06話 風が吹く庭
風精霊様と話し終えて少し経った頃に、タニアさんから食堂に呼ばれた。外を見ると、太陽は頂点よりやや下がっているようだ。
この世界でも、太陽が昇って沈むという1日の流れは同じようで、今は昼下がりといったところだろうか。
食堂に着くと、ほんのり甘い香りとハーブのような香りが鼻をくすぐる。
テーブルの上にはクッキーが置いてあり、ハーブの香りはティーポットから漂っていて、その香りから判断すると紅茶と思われる。
朝は軽め、昼はもっと軽めの量で済ませるようだ。
全員分のカップに、タニアさんが紅茶を注いでくれる。俺と兄の分には、追加でシロップを小さじ一杯分くらい入れてくれた。
以前よりも甘い物がおいしく感じられる、結構な甘党になっているようだ。やっぱり子供の体は、糖分を欲するんだろうか。
「タニアお姉ちゃん、ありがとうございます」
そう言うと、タニアさんは優しそうに微笑みながら、どういたしましてと返してくれた。
全員分紅茶が行き渡ると、母がいただきましょうと言い、昼食兼おやつとなった。
・・・・・・
昼食が終わり、午後の自由時間となった。子供の身だと自由時間が沢山ある、ほぼ自由時間とも言える程には。
兄が庭に出て遊びたいと母に言っている。折角なので、俺も庭に出てみようかな?
魔法について、少し思うところもある事だし。
「二人とも、タニアちゃんが見える範囲から、離れちゃダメよ」
「はーい!」
子供は、元気がいいなぁ……。
「リーサちゃんも、分かった?」
「はい、分かりました」
ついつい兄の様子に和んでたら、返事をするのを忘れてしまった。
「タニアちゃん、お庭で二人の様子を見ててくれるかしら」
「はい、かしこまりました」
周囲は柵で囲まれているが、なかなか広く大きな庭のようだ。柵がなければ、直接森に入って行けるな。
空は良く晴れており、風もそよそよと心地よく、日本の春に似た気候をしている。
庭の隅っこに切り株があったので、そこに腰掛けて兄の様子をのんびり観察してみる。
スコップを片手に、楽しそうに何かをしている。どうやらその一角は砂場になっているみたいで、砂山を作って遊んでいるようだ。
世界が違っても、子供の遊びは似たようなものなんだなぁ。
さて、魔法に関して考察してみよう。考察と、小規模な実験くらいだろうか。
とりあえず、両親や兄、それにタニアさんが何かの魔法を使っている光景はまだ見た事がない。
単に使う必要がないから使っていないだけかもしれないけれど、使うことそのものが禁止されているのかもしれない。
考察はともかく、実験は念のために遠くから見られても悟られない程度の規模にしておこう。
まずは指輪についての考察をしよう。この指輪は金属だから地中に関係していると言えるはず。だから地精霊様が作ることができたんだろうし、地の魔法なんだと思う。
その効果についても、バンソの効果が傷に有効との事だから、それを魔力で強化して発現させるとか、そんな感じだろうか。
次に、風の遮光魔法についてだ。これは風精霊様に関連した魔法らしいから、空気の屈折率とかを変化させて、一部の光を当たらないようにしているんじゃないだろうか。一部の波長のみを除去なんて、かなり高度な気はするけれども、とりあえずそう解釈しておく。
今度は実験だ。魔法は、俺が使いたいと思えば自由に使うことができるものなんだろうか。
その辺りに風精霊様も漂っているので、とりあえず風に関連したものでも試してみよう。
『風精霊様、周囲に小さな風を起こして下さい』
おぉ、微かに力の抜ける感覚と共に、頬を撫でるような風が吹いた。精霊様にお願いする事で、魔法は使えるらしい。
意図的に自分で発動させたことで、ようやく魔法が使えると実感が沸いてきた。
そして次の実験は、言葉が喋れない頃に意思を読み取ってくれたと言う事を前提にした内容になる。
それが可能であるのなら、精霊様を意識した上で、強く念じるだけでも魔法を使うことができるんじゃないだろうか。
今度は言葉にしない分だけイメージがしづらいので、身振りを加えることにする。手を目の前にかざして、小さな風が起こるように念じてみる。
少しの間を置いた後で、先程と同様に少し力が抜けるような感覚があり、指先に微かな風が吹いた。
そのままの姿勢で、念のために今度はもう少し強めの風を起こすように念じてみた。
また少しの間があり、やはり力の抜ける感覚がしたが、指先にさっきよりも強い風を感じ取ることができた。
どうやら、念じるだけでも魔法は使えるみたいだ。ただ、言葉にした場合と念じただけの場合だと、言葉にした方がその発動は早いみたいだ。
この差は単純に、俺のイメージ不足によるものかもしれないから、今後も練習することで解決するかもしれない。
果たして、どんな規模の魔法を使えるのかというのは気になるところだが、今ではなく1人になれた時にでも試してみよう。
残りの時間は子供らしく、兄と一緒に遊んで過ごすことにした。
そろそろ日も傾いてきて、辺りが赤く染まりだしている。
この世界も朝には日が昇り、夜になれば日が沈んで暗くなって行くのは同じようだ。
夜になると別の太陽が昇るとか、変な世界じゃなくて良かった。
さて、時間も遅くなってきたので、今日はこの辺りで戻り、今日という1日の残り時間をゆっくりと楽しもう。