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フラグを折る以前に、立ちもしないっていうね

 あのあと。

 ようやくやって来た騎士たちに、医者の診断書と私の嘘泣きを披露しようとしたところ。

 かろうじて生きていた(チッ)誘拐男から、事前に頭のおかしい発言の数々を聞かされてウンザリしていたらしき騎士たち。その結果、彼らから多大なる同情を寄せられ、大した事情聴取もされず、お咎めなしで終了した。


 ラッキー♪ と思いきや、事前の宣言通り説教大会が開催された。有言実行すぎる。

 何とかごまかしたものの、派手な立ち回りでの疲労と、フル回転させた脳味噌がオーバーヒートしたらしく、その後、3日間ほど寝込む羽目になった。以外と繊細だったのね、私。ガラスの少年……いや、少女だわ。

 それを知った道場の面々(お兄ちゃんたちはウチの店の常連である)が、ちょこちょことお見舞いに来てくれた。そして、お見舞いついでに各自から追加でお説教をされた。ひどい。


 そのせいで、今回の件が家族にもバレた。超バレた。

 きっと道場の人たちのように、体に傷を付けて云々……という説教をされるだろうと思って覚悟したのに、全員が予想外のリアクションをくれた。

 父さんは「シーデがそんな目にあっただなんて……!」と泣きすぎて使い物にならなくなり、母さんは「最終的に相手を叩きのめせた上で無事なら、それで良いじゃない♪」と能天気さを発揮させ、じーちゃんズからは「何故わしらを連れて行かんかった?!」と斜め上なお叱りを頂き、ばーちゃんズは「シーデはシルゥの子にしては虚弱よねぇ。きっとデジーに似たのね」と父さんに罪をなすり付けていた。いや、虚弱じゃないし。


 素敵な家族で幸せです!



******



 体調も戻ったので、今日は久しぶりに図書館へ。

 本来なら昨日が図書館に行く日だったんだけど、父さんが「まだ駄目だよ! もう一日寝ていなさい!」と珍しく強引に(でも泣きながら)訴えてきたので、譲歩せざるを得なかった。泣く父には勝てぬ。

 今日もまた引き留められるかな、と思ってたけど、「いいわよ、行ってらっしゃい♪ え、お父さん? うふ、大丈夫よ♪ ちょっと気を失っ……寝てるだけだから♪」と母さんが笑顔で送り出してくれた。

 母さん最強説が頭をよぎり不安になったものの、まぁ生きてはいるだろう、と考えるのを止めた。知らない方がいい事って、きっとこの世にはある。うん、私は何も知らない。



「何で昨日来やがらなかったんだテメェは! 坊ちゃんが待ちぼうけしちまっただろうが!」

 図書館に到着し、いつもの閲覧室に入るなり、ヒューの護衛の怒号が私を出迎えた。歓迎が手荒い。

「体調を崩して寝込んでました」

「ぁあ?! だったら連絡入れるぐれえしろやこのクソが!」

 寝込んでたって言ってるのにこの言いぐさ! 皆さん、ここに鬼畜が居ますよ!

「それで、あなたは何でここに? ヒューは居ないんですか?」

 そもそも今日は、予定外にここに来たのに。何でこの人は居るんだろう。

「テメェ、俺の言う事はスルーか。いい度胸してんじゃねえか。その上、俺一人じゃ不満だってか? ぁあ?!」

「いやだって、ヒューや侍女さんって緩衝材がないとあなたとやり合うのは骨が折れるってか疲労骨折しそうなレベルに大変なので病み上がりにはつらいってわけで回れ右で帰って欲しいというか今すぐ帰ってねえ帰ってよほら帰れ」

「いっぺん殴り倒してやろうかこのクソガキが……」

 矢継ぎ早に『帰れコール』をする私に、いつもみたいに声高に罵り返してくるんじゃなく、額に手を当て俯き、凶悪な人相で呟いた護衛。何があったか知らないけど、相当に虫の居所が悪いようだ。マズったかな。

「……分かりました。それで気が済むんだったら、一発なら耐えます。殴ってください」

 両足に力を入れ、奥歯を噛み締める。よし、どっからでもかかって来い! さすがに今のは、私が言い過ぎた気がするからね。責任を取ろうじゃないか!


