47話 魔法と魔術の違い
私が攻撃用の魔術を練習するようになったのは、懐炉の作成を依頼した日からだった。
あの日以来、魔術の練習は欠かさず毎日やっているので、別段後ろめたいことは何も無い。それでも誤魔化すように笑うしかなかったのは、練習の成果が今のところ何も出ていないからだ。
・・・・・・
地の月がもうすぐ終わるという──最近はずっと肌寒かった──のに、今日はなぜこんなに暑いのだろうか。ただ座っているだけなのに、窓からの日差しは心地好いを通り越して暑いくらいだ。
夜は冷えるだろうと着てきた上着は既に脱ぎ、椅子の背もたれに掛けてある。こんなに暑いと手うちわでは雀の涙ほどの効果しか得られないので、私は魔法を使って涼を取っている。
「今日は、季節外れな暑さですねー……」
「そうじゃなぁ、依頼の品もこんな陽気だと要らんじゃろうて」
「今だけは、何か身体を冷やす物を依頼したいくらいです」
前々からこれから先の季節は懐炉が欲しいと考えていたので、今日はその作成依頼をしにきている。けれど、今だけは必要になりそうもない。それよりも、涼しい木陰でのんびりとしていたい気分だ。
「冷やすというと……今もじゃが、嬢ちゃんは息をするように魔法を使っとるのう」
深い皺の刻まれた顔をしかめながら、私を見ている。
「暑いので、ついつい……」
悪いことをしているつもりはないけれど、その顔を見ると少し言い訳がましい表現になってしまう。
「それを咎めるつもりはないが、魔術はともかく魔法はあまり人前でやらん方がええぞ?」
「外では気を付けてますよ」
顎に手を当てて、そこに生えている髭を弄びながら話を続ける。
「それならばいいんじゃが、見る者が見れば万が一ということはあるかもしれんからのう……」
「万が一?」
「そうじゃ、嬢ちゃんのような年若い魔術師は貴重なんじゃよ」
私が知ってる魔術師は、ラザル様とトックお爺さんだけなので、どちらも若いとは言えない。
「そして魔法まで使えるとなれば、魔術では比にもならん。現在使える者が居るという話は、全く聞いたことがないからの」
「ラザル様からも聞いたので、それは重々承知しているつもりです」
「そんなものを嬢ちゃんが使えることを知ってしまえば、よからぬことを企む輩もおるかもしれん」
私は少ししか魔術を知らないので、魔術と魔法の違いはあまり分からない。ごく初歩の魔術師か使えないので、それと比べたら魔法は便利──それに、精霊様と話せるのも楽しい──だけど、魔術と比べてそんなに有用なものなのだろうか?
「じゃから、何かあった時のためにも、自分の身は自分で守れるようにしたほうがいいと思うんじゃよ」
本当はラザルのところに行って保護した方が安全なんじゃろうけど……と、言葉を続ける。
身を守るといっても、具体的に何をしたらいいのだろうか。
「ラザル様みたいに、剣を持ち歩くとかですか?」
真っ先に浮かんだのは──たったいま話に挙がったからなのか、それとも私の知っている数少ない魔術師だからだろうか──以前会ったときにラザル様が持っていた剣だった。後から聞いた話では、あの剣は杖としても使えるように加工された特注品だということだ。
しかし、私は剣術を習っているけれど、体力作り以上の効果は無く実戦で使えるような代物ではない。
「多分嬢ちゃんがそんな物を持っても、相手に取り上げられるのがオチじゃろ」
自覚はしているので、反論をしようとも思わない。なにせ同年代の子供たちと試合をしても、あまり勝てることはないのだから。
「それよりも、簡単な攻撃魔術を使えるようになった方がいいじゃろうな」
確かに魔術なら、私でも取り上げられる心配はなさそうだ。
・・・・・・
魔術を練習するために連れられてきたのは地下室で、1階の店内と工房を合わせた以上の広さがあった。部屋の隅には机と椅子、色々な物が入った大きな樽、そして一番奥に丸い的がいくつか──樽の中にある弓の試し撃ち用だろうか?──置いてあるのみで、他には何もない殺風景な部屋だ。
「魔具の実験場じゃよ、ここなら十分に練習できるじゃろう」
トックお爺さんが、別の部屋から持ってきた杖と開かれた本を差し出してきた。
「ほれ、こいつであの的に当てるように魔術を使うんじゃ」
手渡された本を裏返して表紙を見ると、私がラザル様に貰ったのと同じ初級魔術の本だった。ここに載っているので日常生活に使う補助用の魔術であれば、もう本を見なくても使える。
しかし、今まで使い道を見出せなかった攻撃用の魔術になると話は別だ。開かれているページの内容は、極めて単純な魔力を飛ばすものだった。初めて読んだ頃の試し撃ち以外で、これを使ったことはない。
「魔力の礫よ……」
詠唱を始めると、杖の先から小さな魔力の塊が発生した。普段は実体のない光源や軽量化にしか魔術を使わないので、実体を持つ魔力の塊を出すのは、久し振りのことだ。
