寂しさを乗り越えて
可愛い可愛い、けれどちょっと邪魔だった天使たちが私の生活から消えてから。
剣術の稽古が厳しくなりました。
それまではじーちゃん師匠に直接教わったり、それ以外の時間は道場の面々と1対1で剣を交わしたりしていたのが、1対3ぐらいに変わった。私が1の方。私一人に対し、三人がかりで剣をぶん回す男性陣。何コレいじめ?
ちなみに私の剣の腕前は、同年代の少年にかろうじて勝てるかどうか、というレベル。年上のお兄さん……じゃない、お兄ちゃん相手には、まず勝てない。パワーが足りなくて。牛乳パワーは未だ発揮されない模様。
あの変態誘拐男に勝てたのは、剣術だけでなく他の様々な技を併用したからだ。あとは、あの男が油断してくれてたってのも大きい。
そして、稽古の内容がこうなったのは、その変態誘拐男との闘いの顛末に、お兄ちゃんたちが私の身を、これでもか!ってほど案じてしまった結果のようだ。
「三人がかりでいくから、シーデは何があっても避けろ」
「避けて避けて避け続けろ」
「可能なら反撃していいけど、それでも絶対避けろ」
「二度と斬られるんじゃないぞ。掠り傷でも駄目だ」
そう言いながら、容赦なく私へ剣を向けてくる。怪我するなと言いつつ全力で斬りかかってくるとか、何たる矛盾。
一人なんて、ちょっと珍しい曲刀を使ってるから、攻撃範囲を見切るので精一杯だ。反撃する隙なんて無いに決まってんでしょ! と叫ぶ暇もない。
要するに、私が二度と斬られるなんて事態にならないよう、避ける技術を上げさせよう、という作戦らしい。脳筋らしい対応策だなぁ。
そこまで私の身を心配してくれながらも、剣をやめろと言わないのは、理解力があるという事なのか、もしくは言っても聞かないだろうと思われてるのか……前者であると信じたい。
今までは、また逃げ足か……と微妙な気持ちになっていたが、今は違う。お兄ちゃんたちとの特訓は、私にとっても願ってもない好機だ。
だって、逃げ足には自信があったのに!
あんな変態野郎に後れを取るなんて、何たる屈辱!
金輪際、誰にも私の玉のお肌を斬らせたりはしない! という意気込みのもと、逃げ足の強化を図ってます。
同じ道場に通う同年代の少年たちは、「シーデの稽古は変わってるね」と言葉を濁していたが、一人だけ、元気のいい少年が、「お前のは剣術じゃねーよな!」と笑顔で言い切ってくれたので、昼食用に持参していたクロワッサンをその口に詰め込み、それ以上何も言えないようにしてやった。ははは、ウチのパンは美味かろう。口中の水分を奪うけどな。核心を付いてはいけないのだよ、少年。それに、剣を使っているんだからこれは剣術だ。例え逃げ回るだけだとしてもね!
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じーちゃんズとの特訓にも変化があった。
変化というか、ばーちゃんズが強制参加してくるようになった。といっても、稽古相手って訳じゃない。アドバイザーとして名乗りを上げてきたのだ。
私の、演技指導役として。
「シーデ、もっと痛そうになさい」
「まだまだ目線が甘いわね」
「相手の顔をじっと見ては、怖がっているようには見えないわ」
「せいぜい喉元ぐらいを見るように気を付けなさいな」
「たまに視線を彷徨わせると効果的よ」
「涙の安売りは感心しないわね。もっと、ここぞという時に使った方が効果を発揮するものよ、涙は」
「女の最終兵器ですからね」
「相手が複数人の場合は、自分になびきそうな人を見抜く目も必要だと思うわ」
「これと狙った相手に、すがり付くような目線を投げるの。そうすると、いざという時に庇ってくれるかもしれないし、そこまでではなくても、攻撃の手は緩むはずよ」
「組み伏せられたときは、何も怯えるばかりじゃなくていいの」
「男性相手なら、ちらっと恥じらいを出すと油断を誘えるのだけれど……まぁそれは、もう少し年頃になってからの方がいいかしらねぇ」
何と言うか、聞いてもいない事まで教えてくれるこの行き届きっぷりときたら。
もはや体術の特訓なのか、女優の養成所なのか分からないが……「女は皆、女優なのよ」と言い切るばーちゃんズを信じ、突き進もう。油断を誘うってのは、力負けする私としては有効な戦法だと思うし。
じーちゃんズが心中複雑そうな顔をしてるけど、気にしたら負けだ。私はか弱い女なんだから、使える武器はひとつでも多い方がいい。……多分。
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そして、一番大切な魔術の勉強。
元々私は、魔王との闘いのみを意識していた部分がある。
魔王を倒し、世界を救う。そのために魔術を磨こうと思っていた。最終的に、魔王が現れるまでに間に合えばいいだろう、と高を括っていたというか。
でも私は、あの変態誘拐男との闘いを経て、大切なことわざを思いだしていた。
備えあれば患いなし。
何かあってからじゃ遅い! 備えて備えて備え倒しておくべきだ! と。
人生何が起こるか分からないからね。ああいう事が、二度と無いとは言い切れない。対魔王戦だけでなく、人間を相手にする事が今後もあるかもしれない、と想定して備えておくべきだ。
剣のみ、体術のみでは、そうそう勝てるもんじゃない。相手が成人男性なら尚更。だから、どんなに卑怯だろうと、魔術も使って対抗するのが一番いい。
正々堂々? なにそれおいしいの?
