12話
医者の真面目な台詞にクソみたいな感想を返した俺だが、医者の言いたい事は熱に溶かされた脳でもなんとなく理解できる。
「……えっと……つまり、ガルフを呼び戻せば良いって事ですか?」
「えぇ、まあ…はい。その通りでございます。精霊様と物理的距離を縮めることで不安定な魂はバランスを取り戻し、症状も徐々に回復する事でしょう。」
身体が怠過ぎてよく考えられないが、つまり呼び出したガルフの顔を助走をつけて殴ればハッピーエンドと言うことですね分かります。
「……へーナルホドナルホド。じゃあ早速呼び出してみますね。」
「は…?出来るのですか?」
「え、無理なの?」
「あ…いえ、精霊を呼び出せるのは殿下だけですので……殿下が呼び出せるならば、いや、しかし…」
何か医者がゴチャゴチャ言ってるがめんど臭いので聞き流す。
あぁ、早くガルフに会いたい(殴りたい)。この遣る瀬無い痛みと苦しみを彼奴にも分け与えてやりたい。ぶっちゃけ一回だけでもいいからイケメンの顔をグーパンしてみたいだけの人生だった。
イケメンの登場を心待ちにしている乙女達って、多分こんな心境なんだろうなぁ、とか思ってたらクレイジー乙女の妹が懐かしく感じて、何故だか酷く悲しくなった。
クレイジー乙女のマイ リトルシスターは、今頃何をしているのだろうか。
俺は悲しい気持ちとイケメンを張っ倒したい気持ちとが混ぜ合わさった混沌とした精神状態のまま、メイドさんに部屋の本棚にある精霊図鑑を取ってくるよう命令する。
「あの……殿下。私達のような者が精霊召喚という重大な儀式の場に参加して宜しいのでしょうか?」
メイドさんは俺に精霊図鑑を差し出しながら、おずおずとした様子で聞いてくる。
「…ん?いいんじゃね?」
メイドさんの質問の意味がよくわからなかったのと、精神状態が最悪なのとで思考能力は塵芥も残って無かったから適当に返事を返した。
何やら感激しているらしいメイドさんに手伝って貰いながら万能薬こと鍵の精霊のページを見つけ、召喚の呪文を目でなぞる。
前回はこの厨二臭い呪文を唱えるのにとてもワクワクしたものだが、今は身体的にも精神的にもそんな余裕はない。
兎に角今は、妹が恋しい。
何故か凄く、ガルフを殴りたい。
「……えーっと、『全ての扉を守護する鍵の精霊よ。世界と世界の次元を超えて我が元に現れよ。我はその魂をもって、汝が欲求に応えよう』」
メイドさんや医者は黙り込み、部屋には俺が呪文を読む声のみが響く。
二度目になるこの呪文。
前回の召喚のように、俺は心から精霊が召喚されますようにと祈った。
何が何でも殴りたいからな!!!
少し間を置いた後、俺の周りが一斉に発光し、明るい室内が更に明るくなる。
精霊召喚する度に起こるこの謎発光は何なのか。
深夜に入る、ちょっとエッチいアニメの謎の不自然な光りみたいだなぁ、と余計なことに思考回路を使っていると、前回のように俺の前方に光りの粒が集束し、不機嫌そうな顔をした銀髪大男が姿を現した。
そう。俺の前方。つまり医者の真横に、である。
余談だが俺の現在の態勢を記述しておこう。
俺は今、ベットに腰掛けながら精霊図鑑を広げ医者の方を向いている。
まあ、診察してたんだから当然だ。動くのも面倒だったからな!
医者も医者で、俺を診察していた場所から少し横にずれただけで、固唾を飲んで俺の精霊召喚シーンを見守っていた。
閑話休題
急に真横から図体のでかい精霊が現れたらそりゃあビビるだろう。医者は椅子からから転げ落ち、腰を抜かしてしまった。
しかし当の精霊はそんな医者に気を配るわけでも無く、不機嫌な表情でこっちを見ながら押し黙っている。
……ふむ。殴るには少し遠いな。
「……ガルフ。ちょっと来て」
俺は上げるだけで痛む腕を根性で使って奴を手招きをし近づいてしゃがむよう指示を出す。
ガルフは何も言わず険しい表情のままホイホイと俺に近づいてくる。
そして俺はとてもベストな位置でしゃがんだ奴へ、予備動作を極力無くした渾身の力でアッパーを放つ。
角度、速度共に今世最高の威力であろうこの拳は、さながら振り子のように軌道を描いて彼奴の顎へと吸い込まれていきーーーーガルフ自身の左手で防がれた。
「ーーーーーッ!!!」
止められた……だと…っ!!
パァンと、とてもいい音を出して止められた俺の渾身の右拳は、ガルフの左手にすっぽりと収まっており、攻撃の威力も上手く殺されていた。
周りから驚いたような声や悲鳴が聞こえるが知ったこっちゃない。
ガルフ自身も驚いたような顔をしているので、攻撃するのを読まれていたという訳では無いようだ。
ーー反射的な防御か。ズルい。
「……いたい」
つーか痛い。凄く痛い。拳の方はガルフに威力を殺され、やんわりと受け止めてくれたので痛みは無いが、アッパーをかます為に突き上げた腕自身に痛みが駆け巡っている。
おそらくこれも、ガルフと離れた為に再発したアルジュの病気だろう。
痛い。訳わかんないくらい痛い!例えるなら腕じゅうに太い針を刺されまくってるような痛みだねクソ痛えぞ!!
「ーーおい、アルジュ」
ガルフは何か言いたげな表情で見てくるが、俺は構わず右腕の痛みを堪えながら左拳を握る。
精霊と距離を縮めると症状は良くなるんじゃなかったのかよ…!
だがしかし!駄菓子菓子!!俺はまだガルフを殴れていない!
一発防がれただけで、諦めてたまるかよ!!!
「ーーークッソ!!」
俺は掴まれていない方の左腕を気合で振りかぶり、奴にフックをお見舞いする。
右腕の痛みが邪魔をし、弱々しい攻撃になった左拳のフックは、しかし遂に奴の頬へヒットした。
バチン、と弱々しくと奴の頬へ当たった拳は、やはりと言うべきかなんなのか、激痛を訴え地に落ちる。
渾身の一撃だった右とは違い、疲弊しきった左だった為か、あまり痛そうじゃないのが腹ただしい。
殴った方が痛いとか……割に合わねぇ……
両腕の痛みに脳が支配されて、なんだかもう訳が分からなくなってきたのと、召喚の影響で眠くなってきたのとでもう身体が限界が近いのを察した俺は、前のめりに倒れてガルフに身体を預け、意識が落ちるのを確認する。
「ーーおい。おい!どうした!?アルジュ!おい!!」
「……うっさい…」
耳元でギャーギャー騒ぐガルフがウザいので、落ちる前に一言恨み言でも吐いておこうか。
「……お前の所為で……死にそうなくらい痛いんだから…大人しく殴られろよな、阿保め…」
言葉を発するのには、不思議と痛みは感じなかった。




