を案内してもらい、個人宅とは思えないほど広い書斎を見せてもらった時にはちょっと踊った。図書館に無い本が色々ある!
テンションの上がった私に、「わたくしが不在の時でも、好きな時に来て読んで良いのよ」と言ってくれた先生はマジで女神だと思いつつ、「では邸内見取り図を作成させてください」と願い出てしまったのは、図書館での『シーデのわくわく冒険譚』を思い出したから。
迷子怖いよ迷子。
慣れるまでは使用人に案内してもらいなさい、と邸内見取り図はあっさり却下され、最後に大広間へと通された。何に使う部屋なのか尋ねると、パーティーや夜会とのお返事。
シダッ○スのパーティールームしか知らない庶民には縁の無い世界だわ。この世界にシダッ○ス無いけど。親友たちが歌うヘヴィメタに合わせてヘドバンしまくり、頭くらくらさせていたのは良い思い出。
「この部屋も自由に使ってちょうだい」
あれ、ひょっとして前世から三半規管弱かったんじゃね? と考えていたら、先生がそんな事を言い出した。
え、大広間使うって何に? パーティーすんの? 私が?!
「ええと、私にこのでっかい部屋で何をしろと」
「ああ、そういえば説明がまだだったわね。この広間は、図書館で言う所の“練習部屋”と同様なの。部屋一面に陣が描いてあるから、ここで好きなだけ術を行使すると良いわ」
「練習部屋……と、同様? ここが?」
キョロキョロと部屋を見回し、首を捻る。
「……陣、描かれてませんよ?」
クラシカルな色合いの壁紙にも、シャンデリア輝く天井にも、ピカピカに磨かれた床にも、何の陣も無いんだよね。こんなとこで術をぶっ放したら、豪邸が塵芥と化すよ? いいの?
「ふふっ、一見そう見えるでしょう? 壁紙の裏、床板の下に陣が描いてあるのよ」
「では天井は?」
さすがに天井に陣を描いたあと何かを貼るのは難しくないのかな、と天井を指差すと、「それはね」とちょっと悪戯っ子っぽく笑って答えてくれた。
「天井には軽い幻視の術をかけてあるの。間近で見る訳ではないから、それで充分誤魔化せるわ」
「なるほど! 幻視の術にはそういった使い方もあるんですね。参考になります」
幻視の術は読んで字の如く、幻を視せる術だ。幻と言っても……まぁ、立体映像に近い、のかな? 近くで見ると若干透けてて背後の物が見えてしまう、という程度の術なので、壁や床には使わないんだろう。さしたる使い道も無さそうだと思ってたんだけど、こういう事に使えるのか。発想の転換って大事だなぁ。
「でも、図書館の練習部屋と同様って事は、3ヶ月に一度の割合で点検もしくは描き直しが必要ですよね? どうやってるんですか、これ?」
図書館の練習部屋(学校の教室程度の広さ)ですら、つきっきりで描いて3日かかるって言われてたのに。この大広間、それの比じゃない広さなんですけど。しかも、壁紙や床板を剥がして、描いて、更に貼り直して、ってするんだよね? 一大工事じゃないの、それ?
「そうなのよ! 問題はそこなの! 毎回、わたくしと使用人総出で描き直しているのだけれど、とても時間がかかるのよ! そして最終的に、誰かしらが泣き出すのよ!」
うん、私でも泣くわソレ。何でこんな広い部屋に描くんだ。他にも部屋はいっぱいあるのに。
ちなみに壁紙や床板に関しては業者が入っているとの事。良かった、そこまで使用人まかせだったらドン引きするとこだったわ。
「そこで、貴女が先日使っていた術よ! 一瞬で描いたり消したり出来るあの術! あれを教えて貰えれば、今後とても楽になるわ! メイドも泣かずに済むし、泣かせてしまった子にお詫びとしてあれやこれや貢物を渡さなくても良くなるのよ!」
「貢いでんのか……なんて残念なご令嬢……」
思わず素直な感想がポロリしたが、目をキラキラさせながら迫って来る先生は聞いていないようだった。
「お願いシーデ、あの術を教えて! わたくしを助けると思って!ね?」
私の手をはっしと掴み、縋るように訴えてくる先生は―――超可愛かったです!
