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20話

前回のあらすじ:君を食べちゃいたい♡(物理)

「んー、でもアルジュくんは細くて駄目だねぇ。全然お肉が付いてないよ!ちゃんと食べてる?」


俺の手を取ってから腕の太さを確認してくるアリスに恐怖しか感じない。どう反応すればいいんだよ俺は!

しかし人間、命の危機にあると体が勝手に命乞いをしてくれるようで、自然と口から言葉が漏れる。今はそれが救いだった。


「あ、あ、ああ。実際俺には高貴な血なんて流れてないし、ただの儲からない商人の息子だから腕も細い!!っていうか、人間は食べ物じゃないぜアリス!!お、おお、落ち着け!!落ち着け!!」


「きゃはは!!知ってるよぉ〜!私、何でも食べることはできるけど、人間だけは食べないって決めてるんだから。……でも、食べた事が無いからどんな味かってのは気になるもんなんだよ。でもでも、アルジュくんは友達だからね!食べたりなんかしないよ。」


よかった……!本当によかった!!


「だったらなんで、高貴な血が流れてたら美味しそうなんだ?」


「んー、本当は貴族なら何でもいいんだけどねぇ。……なんかさぁ、美味しそうじゃない?毎日美味しいモノを食べて、健やかに過ごせてるんだよ??モノによってはぷくぷく肥えてたりもするし、ストレスだって掛かってなさそう。しかも高貴な〜、とか自分で言っちゃう辺りいかにも高級品種って感じで、ーーー本っ当、美味しそうだよ」


アリスの声に微かな怒気が篭る。その怒りは嫉妬なのか憎悪なのか、俺にはよく分からない。

多分、質問したら地雷を踏むか墓穴を掘る結果にしかならなさそうなので、この話には突っ込まないでおく。


俺はまだ死にたくはない。


ガルフという最強の守護神がついているにもかかわらず、俺はそう感じた。


「あ、ああ。そうだよな。……なあ、そろそろ帰ろうぜ。日が落ちてきた」


「……うん、そだね。帰ろ!もうすぐ森番が帰ってきちゃう時間だし」


俺たちは花畑から立ち上がり森から出るべく足を運ぶ。

なんか途中で寝てしまったせいか、凄く早い1日だった気がしてならない。


「あ、そうだっ!今日の記念に私の花冠あげるよぉ!上手く出来たから部屋にでも飾って!」


はい、とアリスは自分の頭から花冠を外して俺に差し出してくる。

ふむ、これは等価交換案件だな。


「よし、じゃあお前には俺の花冠をやるよ。プロ並みの出来だから売っても金になると思うぜ!」


そうキメ顔で戯言をほざきながら、俺は自分の花冠を頭から外し、アリスの頭にそれを乗っける。


「うわぁーー、ありがとう!!食べないように気をつけるね!!」


何でも食べる事に思考が直結するアリスになにやら俺は薄ら寒いものを感じたが、頭に花冠を乗っけた彼女の笑顔を見ているとそんな気持ちはすぐになくなっていた。

うん、めちゃくちゃ可愛い。


夕焼けで赤く染まった森を花冠を乗っけた俺たちは歩いていく。

帰り道も迷う事はなくアリスは慣れたように森の中をザクザク歩いていたが、何かあったのか、彼女は唐突に足を止めてしまった。


「ん〜〜〜……これはヤバイ、かも。すっかり忘れてたや……ほんとごめん、アルジュくん」


もうすぐ森の入り口、といったところで俺の前を先導していたアリスがいきなりそんな事を言って地面に崩れ落ちる。

アリスが頭に乗っけていた俺特製の花冠が地面に落ちてから漸く、俺は状況を飲み込むことが出来たのだった。


「……ちょっ、え??は???お、おい!どうした!!大丈夫かよ!?!アリス!!」


ぎゅごごごんぎゅるるるるる……


慌てて抱き起こすとアリスの腹部から猛獣の鳴き声のような物凄い音が聞こえてくる。


「よかった、腹が減ってるだけか……」


そこまで重大な容態でなかった事に安堵した俺は、アリスの体を抱き起こし揺する。


腹の音は鳴り止まない。逆に段々と大きくなって来ているように感じるのは俺の気のせいだろうか?いや、気のせいであって欲しい。


「大丈夫か?!おい!!死ぬなよ!」


必死に揺するとアリスは微かに目を開け、掠れて死にそうな声で「もう無理………。おなか……すいた、よぉ」と呟いた後、再びガクッと気絶した。


まさかの行き倒れ!なんて燃費の悪さだ!!


