断じてテロ行為では無い
そんなこんなで10歳になった、ある日の事。
図書館に通い詰める事、早5年。
ついに……ついにやらかしてしまいました。
目の前には、壁中ひび割れだらけになった無残な部屋。
部屋のドアはふっ飛び向かいの部屋にぶち当たり、その部屋を使用していた人が、小窓から驚愕の眼差しでこちらを見ている。驚かせてスンマセン!
ここは図書館内の、魔法及び魔術の練習のための部屋が並んだ一角。
先日描いた陣の術を試してみたところ、物凄い爆音とともに部屋が満身創痍な状態になってしまった。
ちなみに私は無傷。
そして今、爆音に駆けつけてきた館長さん以下数名に連行されるところです。これから事情聴取される模様。
部屋を直す方法は考えてあるから、軽めのお説教で許してもらえないかな……。
*****
「怪我はないかね?」
只今館長室。
体が沈み込みそうな革張りのソファに腰かけ、黒光りする重厚なローテーブルを挟み、館長さんと向かい合っています。館長さんは髭の似合うナイスミドル。
美中年を前に、私は静かに混乱中。
だって、何でテーブルの上に紅茶やらクッキーやらケーキやらが、それも所狭しと並べられてんの? お説教には相応しくないよね?
「ココアの方が良かったかな?」
テーブル上の紅茶に胡乱な眼差しを注いでいると、館長さんがそう気遣ってくれる。その声はどこまでも優しげだ。
「えっと、大丈夫です。ありがとうございます。いただきます」
紅茶の良し悪しは分からないが、一口飲んで、とてつもなく高そう! という事は分かった。
なぜこんな歓待されてるみたいな待遇……説教は?
とりあえずポリポリとクッキーをつまんでみると、館長さんが微笑ましそうに目を細めた。
やばい、居心地が悪い。
「何て事をしてくれたんだ!」と怒ってくれた方がマシだ。どうしてこんなに穏やかな雰囲気なんだ。それともアレか。油断させておいて刺そうって作戦か。やだ陰湿。
「それで」
「あのっ!」
陰湿な作戦の流れにのる前に、と思い口を開いたら、館長さんの言葉にかぶせてしまった。しかしそれで彼が口をつぐんだので、このまま先制攻撃させてもらおう。
「申し訳ありませんでした!!」
がばっと立ち上がり、直角に腰を曲げ謝罪を叫ぶ。
先に謝ってしまえば説教が軽くなるんじゃなかろうかという、私なりの先制攻撃です。セコくはない。これぞ知恵。
「何を言っているのかな。顔を上げなさい。君が謝る必要なんてないのだよ」
ん?
「ほら、落ち着いて座りなさい」
促されたので着席してみるが……どゆこと?
「謝らなければならないのはわたしの方だ。わたしが管理する館でこのような事が起こるとは……通りがかった君にはとんでもない恐怖だっただろう。すまなかったね」
あ、これ勘違いされてる。
私を巻き込まれそうになった被害者だと思ってるのか。どうりでこの好待遇。子供の心にトラウマが植え付けられてはならないと、そう考えた結果がこのテーブル上の菓子パーティーなのか。うむ、納得。
でもこのまま勘違いさせておくつもりはない。だってどうせバレるし。受付で記名しちゃってるし。
「違います。あれは私がやったんです」
「うん?」
「私が発動させた術のせいで、あの部屋はああなったんです。ごめんなさい」
座ったままではあるが、もう一度頭を下げておく。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が長いのでそっと顔を上げると、館長さんの顎が落ちていた。
訂正、落ちそうなほど口をあんぐりと開けていた。美中年のこういう姿はあまり見たくない。
「ええっと、本当にすみませんでした。部屋を直す方法は考えてあるので、出入り禁止だけは勘弁してもらえませんか?」
出禁。これだけは嫌だ。近場で思う存分魔術の練習ができるここは、私にとってはなくてはならない場所だ。
「…………」
しかし、館長さんは答えない。
口こそ閉じたものの、何やら一心に己の顎髭を撫でている。なにその行動。毛づくろいですか?
言うべき事は言ったので、あなたが何か言ってくれないとどうしようもないんだけど。
仕方がないので、テーブル上の菓子パーティーを堪能する事にした。
一通り制覇し、何このアップルパイ超イマイチ、次からはウチの店で買っておくれよ、などと考えていると、軽いノック音と共に館長室の扉が開かれた。
ノックと同時に開けちゃうって……返事待とうよ。館長室だよ? いいの?
