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なかよくなれるかな(遠い目)

 数分後、外へと消えたお兄ちゃんたちが戻って来た。

 ちなみに私はいい加減足がしびれたので、体育座りへと移行している。胡坐にしたら即座に怒られたので、懐かしの体育座り。子供の頃を思い出すわー。あ、今も子供だった。

 戻って来たストーカー野郎はヨレヨレしているが、なぜだかお兄ちゃんたちもヨレヨレしている。何があったんだ。


「シーデ、こんなのに5年も付きまとわれてよく平気だったな……」

「何なんだよコイツのしつこさは……」

「どう言っても堪えやしねえ……」

 どうやらお兄ちゃんたちは精神的にヨレヨレしているようだ。

 そりゃ、5年もストーキングを続けてる奴なんだよ? しつこいに決まってるじゃないの。


「お嬢ちゃん、それで、出禁解除の件なんだけど」

 ……もしもしお兄ちゃんたち? 一体外で何をしてきたの? 外に出る前と状況が変わってないんじゃない、コレ?

 そんな疑問を込めた目でお兄ちゃんたちを見つめると、私の視線から逃れるように目を逸らされた。

「いや、俺らも説得しようと努力したんだぞ?」

「シーデへのストーカー行為は今後慎むよう、ちゃんと言い聞かせたんだけどな?」

「店を出禁になったのも、いき過ぎたストーカー行為のせいなんだから、諦めろって言ったんだけどな?」

 俯きながらぼそぼそと言い訳じみた事を呟くお兄ちゃんたちの背中には、哀愁が漂って見える。

「何が何でも諦めないっつって、な……」

「地べたに寝転がって、駄々こねられてさ……」

「最終的に泣かれちまって……その……道行く奴の好奇の視線に堪えかねて……」

 うん、負けたんだね。完敗だね。

 というか、ストーカーがヨレヨレしてる原因はソレか。自分で地べたに寝転がったせいなのか。寝転がって駄々こねるって、いい歳こいた大人が何やってんだ。


「お嬢ちゃん、妥協案があるんだけど、乗らないかい?」

 衣服がヨレヨレしている他は、精神的にも肉体的にもノーダメージなストーカーが私へと微笑みかける。だから()っちゃえって言ったのに!

「……条件次第で考えます」

「出禁を解除してくれたら、お嬢ちゃんに対する店内でのモルモット勧誘行為は月に1回に留めるよ。どうかな?」

「それが妥協案ですか? 私に何のメリットもありませんね」

「大いなるメリットがあるよ! だって、出禁を解除してくれなかったら……」

「なかったら?」

「今まではお店に行くだけだったけど、今後はお店以外の場所に出没する事を約束しちゃうからね! 忙しい仕事の合間を縫って、日に三度はお嬢ちゃんの前に現れるよ? どこに居ても駆けつけるよ? それで良いのかな?」

 良くねーよ!!

「断固拒否します!」

「と言われても、僕はお嬢ちゃんのためにストーキング能力を磨きに磨いてきたからね! あれ、この方が本領が発揮できて良いんじゃないかなって気がしてきたんだけど」

「待って! それは気のせいです! 全然良くない! ちょっと魔法師長さん、傍観してないで止めてください! あなたの部下でしょ?!」

「そいつの言っている事は間違っていないだろう。何を止める必要がある」

 静かな目で私を眺める魔法師長さんは、本気で何が問題なのか分かっていないように見える。外道には人間の言葉や理論が通じないのか! どうしたら良いんだ!

「考えてみれば、お店に拘る必要なんて無かったんだね! いやでも、お嬢ちゃんの店のパンは美味しくってお気に入りなんだけどなぁ」

「でしょ?! ウチのパンは超美味しいでしょ?! ぜひお店に拘って!」

「拘ってって言われても、僕は出禁だし」

 ええい、背に腹は代えられん!

「解除する! 解除しますから! ぜひお店に来てください!」

 そう叫んだ瞬間、私の敗北が決定した。

 だって、四六時中ストーキングされるよりは、週一で店に出没するストーカーの方がまだマシなんだもん! 曲がり角でばったりストーカーと出会うとか、冗談じゃ無いわ!


