嫌なエンカウント
先日、見事にオルリア先生という美人な魔術の師匠をゲットした訳ですが。
先生は、私に教えを説く間も無く、他国へと旅立って行かれました。
……いや、1ヶ月程度で帰ってくるから、大丈夫!
どうやら先生のお兄さんが商売事をしているらしく、その関係でお兄さんと共に隣国へと赴いてるみたい。何の商売だろ。今度聞いてみよう。
先生はとても律儀な性格らしく、「弟子にしたのは良いのだけれど、わたしくは早々に留守にしなくてはならないの。貴女に時間を無駄にさせるのは悪いから、この許可証を渡しておくわね。これがあれば閲覧制限のある書を読めるから、わたくしが帰る前にある程度読んでおくと良いわ」と許可証をくれた。美女の心遣いに感謝感激。
やった! これで上級魔術書が読める!
と、許可証を手にくるくる回って喜んでいたら、回り過ぎて「うっぷ」ってなった。三半規管って、どうやったら鍛わるんだろ。
そんな訳でその日以降、閲覧制限のかかった書の置いてある閲覧室(長い)に通い詰めている私の感想がこちら。
上級魔術書、少ねえ!
初級と中級に比べて、圧倒的に数が少ない。こんなのすぐ読み終わっちゃうよ。
やっぱりどうも、のめり込むレベルで魔術に踏み込む人がこの世界では少ないようだ。となると、結局オリジナルしかないって事だよなぁ。うん、何このループ感。何度でも同じ結論に至ってるんだけど。
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残念な感想を胸の内に抱えつつ、上級魔術書を読み漁る日々が数日経過したある日の事。
閲覧制限のかかった書の置いてある閲覧室(だから長い!)内で、ストーカーお兄さんと遭遇してしまいました。うおお、こんなエンカウント望んでねえ!
「おや、お嬢ちゃん。こんな所で会うなんて運命的だね! これはもうモルモットになるしか」
「なりません」
挨拶代わりにモルモット勧誘するのはやめて。そんな運命、私は認めない。
「残念! じゃあ明日なら」
「なりません」
どうして明日なら気が変わってると思うんだ。5年間不変だったのに。今後も絶対変わらないよ。
「お兄さんはここで何を?」
「仕事だよ。僕も一応、城付きの魔法使いの端くれだからね! ここでちょっと調べものをしてたんだ」
端くれだと認めるのか。潔いな。
あ、そうだ。城付きの魔法使いなら、ちょっと質問しちゃおう。
「ちょっと聞いても良いですか?」
「何かな? モルモットのポジションならいつでも空いて」
「違います。この魔術書に載ってる『相反する属性は混ぜてはいけない』って部分なんですけど」
手にした魔術書を広げ、件の記載を示す。先日館長さんやオルリア先生に怒られたアレの事だ。
「混ぜてはいけないって書いてありますけど、具体的な理由が書かれてないんですよ。お兄さんなら理由を知ってますか?」
「うーん……お嬢ちゃん、こんな高度な書を読んでるの? 凄いね!」
そう笑ったお兄さんは、私の頭をなでなでなでなで。
なでなでなでなで……。
なでなでなでなでなでなでなでなで……。
「何をしている」
「あ、ボス」
摩擦熱ヤバい、耐えろ私の毛根、と思い始めた辺りで、見知らぬ男性がお兄さんに声を掛けてきた。おかげでお兄さんの手は動きを止めた。セーフ、毛根セーフ。
「ボス?」
「ああ、うん、僕のボス。魔法師長なんだ」
魔法師長って、確か城付きの魔法使いのトップだったかな。……雲の上の人じゃん! そんな偉い人でも、自分で図書館に来たりするのか。びっくりだ。
「そういえば、普段は魔法使いって呼ぶのに、どうして魔法師長って呼び名なんですか?」
魔術師のトップはそのまんま魔術師長なのに、どうして魔法使いだと呼び方が変わるんだろう。魔法使いの事を魔法師とは呼ばないよね?