「ど、どどどどどうしよう。花冠か?花冠を喰わせればいいのか??しかしこの花は食えるのか??いやいやいや、ここは街に戻って食い物を買うのが一番では……、いや、でもでも」


「落ち着けアルジュ。大丈夫だ。落ち着け」


「あ………」


そうだ。いつもの救世主。希望の光。困った時のお母さん。万能精霊ガルフさんが俺には付いてた。こうゆう困った時は思いっきり頼れって、なんか、偉い人が言ってた気がする。


姿を現したガルフは優しい手つきで俺の頭を撫でた後、アリスに近づきその口元に骨付き肉をそっと差し出す。その姿はまさしく人々に施しを与える聖者のようであった。


……持ってたのか、骨付き肉。


「おーい、アリスー。お肉だぞー。起きろー。起きてー。アリスー!」


ガルフが肉を口元に持っていっても少しも反応がないアリスに、俺は少し既視感のある台詞を吐く。


「んお肉ぅ!!!私の!!お肉!!」


そしてまた聞いたことのある台詞を吐きながらガバッと勢いよく起き上がったアリスは、ガルフの手から肉を奪い取り貪るように食べ始め、数秒も掛からずに骨まで残らず食い尽くした


「はぁー、足りない。」


「まだ喰うのか娘。……せめて骨は残せ。腹を壊すぞ」


そう言いながらも新たな肉を空間から出してはアリスに食べさせていく。その様子はまさに、動物園にいる虎に飼育委員さんが手ずから餌を与えている光景と酷似していた。

それを何十回か繰り返して漸く、アリスは満足したような顔をすると今度は肉を味わって食べ始めた。


「……ま、まだ食べるのかアリス?そろそろ落ち着けない?」


「うむ?もぐもぐ、もぐ、ごくん。うんっ、ちょっと落ち着いたよ。それよりも、ねぇアルジュくん。この人誰?」


次のお肉を持ってスタンバってるガルフに目を向けながらアリスは問う。


正直に精霊だと言う訳にはいかないだろう。余計な混乱を招きそうだ。

……だとしても他にベストな答えが見つからないし、…どうしたものか。


そう俺が返答に窮していると、変わりにガルフが口を開いてくれる。


「俺の名はガルフ。……アルジュの、親類だ。帰りが遅い為迎えに来た。ちなみにこの肉は商品だ」


「は?いや、でも」


「アルジュ」

そうゆう事にしておけ、という目を向けられ慌てて頷く。


「それは、ありがとうございます!お肉、美味しかったです!」


そう言って頭を下げた彼女に優しげな表情を浮かべて見下ろしていたガルフだったが、急にハッとした顔をしたかと思うと彼女を険しい目で睨みつけ始める。元の顔が綺麗な分、ガルフから発せられる迫力は凄まじいものだ。

そしてその表情を例えるなら、『まるで化け物でも見つけたような顔』だった。


「ーーーおい娘、貴様、人を喰らったことがあるな?……しかも縁深い者を、だ。」


「は…………?」


「は?おいガルフ。何を言って、」


「何故喰った?呪いが強い。これは、異常だ。」


アリスは一瞬惚けた表情をした後、思いっきり顔を青く染める。その反応は、ガルフの言う戯言に『是』と答えている事に他ならない。


自身の血液が全て逆流していくような気分になる。耳に入ってくるガルフの言葉を、最早俺は受け入れる事ができない。


ガルフは言葉を紡ぎ続ける。


「貴様の暴食はその呪いの所為だ。これ程根強く魂にまで呪いが罹っているのは稀だぞ。余程のモノを喰らったようだな。一体誰を食べた?」


「何、言ってんだよガルフ……。おい笑えねぇ冗談はよせよ。なぁアリス、そんな訳ないよな?お前は、人間だけは食べないって、そう言ってたよな?!」


人を喰ったとか、信じられるかよ!アリスは今日困ってた俺に、気持ちの良い昼寝場所や綺麗な花畑を教えてくれて、花冠一個で凄く喜んじゃう普通の女の子で、それで、それでーーーー、キチガイサイコ乙女ゲームの、ヒロインだ。



「ーーーお母さんは、美味しくなかったよ。今まで食べてきた何よりもね」


アリスは泣きそうな顔で笑いながらそう言った。


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