三升:ヨシキ
長月も終わり、待ちに待った後期日程が始まる。
と、いうか文系の俺からしたら必修教科を取得していくだけの
簡単なお仕事だ。
一年のころと違い一限に出なければならない講義がないというのは
大学生にとっては天と地ほどの差だ。
それにより、二年からは余裕を持った生活ができているような気がする。
実際、空いた時間にバイトを入れているので余裕があると
思うのは気がするだけなのだが…
まあ通常の大学生は飲み会やらクラブやらゲームやらソシャゲなんかで
徹夜、徹夜まがいのことなんて当たり前だろう。
俺に限って言えば、飲みに行くような友達も少ないし、
積極性に欠ける性格なので、関係ない話だが。
まあ、そんなわけで後期日程だ。
バイトは変わらず沢山入れているが。
あぁ、バイトに関しては変化があり、時給が変わった。
サクラさんから言われた試用期間が終わり
バイトではあるが正式なスタッフの一人として数えられるようになった。
それに伴いお世話になっていた居酒屋のバイトは辞めさせていただいた。
店長はいつでも飲みにこいよ、なんて言ってくれた。いい人だ。
この店長、初めてしったのだがサクラさんのBARにも二か月に一度くらいのペースで
来ているようだ。
世間は狭いなと思うと同時に、
サクラさんがうちの居酒屋によく来てくれた理由もわかった。
「こんばんわ~」
夜十時、BARに入る。
この日は遅番なので、深夜二時までの勤務だ。
早番の時はアヤちゃんとか、家庭もちの社長さんなんかが一杯飲みにくるが
遅番の時は終電間際までいる人や、タクシーで帰っていく人なんかが多くなる。
この日はヨシキさんが来ていた。
相変わらず目立つ人だ。高そうなスーツを着て髪はワックスで立てている。
どこぞの俳優かと思うぐらいの顔立ちと身長。
「コウ、ひさびさ!」
「お久しぶりです。ヨシキさん」
ただ、欠点があるとすればヨシキさんはニートだ。
働いてない。正確には働かなくていいといった方がいいか。
祖父の代から続く資産家の三男で、ビルや資産を持っており
自由気ままに暮らしている。
俺からすればそれはニートとは呼ばないんじゃないかという言動も
多いが本人はニートと呼ばれると嬉しがる。
おかしい人ランキングトップ10に入る人だ。
俺はスタッフルームで着替えると、すぐさまカウンターで酒を造る。
対面にはヨシキさん。
サクラさんがいる中央部ではなく
俺のよくいる右側にいるということはそういうことなんだろう。
話しかける。
「ヨシキさん、最近見えなかったですけどどうされたんですか?」
「いやぁね、親戚の一人が死んじゃってね。遺産関係で本家の方呼ばれちゃってたわけよ」
「…そうなんですか」
リアクションしずらないことを言うな。ヨシキさん。困る。
「あっ、ごめんよ。反応しずらいよね」
「…いえいえ」
「本当の理由はコウくんに会いにかな」
「…ヨシキさん、僕ら二回目ですよ。ここで会うの」
「ははっ、ごめんよ」
ククっと笑うヨシキさん。
ヨシキさんと会ったのはこれで二回目なのだ。
一回目の時に異常に気に入られ、対面に座っては出身はどこなのとか
恋人はいるのだとかプライベートなことを聞かれた。
まあ、サクラさんから言わせればこれが客を取るということなんだろう。
美味しいお酒とうまい飯、それで好みの異性なんていれば人間だれしも
足繁くそこに通うだろうから…。
「そういえば、最近知ってる?ここらへんで通り魔出たんだって」
「へえ、ここらへん人通りも多いしすぐ見つかるんじゃないですか?」
「そうだと思うんだけど、ここらへんが物騒になるのは嫌でね。
サクラBARがあるし、うちのビルもあるじゃん。だから、早く捕まって欲しい
なって」
「僕も、バイト終わりとか気を付けるようにします」
「そうだね。そうした方がいい」
そういうと酒を呑む。ウイスキーがこの人は好きなので、よく頼む。
カクテルなんかだとシェーカー使わなきゃいけないから大変だし、
ウイスキー氷砕いて酒を注ぐだけだから楽だと言えば楽だが。
話はなくなる。
無言も酒の肴だ。落ち着いた雰囲気のある店というのが印象のこのBARでは
店内のクラシックを聴きながら、チビチビ呑まれる方も多い。
ヨシキさんもその一人でしゃべりたい時にしゃべって呑みたいときに呑む。
この距離感みたいなのが一番重要だと思う。
例としてあげるなら、美容院で無駄に話しかけてくる美容師
なんかは余り話したくない層の人間からすれば
もう一度行きたいとは思わせられないだろう。
常連のおじさんたちが帰った12時頃、サクラさんは俺の方に来た。
俺の方というかヨシキさんの方か。
サクラさんはヨシキさんの前にサービスであろうナッツを出す。
「ヨシキくん。最近ここらへんで通り魔が出たってお客さんがいってたから
気をつけなさいよ。」
「サクラさん。その話さっきしてましたよ」
にこやかに笑いかける。この人本当に美形だ。ホストででも働いたら人気出るだろうな。
まあ、絶対しないだろうが。
「ヨシキくん、かっこいいから。お尻狙われちゃうかもね」
「いやぁ、そっちの方ですか。さすがに困っちゃうな」
お尻を抑えるしぐさをする。
「まあ、そうですね。そろそろ帰りますか」
ヨシキさんはカードを渡してくる。
俺はカードを通し金額を入力すると
戻る。
「お返しします」
「おう!コウ君ありがとう。今度バイトない日呑みにでもいこう」
「は、はい、ぜひ」
嫌そうな顔になっていないだろうか。
めんどくさいと思いながらも返事をする。
「そういえば、コウ君」
「…なんですか?サクラさん?」
「ヨシキ君、バイだから気を付けてね」
唖然とすると、
俺はゆっくりとお尻を押さえる仕草をするのであった。