「魔法使い長では、語感が悪いからだろう」
「……え、それだけ?」
「その上、その呼び名すら使わないけどね。城付きの魔法使いは全員ボスって呼んでるから」
「なぜボス?」
「ラスボスっぽいでしょ? あ、顔つきが怖いのは元々だからね? 怒ってる訳じゃ無いから、怖がらなくて良いんだよ?」
背の高い、闇色の長髪を垂らしたその人は、部下に『ラスボス』と言われているというのにも関わらず、何の感情もこもらない顔をしている。この表情筋の動かなさ、確かにラスボスっぽい。
「これといって怖くはありませんけど」
「そう? ボスを前にすると子供は割と泣きだすんだけど、お嬢ちゃんは大物だね! やっぱり僕のモルモットに」
「結構です」
隙あらばモルモットを差し込んでくるな、この男。気を抜けない。
「成程。そのやり取りから察するに、この少女がお前の言っていたモルモットか。それでこんな場所で魔力の測定をしていたのだな」
……ん? 何ですと?!
ちらっと私に目線をくれたラスボス……じゃない、魔法師長さんの言葉に戦慄が走った。
「魔力の測定?! お兄さん、勝手に私の魔力測ってたんですか?! 通りでなでなでタイムが長いと思ったよこの野郎!」
慌てて頭上の手を払いのける。
「もーボス、何でバラしちゃうんですか! 僕の至福のひと時が!」
「あなたの至福に勝手に私を巻き込まないでください! てゆうか、最近よく撫でられるなーと思ってましたけど、アレって毎回魔力測ってたんですか?!」
「あはははは」
「笑って誤魔化すなこのマッド野郎が! 二度と触らないでください!」
お兄さんから距離を取り、毛を逆立てる勢いで怒る私。くそ、この人絶対反省してないよ!
「未だに勧誘に成功していないのか。……モルモットの何が不満だ?」
魔法師長さんの言葉は、前半はお兄さんへ、後半は私に向けられていた。
「何が不満って、モルモットを喜んで受け入れる人なんていませんよね?!」
「ふむ、モルモットという呼び方が不快なのか。では被験者と呼べば」
「もっと嫌だ!」
明らかに違法な実験を施される匂いしかしないよ!
そして、この人もおかしい人だったよ! 魔法使いって頭のネジが飛んでる奴しかいないの?!
「ここまで拒否されるのならば、諦めた方が無難だろう」
……と思ったけど、あれ、ひょっとして良い人? お兄さんに諦めるよう進言してくれてるっぽい?
「ボスー、ほんっと人の話聞いてませんよね! 報告書も適当に判を押してるだけですよね?」
「そんな時間があれば実験に費やすな」
うん、私には微塵も関係無いけど、この国の運営に不安を感じる会話だわ。
こんな適当な人が魔法師長で大丈夫なんだろうか。城付きの魔法使いって確か、国の防衛の為の結界とか(他はよく知らないや)担ってた気がするんだけど。
「まーそれは僕も同じですけどね! じゃあボス、ちゃんと聞いてくださいね。このお嬢ちゃんはですね、とてつもなくレアなんですよ! 何てったって、魔力ゼロですからね!」
胸を張り堂々と上司へ報告するお兄さんであるが、だがしかし、それは別にあなたの手柄では無い。私の手柄……でも無い。只の体質だよね、これ。
しかしその瞬間、魔法師長さんの目付きが鋭くなった。表情は変わらなかったけど。
「魔力が、無い」
「そうです、珍しいでしょう! だからぜひ僕のモルモットに」
ならない! と私が返すよりも早く、魔法師長さんがそれに応えた。
「それは貴重だ。私のモルモットになれ」
「……お断りします」
まさかの発言に、一瞬返答が遅れた。長、お前もか! お前も私をモルモットとして扱うのか!
「三食昼寝付き、菓子も付けよう。どうだ」
どうだもこうだも無いよ。それ、そこのお兄さんとまったく同じ条件だし。そのキメ台詞、城付きの魔法使いの中で定番なの? 流行ってんの?
「ちょっと駄目ですよボス! お嬢ちゃんは僕が先に目を付けたんですからね! ボスといえども譲りませんよ!」
「ではお前が使い終わったら私に払い下げろ。それならば文句は無いな?」
出会って数分で、モルモット扱いどころか物扱いに降格されたんだけど。
何この人。外道? 外道なの? 『使い終わったら』って表現、人でなし過ぎない? 血も涙も無いの? 温かい血液の代わりに不凍液でも流れてんの?
