3、総合テスト大問1
「総合テスト?」
渡された紙束の冒頭には『総合テスト』とデカデカと書かれていた。
そして、その後には小学生のテストにしては小さめの文字でびっしりと文章が書き込まれている。
「うわ、国語のテストかぁ……。しかも、5枚組とか」
「あれ? 抜けてた」
彼はランドセルをあさり、更に紙を引っ張り出してきた。
「8枚組やで!」
「げっ」
8枚の……しかも裏表にわたってびっしりと書かれた文章。
小学の自分がこんなテストを渡されたら絶対に泣いている。
しかし、目の前の彼はにこにこ笑っている。
今の小学生って勉強できるんだなぁ……。
「総合テストねぇ……」
とりあえず、最初の行に目を向けてみる。
『これまでのあらすじ:
たかし君は宇宙戦争に巻き込まれた地球を救うため、ゆうき君とともに宇宙へ飛びたちました。
そこで知ったのは、全宇宙を支配しようとたくらむギガンティック帝国とそれに立ち向かうイスカンダル皇国の存在でした。
たかし君とゆうき君はイスカンダル皇国に協力し、ギガンティック帝国の野望を打ち倒すことにしました。
この戦いに勝たなければ地球は占領されてしまうのです。』
「なんだこれ!?」
反射的に声が出た。
『ギガハイパーエキセントリックアルティメットスペースたかし君』がただの『たかし君』表記になっている以外、どうみても宇宙編のあらすじだ。
「な、なんだ……ま、まさか? このテスト全部、たかし君!?」
「そうやで!!」
少年が我が事のように自慢する。
少年の目は燃えている。
「いや、無いってば。そんなわけないだろ」
「だって、そうだよ」
彼は力強く断定する。
「ありえないってば。誰か止めるだろう、こんな蛮行」
「ここにあるよ?」
「いや、あるけど……あるけどさぁ……」
こんなものがあるわけがない。
よく考えろ、武井の算数テストだけでもたいがい非常識なのに、こんなものが計8枚も全クラスに配布されるなんて、あるわけがないんだ。
「え、嘘だろう? だって、他の先生とか、上の人とか、PTAとか、とにかく誰かダメっていうだろう、普通に考えてさ」
小学生に念押しすると、彼は
「兄ちゃんの目はあきめくらかね?」
と、妙に偉そうな態度で、最後の用紙の末尾を指差す。
そこには次のような文字が踊っていた。
『
キャラクター原案:武井先生
シナリオ原案:武井先生・森田先生
本文:清水先生
セリフ修正:南先生
設定考証:茂木先生
問題作成:森田先生・山田先生・川村先生・武井先生・茂木先生・清水先生・佐藤先生
スペシャルサンクス:岩泉教頭先生・3組高崎くんのお父さん・全ての先生
製作:東第三小学校 年度末テスト製作委員会
』
「いや…………」
あれ、思考が止まった。
ええと、こういうときにはどうすればいいんだっけ。
「いや…………嘘だろ」
「先生たち、盛り上がってたんやで!」
小学生がハイテンションに声を出す。
「おい……」
ただの名前の羅列だが、なぜかわからないが先生たちの張り切り度合いが伝わってくるようだ。
『キャラクター原案:武井先生』って……たかし君に肖像権とかあるのか?
「太郎」とか「花子」と同じじゃないの?
それに製作委員会ってなんだよ、商業作品かよ。
「あ……教頭先生の名前まで。教頭先生、止めなかったのか……?」
「教頭先生もノリがいい先生なんやで!」
ば、馬鹿な……誰か……誰かまともな人はいなかったのか!?
「違う……違うよ……なんか間違った方向にがんばっちゃってるよ……先生たち……」
駄目だ。
しょっぱなから俺の想定を大幅に超えている。
普通に変な算数問題が来るだけだと思ってたのに、なんで先生一同でこんなもん作っちゃってるんだ。
どうしてこんな事態になったんだ?
武井か? 武井なのか?
あいつにそんな力があったのか?
