19話
アリスちゃんを愛でる会会場
「はいっ!とーちゃく!!」
「はあ、はぁ、はあ、ゔッえッ、ゴホッゴホッ、おぇええェ、死ぬかと、思った、げほっ……」
アリスに連れられてやってきたのは王都の近くに隣接している大きな森の入り口。
結構な距離があった気がするが、信じられない速度で走ったためか時間はそんなにかかっていない。
しかし俺の疲労度はMaxだ。俺の体力を触媒に時間を召喚したような気分である。
対するアリスは汗を掻いてはいるものの平然とした顔をしている事に俺は戦慄した。
一体何km走ったと思ってんだ。
「ま、ここは王都って言うより森だけどさぁ、この森は王都が管理してるみたいなとこもあるから見逃してよ。ホントは入るのに許可が要るんだけど、この時間は見張りがいないから忍び込めるんだよぉ」
きゃはははと笑いながらアリスは軽快な足取りで森の中に入っていく。
どこからそんな元気が湧いてくるんだ?こっちは疲労困憊だってのに。
「お、おい。待てよ」
危なくなってもガルフがいるからなんとかなるだろ。
そう考えた俺は重い足を引きずりながらアリスの後を追う。
「なあ、ここに何があるんだ?」
「うんうん。それは見てのお楽しみだよ〜。」
王都が管理しているという話は本当らしく、きちんと道が作られて歩きやすくなっている。
虫や鳥のさえずりが森の中に響く中、そこに俺たちの足音が混ざる。まるで自然の一部にでもなったかのような気分だった。
「ここからはそんなに距離がないから、もうすぐ着くよ。」
「ああ。……お前は、よくここに来るのか?」
「私?うーん、たまに、かな。昔はよく来てたんだけどね。最近になって、この森の大きいお肉たちは殆ど兵隊さんに狩られちゃったからねぇ。旨味が少ないんだよ。」
「んん??」
言いたいことは何となくわかるが、理解したら俺の中の常識が破綻しそうになったので考えるのを止める。アリスは獣を狩らない。アリスは獣狩らないっ!!
そう自己暗示とダベりを両立しながらどんどん奥へと進んでいく。こんな自然を感じたのは前世以来だ。とても懐かしい気分になる。
「さぁ、着いたよ!」
俺の前を歩いていたアリスから声がかかる。その声に引かれるようについて行くと、森の中の小さく開けた土地に出た。
「すっげぇ………」
そこはすごく綺麗な花畑だった。日に照らされた色鮮やかな花々は、どれも見たことのない花ばかりである。
統一性はない野生の小さな花畑だが、それでも自然な美しさを保っている。民家の屋根から見た景色とはまた違った、とても幻想的な風景だ。
「こうゆう場所はランチバスケットでも持ってピクニックに来るところなんだけどねぇ。残念だけど今日は花を摘んで遊ぼう〜!」
花畑の中に入りながらアリスはくるくる踊るように回る。その反動で花びらが舞い、風に吹かれて飛んでいく。
俺はその光景に、少しの間目を奪われた。
「……はは、男に花摘みってのはないんじゃないか、アリス」
「んん〜、アルジュくんならお花畑でお花詰んでてもおかしくないお顔してるけどねぇ。虫捕りの方が良かった?でも虫は美味しくないからなぁ〜。オススメはしないよ?」
「お花摘もうか!!俺花冠作れるぜ!!」
アリスが虫を喰ってるシーンなんか見たくない。すごく見たくない!
つい想像してしまった映像を掻き消すため、必死に花を摘んでは編んでいく。
小さい頃、まだクレイジー乙女じゃなかった妹に教えて貰ったものだ。大人になってからも就活帰りの現実逃避目的で、近くの川辺で作ってたからな!まだ俺のフィンガーは衰えちゃあいねぇぜ!!
「よし、できた!!!」
「おおおーーー!!すごい!!器用!」
パチパチと、アリスは手を叩いて歓喜する。少々雑だが色鮮やかな花の冠ができた。普段は白詰草で作るのだが、知らぬ花でもやれば何とかなるものだな。
「ねぇ、作り方教えて!」
「お、おう」
やけにキラキラした瞳で花を持ちながら教えを請うてくるアリスを断れる訳もなく、俺は急遽花冠講座を開くこととなった。
自身の頭に俺特製花冠を乗っけながら、アリスに花冠の作り方を伝授する。
何も難しいことはない。摘んで絡めて編むだけだ。
「んんんん、むむ、こうか!!」
「そうそう、んで、それを結んで完成」
アリスは意外と力が強く、何回も花や蔦を引きちぎっては冠を駄目にしていたが数回目のチャレンジで漸く完成に近づいてきた。
アリスは赤と黄色の小さな花を中心に使った花冠を作っている。小さくも沢山の花で作られた冠は、おそらく父王の冠より綺麗に違いない。
「ほわぁあああ、で、できた………ね、似合う??似合う?!」
頭に自作の花冠を乗っけながら満足そうな顔で聞いてくる。綺麗な黒髪に可愛らしくもやけにボリューミーな花冠が乗っけられてる姿は、彼女の食欲を表しているようで少々居た堪れない。しかしそのボリューミーさを抜きにしても涙が出そうな程可愛いのは確かだ。
「うん……すごい似合う」
「へへへぇ〜!!アルジュくんもその冠似合ってて可愛いよぉ〜。なんかぁ、お姫様みたい」
照れたように笑いながら俺を褒めてくるが、それは褒め言葉ではないぞアリス。
「失礼な!どっちかというと俺は王子様だ。王子様らしいこと全然してきてないけど王子様だ!」
別に『王子』という肩書きにプライドを持っている訳ではないが、お姫様よりは王子様の方が良いに決まってるだろ!
「きゃははは!!!王子様だって!!王子様!!可愛い花冠付けて王子様とか!!!きゃはははは!!あーはは、でもホント、高貴な血は流れてそうだよねぇアルジュくんは。」
「流れてるよ」
「ほ?」
「………って言ったらどうする?!」
あっぶねぇえええええええ!!!口が滑ったなんてレベルじゃない!!何を口走ってんだ俺は!!
なんとか冗談っぽく流せたと思うが少々無理があった気がする。
俺は感情を表に出さないよう笑みを浮かべながら、内心冷や汗をダラダラかいてアリスの反応を伺う。
そうして俺の視線を受けたアリスは、きょとんとした顔で思考した後、やはりいつものように満面の笑みで応えてくれた。
「うん……、少しだけ食べてみたいかも!」
すっごく美味しそう、と満面の笑みで。
「………………は?」
日は赤く焼け、時刻は夕暮れへと差し掛かる。
夕焼けを背負ったアリスの瞳は、微かな狂気を孕んでいた。




