第1話 プロローグ
プロローグ
俺の名は、武蔵尊。
2年前までは、引きこもりだった。
だが、今では特殊部隊の一員にされてしまった。
しかも、出撃は明日。
なぜ、こんな事になったんだろう?
俺は自分用にあてがわれた部屋のベッドに寝っ転がりながら、これまで起こってきたことについて整理してみようと思った。
正直に言えば、俺は今まで何の考えもなく生きてきた。
これと言って、特徴もないし、頭も良くない。
運動神経も大したことない。
顔も並程度。
だから、高望みはしまい。
ただ、世の中の流れに従って、無難に生きていければいい。
それが2年前までの俺の考えてきたことだった。
だけど、俺は平凡じゃなかった。
俺にはある悩みがあった。
それは『夜尿症』だ。
つまり、簡単に言えば、寝小便が治らないといういや~な問題だった。
当然のことだが、普通なら小学校に入るまでには治っているはずで、どんなに長くても10歳ぐらいには止まっている。
俺は高校生になっても、それが治っていない。
だから、今でもオムツが手放せない。
今、ここで笑った奴。
お前には俺の気持ちが分かっていない。
人前でお漏らしのすることの恐ろしさが。
クラスの中で自分の出した小便を雑巾で拭きながら、周りの奴らに指差され笑われることが、どれほどカッコ悪いか。
授業中、うたた寝することもできないんだぞ。
パンツの替わりにオシメ姿を見られるわけにはいかないから、トイレはいつも個室でこっそりだ。
着替えなんぞもってのほかで、人前でしたことすらない。
そんな俺の姿が不審がられて、いつも変な好奇心を持たれることになる。
いつもバレたらクラス中の笑い者、スクールカーストの最下層だ。
俺は小学、中学とも、あだ名は『小便小僧』だった。
その名で9年間も呼ばれることが、どれほど惨めだったか。想像して見ろ。
少しは俺の気持ちが分かったろうが!
俺はあの像を見るだけでも写ったテレビを壊したくなるぐらいだ。
高校になって、俺はようやくこのあだ名から解放されると思った。
新天地では俺のことを知る奴は居ない。
高校では、もっとうまくやろう。
決してバレないように振る舞い、幸せな学園生活をエンジョイするんだ。
今度こそ、まともな友人を作り、女の子と知り合って幸せなリア充ライフを、と思っていた。
しかし、その夢はわずか3日で終わった。
別なクラスに俺のことを知っている奴がいたのだ。
そいつは俺を指さし、
「おい、小便小僧。おまえもここに来たのか」
と告げ口しやがった。
かくして、翌日にはクラスの連中は俺を遠巻きにして、ぼそぼそとささやくようになっていた。
分かっているよ。
おまえらが何を言っているのか。
「どうせ、この年になっておねしょ? 恥ずかしい」
とか、そんなところだろ。
逆に同情めいた視線の方が、痛すぎて耐えられねえ。
わかったから、もうそんな目で見ないでくれ。
俺はたまらなくなってクラスを出た。
それ以来、二度と高校には行っていない。
それからが、いつものように大変だった。
俺の両親が俺を説得に来た。
「そんな事、気にしなくていい」とか、
「その程度でくじけていたら大人になったらどうするんだ」とか。
言われなくとも分かっている。
俺がそう言っても、両親は聞く耳を持たなかった。
「せめて高校は出なくては」とか
「社会に入ったら学歴が重視されるんだ。世間体もある」とか。
いい加減にしてくれ。
「頼むから、ほっといてくれよ」
俺はそう言うしかなかった。
翌日には担任の教師までやってきた。
若くて変に気合いの入っていた先生だ。
今まで全く俺のことを気にかけていなかったのに、こんな時になって慌ててやってきた。
「君のことは分かっている。何かと悩みもあるだろうが、話せば楽になるよ」
など言ってくる。
何ぬかしてやがる。
そこまで言うなら、おまえの背中に
『私は昨日寝小便をしました』
という張り紙でもはっつけてやろうか。
それで生徒全員から馬鹿にされても、呑気に教師をやってられるか?
そこまでできたんなら、尊敬して言うことを聞いてやる。
できるわけがないだろう。
おまえも偉ぶっていても、そんな目に遭わされたら翌日には退職しているはずだ。
俺はこの偽善的な説得にちっとも心を許せなかった。
両親はご丁寧にもこの教師にヘコヘコ礼をして、
「なにとぞよろしくお願いします」
と頼んでいた。
担任教師は
「わかりました。私の責任において、やってみます」
と調子のいいことを言った。
あのなあ、こんな空回りした先生がうまくいくはずないじゃないか。
今まで俺と接した奴が、そんな簡単に無責任なことを言って、結局はサジを投げるようにいつの間にかいなくなってしまう。
それがどうしてわからないんだよ。
どう見ても、この先生にはそんな覚悟なんかない。
俺は長年の経験から、それがよくわかっていた。
あー、うっとうしい。
また、明日になったら、高校へ行けだの、勉強をしろだの言われるのは目に見えている。
明日に何か災害があって、学校に行かないですめばいいのに。
俺には運動会に出たくないから学校が壊れてくれたら、と言う生徒の気持ちがよく分かる。
家を出たい。
だれも俺のことを知らない世界に行きたい。
俺はそんな事を考えながら、真っ暗な部屋で一人縮こまっていた。
皮肉にも俺の望みは叶えられた。
その日の深夜、大災害が起こり、日本は、いや世界は変わった。
後世、この夜に起こった惨劇のことを人々はこう呼んだ。
ナイトメアハザード、と。