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生まれてすぐの羞恥プレイ

※ トイレの話があります。ご注意ください。

 と、ここまでが前世の記憶。

 前世というからには今世があるわけで。

 生まれ変わっちゃいました。

 生まれて割とすぐに前世の記憶が蘇ったらしく、非常に困惑したよ。普通こういうのって、ある程度の歳になってから、何かしらの衝撃によって思い出したりするもんじゃないの? まぁ産道を通ってる最中に思い出さなかったのは良かったと思うけど。恐怖体験にも程がある。



 気付いたら、体がまともに動かない状態でどこかで寝っ転がっていた。

 えーっと、ああ、階段から落ちたんだ。

 借金完済のお祝いに自分ちで一人酒盛りして、翌朝、人生初の寝坊をして、駅へ向かう途中の歩道橋からツルッといったんだった。人通りの少ない所だったから、誰も巻き込んではいなかったはず。よし、セーフ。


 じゃあここは病院……には見えないな。どこだここ。

 というか、今の私ってどうなってんの?

 首……はなぜだか動かせない。むち打ちかな。お、折れてはないよね?!

 手……ああ、動かしづらいけど動きはする。両手とも動く動く。良かった、これなら図面は引けるな。

 ……あれ? なにこれ。ちっさい。手が異様に小さいんだけど?! もみじ饅頭サイズなんだけど?! え、コレもみじ饅頭?! いや違う、手だよね?! ミニマムすぎませんか?! 階段から落ちると手が小さくなるの?! 人体の不思議!!

 ああごめんなさい社長、こんな手ではもう図面が引けません……小さい図面なら……小人用のマイホームの図面とかなら何とかやれそうですけど……需要あるかな……。


 とパニくってたら、見知らぬ男女やじーちゃんばーちゃんたちが代わる代わる私を覗き込み話しかけてきて。


 彼らの会話で、自分が生まれ変わったという事を悟った。


 階段から落ちて死んだのか。ああ、友人たち、怒っただろうな。いやそれより、きっと悲しませた。自惚れでなく、自分の死を嘆いてくれるほどには親しかったと自負してる。世話になるだけなってさっさと先に逝っちゃうとか、ほんとに申し訳ない。でも不可抗力だから許して。私は私で今世を楽しむから、君らは君らで楽しく生きてくれ。


 切り替えが早いと思われるかもしれないが、私には、どうにもできない事を嘆いて過ごすという可愛げはないのです。立ち止まっても誰かがどうにかしてくれる訳じゃないと、前世で存分に体感したので。

 自力で人生掴む、これ鉄則。


 私を覗き込んだり抱き上げたりしてきた見知らぬ男女は父と母。

 じーちゃんとばーちゃんは祖父母。

 じーちゃんが二人とばーちゃんが二人いたので、どれかが父方の祖父母で、どれかが母方の祖父母という事になる。どれがどれだかは分からなかったけど。


 そうか、家族か。今世では家族がいるのか。


 父母にとっては初めての子、祖父母にとっては初孫のようで、私に向ける表情や言葉が喜びと慈愛にあふれている。優しそうな人たちだ。

 ひょっとすると、幸せ家族になれるかもしれない。やばい、これは嬉しい。とても嬉しい。


 私はシーデという名前の女の赤子として生まれてきたらしい。生まれて1週間だそうだ。なぜか名前に聞き覚えがある気がするが……気のせいだろう。

 名前、そして肉親の顔の造作を見る限り、どうやら日本じゃないみたいだけど、それにしては言葉が理解できるのはなぜだろう。


 とか、つらつらと考えていられる間は良かった。

 私はこの後、悲劇に見舞われる。

 なぜ、なぜ前世の記憶なんか持って生まれてきたんだ……!

 私はもうすぐ三十路になろうかという年だったのに……それなのに……っ!


 どうして、オシメを変えられなきゃならないんだあああ!!!!

 やめて! トイレに行かせて!!