美人だけど可愛かった。このおねだり上手め。悪女に騙される男の気持ちが理解出来たわー。こんなんされたらおじちゃん、何でも買ってあげちゃうよ。……誰がおじちゃんだ!
「えー、教えるのはやぶさかでは無いんですが、ひとつだけお願いが」
「何かしら?」
「私の副業を取らないで欲しいなー、と」
「副業? どういう事?」
「実は、図書館の魔術の陣のメンテナンス等を、今後私に一任してもらえる事になりまして」
以前ボスのモルモット勧誘を断った際の『お金には困ってません』発言も、これに起因している。
オルリア先生に弟子入りした翌日、図書館の館長さんがウチまでやって来た。
館長さんは、練習部屋の魔術の陣を修復したのが私で、尚且つその修復作業(作業か?あれ)が一瞬と言っていいほどの早業だったと館員のお兄さんから聞かされたらしく、今後の陣のメンテナンス及び描き直しを私にやって欲しいと依頼してきた。
そして提示された報酬金がとんでもない額だったので、「子供にこんな大金支払うなんて、さては詐欺だな?!」と叫んでしまった。……用心深いのって、良い事だよね?
館長さん曰く、「今までは複数の魔術師を同時に雇っていたので、この5倍程の額が必要だったのだよ。この額で済むのならば、こちらもコストカットになって助かるのだ。更にこれまでは数日間かけてやっていた作業を君が1日で終わらせてくれるのなら、こんなに喜ばしい事はない。是非とも引き受けて貰えないだろうか」という事だった。
「でもそれだと、今まで仕事をもらってた人たちが困るんじゃないんですか?」と聞いたところ、「魔術師というのは大体が貴族の道楽とも呼べるもので、彼らは一様に金銭的に不自由していない。むしろ小遣い稼ぎ兼暇つぶし程度の認識で、この依頼を彼らからシーデ君へとスライドしたところで、彼らは一切気にする事は無いのだよ」と言われた。
つまりは、私は定期的に陣のメンテをすればその都度大金が手に入る。向こうは今までよりも経費を削減できる上に、練習部屋を閉鎖する日数も減らせられる。誰も損しないよね! という大変オイシイ話が転がり込んで来たのだ。
いいのかな……10歳児がそんな大金手にするチャンスもらっちゃって、いいのかな……という葛藤は私の中のどこを探しても見当たらなかったので、即座に引き受けた。
儲けるチャンスを逃す気は毛頭ございません!
シーデ10歳、着実に商人の子として成長致しております!
「そういう事なのね。勿論貴女が受けた仕事を横から攫うような真似はしないし、貴女から教わった術を断りなく他人に伝える事もしないから安心してわたくしに早くあの術を教えてちょうだいさあ早く」
事情を語り終えた私に、先生は納得した表情で頷く――と見せかけ術を教えろと催促してきた。
意外と図々しいね! しかし嫌いじゃない。
「でも私に理論的な説明はできないので、何枚か描いて渡しますから、それを模写してもらう形でも良いですか?」
「ええ、それで充分よ。ありがとうシーデ。これで貢がなくて良くなるわ!」
晴れやかに笑っているが内容はちょっと情けない、というのは先生の尊厳のため黙っとこう。
見本用の陣をささっと描くと、室内に控えていた執事さん(私のアイコンタクトをスルーしてくれた人)が「描く手がとてもお早いですね」と感心してくれた。そうか、この人も大広間の描き直しを手伝わされてんだな。可哀想に。
「じゃあコレ、どうぞ」
「ありがとう。本当に助かったわ」
「ところで、私からも質問して良いですか?」
「ええ、何でも聞いてちょうだい」
「前に先生が言ってた“相反する属性は混ぜてはいけない”ってやつの理由を教えて欲しいんです。本には書かれてなかったので」
まだそれ言ってんの?って?
そうだよ、だってボス、結局教えてくれなかったんだもん! 魔力測らせてやったのに!
「危険だからよ」
「……え、それだけですか?」
「それだけって、重要な事でしょう?」
「それはそうなんですけど、具体的に危険な理由とか、そういうのは?」
「……危険だからよ」
それ聞くの二度目なんですけど。
「ええええ?! もしかして、理由知らないんですか?!」
「それは……わたくしも危険だからと教わって……ねぇシュラウトス、そうよね?」
先生が僅かに泳ぐ視線を送った先に居たのは、アイコンタクトスルー(くどい?)の執事さん。どうやら名前はシュラウトスさんというようだ。よし、覚えたよ。最初に彼の名前も紹介されたはずだが、既に忘れかけていたというのは内緒。
彼は先生の言葉に深く頷き、こう続けた。
「はい、危険だからでございます」
まさかの三度目!