 潔く殴られる事を決め、ぎゅっと目をつむると、一拍後、私の右頬にそっと温かいものが触れ、そして離れた。

「終わったぞ」

「嘘だ……触っただけじゃん……今のが一発な訳ない……フェイントとか、正に鬼の所業……」

「全部聞こえてんぞクソが! いいからとっとと目ぇ開けやがれ!」

 そろりと目を開けると、彼は、苦虫を噛み潰したような顔でこっちを見ていた。

「いくらテメェがガキだとはいえ、女にマジで手ぇ上げれる訳がねえだろが」

「いや別に、女だと思ってもらわなくて結構なんで。一発なら耐えるって言ってるじゃないですか」

「っんでテメェは簡単に自分の身を差し出そうとすんだよこの馬鹿! 俺がテメェに突っ掛かんのは今に始まったこっちゃねえだろ?! いちいち気にしてんじゃねえよ!」

 常に突っ掛かっているという自覚があるんなら、なぜ直そうとしないんだ! 誰か、この人の学習能力を修理してやってくれ! いやそれ以前に、女児に突っ掛かる男って、人としてどうなのよ?!

「でも、今日はいつにも増してひどいじゃないですか。何かあったんですか?」

 さすがに少し気になり、彼に近寄り下から顔を覗き込むと、パッと目を逸らされた。ちょっとこの人、どんだけ私が嫌いなのよ。傷付くわ。

 彼は目を逸らしたまま、苦々しげに次の言葉を吐き出した。

「……坊ちゃんは来週、この街を去る」

「え?」

「この街に居たら坊ちゃんは、誘拐事件の事を嫌でも思い出しちまう。だから、一家で別の街へ越す事になった。……これをテメェに伝えに来た」

「そう、ですか」


 ああうん、まあね……予想はしてたよ。

 ヒューの無事を知らせた際、あの子の両親が駆けつけて来なかった事を不審に思った私は、それとなく侍女さんに聞いてみた。

 すると、ヒューが誘拐されたショックからママさんが倒れ、何とか堪えたパパさんも、ヒューの無事を聞き安堵で倒れたので来られなかった、という話だった。

 多少頼りなくはあるけど、ヒューの事を相当愛してるんだなぁとほっこりした。

 そんなご両親だからこそ、ヒューの事を考えに考え、そういった結論を出す可能性はあるな、と思っていたのよ。まさか来週なんて超特急だとは思わなかったけど。


「ヒューは引っ越す前に、ここに来る時間はありますか?」

「昨日が最初で最後のチャンスだった。だから坊ちゃんも、夕暮れまでここで待った。それをテメェが柄にもなく寝込みやがるから……」

 不可抗力じゃないか!

 ……いや、不可じゃないな。父さんのせいだ。母さんがもう一日早く父さんをしばいてくれてれば良かったのに……! よし、次からは自分でしばこう。

「じゃあ、見送りに行ってもいいですかね?」

「見送りか。そうだな。坊ちゃんは喜ぶだろう。旦那様と奥様も、テメェに礼も言わずこの街を去るのは忍びねえっつってらしたからな」


 その後、彼から出発の日時、場所を聞き、心のメモに書き留めた。

 そうか、お別れか。じゃあヒューには、特別な物を用意しておかなくちゃね。



******



 そして、別れの日がやってきた。


 約束の場所へ向かった私を待っていたのは、ヒューとそのご両親、そして護衛たちや、侍女さん含むメイドたち、従者や執事や庭師や料理人たちと、ヒュー一家の何倍居るの?! という仰天な人数の使用人たちだった。

