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ナイトメアハザード  作者: せっさ 拓馬
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第5話 訓練の日々

訓練の日々


俺はとりあえず一般隊員として、ANHDに任命された。

特殊隊員ガイストになれるかもしれないと一瞬期待したが、都リーダー曰く、最初の検査でなった人はまだいないとのこと。

とりあえず経験を積んで、目指していくことになる。


俺はカリキュラムを確認した。

大学の授業を思わせる単位制だ。

ここはナイトメアハザード研究機関なのだから、夢に関する講義レクチャーが多い。


睡眠学、心理学、精神病理学などがある。

応急手当、福祉用具などの実践授業もあるようなので、これらについては俺の介護の経験が役に立つ。


それにしても睡眠空間研究学とか、創造具現学、イメージ解放学などの講義は、何の授業なんだ?

ちょっと想像もつかない。


必修だからやることにはなるんだろうが、まるでファンタジーに出てくる魔法学校に入ったような授業内容だなと変な感慨を覚えた。



授業は大変だった。

聞いたことのない内容に、俺は戸惑ってばかりだった。


睡眠学では眠りに関する授業をより細かく検証した。

レム睡眠、ノンレム睡眠ぐらいは知っていたが、それが具体的にどういう状態を指すのか、睡眠時における脳波の違いは何かなどを細かく検査したりする。


ちなみにレム睡眠とは、Rapid Eye Movement『急速眼球運動』を意味する頭文字の略がREMになることに由来している。

レム睡眠は脳が活発に働いているにもかかわらず、体は眠っている状態だ。

ノンレム睡眠は脳も体も休んでいる段階で、程度によって4段階に分けられる。

これらの違いは脳波によって調べられるため、実際に日向やイヨカンの脳波を記録して分析する実習をしたこともあった。



幸い、勉強に関しては日向が、実技に関しては伊予が俺を手伝ってくれたので、しだいに授業内容についていけるようになった。

それでもかなり難しく、睡眠学の講義の時間なのに実習していることもしばしばだった。


だからと言って、大学と違って成績をつけられることはないのが救いだ。


ANHDはあくまでナイトメアハザードの研究機関なのだから、知っておく必要はあるが点数を要求されるわけではない。

あくまでも悪夢を研究することで、隊員にどのような素質があり、どの部署に向いているかを検査するためだ。


三ヶ月後には俺たちは研修期間を終え、いよいよ実習に入ることになっていた。



その際にどうしても避けて通ることのできない関門があった。

特殊隊員ガイストへの昇格試験だ。


これに受かるかどうかで、その人のここでの処遇が決まる。

一般隊員ならいずれはここを出て行かなくてはならなかった。

ここで働けるのはガイストのみだ。

そのための研究機関なのだから。


ある日、俺たちは都リーダーに呼び出されて、会議室に集められた。

会議室には俺たちのほかにも十数人の一般隊員がいた。


何を始めるのだろうと俺と日向がしゃべっていると、都リーダーが一人の中年の男とともに現れた。


年齢は50代ぐらいだろう。

日本人離れした長い鷲鼻を持ち、けわしい表情を浮かべている。

背広姿で直立不動の姿勢。

幾度かこの人の講習を受けたことがあるが、常にその姿勢を崩すことはなかった。

この人の印象は、●腕●トムに出てきたア●●の製作者●馬博士を思わせた。

そしてその印象にたがわず、この人の授業は難解で俺が一番苦手とする教授だ。

だが、この人こそナイトメアハザード研究の第一人者でもある。

ANHD設立の際にはこの人の研究成果なくしては、組織化できなかったほどの大御所だ。


「大隅教授、お願いします」


都リーダーが恭しく頭を下げた。


大隅教授は軽く咳払いすると、おもむろに話を切り出した。


「皆も知ってのとおり、研修期間の3ヵ月が過ぎた。ここに集まっている諸君はすでにある程度の過程を終了しており、実践に入ってもらう必要がある」


ここで一度口を切ると、大隅教授は話を続けた。


「そこで、君たちには直接、ナイトメアハザード内を探索してもらう」


どよめきが会議室内に起こった。

ナイトメアハザード内に入る? 