「私の所有権は私自身にあります。他の誰にも譲りません。あなた方のモルモットになる気はありませんし、ましてや物扱いされる謂れはありません」
「ほう、頭の回転も速い。各種実験に対応出来そうだ」
冷静に抗議してみたところ、なぜかより気に入られた気がしないでもない。表情に変化が無いから分かりづらいけど。
やばい、関わるだけ身の危険が増していく予感がひしひしとする。
うん、おうち帰ろう。
おうち帰ってお昼ごはん食べてお店に出よう。一生懸命働いて、父さんと母さんに撫でてもらおう。そして今日の出来事を忘れよう。それが良い。
この失礼な人たちに別れの挨拶をする必要性は感じなかったので、そのままくるっと踵を返し、脱兎の如く逃げ出そうとした。
そんな私の正面に、フットワークの軽いストーカーお兄さんが立ちはだかった。背後には魔法師長さんの気配。
うおお、前門のストーカー、後門のラスボス! 逃げるをチョイスしたら回り込まれてしまったこの状況!
「どこへ行く」
背後の頭上から魔法師長さんの低音美声が降ってくるが、聞き惚れていられるほど呑気な状況じゃ無い。
「おうち帰ります」
「まだ日は高い。焦らずとも良かろう」
「お昼ごはん食べに帰ります」
「ならば昼飯を奢ってやろう。代わりに私のモルモ」
「知らない人に付いてっちゃダメって教わってるので結構です」
「何言ってるのお嬢ちゃん、僕たちは知らない仲じゃ無いじゃないか! もう5年の付き合いになるんだから!」
「付き合いではなく一方的に付きまとわれてるだけです。出来る事なら、永遠に知らない仲でいたかった」
この人に魔力の測定をしてもらったのが私の運の尽き。まさかあそこでストーカーフラグが立つとか、想像もして無かった。
「5年に及ぶ勧誘を断り続けているのか。強固な意思だな。益々気に入った」
やめて、出会って間もない私を心のお気に入りに登録しないで。
「私の意思が崩れる日は永遠に来ないので、別の犠牲者を探してください」
「他の人間が犠牲に成る事を望むのか」
「私に関わりの無い人であれば、誰がどう犠牲になろうとも気にしません」
「外道だな」
げ、外道に外道って言われた!
だって私は善人じゃ無いもの。知らない人が知らない内に何かの実験台にされてても、それは私の関知するところじゃ無い。それで私が難を逃れられるんなら、結構な事じゃないか。自分の身の方がよっぽど大事だ。
「中々の逸材だ。興味深い。取り敢えず、私にも一度魔力を測らせろ」
背後から私へと伸ばされた手の気配を感知し、ひらりと横に身を躱す。
「嫌です」
そのまま振り返り、外道な魔法師長さんへ言葉と表情で明確な拒絶を。これ以上気に入られたら堪ったもんじゃない。
「特別にボスと呼ぶことを許可してやる」
「どうでも良いです」
むしろ呼ぶ機会が訪れないよう、二度と接近遭遇しない事を祈ってる。
「ふむ、では城の魔法使いの職場へと招待してやると言ったら」
「自分から虎穴に入るような愚行は犯しません」
この人が城付きの魔法使いのトップなんだよ? どう考えたって、総出で私をモルモットにしようとする未来しか見えないじゃないか。
「頭の良い子供だな。しかし城へ来れば、王子殿下を見かけたりするかもしれんぞ? 日頃は中々見るチャンスも無かろう」
王子様を見世物扱いして私を釣り上げようとか、ぶれの無い外道だな。
「別に見たく無いです。興味無いです」
「あ、そういえばお嬢ちゃん、さっきの質問にまだ答えてなかったね」
「え?」
「ほら、相反する属性云々ってやつ」
魔法師長さんとの言葉の攻防に、ストーカーの(もはやお兄さんと呼ぶ気にもなれぬ)横槍が入った。
おお、忘れてた。それ以上に衝撃的な事が多すぎたせいだ。
「そういえばそうでした。教えてくれるんですか?」
「ボスに聞きなよ。それで、代わりに魔力を測定させてあげなよ」
「何の話だ?」
「モル……お嬢ちゃんが、魔術書に書いてある『相反する属性は混ぜてはいけない』って部分の理由が知りたいって言ってたんです。ボスなら解りますよね」
おい、今確実にモルモットって呼ぼうとしただろ。
「ああ、知っている」
「……教えてもらえます?」
「先に魔力を測らせるのならな」
「くっ……身売りする娘さんの気分ですよ、ホントにもう……」
一瞬迷ったけど、知りたい欲が勝った私は、右手を魔法師長さんへと差し出した。まぁ魔力測られるだけなら、体に支障が出る訳じゃないし。今まで知らない間に散々測られてたっぽいしね! そこのストーカーにね!
