先生のお宅拝見
この1ヶ月は、ストーカーとの闘いだった。
いや、闘っては無いけどね。精神的にね。屈するものか! という精神的な闘い。屈さないけど。絶対。
ストーカー野郎はまだマシだ。ちゃんと約束を守って、お店にしか出現しない。この分なら月イチの勧誘という約束も守ってくれるであろう。意外と律儀。
そしてやっぱり大量買いしてってくれるので、もはや金貨にしか見えない。いいよ、毟り取れるだけ毟り取ってやるから、覚悟しとけ。気分はすっかり貢がせる系女子。
問題はボス。
……そう、いつの間にか”ボス”と呼ぶ関係になってしまった(なりたくなかった)魔法師長さん。
彼は本当にじーちゃん師匠に再度弟子入りしてしまい、私が道場に通っている日に合わせて通って来るようになった。それだけでなく、私が図書館に居ると知らない間に接近してきているという……ほんまもんのストーカーやないか。引くわ。
もうね、道場は諦める。てか諦めた。いいのよ、どうせ道場に居る時間は、お兄ちゃんたちとの稽古に集中してるから。あんな人は無視しとけば良いから。空いた時間にモルモット勧誘してくるのをあしらっとけば良いから。何とかなる。
でも図書館は困る。勉強の妨げ過ぎ……あれ、デジャヴ。ヒューたちに邪魔されまくってた過去が蘇るわ。何だろ、図書館と私って相性悪いのかな。
私が道場に通うのは週に2日。図書館に行くのも週に2日。
つまり、週に4日、ボスと会う。
……え、なに、バカップルなの? 週4で会っちゃうとか、どんだけラブラブな関係なの? リア充なの? 爆発すべきなの?
そう思ってしまったのは、きっと私が疲れていたからだろう。
ボスが週4、ストーカー野郎が週1。一週間の内、5日間をストーカーとの対話にやつすとか……何とも斬新な苦行だね。このままいけば、悟りを啓いて輪廻から解脱できるのかな? これ使い方合ってる? うん? やっぱり私、疲れてるね?
いっそ闇から闇に葬ろうかとも思ったけど……魔法師長だからなぁ。この国にとっては必要な人なんだろうし。ボスを消したせいでこの国がよその国に攻め込まれた、とかなったら困るよねぇ。
え? 出来るのかって? 自分だけでは無理だけど、じーちゃんズと、あとはウチの最終兵器・母さんの協力を仰げば可能だと思う。……だって、メロン片手で砕けるんだよ? ボスの頭ぐらい余裕で握り潰せると……ああ、グロい想像しちゃった。
抹殺以外の方法で、何とか穏便に対処する方法を探さないと。私のメンタルゲージが削られる一方だ。せめて勉強ぐらいまともにしたい。……どんだけ勉強好きなんだ、私。
******
そんな疲れる1ヶ月を満喫するうち、オルリア先生が隣国から帰って来たとの情報がもたらされた。
待ってた! 待ってましたよ美女! 私の癒し!
一度(許可証を貰った時に一瞬会ったのを含めると二度だな)しか会った事の無い人を癒し扱いはどうかと自分でも思うが……それだけこの1ヶ月が酷かったんだよ。一刻も早く美女で癒されたい。
先生は帰って早々に、私の家へ手紙をくれた。内容を簡潔にまとめると、帰国したので良ければ明日にでも家へ来ないか?という事だった。
「お呼ばれ! 美女宅へお呼ばれ! イヤッホーィ!」
と手紙を手にくるくる回……るとまた「うっぷ」ってなる予感がしたので、今回はぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表現。手紙を届けてくれた先生んちのメイドさんが微笑ましそうに見守ってくれてました。あー、子供で良かった。
急いでお返事をしたためメイドさんに託し、更に来たお返事には(行ったり来たりさせてスマン、メイドさん)明日の昼、迎えの馬車を寄こしてくれると書いてあった。
場所教えてくれたら走って行くんだけどなぁ。まぁ初回ぐらいは好意に甘えちゃおうか。
あ、手土産どうしよう。オルリア先生はお貴族様だけど、庶民的なモノで大丈夫かな? あんまり位の高くない貴族だったと記憶してるけど……うーん、悩む。
******
翌日。
「おじゃまします!」
元気一杯、声を張り上げオルリア先生宅へと乗り込む私。
……そうでもしないと、入れなかったんだよ。
だってねぇ、何この豪邸。でかくね? ウチが何個入る? 部屋数どんだけ? 玄関……てかこれはもうエントランスだけど、このエントランスだけでひと家族住めるんじゃない? 下級貴族じゃなかったっけ? 私の記憶違い?
