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ナイトメアハザード  作者: せっさ 拓馬
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第3話 都リーダーとの出会い

都リーダーとの出会い


俺は介護の仕事にも慣れ、セクションリーダーになっていた。

全面に出るのは以前より少なくなり、デスクワークがかなり多くなっていた。


理由はというと、この仕事の最大の問題である腰痛だ。

どうしてもしゃがんだり、重い荷物を運ぶことが多いため、腰を痛めるのだ。


俺の知っていた先輩も椎間板ヘルニアになってしまい、辞めていった。

さすがにこの年齢で、あの病気はきつい。

俺はしだいに事務の仕事を多く取るようになった。



そんなある日、一人の女性が職場を訪れた。

年の頃は20代後半ぐらいだろう。


肩までふんわり広がったきれいな黒い髪の持ち主だった。

鼻は女性にしては高くて鼻筋が通っている。

薄くピンクの口紅を塗っていた。


この人を見て最初に思ったことは、人の顔を動物にたとえるなら、この人はリスだ、ということだった。


黒のブレザー、白ブラウスの制服に黒のスラックスをはいていた。

俺はこの服を見たことがあった。

ナイトメアハザード事件を調査している特殊隊員の制服だ。

名は確か・・・アンヘッドとか言ったような。


大きな胸、じゃなかった右胸のところには円と三本の白と赤の横線を組み合わせた隊員バッジが付けられている。

さっき思わず目が引き付けられてしまったが、出るところがかなり出ているため、地味な白黒制服姿にも関わらずセクシーさを醸し出していた。


ナイトメアハザード事件の特殊捜査官なら、本来なら有能キャリアウーマンなのだろうが、そんなところはあまり感じさせない。


しかし、切れ者なのは間違いないのだろう。


そうでなければ、こんな要職を任されるはずないからだ。

分からない人だな、というのが俺の第一印象だった。


「初めまして、私の名は『都千鶴みやこ ちづる』と言います。よろしくお願いしますね」


そう言うと、 茶色の瞳が動いて口元が上向き、ニコッと笑顔を浮かべた。

愛嬌たっぷりの表情だ。


「あなたは武蔵さんでしたよね?」

「は、はい」


俺がちょっと戸惑いながら答えると、都さんは目の前に一枚のプリントを配った。

いきなり取り出された紙に俺は少し緊張の表情になった。


それを見て取ったのか、都さんはまた笑顔を浮かべた。


「あっ、そんなたいしたものじゃないんですよ。休憩の休み時間の間に全部パッパッと書いちゃってくれませんか」


と、気楽に言っていたことを今でも思い出す。


それが気楽なんてものじゃない、俺の人生を大きく変えることになったのだ。


俺のプリント内容を見た都さんは、仕事の終了後、介護施設の玄関前で俺を待っていた。


「興味ある内容だから、相談に乗ってあげましょうか?」と。


俺は最初「なんだ、この変な女は」と思った。


これが俺の直属の上司となる都リーダーとの初めての出会いだった。



都リーダーはここでは話ができないからと、俺をファミレスに連れて行った。

ファミレスで好きなものを注文していいと言われたが、俺は緊張してドリンクバーしか頼めなかった。

都リーダーはなんか頼んだら料金安くなるのにとか、ブツクサ言いながらチョコパフェとドリンクバーを頼んだ。

パフェを頬張りながら、都リーダーはずばり聞いてきた。


「プリントを読ませてもらったわ。あなた、ひょっとして夢と現実の区別がつかないのじゃないの?」と。


それはまさに核心をついていた。



俺の寝小便の訳、それはトイレの夢があまりにも真に迫っているからだった。

夢が白黒という人は結構多い。

だが、俺にとっては夢はカラーで当たり前、しかも音も聞こえ、匂いもして、感覚すら感じられるものだ。

すごいことに怪我をすれば、鉄くさい血の味まで分かるというリアルさだ。

俺は夢を3D映画のごとく体験し、夢の中では自分はヒーローになって楽しんでいた。