「な、なんで……こんなことになっちゃったの?」
「すごいやろ!」
違う。褒めてるんじゃないんだ。
まず納得の行く説明を求めているんだ。
「ええっと、なんで先生一同でたかし君を出したテストを作ることになったわけ? まず、そこを知りたいんだけどな」
「知らないけど、テスト前になんか先生たち盛り上がってたよ」
「どういう風に?」
「ん~、武井先生も南先生も山田先生も『期待してろよ!』って言ってた」
「ほ、他になにか手がかりは? こう謎の勢力が暗躍していたとか……」
「え? 知らない」
そっけなく返してくる小学生。
駄目だ。
彼からはこれ以上情報を引き出せそうにない。
もう一度テストをパラパラをめくってみる。
あちらこちらに「たかし君」や「ゆうき君」という単語が出てくる上、会話文のようなものがずらずら大量に記述されている。
冗談抜きで全部たかし君の話のようだ。
嘘だろ、おい。
「な、なんか、俺もうお腹いっぱいだわ。今度また落ち着いた時に読もうかな……」
テスト用紙を返そうとすると、小学生に侮蔑の眼差しを向けられた。
「兄ちゃんがそんな人とは思わなかったなー、やで。熱気が足らんで!」
そうは言われても、先生たちの変な気合が伝わってきてそれだけにつらい。
純真無垢な彼のような小学生であれば、どのような展開でも純粋に楽しめるのだろう。
しかし、心の汚れてしまった薄汚れた大人には厳しいことこの上ない。
昔封印した中二病がうずきそうな痛々しい世界が広がっている気がする。
「い、いや、いくらなんでも先生たちも大人だし、そこまで変なことにはなってないよな……?」
と少年に視線を投げかけると、
「バッチグーやで!」
と威勢よく返された。
『バッチグー』なんて、死語かと思った。
まさか、そんな言葉を発する現役小学生が存在するとは。
「ま、まぁ、武井も部分的にしか関わっていないみたいだし、バランスとれてるだろうしな」
気を取り直して、本文に目を向けてみる。
『大問1:[本文]
(前略)
イスカンダルの春の匂いを載せた風が草原を吹き抜け、ゆうき君とたかし君の[ア:ほお]をなでていきました。
今日はとてもいい天気で太陽が眩しいほどです。
「本気なのか」
「本気さ。僕が死んでこの星や地球のみんなが助かるのなら、悪くない死に方だと思わないか?」
体がぽかぽかしてとてもいい気分です。
ゆうき君は空を見上げました。
「だが……」
「たかし、よく聞け。ここは正念場なんだ。俺は覚悟を決めた。お前も覚悟を決めろ!」
たかし君は持ってきたお弁当を広げました。
ゆうき君はお弁当を忘れてきたので、たかし君と半分に[イ:わけました]。
「ゆうき……死ぬのは、お前なんだぞ」
「そんなことは、分かっている。この空は地球の空にそっくりだ。俺はただ、この空を誰かに[ウ:うばわれ]たくないだけなんだよ」
お弁当を食べ終えた二人は、しばらく[エ:けしき]に見とれていました。
「分かった。僕はもうなにも言わない」
「行こうか」
二人は遠足をとても楽しむと、一緒に家に帰りました。
』
「え……? ちょっとまって、なにこれ」
「テストやで」
「ぜ、全然大丈夫じゃない……全然バランスとれてない……むしろ悪化している……」
「この熱さ、伝わってくるよな、兄ちゃん!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。わ、悪いけど少し静かにしててくれないか?」
小学生を黙らせて、もう一度本文を読んでみる。
幻覚じゃない。
「先生達……」
俺、なんとなく学校の先生って厳格で常識的な人ばかりだと思ってました。
でも言われてみれば、時々ちょっとおもしろい先生っていましたよね。
ええ、確かにうっすらと記憶にはあります。
あははは
この小学校には、どういうわけかおもしろい先生ばかり集まってしまったんでしょうね。
武井みたいな。
「な、なぁ、悪いんだけど、俺もうこのへんで限界だわ。また気分が落ち着いてから読むから」
返そうとすると、
「なんで!? 読むの! 最後まで読むの!」
と瞬時に泣きそうな表情になった小学生に怒鳴られた。
「え、あ、あぁ……」
正直に言おう。
ネタとしては非常におもしろい。
しかし、それは突っ込み合う相手が居てこその楽しさであり、一人でこれに立ち向かえというのは拷問に等しい。
目の前の彼にツッコミを要求するのはさすがに酷だろうし。
「うぅ……」
「兄ちゃん、算数の問題は盛り上がってたじゃんかぁ!」
半分泣きそうな声で小学生が声を荒げる。
「あ、あぁ、そうなんだけど、あれぐらいが限界だよ。ここまでいかれるとさすがについていけないというか……」
「読むの!」
やばい、本気で泣きかねない。
彼は相当にこのテストに入れ込んでいるらしい。
このテストは武井のところに行って突っ込みを入れながら読みたい部類のシロモノだ。
しかし、今は読むしか無い。
「わ、分かった。読むよ、読むから!」
そう言って、もう一度本文に目を走らせる。
「ん? あれ、なんか地の文とセリフ、おかしくないか……?」
改めて見ると、いろいろおかしい。
特に
「たかし、よく聞け。ここは正念場なんだ。俺は覚悟を決めた。お前も覚悟を決めろ!」
↓
たかし君は持ってきたお弁当を広げました。
という流れがおかしい。
なんでゆうき君が啖呵を切っているのに、たかし君はお弁当を広げているんだろうか。
たかし君、空気読まなさすぎだろう。
「そこに気がつくとはさすが兄ちゃんやで!」
一瞬で笑顔になる小学生。
うわ、変わり身はやっ!