「シーデ、ごめんな。俺らが何とかしてやりたかったんだけどな……」

「何つうか、太刀打ちできねぇわ、コイツには」

「ううん、良いの。私が甘かったの。今後は私、この人の事……しゃべる金貨だと思う事にするから!」

 体育座りのまま、高らかと告げた私に向けられたお兄ちゃんたちの目は、死んだ魚のようだった。

「金づるどころか、きっぱりと(カネ)扱い宣言」

「俺らの可愛い妹から清らかさが失われていく……」

 大丈夫です、とっくに清らかさとはサヨナラしてますから。汚れきった大人の心を標準装備してますから。問題無い。


「おい、お前らのせいで嬢ちゃんの心がささくれ立ってんじゃねえか。何とかしろ」

「何故私が?」

 私の汚れたオーラを感じ取ったらしきおっちゃんが苦々しく言うと、魔法師長さんはそれに不思議そうな目を返した。表情は変化しないけど、目は雄弁な人かもしれない。目は口程に物を言いってタイプかも。……観察してどうするんだ、私。

「そもそもお前が嬢ちゃんに火傷なんかさせたのが原因だろうが」

「あの火傷は私が治すつもりだった。治せば問題無かったのだろう。治す前に逃げたのはその娘だ。従って私に過失は無い」

 よし、紛うことなき外道だね。ちょっと殴りたくなってきたよ。

「先輩、そういう事じゃないっす。女の子に怪我させんの自体がダメダメなんすよ」

「私なら痕も残さず一瞬で完治させられる。何が問題だ」

「治したところで、痛みを負った事実が消える訳じゃないからです。こんな子供に痛い思いをさせるなんて、酷え話だと思いますよ、俺達は」

 そうそう、これが常識ある大人の意見だと思うのよ。

「……そうなんだよな。治ったとは言え、俺がシーデを斬った事に変わりは無いんだよな。俺はシーデにどう償ったら……」

 魔法師長さんを非難したお兄ちゃんは、自分が私を斬ったという事を思い出してしまい、再度落ち込みに入った。

 うわああ、見事なブーメラン現象が発生したね! めんどくさ!

「お兄ちゃん! お兄ちゃんは悪くないから! あれは不可抗力なの! 悪いのは急に出現した魔法師長さんだから! だからもう忘れて!」

「でも……」

 もう一回言おう。めんどくさ!

「じゃあ分かった。お兄ちゃん、抱っこして。それでチャラにしよう。ね?」

「シーデ……」

「ね、抱っこして、抱っこ」

 立ち上がりお兄ちゃんへと催促すると、お兄ちゃんは私を抱き上げ、目に見えて上機嫌になった。よし、これでもう落ち込む事は無かろう。これぞ抱っこセラピーの威力。代償は私の羞恥心だ。


「ふむ、抱き上げれば帳消しになるのか。ならば私も」

 抱っこされた私へと手を差し伸ばしてくる魔法師長さんだが、表情なく手を伸ばす彼は、良く言えば“誘拐に成功しなさそうな誘拐犯”に見える。悪く言うと“攫えないと分かった途端こちらの命を取りにかかってくる誘拐犯”に。どっちにしろ誘拐犯にしか見えない。

「……」

 その手を無言でペチッと叩き、拒絶の意を示した。

 そもそも私は好き好んで抱っこされている訳では無い。ただこの道場の人たちは、なぜか私を抱っこするのが好きなようだから、たまにそれを有効活用させてもらってるだけだ。決してマッチョに抱き上げられるのが楽しいという訳では……訳では……まぁ、ちょっとは楽しいけど。

「……何故だ」

「お触り禁止です」

「何故だ」

 私へと手を伸ばしたまま、探るような目で見つめてくる魔法師長さんだが、そんなの理由はひとつしか無いよ。

「また勝手に変な実験をされたら嫌だからです」

「何故そこまで嫌がる」

「私はモルモットじゃ無いので」

「ではモルモットとして然るべき給金を支払うと言ったら」

「いりません。最近副業をゲットしたので、お金には困ってません」

 見栄じゃ無いよ? これはホントの話。数ヶ月に一度の割合で、結構な大金を手に入れられる副業をゲットしたのだ。将来的にお店を増築するために貯めておこうと思っている。その時には絶対に自分で設計してやる! という野望もある。ふふ、楽しみ!


 ニマニマしながらお兄ちゃんに抱っこされている私を見て、諦めたのか魔法師長さんの手が下がった。

 そうそう、もう二度と私に触らないでね。乙女の肌は安くないのよ。例え心が非乙女であろうともね。

「何故そいつがお前を斬った事は許されて、私がお前に火傷させた事は非難される」

「あなたと違って、お兄ちゃんに悪意は無かったからです」

「私にも悪意は無かった」

「悪意が無ければ良いって訳じゃありません」

「ほう、だとすればそいつも許される道理は無い筈だが」

 もうやめてよ。お兄ちゃんがまたしょんぼりしちゃうじゃないか。せっかく抱っこセラピーで浮上させたというのに。

「さっきのはわざとじゃ無いじゃないですか。不可抗力を責め立てる気はありません」

「私も意図しての事態では無かったが? 結果として火傷に繋がっただけであり、そうさせるのが目的では無かっ」

「もうしつこい! いいの! 私はお兄ちゃんが好きだからお兄ちゃんを許すの!」

 ごちゃごちゃと言い募る魔法師長さんを黙らせたくて、でも理詰めで言ってもいちいち論破される苛立ちから、ついつい感情論で返してしまった。好きと叫ばれたお兄ちゃんはデレデレMAXになっているが、それは今重要じゃないので放っておこう。