しかし、この能力と引き替えに、俺は夢と現実の境が判らなくなった。


何しろ夜にトイレに行こうとして起きる。

布団をから出て電気をつける。

ミシミシきしむ階段をぺたぺた降りる。

トイレのドアがギーッと音をたてて開き、アンモニアの臭いがする。

この状態で俺は自分の頬をつねる。

痛い。

よし、間違いない。

俺は目の前の便器に勢いよく発射する。

そして、翌日には布団に黄色い世界地図が描けているというわけだった。


「あなたの夢は『明晰夢めいせきむ』よ」

「『めいせきむ』?」

「ええ、明晰夢は、今見ていることは夢だと気づいたまま見る夢のことよ。だから現実と変わらない感覚で夢を見ることが出来るわ。あなたの夢は群を抜いている。これほどの夢を見られるなら、夢が現実並にリアルに感じられ、自分の思い通りにできるんじゃない?」


「・・・・・・・」


俺は何も言えずに黙った。


しばらくお互いが沈黙するなか、居心地が悪くなった俺は何とか話題をひねり出した。


「どうして、都さんは俺が明晰夢の持ち主だって思ったんですか?」

「うーーん、どうしてかな。解決できない悩みを抱えている人ってね、夢に現れることがあるの。あなたもそうなんじゃないかって」


後になってそのことを聞いたら、都リーダーは俺が能力者だと、かなり確信を持っていたようだ。

うまく言いくるめて何とか来てもらおうと、かなり頭をひねったらしい。

都リーダーは一世一代の名演技、ハッタリの一言だった、と入隊後になって得意げに語った。


つまり、俺は都リーダーの演技にコロッとだまされたわけだ。

でも、そのときはその言葉が俺の心を動かした。


俺は思わず、泣いた。


涙が何もしないのに溢れてきて、下に落ちていった。

都リーダーは何も言わず、ただ頭を撫でてくれたことを覚えている。



俺が自分の秘密、夜尿症であり、今でもおむつをしていると自発的に明かしたのは、都リーダーが初めてだった。


大半の人は俺の話を聞くと、同情はする。

しかし、それだけだ。

他人にとって解決できない苦労話は、あくまでも他人事に過ぎない。

だから、同情だけだ。

何をすることなく、大変ですね~、と言うのだ。


俺は責める気にはならない。

自分だって、そんな話を聞かされても何もできないのだ。

同じような態度をとるだろう。

所詮、俺だって偽善者に過ぎないから。


もしくは正直だけど残酷な奴がするように、バカにして冷笑する。

こいつは劣った奴だと見下すのだ。


都リーダーはそのどちらでもなかった。

むしろ、俺が予想もできない行動に出た。


「あなたなら私が欲しがっている人かもしれない。明日にでも来てくれない?」

と言いだしたのだ。


そうと決まれば、行動は早かった。


俺は週末にも転入が決まり、働いていた介護施設を辞め、都リーダーに連れられて施設に入ることになったのだった。



厚生労働省対ナイトメアハザード対策局(the anti-nightmare hazard department of the Ministry of Health, Labor and Welfare 通称 ANHD・アンヘッド)は事件の問題解決のために新設された部署だ。


厚生労働省は国民の健康と厚生福祉を担当することから、当然の成り行きといえる。


この事件には悪夢を研究する必要があるとのことから、ANHDの職員は明晰夢の能力を持つ人を探し回っていた。

都リーダーもその中の一人だ。


しかし、日本において明晰夢の能力を持つ者はまれで、ANHDは各教育機関に通達して、社会人はおろか学生まで声をかけて募集していた。

そして、とうとう俺に声をかけてきたというわけだ。


ナイトメアハザード事件発生から二年以上経っても、まったく解決の見通しがたっていなかった政府にとっては、藁をも掴む思いなのに違いなかった。



こうして俺はANHDの一員となった。


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