 貴族って事は知ってたけど、こんな大量の人間を使ってるなんて……どんだけでっかい屋敷だったんだろう。一回ぐらい遊びに行かせてもらえば良かった。


 別れの場で初対面となったヒューのご両親は、涙を流しながら私に抱きついて来た。ヒューの泣き虫は確実に遺伝だな。この似た者親子め。

 ヒューと仲良くしてくれてありがとう、ヒューを助けてくれて本当にありがとう、と泣きながら感謝の気持ちを伝えてきた二人は、私に抱きついたまま、うちのヒューは本当に可愛くて天使で……と、ヒューがいかに可愛い息子なのかを語り始めた。

 冷静さの塊であるいつもの侍女さんが止めてくれなかったら、何時間でも続けてたんだろうな。新手の拷問か。……ウチの父さんにも、誰かれかまわず娘自慢するのはやめるよう言わなくちゃ。

 侍女さんも涙を浮かべながらハグを求めてきたので、全力で抱きついておいた。この人、結構ナイスバディなんだよね。役得ですわ。


 大量に居る初対面な使用人たちにも、それぞれからお礼を言われた。みんな本当に、ヒューの事が可愛くて仕方ないみたいだ。だからって、甘やかしすぎるのはどうかと思うんだけど。ちゃんと躾けるのも愛情だよ? これからはちゃんとしてくれませんかね? もう私が躾ける事はできないんだからさ。



 そうして出発前。

 いつもの護衛の陰から私を見つめていたヒューが、意を決したかのように私の元へ来た。意外な事に、泣いていないようだ。成長した、のかな?

「おねえちゃ、あの、あのね」

「どうしたの、ヒュー?」

「おねえちゃ、ぼく、遠くに行っちゃうけど」

「うん?」

「おねえちゃと、あ、会えなくなるの、さみ、さみしいけど」

「うん、私も寂しいよ」

 ここ一年で、図書館に行けばヒューたちに邪魔をされるという生活に馴染んでしまった。それが無くなるのは、やっぱり少し寂しい。

「ぼく、おねえちゃと会えなくても、泣かないから」

「……うん」

 泣くたびに引っぱっていた、柔らかい頬。あの良く伸びる頬を引っぱれなくなるのは、更に寂しい。良い手触りだったんだよなぁ。

「がっこも行って、べんきょいっぱいして、つよいまほう使えるようになるから」

「ヒューならできるよ。おねーちゃん応援してる」

「それで、それでね、つよくなって、おねえちゃよりつよくなって、帰ってくるから」

 ん?

「おねえちゃのこと、ぼくがまもるから。だから、だから、待っててね?」

「え、それは無理」

「……ええええええ?!」

 あれ? 目の前のヒューからだけじゃなく、その後ろで見守っていたご両親や侍女さんたちからも絶叫が上がった。

「ななななんで?! なんで待っててくれないの?!」

「は? だって、ヒューは10年学園に居なきゃいけないんでしょ? 10年以上も先のこと、無責任に約束できないし」

「えええええええ?!」

「あと、ヒューに私が守れるかなぁ?」

「ま、まもれるもん! ぼく、つよくなるもん! おねえちゃのひとりやふたり、まもれるようになるもん!」

 私は一人しか居ませんが?

