46話 服にまつわる秘密
タニアさんの服を選んでいると、ふと奥にいる店員さんと目が合った。1度目はたまたま見ていただけだろうと、特に気にしなかった。しかし、2度3度と目が合うので、何か私達がしたのだろうかと、気になってう。
その後もタニアさんに衣装を勧めていると、またしても店員さんと目が合うことになった。今ので4度目となるので、とても偶然とは思えない。これは何か理由があるんだろうか?
よし、ここは警戒されないように人懐っこい子供を演じつつ、理由を聞きに行ってみることしよう。
トトッと小走りに店員さんの方に近付いて、声を掛けてみた。
「お兄さん、何か御用ですか?」
子供ならではとも言える警戒を抱かれない話し方は、ずっと生活している内にある程度は身に付いてしまった。外見や年齢的な役得──と言えるかは微妙なところだけど──を意図的に利用する子供なんて、あまり可愛気があるとは思えないけれども、今回は目を瞑ろう。
「いや、どうもしないよ?」
目線を逸らし気味にそう言われると、やっぱり何か思うところがあるんだろうというのが分かってしまう。きっとあまり嘘のつけない、正直な人なのだろう。
しかし、そんな正直な人が隠す"何か"に心当たりがないので、やっぱり気になってしまう。
「うーん……そう、ですか?」
少し考えるようにして首を傾げ、目線はしっかりと店員さんに向けている。これは我ながら、なんてあざといんだろうかと思わなくもない。
無邪気──に見えるであろう──な視線を受けて、たじろいでいる様子がよく分かる。あまりにも分かりやすい反応に、ちょっとだけ罪悪感を覚えてしまった。
「はぁ……分かった、話すよ。これは内緒の話なんだけどね?」
軽くため息をついてそう前置きをして、少し声を下げて私に話をしてくれた。
「僕は時折、うちに来るお客さん達を見て、あの人にはこんな服が似合いそうだなー、とか考えながら作ってるんだ」
今も書き掛けの図面を指さしている。
「それで、常連さんになると、話したりその人の服装を見ている内にどんなのが好きか、少しずつ分かってくるんだ」
時には自分の好みだけで作ることもあるけど、と言葉を継いだ。
「なるほど……それでさっきは、タニアさんのことを考えて作った服を、勧めようと思っていたんですね?」
細かい寸法までは完璧じゃないだろうけれど、その人のための一品物と言える服なんだ。半ばオーダーメイドのようなものだから、勧めたくなるのも当然だろう。
「いや、それはしないよ」
軽く首を振りながら、事も無げに否定されてしまった。何度も私達の方を見ていたのだから、てっきり勧めたいとばかり思ったのに違うようだ。
「あくまで僕の好みでしかないから、お客さんには自分で選んで欲しいんだ」
購入するかの最終決定は相手に任せる、ということらしい。それじゃあ私達の方を見ていた理由は……?
「ただ、いま彼女が試着している服は、僕がそう考えて作った物なんだよ」
「それで、気になって私達の方を見ていたんですね」
これで、何度も見られていたことも納得だ。この話を知った上で、改めて試着しているタニアさんを見てみると、自分で勧めた副とはいえ一層似合っているように感じる。
「それじゃ、私は戻りますね」
お礼を言ってからタニアさんの居る方に戻ろうとすると、
「今のことは、誰にも内緒だよ?」
釘を差されてしまった。
「えぇ、もちろんです」
作り手の秘められた心境を知ったことで、店内に並べられている服が今までよりも良い物に見えてくるのは不思議なものだ。もしかしたら、この中には私や他の家族のために作られた服もあるのかもしれない。
しかし自分の作ったものが相手に受け入れられるのは、結構嬉しいというのはよく分かる。ここでの買い物が終わったら、私も自分の試作品を取りに行こう。
・・・・・・
ここには冒険者用だけではなく日常生活用の魔具もあるので、皆はそれを見ているようだ。しかし、あまり待たせたくはないので、私は自分の用事を早く済ませよう。
「こんにちは、いらっしゃいませんかー」
いつも通りに──店番を置かなくていいのだろうかと疑問が頭をよぎるが──奥の部屋に居るであろう人物に声を掛けた。営業中の札が掛かっていたのだから、姿が見えなくてもそこにいるはずだ。
「あぁ、嬢ちゃんか。一応、例の物は出来とるぞ」
