二升:アヤ
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サクラさんのBARで初めて働く日、俺は営業前のBARに呼び出された。
「コウ君、なんで私があなたをうちで働いてほしいと思ったかわかる?」
「……えっと、勤務態度とかですかね?」
「そうね。それもあると言えばあるけど。それだけならここのスタッフにしたりしないわよ」
クスっと笑うサクラさん。
「じゃあ、何ですかね?」
「私がね、このBARで一番気にかけているのはね、その人の個性なの。この人はこういう考えなんだ。この人はこういうのが好きなんだ。そういうの。
ただ、それを理解してあげてその人との接し方、距離感をつかむのってとっても大変なのよね。とくにここ会員制じゃない?お客さん同士でも知り合いは多いし、一見さんなんて滅多にこない。仲間意識持ってる方も多いから働ける子限られてきてね。その面でも私はコウ君ならうちのお客さんにも好かれると思うの。私の勘だけどね」
「過大評価ですけど、ありがとうございます。オーナー」
頭を下げる。
「オーナーはやめてー。今まで通りサクラさんでいいわよ」
「わかりました。サクラさん」
「いえいえ。でもね私思うのコウ君かなり自分を隠してるわよね。目聡い人もお客さんには多いから素も出していかないと、食べられちゃうわよ」
パックンチョと手で食べる真似をする。
「…気を付けます」
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「じゃあ、サクラさんお疲れさまでした」
「お疲れさま、コウくん。明日もよろしくね」
ウインクしてくるサクラさん
「うっす」
恥ずかしくて顔も見ずに返事したけど、大丈夫かな?
なんて思いながらエレベーターに乗る。
時刻は午前二時。草木も眠る丑三つ時というやつだ。
俺がサクラさんが店長を務めるバーで働きだして一週間が経つ。
その間に、居酒屋以外の掛け持ちバイトを辞めてきた。
単純に自給がバーのほうがいいというのもやめた理由だ。
今で自給1700円もらっている。
正直パチンコ屋のホールの人間よりもらっているだろう。
まあ、パチンコ屋のバイトもいい時給ではあったが
腰を悪くしてすぐやめたのだが…。
そして、新しく出会った人間も多数いる。
バーには最初行ったときに思った通り金持ちしかきていないようだ。
常連客はどこぞの社長やら専務やらが多い。
話は面白いし、兄ちゃん大学卒業したらうちにこいや!なんて
いってくれる人もいる。いい職場だ。
「コウさ~ん、ジュースおかわり~」
次の日シフトの時間に行くと何度かここで会ったことのある女の子がいた。
たしか、名前はアヤとかいったか。二階したの懐石料理のお店の娘さんだ。
アヤの母親とサクラさんが友人だとかでよくうちにジュースを飲みにくる。
今どきの娘という感じだ。
「はいはい、何がいい?」
「もち!オレンジジュース!」
冷蔵庫を開けると、100パーセントオレンジジュースを出す。
「はいよ。オレンジジュース」
「ありがとっ!」
対面式のカウンターでアヤはオレンジジュースを嬉しそうに飲んでいる。
「普通なカクテル作るときに使うんだけどな。この店でそれ頼むのお前ぐらいだわ」
なんてあきれ顔で言うと
「えっ、じゃあ私カクテル飲みたい!マスター!カクテル!」
「…冗談だよ。カクテルなんか飲ましてみろ。俺は朝までサクラさんに潰される…」
「たしかにね、サクラちゃんお酒強いしね」
二人で向かいのカウンターでお客さんとおしゃべりしているサクラさんを見る。
説明しておくと、バーはカウンターがΩの形をしており、内側にお客さん外側に
スタッフという珍しい形をしている。この形はサクラさんの要望らしいが何のためかは
いまいちわかってない。まあ、俺はやりやすいしいいのだが。
「お前さ、そろそろ10時だからお母さんのところ戻れよ」
「もう、そんな時間?条例に引っかかっちゃう!じゃあね」
と、カバンを持って出ていく。当然会計はしてない。
一か月に数回母親と共に訪れるのでその時支払っているようだ。
俺からしたら、バカ娘だなと思う。
たしかに容姿は可愛いし、ショートボブをクルリと巻いた髪は綺麗だし。
それでいて髪を染めていないところとかも俺的には好印象だ。
しかし、バーなんていう場所に入り浸っているのは正直どうかと思う。
俺の倫理観間違ってる?
「お疲れさまです!」
「コウ君早番だったっけ?お疲れさま~」
サクラさんは今日も優しい。
俺のバー生活?は多少思うところがありながらも充実していた。
そうこうするうちに、九月が終わりかけていた。
……やばいぞ。大学が始まる。苦学生の俺にはバイトの時間が減り
自由時間が減る敵だ。