 という私の絶叫は、すべて「おぎゃー」という間抜けな泣き声に変換されてしまい。

 泣く泣くオシメを変えられるハメになった。マジ泣きでした。

 うう、赤子プレイが好きな人だったらヨダレを垂らして喜んだであろうこのシチュエーション、私には拷問以外のなにものでもございません。そういう性癖は装備してないです。

 前世の記憶なんて持つもんじゃないな。三十路間近の理性にこの羞恥プレイはキッツイ。


 ここがどこの国で、自分を取り巻く環境がどういったものかはまだ分からない。

 だけど、そんな事より一刻も早く、自力でトイレに行けるようになろう!

 歩く事、話す事、この二つを習得しよう!

 目指せ、この辱めからの卒業!!

 0歳児の私は、そう固く心に誓った。



******



 努力の甲斐あって、1歳になるころには自分でトイレに行く権利を得た。

 家族が傍に居ない間、ひたすら手足をバタバタさせて筋力を付けたり、今日は“あ”の日、今日は“い”の日、と五十音を順繰りに発声する訓練をした努力が結実した。頑張ったよ私!

 「あーあーあー」とか言いながら全力で手足を振り回したり、ある程度の筋力が付いてきたころからは腹筋や腕立て伏せをしたり。

 傍から見ればさぞかし気味の悪い赤子だったと思うが、家族に見られることはなかったので無問題だ。見られていたら、いろいろと終わっていた気がするけど。


 家族の誰かが一日中傍に張り付いている事はまずなかった。

 どうやら一家でパン屋を営んでいるらしい。住居の横に店舗を構えている模様。

 繁盛しているパン屋らしく、それなりに忙しそうだ。一時間おきに誰かしらが私の様子を見に来ていたので、その時間さえ大人しくしておけば不審な行動を勘付かれる事もなかった。


 そして嬉しい事に、家族は素敵に優しい人たちだった。

 とにかく限りない愛情を注いでくれているのがよく分かる。

 こういった“肉親からの無条件の愛情”に飢えていた私は、その幸せを満喫して成長していくことにした。



 ただ、気がかりなこともある。

 この世界は、少し変だ。

 だって、なぜか日本語が通じる。

 最初の頃は、こういった転生モノにありがちな、どんな言語も理解できる、という能力的なアレかと思っていたんだけど。


 話す人の口を見るとよく分かる。

 「こんにちは」と私の耳に聞こえるとき、話している人の口はちゃんと「こんにちは」の形に動いているのだ。

 つまり、確実に日本語をしゃべっている。


 文字も然り。

 例えば“パン”という文字。

 私の目にはカタカナで“パン”と書いてあるように見える。

 これは私の目にそう映っているだけかと思い、試しに紙に“春のパン祭り・全商品30%OFF”と書いてみた。

 するとじーちゃんズ(相変わらずどっちがどっちだか分からないので、ひとまとめに呼ぶことにした)が「シーデが字を書いた! この子は天才だ! 店に張り出そう!」と大騒ぎをはじめてしまった。

 やばい、不用意な事をしてしまった! と思ったが、「シーデは凄いけれど、本当に30%オフにしたら店が潰れるでしょう。張るなら家の中に張っておきなさい」と超冷静なばーちゃんズが見事阻止。ありがたすぎて物陰から拝んでおいた。

 これにより、書き文字も日本語だということが判明した。漢字もカタカナも数字も英文字も、%という記号ですら通じた。


 ありえない。


 どう見ても日本人じゃない容姿と名前。

 現代日本とは違い、竈での調理。水は井戸。かろうじて電気は通ってる。

 アスファルトではなく石畳の続く道と、行き交う馬車。剣を帯びた人も見かける。

 遠目に見える建物は、城っぽい。国王という単語も聞いた。

 どう考えても日本ではないどころか、時代すらも逆行している。

 それなのに、なぜ共通言語が日本語なんだ。



 そんな私の疑問は、4歳の誕生日に解消されることになる。

 絶望と共に。

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