それに、てっきり怒るかと思ったのに、なぜか笑っている。
「どういうことだ……?」
「ちゃんと見るんやで!」
と小学生がまたスタッフリストのところを指さす。
『本文:清水先生
セリフ修正:南先生』
「清水先生が元の文章書いたんだけど、南先生がセリフとか書きなおしたんやで! 南先生が『がんばった!』って言ってたんやで!」
「そ、そうか……そんな裏話が」
しかし、なにもセリフにこだわらないで、直すなら直すで全部直せばいいのに。
変なふうに直すからちぐはぐじゃないか。
でも、あまりに大胆に直すと清水先生が機嫌悪くするとか、そういう理由で手加減したのだろうか。
なんかいろいろ裏事情がありそうだ……。
思いついて、地の文だけを拾い読みしてみる。
『イスカンダルの春の匂いを載せた風が草原を吹き抜け、ゆうき君とたかし君の[ア:ほお]をなでていきました。今日はとてもいい天気で太陽が眩しいほどです。体がぽかぽかしてとてもいい気分です。ゆうき君は空を見上げました。たかし君は持ってきたお弁当を広げました。ゆうき君はお弁当を忘れてきたので、たかし君と半分に[イ:わけました]。お弁当を食べ終えた二人は、しばらく[エ:けしき]に見とれていました。二人は遠足をとても楽しむと、一緒に家に帰りました。』
「これは……驚くほど刺激がない普通の遠足……」
これが、セリフの力で死地に赴くシチュエーションに無理やり書き換えられている。
南先生の筆は相当に豪腕だ。
「これ……最初から南先生が全部書けばいいんじゃないの?」
「清水先生は普段から小説とか書いてるんだって」
ほほお、なるほど。
清水という先生が話を書くのが得意だというので抜擢されて、こういうものを書いたわけだ。
しかし、南先生が「気に入らん」とばかりに強引に書き換えたのか。
なんか……いろいろあるんだなぁ。
「ちなみに、清水先生と南先生ってどういう先生?」
「ん~、清水先生は美人でかわいいって。授業中に武井先生がよく言ってる」
「おい、武井」
何口走ってるんだ。
なるほど、清水先生は女の先生なんだな。
「南先生はおもしろい先生だよ。でも、南先生は清水先生の文章は駄目だって言ってたよ」
「や、やっぱり、裏でいろいろ確執がありそうな……」
なんか、このテスト。
学校の裏の人間関係が見えてきそうだ。
こんなテスト作るなよ……。
「はぁ……まぁ、いいや。なんで本文見るだけでこんなに疲れてくるんだよ、このテスト」
虚脱感たっぷりに問題文に目を走らせる。
第一問目は、漢字問題と心情を推測する国語の問題だ。
「問題の内容はさすがに普通か……」
これで問題までおかしかったら、もう目も当てられない。
次の問題。
『草原からイスカンダル拠点基地までの距離は約1,600kmです。たかし君とゆうき君が時速8,000kmで航行した場合、移動にはどれだけの時間がかかるでしょうか』
「あ、あれ、算数……?」
彼に顔を向けると、彼はふんぞり返って
「総合テスト、っていったやん!」
と得意気に言った。
「総合テストって……複数の教科の総合ってことか。今はこういうテスト普通なのか?」
「先生たちが”ハツモノ”って言ってたで」
ハツモノ……ね。
初めての複数教科をまとめたテストが、コレ。
考え方は面白いとは思うけど、どうしてこんなに冒険してしまったんだろう。
「この問題自体は武井の算数と考えれば普通だな」
問題中に時速8,000kmという記述があるが、武井のクラスの生徒と俺は宇宙編の超高速戦闘に慣れっこだ。
今更驚くほどの数字ではない。
他のクラスの生徒達だって、初見とはいえ時速8,000km程度で驚くことはないだろう。
「ん……、あれ? 時速8,000kmって人の飛行速度として速いっけ遅いっけ?」