 依怙贔屓(えこひいき)上等! 文句があるならかかってこいや!

 お兄ちゃんにぎゅっと抱き付きながら、挑むような目で魔法師長さんを見れば。


「……成程。つまり、お前に好かれれば良いのか」


 ……大変、斜め上なお答えをいただきました。

 え、何その結論。

「お前に気に入られれば、何をしても怒らないという訳だな。モルモットへの道のりが見えたな」

「見えません。何にも見えません。出発点から間違ってますから、そこに到達する事は無いです」

「私も今後、あれを見習ってお前と交流を図る事にしよう」

 首を左右へぶんぶん振って否定する私を華麗にスルーし、ストーカー野郎へと一瞥をくれた魔法師長さんに、今生最大のピンチを感じた。背中をつつっと嫌な汗が流れていく。

「待って。あれを見習わないで。5年間交流を図った結果が、私のこの閉ざされた心なんですよ?」

「ふ……お前がモルモットになるのならば、10年かかろうが釣りが出るな」

「思考が長期スパン過ぎる! 今後10年に及ぶ私へのストーカー計画は今すぐ白紙に戻すべき!」

 冷静に諭そうとするも、ちょっとニヒルな笑みを口元に浮かべた(初の表情変化!)魔法師長さんの姿に危機感が募り、大声で喚いてしまった。

「ボス、やる気ですね。負けませんよ! 僕にはこれまでの5年間というアドバンテージがあるんですからね!」

 これまでの5年間にアドバンテージは一切発生して無いよ!

「火に油を注がないで! 助けてお兄ちゃん!」

「シーデ、お前にひとつ言っておく事がある。俺らが既に道場を辞めたその人を先輩と呼び続けてんのは、俺らが一度もその人に敵わなかったからだ!」

 すがり付く私に、堂々と答えるお兄ちゃんの顔は引きつっていた。

「じゃあおっちゃん! おっちゃんならこの人を何とか出来るよね?!」

「悪いな嬢ちゃん。こうなったコイツは手に負えねえんだ。諦めてくれ」

 諦めたら試合終了じゃないか!

「師匠! ししょ……師匠どこ行った?!」

「師匠なら、『久しぶりに会った弟子に振る舞う菓子が無いのぉ』っつって買いに行ったぞ」

「まさかの歓待体勢!」

 さっきから何の発言も無いと思ったら! そのおもてなし精神が今は憎い! あなたが不在の間に、現在の弟子が大ピンチですよ!


「取り敢えず、そいつらと同等の地位を目指すか……私の事もお兄ちゃんと呼ばせてやる」

「それは無い!」

 妹分をモルモットとしてしか見れない外道なお兄ちゃんなんてご免だよ! そもそもあなた何歳(いくつ)ですか? きっと三十路前後だよね? お兄ちゃんはキツくない? てか図々しくない?

「ではボスだ。異論は認めん」

「二択?! 魔法師長さんじゃ駄目なの?!」

「フレンドリーさが足りん」

 フレンドになる気は無いというのに!

「じゃあ僕の事は」

「ストーカーとしか呼べない!」

「光栄だなぁ!」

「喜ばれた?!」

 照れたように頭を掻くストーカーに、愕然としてしまった。どんな感性してんのよ?!

「あ、間違えないで。僕はお嬢ちゃん専用のストーカーだからね!」

「間違いであって欲しかった!」

「師匠が戻られたら再度の弟子入りを許可頂こう。お前がここへ通う日に合わせて―――」

「来ないで!」

「ならばお前の店とやらに行くが?」

「ウチに来店するストーカー枠はもう埋まってます!」

「店に行くかここへ来るか、どちらか選べ」

「また二択! もうやだ、もうやだあああ!!」


 店にはストーカー野郎、道場にはストーカーと化した魔法師長さん。

 そんな完璧な布陣に私の口から悲鳴がもれるが、道場にかけられた防音の術のせいで、虚しく壁へと吸い込まれていくだけだった。


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