理由無しで危険とか言われても従い辛いな。むしろ従う気がおきないな。じゃあ従わなくて良いんじゃないのかな?
「ホラ私、やれば出来る子だし。為せば成るって言うし。いろいろ試してみてどうしても成功しなかったら諦めるって方向で良くない?」
「……シーデ、口に出ているわ。ダダモレよ。師として、貴女が危険な行為に及ぶのを見過ごすつもりは無いわ。駄目と言われた事はやらないと約束なさい」
しまった。脳内で呟いてたつもりが、後半口に出てた。
そのせいで先生にお説教モードが降臨している。どうも転生して以来、お説教される事が多い気がするんだけど、何でだろう。見た目は子供、頭脳は大人なはずなのに。
「うーん、約束するんなら、禁止になってる理由を知りたいですね」
「何故理由に拘るの? 危険だというだけでは理由にならないのかしら?」
「例えば、お酒は成人するまで駄目って言われても、理由が明確でなければ呑んじゃうでしょう? でも、成人前の未発達な体にアルコールは発育の妨げになる有害さがあるとか、一人酒盛りした挙句寝過ごした上に階段から落下する危険性があるとか言われれば納得出来ますよね?」
「後半がやけに具体的ね。そしてそれは成人前とか後とか関係無い例ではないかしら?」
そう言われるとそうだ。てゆうか後半は私の前世終了の理由だった!
「あは、えっと、そんな訳で、理由も無く禁止と言われるのはちょっと……」
「それでもわたくしは、貴女の師となった者として、危険な行為を看過する訳にはいかないのよ。そもそも貴女、その危険だという術を安易に試したせいで部屋をひとつ破壊した事を忘れたの?」
あ、忘れてた。そう言われるとそうだった。
そんな私の胸中に気付いたのか、先生は軽く溜息を吐いた。
「とにかく、部屋を壊すような危険な術の行使を認める訳にはいかないわ。この家でも図書館でもやっては駄目よ。分かった?」
「はい、分かりました」
この家でも図書館でも駄目ね。了解です。
つまりそれ以外の場所でなら良いという事ですね! 了解です!
確実に先生の意図するところとは違う結論を捻り出した私がこっくり頷いてみせると、先生は微妙な顔になった。
「素直に了承してくれたというのに、何故か寒気がしたわ。どうしてかしら」
先生、勘が良いですね。でももう言質取ったんで、自分の言い方が悪かったと諦めてください。まぁバレないようにやるつもりではあるけど。怒られたくないし。
執事シュラウトスさんがすべてを見抜いているような視線を送ってくるのが気になるが、今度は私が視線を逸らしておこう。さっきのお返しとして。
******
その後もいろいろと話していたら日が暮れかかってきたので、1ヶ月ぶりの美女に名残惜しさを覚えつつお暇した。これからは週1でお邪魔することになったから、毎週美女パワーを充電できるし、来週までの我慢我慢。何に使うパワーかは知らんが。
そうして機嫌よく帰路に就く私は知らなかった。
二度目の訪問の際、各人から質問攻めに合う事を。
******
シュラウトスとオルリアの会話
「お嬢様、先程シーデ様が描かれた陣を拝見させて頂けませんか?」
「やはり気になっていたのね。どうぞ」
「失礼致します…………ふむ、これは……」
「凄いでしょう?」
「……素晴らしい。あのように年端もいかぬ少女が」
「独学でこれですもの。書物からは得られない、欠けている部分の知識を補ってあげたら、どれだけ成長してくれるかしらね? 楽しみだわ」
「左様でございますな。些か末恐ろしいような気も致しますが……」
「あら、貴方がそれを言うの? 死神シュラウトス」
「現在は一介の執事でございますれば」
「ふふ。わたくしが不在の折は、貴方もシーデに教えてあげてちょうだい。わたくしの師を務めてくれた貴方なら、あの子にとって不足はないでしょう」
「承知致しました、お嬢様」




