10話
気分が悪いまま自室付近に戻ると、部屋の扉の前にメイドさんたちが立っているのが見えた。メイドさんたちは俺が戻ったのを確認すると、軽く礼をし口を開く。
「お帰りなさいませ殿下。本日午後3時頃からマナーの教師がお見えになります。只今の時刻は2時丁度ですので、急いで準備をいたしましょう。」
そう言ってメイドさんたちは俺を引っ張って部屋の中に入れ、俺を着せ替え人間にする為の準備を始める。
おいおいおいちょっと待て。俺はガルフと喧嘩して疲れてるんだ。しかも気分悪いし、ぶっちゃけマナーとか、そんな気分じゃないんだよ!
「ちょ、まってまって、まだ1時間近くあるじゃないですか。それに今日は気分が悪いから休みたいなぁ〜、なんて」
チラッチラッとメイドさんたちを見たら、メイド長らしき人に睨まれた。
アッハイ。大人しく人形になってろって事っすね分かりました。
メイドの睨みがガルフとどっこいどっこいの迫力だったせいか、またあの精霊の悲しそうな顔を思い出してしまう。
何であんなに怒ったんだろ?わけわかめだ。
人間誰しも働きたくないと思うときはあるだろう。
俺の場合は毎日そうなだけで、何もおかしくはない筈なのに。
……筈なのに、あいつの説教は心にキた。すごい罪悪感を感じた。
例えるなら、今まで大切に育ててくれた母ちゃんに「頼むから働いてくれ」と泣きつかれている心境だ。大事な母ちゃんに泣きつかれたら働いていない己を不甲斐なく感じてしまうだろ?
まあ、俺は絶対に働かねえけどな!
パンダのように生きるという目標を持つ俺に『働く』はハードルが高過ぎる。たとえガルフが俺に心的ダメージを与えてきたとしても、俺は絶対に働かない。自由気儘に生きてやるぜ!
そのせいでガルフが契約を解除するとかして来ても、か、悲しくなんかないしな!
俺が働かない決意を固めている間にも、メイドさんたちは効率よく俺を着替えさせていく。
俺は何一つ触れていないのに、自動的に服や髪型が綺麗にまとまっていくのを見ているのは中々に楽しい。
自分で着替えなくてもいいのは楽でいいな!一家に欲しいね!メイドさん!
しばらくすると俺は着替え終わった。
俺を着替えさせていたメイドさんたちは俺の事を次々と褒めてくる。なんか、むず痒い。
「よくお似合いです。殿下。」
「知ってる」
うん。俺も2日くらい前から自分のこと可愛いとか思ってた。
ドヤ顔で言ったらメイドさんたちに生暖かい目で見られた。
解せぬ。
と言っても流石は乙女ゲーム。クレイジーなキャラクターだったとしても容姿だけは完璧だ。この顔さえあれば例え城から追い出されたとしても養ってくれそうなお姉さん達が沢山いそうである。
こりゃ最悪ヒモだな、うん。
「これからいらっしゃる先生はドミルリィ家のソフィア先生です。くれぐれも粗相の無いようお願いいたします」
と、メイド長さんが厳しい顔で言ってきた。
ドミルリィ家…?アルジュの記憶を探ってみるが、その家に関しての知識は無い。っていうか貴族の知識が無い。
「……わかりました」
取り敢えず適当に頷いておこう。
今の俺にはやる気は無い。疲れたらこの病弱設定使って仮病しよ。
今の時刻は2時30分
ソフィア先生とやらが来るまであと30分近くある。あとは何をするんだ?
そう疑問に思っていると、メイド長さんがすぐに答えを出してくれた。
「今から先生がいらっしゃる部屋に移動します。この部屋からかなり離れた場所にありますので急いで向かいましょう」
と、メイドさんたちが車椅子を引っ張て来て俺に座るよう促してくる。
……え、移動すんの?
ーーーーーーーーーーーーー
俺は今、猛烈に退屈である!
何しろ車椅子に乗せられて長い廊下を長時間移動しているだけだ。
……暇だ。暇すぎてなんか、眠くなってきた。素数を数えるのも飽きてきたし。っていうか逆にもっと眠くなったし。
車椅子はメイドさんが押してくれているから、もう寝ても……いいよね?
部屋に着いたら起こして下さい
そうして俺は睡魔に負けた。
…………怖いナニカに追い掛けられる。何に追い掛けられているのか分からないため、怖いという感想しか出てこない。俺は普段使わない足を必死に回して逃げていたが、ナニカは俺のスピードを軽々と超える。そしてとうとう俺は捕まり、ナニカにーーー「起きて下さい殿下!!」
「……ぅっわぁ!!!」
掛けられた声にびっくりして目を覚ます。
目を開けると、メイドさんが心配そうな表情で俺を見ていた。
「…………ごめんなさい。」
不思議と、そんな言葉が口から零れる。
………何か、怖い夢を見た気がする。でも、思い出せない。
なんの夢だっけか。
「大丈夫ですか?お部屋に着きましたから起こしました。先生はもう到着しておられます」
メイドさんは眼前の扉をノックし、取っ手を回して俺を部屋へと入れる。
そして俺は先程の夢の後味の悪さを忘れて魅入ってしまった。
広い部屋だ。俺の部屋よりも広いんじゃないかと思わせるくらいに広い。内装も綺麗に整っており、その中にこれまた綺麗な女性が優雅に椅子に座っている。
その女性は俺の姿を確認すると、優雅に椅子から立ち上がり、礼をした。
「ごきげんよう、第二王子殿下。私はドミルリィ家が次女、ソフィアと申します。この度は殿下のマナー教師を勤めさせていただきますわ。よろしくお願いいたします」
優雅である。
年は30歳くらいか、気品と知性に溢れている。薄い水色の髪を綺麗に流し、慈愛に満ちた蒼い目を俺に向けている。そして優雅に形を与えたらこの人になるのだと思わざるおえない程に、その佇まい、所作は美しい。
「……は、はじめまして。俺……あ、いや、私はアルジュ、です。アルジュ・ラ・レイスヴァーンと言います。よろしくお願いいたします」
車椅子の上で、俺は噛みながらも自分の名を名乗る。
多分俺の顔は真っ赤だろう。
照れからではない。羞恥から、である。
「あら、まずは挨拶の仕方から教えるべきですわね」
そしてソフィア先生は優雅に笑った。