「遅いで」
「そうだよな」
彼と意見を確認しあってから次の問題に進む。
『次の図はたかし君の血液の流れを表しています。たかし君は普通の人と同じ体の構造をしています。ア~エのうち最も酸素を多く含む血液が流れているのはどれでしょうか。』
どうやら理科の問題のようだ。
本当に複数の教科を含めているらしい。
「……って、おい! 真空で生きていける人間と普通の人間が同じ構造をしているわけがないだろ……」
図を見ると「肺」や「心臓」といった部位の模式図が描かれている。
どこにも不審な点がないこと自体が不審だ。
子供たちだって、『同じ体の構造』って書いてあげないとたかし君の超人的な呼吸器系を無駄に考察してしまうだろう。
「っていうか、別にこの問題、たかし君を登場させる必要ないじゃないか……普通に人体の構造でいいじゃん」
「兄ちゃんはわかってないんやで」
小学生がやれやれと外人風に肩をすくめてみせる。
な、なんだよ……。
次の問題は、社会の地理だ。
『狭い湾が複雑に入り込んだ……』
「あ、リアス式海岸」
解答欄を見ると、正解だった。
なぜか覚えているリアス式海岸。
しかし、問題文中に全くたかし君が登場しない。
こうなると、真面目な社会が一人だけ浮いているようにも思えてしまう。
次の問題に目を向ける。
『魔法少女プリティミカミカデラックスの正体は、たかし君とゆうき君と同じクラスのミカさんです』
一行目で突然の不意打ちを受けた。
「ちょ、ちょっとまって……俺、プリティミカミカデラックスなんて知らないんだけど……まさか、新キャラ?」
「そうやで!」
「あのさ……先生たち、何考えてるの? 終わらせる気があるのか!? なんでここまで来て新キャラとか出すんだよ! おいってば、おい!」
「でも熱いんやで!」
彼がガッツポーズを決める。
彼はそれしか言葉を知らないのだろうか。
「ええっと……」
このネーミングセンスは武井に違いない。
とりあえず名前には目を瞑って続きを読む。
『二人に遅れてイスカンダルに到着したミカさんは、イスカンダル公園の平均台の中心から2メートルのところに立っています。反対側の中心から3メートルのところに26kgの重りを置いたところ平均台が水平になりました。ミカさんの体重はいくつでしょう』
なんだこの唐突な文章展開。
イスカンダルに到着したことに関しての記述が一切なく、いきなり体重問題に発展する。
これは男の子ばかりでは女子に悪いと考えた先生たちが無理やり追加した問題かもしれない。
しかし、本文に登場してないところがあからさまに後付臭い。
そして、メインストーリーからハブられてる感があって寂寥感まで伴う。
そこまで無理した上でいきなり体重問題とか、ちょっとどうなの?
「あ、あのさぁ……今更なんだけど、この先生たち、大丈夫?」
「大丈夫や!」
小学生が太鼓判を押す。
嘘だ。
全然、安心できない。
「とりあえず、大問が一つ終わったな……はぁ、さすがに長いな」
一息つく。
「……あれ、大問が一つ?」
改めてテスト用紙を見ると、まだ一枚目の2/3ほどだった。
「まだこれだ……け……?」
一枚以下の分量でこれだけの疲労感……?
これが8枚裏表にわたって続く……
上級者向けすぎる……!!
「書いた方もすごいが……これをやった生徒たちがすげぇ……」
そうつぶやいた自分の声が、なんとなく震えているような気がした。
果たして最後まで俺の体力が持つだろうか。
このテスト問題は、今までの武井のテスト問題とはケタ違いの体力と気力を要求される。
すでに俺のHPは赤文字だ。
「な、なぁ、やっぱり続きは……」
「最後まで読むの!」
「は、はいはい……」
しばし、途方に暮れた。