と、若干腰が引けてしまったから。
広々として花々が咲き誇ってたり謎の彫刻的なモノが立ち並んでたりする庭園と、どどんとおっ建つでっかい邸宅。
開いた扉の向こうには、ずらりと並ぶ使用人の方々……って、何で並んでんの?! 私を迎えるため?! ただの平民の子供なんですけど?! バリバリ普段着で来ちゃいましたけど?!
腰が引けるどころかそろそろ抜けそう、という平民の鏡のような反応を押し隠す私の前へ、立ち並ぶ使用人さんたちの向こう側からオルリア先生が現れた。
「シーデ、よく来てく」
「私の美女!!」
笑みを湛えた先生の歓迎の言葉を遮り、ついつい本能のまま口に出してしまった事は反省する。
だから、そんな冷たい目で見ないでください、先生。
使用人さんたちも、そんなに目を丸くしないでくださいよ。良いじゃないですか、今日私をウチまで迎えに来てくれたメイドさんなんて、下向いて肩震わせてますよ。ウケたみたいで何よりだ。
「先生のご無事の帰還を心よりお喜び申し上げますと共に、そのお美しいご尊顔を再び拝謁出来た事、恐悦至極に存じます。旅から戻られ、尚一層麗しさに磨きがか」
「待ってシーデ。『私の美女』発言からの差が激しすぎて、受け入れられないわ」
一応きちんとした挨拶をしようとしたら、今度は先生が私の言葉に待ったをかけた。
「先の発言がうっかり飛び出た本能で、後の発言が取り繕った本能です。取り繕わずに言うと『美女が帰って来たヤッホー! しかも更に美女になって帰って来たヒャッホー!』です」
あ、さっきのメイドさんが崩れ落ちた。床に拳を付け、全身を震わせている。堪えているようですが、笑い声がもれてますよ。超ウケたみたいだ。あの人とは仲良くなれそうな気がする。
「あ、それで、乗せて来てもらった馬車に手土産が乗ってますので、よろしかったら皆さんで召し上がってください。お口に合うかどうか分かりませんが」
エントランスの開いたままの扉から、外に停まった馬車を示してみせると、ようやくオルリア先生に笑顔が戻った。
「まぁ、わざわざそんな気遣い―――」
しかし、馬車へと目を向けた先生の笑顔は、再度固まってしまった。
「―――ちょっと待ってちょうだい。わたくしの目がおかしいのでなければ、馬車の床一面に紙袋が置かれているように見えるのだけれど」
「乗りきって良かったです。あ、床に置いてますけど、袋に入った上にその中身も個別に箱に入ってるので、不衛生では無いと思いますよ」
「……多すぎじゃないかしら?」
「不測の事態に備え、人数分プラス10個用意しました! 余ったら争奪戦を開催してくださいね!」
「貴女はわたくしの家で戦争を巻き起こす気なの? いえ、それは置いておくとして……ひょっとして、使用人の分も含まれているのかしら?」
「もちろんです」
今後出入りさせてもらう事になるお宅だからね。仲良くしてね、それが無理でもせめていじめないでね、という意味を込めて、使用人さんたちに賄賂攻撃するのは当然ですよ。
「そう、今回はありがたく頂いておくわね。でも今後はこんな風に気を遣わなくて良いのよ。貴女はわたくしの弟子で、もう身内も同然なのだから」
そう柔らかく微笑んだ先生は、私を使用人さんたちに紹介してくれた。
執事さんから始まり、一通りの方々を紹介してもらった私は、はは、覚えきれねぇ、という感想を顔に出さないように気を付けた。使用人が多いよ。こんだけでっかい邸宅だと必要なんだろうけどさ。まぁ追々覚えよう。
次いで、家族を紹介してくれるという先生に付き従い、客間らしき部屋へと通された。やっぱりここも広い。そして調度品が高そう。成金っぽいいかにもなモノじゃなく、重厚感のあるシックな色調のインテリアに、この邸宅の主の品の良さが伺い知れる。
そうして引き合わされたのは、先生のお兄さんとその奥さん――先生にとっては義姉に当たる人――だった。