一応と頭に付いているのは、今回頼んだのが特殊なものだからだろう。
「ほれ、こいつじゃ」
私が受け取ったのは、手の上に乗る程度の小さな金属の容器だ。上部にはツマミが付いており、中には畜魔石が入っている。容器の表面には、魔具に特有の模様があるのとツマミがあること以外、変わった部分は見られない。
ここに使われている畜魔石は、容量が大きいけれど捨て石と呼ばれるタイプのものだ。今回は実験的に作って貰ったため、私が魔力を充填することを前提にしている。
機能としては、上部のツマミを捻ると高温になるというだけの至って単純な代物だ。ただ、その高温を維持するのには結構な魔力が必要らしく、再使用可能なタイプの畜魔石では値段が高く付いてしまうので、捨て石を使い作って貰った。
「どれどれ、どんなものかなっと」
早速上部のツマミを捻ってみたけれど、何も変化は起こらない。
「あれ……?」
試しに表面を擦ってみても、反応はない。
「これ、熱くなるまでに時間掛かります?」
「いや、そんなことはないぞ」
ツマミを元の位置に戻して捻り直しても、温度が変わる様子はない。
「うーん……何も起きませんね」
全体をくまなく調べても、上部のツマミ以外に操作出来そうな物は見当たらない。
「あぁそうじゃった、持続時間を調べるために魔力を使ったから、今は空じゃな」
「なるほど、では魔力入れちゃいますね」
「いや待──」
「熱っ!?」
思わずその場で手放してしまった。ツマミを捻ったままだったので、急に魔具が熱を持ったのだ。要望通りとはいえ、予想以上に熱くなるのが早かったため、心の準備ができていなかった。
「少し遅かったか。熱いから気を付けろと、言おうと思ったんじゃがな」
しかしこれだけ熱いのであれば、目的には十分使えそうだ。
一旦ツマミを戻して、魔力を込められるだけ込めてみる。
「これ、結構入りますね」
ある程度の魔力を込めた頃に、満タンまで充填されたのを感じた。私の魔力から見るに、1割以上は注ぎ込んだと思う。体感でしか判断できないけれど、これはかなり容量が大きいようだ。
「それでは……こうしてっと」
ハンカチを鞄から取り出して包んでみると、適度な温度に感じられる。
「嬢ちゃんの希望通りには作ったが、本当にこれを使うつもりか?」
「えぇ、もちろんです」
この辺りでは──手袋やマフ、帽子や襟巻きに外套等の──防寒具こそあるけれど、移動中に暖を取る方法はほとんど無いことに気付いた。もっと寒冷地であれば、もしかしたらそういう道具もあるかもしれないけれど、私にそんな遠くの生活事情を知る術はほぼ無い。
交通手段を考えると、そんな場所まで実際に見に行くことは難しいし、図書館に資料もなかったので本にも頼れない。知り合いに訊ねても、そこまで遠出をした人は居ないので、これもダメだった。私が確認できるのは、自分の生活圏だけのごく限られたものだ。
確認できた方法として、1つ目はごく単純で、飲食店で暖かい食事や飲み物を頼むことだった。そこに追加でお酒を飲む人も見られたが、多分これは仕事上がりの人だけに与えられた特権だろう。
次に、夜に市街を歩いている人は、周囲に設置された篝火に手を当てていることがあった。しかし今までに、暖を取るための携帯用道具を使う人というのは一度も見たことがなかった。
そこに着目して作ったのがこれだ。まだ実用段階とは言えないけれど、私が使う分には問題ないだろう。
「これ、どれくらい保ちます?」
「容量だけは大きいのを選んでおいたから、充填してあれば15刻くらいは行けたぞ」
高温で長持ちと──いつものことながら──私の頼んでいた条件は完璧に満たされている。
「もしかしたらまた幾つか頼むかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
「それは構わんが、嬢ちゃんの魔力じゃ、同時に何個も充填は出来んじゃろう?」
「うーん……他にあまり使わなければ、大丈夫ですよ」
私が日常生活で使っているのなんて──恒常的に使用している遮光魔法を除けば──せいぜい軽量化と光源の魔術くらいのものだ。だから、十分に余るだろう。
「他に使わなければ、とな。ふむ……時に嬢ちゃんよ、あれから攻撃魔術の方は上達しとるか?」
「え、えぇっと……」
この質問には、誤魔化すように笑うくらいしか反応が出来なかった。