生き残った方が勝者、それがこの世の摂理ですが、何か?
陣を描きまくって、常に携帯しておくべき……というよりは、もう一歩踏み込んで、携帯性に優れた陣の開発に着手するべきだと思い至った。紙に描いた陣だと、敵に取り上げられる可能性もある。肌身離さず持っておけるものを造れると、きっと重宝するだろう。
プラス、もう少し攻撃的な陣の開発もしよう。今までは結界や治癒、転移などの身を守る為のものを重点的に造り、攻撃の陣は一通り試してみた程度ってレベルでしかない。誘拐野郎に食らわせた術も、初歩的な物をいくつか組み合わせただけのものだったし。ほんと、油断しててくれて助かった。
問題は、私が読める魔術書には、初歩的+α程度の術しか載ってないってこと。きっと強力な術は、閲覧制限のある書に載ってるんじゃないかと思うけど……見せてもらえないからどうにもならない。
閲覧制限のある書物は、専用の閲覧室が設けられ、すべてそこに収められている。他の閲覧室と同様に、出入り口はひとつだけ。その前に受付があり、館員さんが常駐していて、許可の有る人間以外は入室させてもらえない仕組み。
簡単な仕組みすぎて、どうにもならんのよ、コレ。
例えば、鍵の掛かった特別室に厳重にしまわれているんだったら、鍵開けのスキルを上げて挑む事ができそうなんだけど。
鍵開けに関しては……何となく、じーちゃんズに教えてもらえそうな気がしないでもない。もしくは、意外と手先が器用な父さんか。
母さんはきっと力技になると思うので、教わらない。
母さん多分、ドアぐらいぶち破れると思うんだよね……。ついこの間も「きゃっ、うっかり握り潰しちゃった☆」と、粉砕されたメロンを見せてくれたし。メロンって……その華奢な手でどうやったの……とツッコみたかったけど、耐えた。娘である私の目から見ても、一児の母とは思えないぐらい可憐な人なのに……せめて握り潰すならリンゴ程度にしてほしかったなぁ……。ちなみに粉々になったメロンは、家族が美味しく頂きました。
話が逸れたけど、とにかく、常に人の目で見張られている場所というのは、私にはどうする事もできないのよ。
私にルパン並みの変装術があれば、館員さんの誰かに化けて入室できるのに……!
と、嘆いてみても始まらない。見れないものは見れない。ここからは創意工夫でどうにかするっきゃない。今まで読んだ本の知識と、想像力やら閃きやらを駆使して、新たな陣を作成していこう。
こんな風にさっさと切り替えられるのは、私の美点だと思います。
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こうして様々な事に没頭していても、ふとした瞬間に、ヒューの事を思い浮かべる。
泣いてないかな。友達できたかな。あの護衛が付いてたら無理かな。
そう考え、でもそういえば私も今世では友達いないな。せいぜい道場仲間ぐらいだな。ボッチがボッチの心配とか、余計なお世話か、と別の意味で切なくなったりする。
そんな風にたまに寂しくなったりしつつも、去る者は日々に疎しというやつで、徐々にヒューの居ない日常が普通になっていった。