13話
夢を見ている。
とても、とても不幸な夢。
そこはファンタジーな世界とは違う現代の日本で、ある男は不幸にも職を探していた。
俺は知ってる。この男が職につく事はない。
だって男は、川で滑って頭を打って死ぬのだから。
ならばもし、男があの時川になど入らずに直帰していたらどのような人生を送っていたのか。
考えても仕方がない。だって男にはあり得ない未来の話だから。
遺された男の家族は、どうしているのだろう。
きっと笑いあってるに違いない。だって男は家族のお荷物だったのだから。
妹曰く、働かない兄は乙女ゲームでもして、ゲームの中の男達を見習うべきらしい。
母曰く、働く事は人生の幸福であり、生き甲斐であるらしい。
就職できない馬鹿な息子に、よく言い聞かせていた。
それならある意味、働く事を知らずに死ねたのは幸福なことだったのかもしれなかった。
■ □ ■ □ ■ □
意識が浮遊していくのがわかる。
気絶する回数が増えると、そこから目覚める感覚にも慣れるのか、俺は重いと感じない瞼を難なく開ける。
「………ハァ」
思わず静かな空間に溜息が漏れる。
今は夜のようで、部屋は薄暗く窓から差し込む光は仄かに紅い。
それはこの世界の月が相変わらず紅いという事を物語っており、先程見た夢とは違い、此処が未だサイコで乙女ゲームな現実だと思い知らされる。
「なんつー夢を見てんだ俺は…」
とても幸せで懐かしく、不幸な夢だった。取り戻したいとは思えないけど、会いたいとは思う。そんな願望を実現したかのような夢。
「……俺は今、幸せか?」
サイコ乙女ゲームの攻略キャラに転生して、働かない時間と金のある人生を手に入れて。そして今は絶賛養われ中。
……あれ?めっちゃ幸せな人生じゃね??俺、幸福過ぎじゃない?
自問自答する必要すらなかった。俺は今、確かに幸せだ。
そう結論付けてベットから身を起こし、薄暗い部屋にある時計を見ると短針は12の数字を指していた。
「真夜中じゃねえか……」
二度寝する気にもなれず、俺は部屋の灯りを点けようとベットから下りたところでふと、身体に違和感を感じる。
そうだ。身体からどこも痛みを感じないのだ。
ガルフを殴った時に生じた両腕の痛みや、風邪を引いた時のような身体の怠さも全て無かったかのように消え去っている。
これも精霊の力なのか?スッゲェ……あの苦痛が嘘のように消えてる……
なんか、性能良すぎて逆に引くわ
精霊の恩恵を改めて実感し、感謝しながら部屋の灯りを点けると、この部屋、限定して言うなら俺の近くにガルフがいない事に今更ながら気がついた。
おかしい。あの時に喚び戻した筈なのに。
「………あれ、これ危ないやつじゃね?」
主に俺の免疫力的な意味で。
しかし身体を動かしてみるも体調の変化は見られず、勿論痛みも感じない。最高のコンディションだ。
しかしこのコンディションを保っているであろう精霊が見当たらない。
広い部屋の中を見渡してみるも、俺以外の人の影は一切ない。
ふ、見当たらなければ呼べばよかろうなのだ!!
そう考えた俺は期待を胸に、パンパン、と掌を合わせて二回手を叩く。
これ、アニメとかで召使いを呼ぶシーンとしてやってたから一回やってみたかったんだよな!!
しかし30秒程待っても何も起きないので、まあ、アニメはアニメだと結論付けて、暇つぶしの為本棚にある本漁り、手に取る。
来るわけないよな。
「呼んだか」
フ ァ ?!!?!?!??
俺のすぐ背後から来るとは予想してなかった人物の声が聞こえ、ビックリして手の中の本を落としてしまった。
そして俺はゆっくりと、自身を冷静にさせながら後ろを振り返る。
するとそこには俺を苦痛地獄に叩き落とし、そして救い上げたド畜生精霊様が立っていた。
「……どこから出てきたんだ?」
「空間からだ」
「マジでか!!?!」
精霊ってマジでなんでもアリだな!!
素直に精霊を感心していると、ガルフはふと頬を緩めて、とても嬉しそうに微笑みながら言葉を紡ぐ。
「呼ばれた気がしたので出てきたのだが、まあアルジュが元気そうで何よりだ」
まあ!だいたい全部お前の所為だけどな!!!!!
と、声を大にして言いたいが、ガルフが姿を消した原因は何となく察せれるので黙っておく事にした。
俺ってば寛容!!
それよりも、ガルフってこんなキャラだっだか?なんか、初対面はすごい勢いで睨み付けられてた気がするんだが…………まあ、御し易すそうになってラッキーかな?
「それよりお前、今まで何処に行ってたんだよ」
こっちはお前と離れたせいで死にそうだったんだぞ!!
と副音声を付けて問いかけると、奴は複雑な顔をして黙り込む。
「………その質問に答える前に一つ、いいだろうか?」
と、決心したように、やっとの事で口を開いたガルフは複雑な顔のままで、しかし俺の質問には答えない。
そしていきなり、俺の答えを聞かずに唐突に自身の右手を振り上げ、俺の頬に平手打ちをしてきた。
パァン、と俺がガルフを左拳で殴った時よりもいい音が部屋に響き、俺は反動で床に倒れる。
アイエエエ?!ビンタ?!ビンタなんで??!!
「ーーッなにすんだよ!!」
「いや、特に深い意味はない。……いや、違うな。……ただ、俺がお前から離れている間に出会った同胞が言っていたのだ。『契約者が間違った道を歩いていたり、迷っていたりしている時は、精霊が殴ってでも正して、道を教えてあげなくてはいけないよ』と」
「……つまり?」
「俺はお前を真人間に更生するために、戻ってきたという事だ。」
うわぁ!!なんて唐突なありがた迷惑なんだ!!全然嬉しくねぇ!!!誰だよコイツを御し易いとか言った奴!!!
それと、
と、まだガルフは言葉を続ける。
「それと、先程の平手は先日の仕返しでもあるな。いきなり攻撃されるショックを思い知ったか馬鹿者め。」
うん。あの時は熱で頭がどうにかしてたとは思う。頭の中にはガルフを殴ることしか浮かんでなかったしな。でも反省も後悔もしてないぞ!!
「また、お前を更生させると言ったがお前はまだ齢10の子供だ。しかも数年もの間、部屋に軟禁されていたと聞いている。だからこそ時間が掛かることを承知の上で、お前にこの言葉を捧げよう。」
そして奴は綺麗に微笑み、とんでもない事を宣言しやがった。
「覚悟しろ。『俺が』『お前を』『人間にしてやる』」
「ーーーーーーーーーッ!」
なあガルフよ……俺がお前に今言いたいことは沢山あるが、まずは俺の言葉を聞いてくれ。
なにも飾っていない、ただ素直な感想だ。
「ーーー俺を殺す気かお前は!!」
※ 主人公は働く事を知らない子供です。