「でも10年後には、私ももっと強くなってる予定だし。ヒューに守られなくても、自分で何とかできると思うよ?」

「なんで?! なんでもっとつよくなるの?! おねえちゃ、つよいでしょ?!」

「全然ダメだよ。それこそ、ヒューなんて片手で守れるってぐらいにならないと」

「そんなにつよくなっちゃダメ! ぼく、ぼくが追いつけなくなっちゃう!」

「追い付かせないよ。弟に追い越されるなんて、姉の沽券に関わるもん」

「……ぼく、おねえちゃの、弟じゃないもん」

「そうだけど……でも私は、ヒューを弟みたいに可愛いと思ってるよ」

「……弟じゃないもん」

「拗ねないの。ほら、これ、持って行きなさい」

 頬を膨らませうつむくヒューに、一枚の陣を押し付ける。

「これ、なあに?」

「もし、命の危険ってぐらい危ない目に合ったら、これに向かって呼びかけて。そうしたら、何を置いても駆けつけるから。ヒューのこと、守るから」

 考えに考えて造った、特別な陣。

 その陣に向かって私を呼ぶと、私が持っている対になる陣が発動し、自動的に呼んだ人間の元へと転移する仕組み。これなら、本当に危ないとき、守る事ができる。

 何だかんだで私は、相当ヒューに情が移っていた。離れても守りたいと思うほど。可愛い可愛い天使のような、私の弟。

「ぜ、ぜったい使わないもん! まもらなくていい! ぼくがおねえちゃをまもるんだもん!!」

「はいはい。でも念のため、その陣は持ち歩いてね。いざってと」

「使わないったら!」

 私の言葉を遮り、そう叫ぶと。


 チュッ。


 …………え?


「ほら、ぼく、弟じゃないよ。……待っててくれなくても、つよくなって、むかえにくる。ぜったい、大好きなおねえちゃを、むかえにくるから」

 そう言い残し、背を向け、馬車へと走り去った。

 最終的にはニヤニヤしていたご両親や侍女さんたちも、私に軽く頭を下げ、馬車へと乗り込んでゆく。



 えー、ここで連絡事項です。

 シーデのファーストキスは、天使系年下美少年に奪われました。

 ……正直に言おう。6歳児にチューされたところで、何とも思わぬ。あらまあ微笑ましいわねぇ、ぐらいの気持ちだ。しかもこっちはヒューを弟だと思ってるから、家族のスキンシップ程度の認識。

 ヒュー、あんた、フラグ吹っ掛ける相手、間違えてるよ。ここからは何も生まれないよ。不憫な子だなぁ。



「おいガキ」

 おっと、護衛の彼はまだ馬車に乗ってなかったのか。

「何ですか護衛」

「っとにテメェは可愛くねえなクソ! 一度も俺を名前で呼びやしねえし!」

「それはお互い様ですよね」

 ガキかテメェとしか呼ばれたことがない。酷くない?

 というか、この人の名前、聞いたことないんだけど。呼びようが無いよね。

「可愛くねえし生意気だし計算高えし口は減らねえし可愛くねえけど―――」

「喧嘩売ってるんですか?」

「―――それでも、坊ちゃんを助けてくれたことは、感謝してる。坊ちゃんと仲良くしてくれて、ありがとうな。まぁ正直……俺も楽しかった。テメェと言い合えなくなるのはちっと残念だが、元気でやれよ。じゃあな―――シーデ」

 口の端を釣り上げるようにして笑うと、私の頭をぐしゃぐしゃと撫で、彼もまた馬車へと乗り込んで行った。



 さ、最後の最後にデレられた!

 普段は眉間に皺を寄せた強面なくせに、笑うと意外と子供っぽいとか反則でしょ。どう考えても今のは、6歳児のチューよりは破壊力があったぞ。おまけに名前呼びとか……恐ろしい技使いやがって……。

 まぁ今までが酷かったから、プラマイゼロだけど。むしろまだマイナスだけど。よって、ここからも何も生まれないわ。セーフ。ってゆうか、名前すら知らないし。せめて最後に名乗ってってよ。気が利かない人だなぁ。



 私の複雑な心中をよそに、馬のいななきが聞こえ、数台に及ぶ馬車が出立し始めた。

 窓から身を乗り出したヒューが、一生懸命こちらに手を振ってくる。

 私も全力で手を振り返しながら、少しだけ泣いた。

 馬車が完全に視界から消えるまで手を振り続け、多分しばらくは、図書館に行くたび、思いだして切なくなるんだろうな、と袖で涙をぬぐった。

 うん、今後はハンカチぐらい持ち歩こう。



 こうして、騒がしい天使たちは、私の日常から姿を消した。

 遠く離れた地で、可愛い弟が健やかに育つよう祈っておこう。

 例え二度と会えないとしても、あの天使は、私の大事な弟なんだから。

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