どうやって、と言うささやき声が聞こえてくる。


大隅教授は軽く咳をして隊員たちを黙らせた。

そして、何事もなかったように話し出した。


「ここにいるということは、それができる能力の持ち主であるということだが、その能力には個人差がある。すべての人間が悪夢と立ち向かえるわけではない。そこで君たちに最終テストを行いたい。今日の午後10時より該当者は指定された睡眠管理室に集合するように。名前を読み上げる」


その名の中には俺も日向も伊予も入っていた。


「名前を呼ばれた隊員は必ず参加する義務がある。このテスト結果をもって君たちが特殊隊員に任命するに足るかどうかを判断する。話は以上である」


そう言うと、大隅教授は退室していった。


都リーダーは実践前にこのマニュアルを読んでもらう必要があるとか言いながら、教本を配っていた。


まだ興奮冷めやらない隊員たちは、仲間内でいろいろうわさし合っていた。

俺たちもそうだ。


「聞いたかよ。俺も武蔵もイヨカンもか。ついにこの時が来たなァ」


日向は何となく嬉しそうだ。


「受かれば、ガイストの仲間入りか。あのドームの中に入れるんだな」


ドーム内はガイスト専用だったから、一度も入ったことがない。

正直すごい気になっていた。


「でも、なにをやるのかしら?」


意外と不安げなのはイヨカンだった。

いつもの元気印が全くない。


「まあ、その時になったらわかるだろうさ。この時のためにイメージトレーニング積んできたんだ」


日向はかなり前向きだ。

理由は、たぶん、あれなんだろう。


「めぐみもあまり気にしても仕方ない。なるようになるさ。そのために練習してきたんだろ」


俺が励ますと、イヨカンは少しうつむいた。


「うん。だよね。あたしも頑張るよ」

「さっ、その前に腹ごしらえだ。今のうちに食べておこうぜ」


俺はイヨカンに向かって親指を立てた。


「ありがと。励ましてくれて」


イヨカンはいつもの笑顔になると、先頭に立って食堂に向かって歩き出した。



食事を取って俺は部屋に戻った。

自分にあてがわれたこの部屋も、おそらく今日が最後だろう。

ガイストになれば、ドームのあるほうに移ることになる。

だめなときは、部屋替えになるけど…。


俺はあのナイトメアハザードの悪夢の日々、失われた思い出、そして都リーダーや日向、伊予との出会いまでのことを思い起こした。


ついに本番だ。


俺を初めて認めてくれた都リーダーに追いつきたい。

そして、そばにいてほしい。


俺にはまだできることは少ないけど、ガイストになったらやっと同じ場所に立てる。

そのために、俺はガイストになりたい。


俺はもらったマニュアルを見ながら、これから待ち受ける実技試験について、思いを新たにしていた。



その時が来た。


俺は9時45分にはすでに睡眠管理室に入った。

リラックスさせるためか、軽い心落ち着くBGMが流れている。


俺は部屋を見回した。

睡眠管理室は個人用病室を元に作られている。

他ではあまり見られない設備が備えつけてあった。


「ポリソムノグラム」と呼ばれる装置だ。

きっと悪夢を調べるということに特化しているために、こんな設備が必要になるんだろう。


「ポリソムノグラム」は睡眠状態を正確に調べるために使う。


具体的には脳波計、心電図、筋電図、眼球電図、呼吸数計測機、血圧表示計などのさまざまな装置を一体化したもので、これらのデータを一括して管理記録するためのものだ。

特に脳波については重要な指針になるため、従来の脳波計より大きく細かい表示ができるようになっていた。


天井にはカメラがあり、ここで隊員の表情や全データが中央作戦室に集まるようにセッティングされていた。

作戦室では大隅教授ら上層部が俺たちの状況を常にチェックして指示を出すことになっている。


脇には常に担当の医者、看護師、そして計測のための調査員が待機している。

たかが睡眠検査にここまでする必要はない。

だから、これらの調査員や医師は上層部からの指示のもと動いているのだろう。

失敗したり機密に関わるときは、口封じに何かされるってことはないとは思うが…。


俺は指示に従って、服を全部脱ぎオムツをはいた。

このときだけは俺がオムツ姿でも誰も馬鹿にしない。

それだけでもホッとする。


俺はベッドに体を横たえた。

体中に接続端子のついたパットを張られ、頭には脳波計測用のフルヘルメットをかぶる。

そのせいでカバーを下すと前が見えない。

まあ、寝るんだから前が真っ暗でもあまり関係ないが。


右手の人差し指に何かはさまれた感覚があった。

パルスオキシメーター計測器がつけられたのだと、ピンときた。


俺は寝つきがいいほうなので、横になるとすぐに寝てしまうが、寝つきが悪い人は相当大変だろう。

20代後半ぐらいの看護婦さんが俺の前に来て、

「準備はいい?」と聞いてきた。


大丈夫です、と答える。


「あなたは寝つきがいいのでホント助かるわ~」とか言ってくる。


そうか、他の隊員たち苦労してそうだなとかぼんやりと思う。

いかん、もう眠りたくなってきた。


「それじゃ、始めるわね。意識しないでいつものように眠りについて」


こんな装置つけられて意識しないでいつものようにって、そりゃ意識するなって言えば言うほど気にするだろ。


俺はそんなことを思いながら、数分もしないうちにイビキをかいていた。


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