「……」
無言で私の手を握った魔法師長さんは、そこから微動だにしない。
そろそろ1分が経過するかな? 大体このぐらいの時間で測り終わるよね、普通? と思っていると、握られた手にいきなり熱を感じた。
「あつっ?!」
火を直接当てられているかのような熱さに、びっくりした私が手を引っ込めようとするも、魔法師長さんは握ったままの手を放してはくれない。
「熱い、熱い!放して!」
腕を引こうと力を込めるが、やはり大人の膂力には敵わない。熱さで顔を歪める私に対し、顔色ひとつ変える事無く拘束を続けるなんて、どんだけ外道なんだ!
頭にきたので、正面に立つ魔法師長さんめがけ、遠慮も躊躇も無い回し蹴りをプレゼンツ。
脇腹を襲った衝撃に彼の力が緩んだので、即座に右手を引き抜く。
見れば右手の平は、赤く爛れたようになっていた。
「なにこれ……」
半ば呆然としつつ魔法師長さんを見上げるも、やはり彼の表情には何ら変化が無い。
「幾通りかの方法でお前の中に魔力を固定させようとしてみたが、上手くいかんな」
「は? ……はあ?! 違いますよね?! 魔力を測らせるって話でしたよね?!」
「魔力も測った。時間が余ったので、次の段階へ移っただけだ」
「何で?! 何で勝手にやるの?! せめて聞けよ!」
「聞けば嫌だと言うだろう」
うん、言うよ? 当然拒否するけどね?
勝手に実験してみるって、人としてどうなの?! その上で怪我を負わせるって何事なの?! 正真正銘の外道か!
「こわっ! 怖い! 何この人怖過ぎる!」
「……そうか、やはりお前も私の顔を怖がるか」
違う! 顔の話なんかしてない!
「性格が怖いんだよ! 誰もあんたの顔になんか怯えてないわ! 顔面だけで言ったらもっと怖い人知ってるわ!」
ヒューの護衛とかね。怒った時とか、それはもう凶悪な人相だったからな、あの人。
「ボス、実験の事となると周りが見えなくなるのは良くないですよ? ほらお嬢ちゃん、僕が魔法で治してあげるから、手を」
「絶対嫌! 寄るな触るな! 朽ち果てろ!! ―――転移!」
盛大な呪いの言葉を吐いた私は、左手に持ったままだった魔術書をストーカーに投げつける(もちろん角を向けて)と、机上に置いてあった自分の鞄を引っ掴み、即座に転移の術でその場から逃げ出した。
図書館から転移で逃げ出すの、これで2回目だなぁ。そうちらりと思いながら。
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転移先(自宅の自室)で、自分で治癒の術を行使し手の怪我を治しながら考える。
多分、あの人に悪意は無かった。
きっと純粋に魔法の発展やら何やらを思って、実験にのめり込んでしまうタイプなだけだろう。
―――そういうのを、マッドサイエンティストって言うんだよ!
いや、科学者では無いけどね。魔法に狂ってんだよ、アレは。悪意が無きゃ良いってもんじゃない。のめり込む気持ちは分からないでも無いけど、女児に怪我させて平気の平左ってどうなのよ。せめて表面上だけでも謝れよ。
しかも、魔力を測らせてやった(いやそれ以上の事をされたけど)というのに、肝心の私の質問に答えて貰えなかったというこの事実! 身売り損じゃないか! 文字通り身を削ったというのに!
とりあえず私は家族に申し出て、ストーカー野郎を完全出禁にすることを決めた。
魔法師長さんに関しては出禁も何も、わざわざ街のパン屋になんか出向いて来ないだろうと思うので放置で。見かけたら即座に逃げるという方法で対処するしか無いだろう。まぁあんなお偉いさん、再度会う確率の方が低いだろうけどね。
その後私は、嫌な目にあった場合の復讐方法を確立するための参考書籍として、呪術関係の本に手を出した。
大丈夫、呪術なんてやらないよ。
呪術の本に載っている、イコール、やられたら嫌な事、だよね?
その内容を魔術で再現できるよう努力するだけだ。決して呪術では無い。
目には目を歯には歯を、そんなの温い!
精神的に抉り込む術を編み出してやる!
こうして私の性格は日増しに悪くなっていくのであった。