先生のお父さんは既に息子に爵位を譲り、この街よりもっとゆったりした田舎でご夫婦そろって楽隠居を決め込んでいるとの事。そんな訳で現在は先生のお兄さんが伯爵様だそうだ。……あんまり低い位じゃなかった。そこそこの位だった。
男爵家のお嬢さんとかだったら、ウチの店にもお忍び(むしろ忍んで無い事もある。堂々としたもんだなぁと感心してる)で買い物に来たりしてくれてるんだけど、伯爵位より上は滅多に来ないんだよなぁ。……たまに来る辺りが問題?うん、この国、割とゆるいんだよね、その辺。
そんな訳でちょっぴり緊張してしまったが、「うちは祖父が商売に成功して、爵位が転がり込んで来ただけの成り上がだからな。俺も貴族ってより商売人として生きてるから、そんなに畏まらないでくれ」とお兄さんが笑ってくれたため、一瞬にして緊張はどっか行った。マジで一瞬だった。我ながら図太い。まぁ良いか。
お兄さんは髪も目も先生と同じ色彩で、知的さを内包する雰囲気といい、先生とそっくりだ。知的美形兄妹、超眼福。
一方お義姉さんは、ふわふわした長い栗色の髪とくりっとした瞳の、ちんまりしたとても可愛らしい人だった。癒し系キタ! 美女も好きだけど、ゆるふわガールも大好きです!
「可愛いお義姉さんですね!」
ついついもれた私の本音に、「まぁ」と両手を頬に当てたお義姉さんは、照れたように目を瞬かせると。
「そんな、可愛いだなんて……もっと褒めてくれて良いのよ?」
そう仰った。おお、どこにも恥じらいが無い。素敵。
「義姉上……」
力無く肩を落とす先生とは反対に、ならば褒めようではないか! と私のやる気ゲージは上昇した。
「ふわりとして、まるで妖精のように可憐ですね。とても人妻だとは思えない愛らしさと、それに反して上気した頬から漂うほのかな色香に」
「シーデ! 無理に褒め続けなくて良いのよ!」
リクエストにお応えしていたら、先生に遮られた。女性を褒めるのはもはや私の習慣に近いので、別段無理をしている訳では無いんだけど。
「んもう、正直な子ね! 気に入っちゃったわ。わたしの事は“姉様”と呼んで貰えるかしら?」
「はい姉様」
自分への褒め言葉を『正直』と称したお義姉さん―――ではなく姉様は、なかなか良い性格をしていらっしゃるようだ。本当に素敵。
「シーデ! 素直すぎるわ! 何もかも受け入れなくっても良いのよ?!」
「こんなにキュートな方を姉様って呼べるチャンスを逃しはしません」
「何て良い子なの! シーデちゃん、これからよろしくね。オルリアが不在の時でも、気軽に遊びに来てちょうだいね。貴女ならいつでも歓迎するわ!」
よし、先生宅のフリーパスゲット!
「だったら俺の事は兄様と呼んで貰えると」
「兄上!」
「はい兄様」
「だから受け入れなくて良いと言っているでしょう?! 兄上も、悪乗りするのは止して下さい!」
「いやだって、お前は成人してから『兄上』と呼ぶようになってしまっただろう? もうしばらく兄様と呼んで欲しかった、という俺の願望が叶うチャンス到来!」
まったくもって伯爵様らしくなく、且つ外見から漂う知的さを台無しにしてくれる発言がこれまた素敵なお兄さん―――もとい兄様だった。
アレだな、オルリア先生のツッコミ技術は兄様と姉様で鍛えられたんだな。知的兄妹なのにボケとツッコミの役割分担が完璧だとか、面白すぎる。
「チャンスをモノにするのは、商売人にとって大切な事ですよね」
「シーデ、君は実に話が分かる子だ! 俺の妹分と認めよう!」
「ありがとうございます!」
初めての先生宅訪問、ドキドキの大豪邸、尻込みする平民、という状況から、なぜか兄的な存在と姉的な存在が誕生した。兄的な存在がどんどん増えてくなぁ。あ、でも姉的な存在は初めてだ。
とりあえず、兄様と姉様が座るソファーの後ろで控えた執事さんの生温かい視線が現状を正確に表している気がする。
残念な伯爵夫妻ですね、と執事さんに視線で語ってみると、さっと目を逸らされたのはなぜだろう。……もしや、この残念な状況を私のせいだと思ってるんだろうか。ううむ、あながち否定できない。