「失礼します。館長、こちらに……って、また現実逃避中か」
扉を開けた館員のお兄さんが、館長さんの様子を見て何やら失礼な呟きを。やれやれと言わんばかりに肩を竦めるジェスチャー付きとか、芸が細かい。
え、館長そういう扱い? そしてあの毛づくろいは現実逃避の表れなの? 小動物かよ! 台無しだよ美中年!
「館長は置いといて……シーデ、派手にやらかしたなーお前。怪我はしてないのか?」
気遣う声をかけてくれるこのお兄さんとは顔なじみだ。5年も通い詰めているので、この人だけでなく他の館員さんもいつも気安く声をかけてくれる。
「はい、無傷です。部屋は散々ですけど。ごめんなさい」
「まあ部屋は直せるからな。半年前みたいに血まみれのお前を治すよりは、オレの精神衛生上よっぽどマシだよ」
「その節はお世話になりました」
半年ほど前、練習部屋で発動させた自分の術が予想以上に強力で、怪我を負ってしまった。といっても、今回の術ほどの威力ではなかったので部屋は無傷だったが。陣の間近で術を発動させてしまった自分のミスだ。
頭から血を流しつつ気を失っていたところ、小爆発の音を聞きつけたこのお兄さんが様子を見に来てくれ、慌てて魔法で治してくれた。ついでにお説教もくれた。鬼のようだった。
それ以来、初めての術を試すときは、自分に結界を張った上で、部屋の外から陣を発動させるようにしている。
今回はそれで命拾いをした。部屋の中で発動させてたら、結界ごと木っ端みじんになるとこだったよ。学習能力があってよかった!
「ということは、あの部屋の惨状は、本当に君の仕業なのかね?」
ようやく毛づくろい……もとい顎鬚を撫でる手を止めた館長さんが、それでもまだ懐疑的な声を私に投げかける。
「そうです」
「……本当に本当かね?」
疑い深いな。
「そうです。二度としない……とは言えないですけど、このお兄さんに手伝ってもらってちゃんと直すので、許してください」
「オレが手伝う事は決定事項なのかよ?」
「ここの館員で一番魔法に精通してるのはお兄さんでしょ? 部屋ぐらい、ちょちょっと直せますよね?」
「部屋自体の修復は可能だが、部屋に描かれた陣はオレの魔法では復元されないぞ」
練習部屋には元々、部屋一面に魔術の陣が描かれていた。物理的な衝撃や魔法の衝撃、それらから部屋を守り、尚且つ防音もしてくれるというすぐれものだ。というか、それが無きゃ練習部屋にならない。部屋が粉砕されてしまう。……まぁ、その陣では防ぎきれないほどの術で部屋をぶち壊してしまったのが私なんだけど。
「それは私がやりますから、問題ないです」
「は? いやいや、アレは手練れの魔術師がつきっきりで描いても三日はかかる代物だ。お前じゃ無理だろ」
「三日?!」
嘘でしょ?! そんなにかかるの?!
「そうそう、だからお前には」
「すまないが、もう少し詳しく話を聞かせてもらえないかね?」
ようやく私が原因であることを理解したのか、館長さんがお兄さんと私の会話をぶった切った。
「はい、何ですか?」
「あの部屋がああなったのが君の術のせいだという事は呑み込んだ。しかし、一体どういう術を使えばああなるのか、教えてもらえないかな」
その目がキラリと光り、身を乗り出してきた。さすが知を司る図書館の番人。探求心が強い。
「実験的な術だったので、どういう術かは自分でもよく分からないんですが」
「ふむ?」
「光の術と闇の術を混ぜ合わせた術にするつもりでした。とりあえず試しで威力の低い光と闇の術をミックスする陣を描いたんですけど、とんでもない威力でしたね。改善……できるかなぁ」
私がそう言った途端、館長さんのみならずお兄さんの目も点になる。んん? 何か変な事言った?