塊を指で突いてみると、石のような硬さはないけれど変形はしない。それに暖かくも冷たくもない、何とも不思議な手触りだ。この塊をもう少し大きくして、あとはグローブでもあればキャッチボールをするのに適した強度だろう。杖の先に浮かんでいるので重さは分からないけれど、これが当たれば痛そうではある。
脱線していた思考を戻し「標的を撃て」と続けると、魔力の塊が杖を離れて飛んでいく。
魔力の塊は緩やかな放物線を描いたけれど、的からは遙かに手前で地面に落ちてしまった。
「あれ、全然飛ばない?」
しばらく落ちた魔力の塊を見ていると、そこには最初から何も無かったかのように消滅してしまった。
途中で思考が脱線していたから、そのせいだろうか。そう思ってもう一度やっても最初とあまり変わらない軌道で飛び、やっぱり的に届くことはなく地面に落ち、しばらくすると消えてしまった。
魔法だと大体は思った通りに使えるので、魔術でも大差ないだろうと思っていただけに、この結果は予想外だった。
「ふむ……じゃあ次は、こいつを的に向かって投げるんじゃ」
そう言って私に、投げやすそうなサイズの小さな石を差し出してきた。杖を返して石を投げることに集中する。この距離では的まで届くと思えないけれど、やれるだけやってみよう。
「どこまで飛ぶかなーっと」
思い切り振りかぶって投げても想像通り、的には全然届かなかった。
「ほれ、もう1つじゃ」
言われた通り、再び手渡された石を全力で投げても、やっぱり先に投げた石とあまり変わらない場所で落ちてしまった。
「ふぅむ……やっぱりそうか」
「何がですか?」
「嬢ちゃんは魔力を飛ばすのに、投げる姿を思い浮かべとったんじゃないか?」
漠然と飛ぶようにイメージしていたと思うけど、言われてみるとそうかもしれない。
「うーん、かもしれません」
「あの石が落ちとる場所が、さっき嬢ちゃんの魔術が落ちたのと同じ辺りなんじゃよ」
石が落ちている付近を指で示して、そう言った。あまり魔力の塊が落ちた場所を気にしてなかったけど、きっとそうだったのだろう。
「実際に起こることを再現しすぎとるから、上手く飛ばんのじゃな」
話しながら、さっき私が渡した杖を的の方に向けた。先端には魔力の玉が浮かんでいる。
「現実の物事にとらわれず、自分のやりたいことを思い描くんじゃ」
話しながら適当に放たれた魔力の玉は、的に向かって吸い込まれるように飛んでいった。
「まぁ最初は全く動かせん者の方が多いから、嬢ちゃんの場合は飛んだだけ上出来な方じゃろ」
「でも、これじゃ使い物にはなりませんよね?」
「そうじゃな」
魔法なら上手くいくんだろうけど、魔術が使い物になるまではどれくらい掛かるんだろうか。
「そこで、感覚を掴むために道具を使う者もおる」
そう言いながら、樽の中の物を色々と引っ張りだしている。
「実際に投擲技術を身に付けたのも居ったし、弓を模した杖を使っとるのも居った」
「弓ですか?」
「あぁ、そやつは魔術師になる前は弓を使っとったようで、軌道が思い描きやすかったんじゃろう」
「私も、何か道具を使えば飛ばせるんでしょうか」
「嬢ちゃんが、既に使いこなせる物があればな」
遠くを撃てる道具で、私が使える物に心当たりなんてない。
「実際に使ったことが無かろうとも、想像さえうまく出来ればいいんじゃがな」
そう言われて、咄嗟には思い浮かぶ物は何も無い。弓に触ったことはないから、この前例を真似をしてもダメだろうし。
むしろ全然飛ばず落ちてしまうのが容易に想像できてしまうので、きっと魔術の軌道もそうなるのだろう。
「時間と魔力がある限り、練習してみるんじゃな」
・・・・・・
「家でも、練習はしていたんですよ?」
「その割に、さっぱりじゃな」
相変わらず的に当たらない私の魔術に対して、何かを言われるよりも前に弁明をしてしまう。
あの練習をしろと言われた日以来、私は投擲の練習をしている。庭に的を設置して、投げ易く加工した棒や石を投げてはいるけれど、あまり成果に結びついてはいない。
唯一の成果というならば、兄の運動神経がとても優秀だということを再確認したことくらいだろう。私の横で一緒になって投擲の練習をしていた兄は、最近では結構な頻度で的に当てるようになっていた。
「というわけで、サボっていたわけではなく、身に付いていないだけなんです」
「運動はさっぱりなんじゃな……まぁ、人には得手不得手もあるからのぅ」
身近に出来る人がいるので、それを自覚するには十分すぎる環境だ。
「それで、道具の方も何も思い付かんのじゃな」
「えぇ、そっちもさっぱりです」
あれから色々と考えてみたけれど、投石器も弓も全く扱えなかったので、私が使えそうな道具は全く思い浮かばなかった。
精霊様にも魔術で上手くいかないことについて相談したけれど、魔法で狙った位置に当てられるのは精霊様が補正をしているからだと言われた。
私が自分で細かい制御をしているわけじゃないから、上手く使えていただけの話ということだ。
結局は自分で正しい感覚を掴まなければ、攻撃用の魔術を使いこなすことは出来ないのだろう。