「光と闇を……ミックス?」
「はい」
「改善……?」
「改善しないと使い物にならないですよね? あ、いや、アレはアレでああいう術だと思えばいいのかな? でもちょっと危ないかな」
「君は……シーデ君といったかね」
「はい」
「シーデ君の魔術の師はどなたかな?」
「え?」
「魔法にしろ魔術にしろ、相反する属性のものを混ぜてはいけない。君の師はそんな事も教えてくれなかったのかね? このような子供にその危険性を説く事もできぬとは、師たる資格はないも同然だ。君の師に厳重なる注意と抗議をせねばならん」
そう言う館長さんの目には怒りの色が見えた。
でも、抗議って言われてもなぁ。
「誰にも師事してないです。というか、相反する属性は混ぜちゃダメ? なんて、どの魔術書にも書いてなかったですけど」
「なっ……?!」
「……シーデ、お前もしかして、独学で魔術やってんのか?!」
「独学じゃないですよ? ちゃんとここで読んだ本たちを基本としてやってますから」
本が私の師匠ですね、と続けると、お兄さんが頭を抱えた。
「嘘だろ……独学って……」
「師匠がいないことに問題でも?」
「そうじゃない。お前みたいな子供が、独学で、どうしてあんな強力な術を使えるんだ! ありえないだろ!」
いやいや、何言ってんのよ。
「そんなの私の努力の成果に決まってます! 五年間ひたすら書を読み漁り陣を描きまくったんですよ? あれぐらいできるようになって当たり前じゃないですか!」
胸を張って答えますとも。
そりゃね、普通の5歳児が10歳児になるまで努力してもここまでできるようになるかは分からないけどさ。
残念ながら、私の中身は子供じゃない。
受験戦争(それも授業料免除を賭けた)という死線を二度くぐり抜けた私には、効率的な勉強の仕方なんか身に沁みついてるんですよ。
社会人になってから実務経験を積みつつ資格を取ったときなんて、寝る時間と食事を削り過ぎて、我ながら素晴らしいまでのゾンビっぷりだった。今ならゾンビ映画の主役(もちろんゾンビ側の)を張れる!と奮い立っていたのに、オファーはなかった。逸材を逃したな、ハリウッド。
それに比べて今のラクなことといったら!
週に二日、一日中読んで描いて試して描いて試して描いて試して、をエンドレスで繰り返せるのだ。上達しない訳がない。
実際には途中の1年程(ヒューたちが襲来してきてた頃ね)は小休止も同然だったけど、あの一年があったからこそ、更なる向上心が生まれたとも思うし。
おまけに精神は大人でも肉体(具体的に言うと脳味噌)が子供だからか、学んだ分だけするすると頭に入ってくる。若いって素敵。
若さの利点を噛みしめ、うんうんと一人頷いていると、そんな私を放置して二人が話を進めていた。まさかの放置プレイ。
「―――じゃあとりあえず、部屋の現状把握からっすね」
「君の魔法ならば部屋そのものはすぐさま直るだろう。あとは魔術の陣がどの程度の損傷か……部分的な描き直しならば良いが……」
「あんだけの爆発なら全面直しだと思った方がいいっす。オレあのとき第三に居たんすけど、あそこまで聞こえる音でしたからね。陣に防音も入ってんのに、どんだけだっつー話ですよ。すぐに魔術師押さえますか?」
「いや、あと二ヶ月もすれば定期点検だと思うとな……」
「あー、今呼ぶと余分に金かかりますもんね」
「そこに掛けるぐらいならば、新たな書籍を購入した方が利用者の為だろう」
ううっ、放置と見せかけて暗に責められてる気がする。チクチク刺ささるよ。
「あの……心からお詫び申し上げます……」
「いや別にお前を責めてるわけじゃねーから。な、シーデ。そう落ち込むな。つーかお前、とことん子供らしくねーな」
ガキならごめんねーとか叫んでダッシュで逃げるぐらいがちょうどいいんだぞ? と、しょぼくれて下を向く私の頭をぽんぽんと撫でてくれるお兄さん。
すいません、前回の説教の際に鬼そのものだとか思ってほんとスイマセンでした!
「じゃあオレ第三寄って、放り出してきた仕事の収拾つけてから行きますから」
「そうだな、わたしもここで一つ処理してから向かうことにしようか」
「じゃあ私も準備して30分後には行けるようにします」
「は? いや、お前はいいから。来てもやれる事ねーだろ」
すごく見くびられた!
「大丈夫です、責任とります!」
「シーデ君、思い詰めなくて良いんだよ。人は失敗を糧に成長するものなのだからね。君も今日という日を次へのステップアップへと」
「じゃあ急いで準備してきますから! また後で!」
館長さんの長くなりそうな話に背を向け、ダッシュで部屋から飛び出した。我ながら英断。
ありがたいお話とか、説教以上にまっぴらです。