42話 日常への帰着
俺は、またもや馬車の上で揺られている。これで馬車に揺られての移動は3回目だろうか。もっとも今回は、今までのとは違い時間に余裕がある、気楽なものだけれど。
・・・・・・
『森の終わりまで来ちゃいましたね』
『ソウダナ』
ここで別れるのを思うと、やはりどうしても名残惜しく思えてくる。
『折角なので、一緒に来ませんか?』
『イヤ、ココヲ出ルツモリハナイ』
ダメ元で聞いてみたのだが、あっさりと断られてしまった。でも、いきなり住み慣れた場所から離れるかと言われても、普通はこうだろう。当然の反応だと予想は出来ていたけれど、それでもやっぱり残念だ。
それならせめて、ここまで助けて貰ったお返しはしておきたい。何が出来るかは分からないが。
『では、助けて頂いたお礼に、何か私に出来ることはありませんか?』
少し考えるようにしてから、おもむろに質問を投げ掛けてきた。
『マタ、我ト会イタイト望ムカ?』
意図は分からないが、これには何も迷うこともないので即答した。
『魔物ト会イタイナド、物好キナ奴ダ。ソレナラバ、オ前ノ魔力ガ籠モッタ物ヲ、何カ貰オウカ』
魔力が籠もった物って、何が良いんだろうか。ウツワ草に魔力を込めるくらいならやった事はあるが、手元にウツワ草はない。
それとも、やっぱり魔術的な物といえば、髪の毛とか爪とか、生き血だろうか? 幸いにも、髪ならばそれなりに提供できるのだが、それ以外はちょっと厳しい。
『えーっと、髪の毛なら多少は構いませんが、爪や血はあまり……』
『ナゼソウナル? ソンナモノハ要ラヌ』
あれ、魔術といえばそんな感じだと思っていたのだが、違うのか。
『今、身ニ付ケテイル物ナラバ、何デモイイ』
『服とか、この外套とか……?』
『イヤ、出来ルダケ長ク使ッテイル物ノ方ガ良イ』
長く使っているものか。さっき挙げた2品は、この森に来るために買った物なので、だいぶ汚れてはいるがまだ新しい。現状で、何かいい物は……あった。
『それなら、このリボンはどうでしょうか?』
俺の髪を束ねている、青いリボンを見せながら聞いてみた。これならば普段から髪を束ねるのに使う物なので、条件に合っている筈だ。
余談だが、俺の使うリボンは寒色の物が大半を占めている。俺の中に残っている男心が、どうしても暖色──特に赤とかピンク──には抵抗を覚えるからだ。
『フム、ソレヲ貰オウ』
それに魔力を込めてくれればいい、と続けて言った。
これとさっきの質問が、どう結びつくのかは分からない。しかし、これでお礼になると言うのだから、それで十分だろう。
『デハ、我ハ戻ル』
『ここまで、ありがとうございました』
特に返答も無く、森の奥まで行ってしまい、姿が見えなくなってしまった。
森で猫との別れを思い出していたら、突如馬車の外から声が聞こえてきた。
「街が見えてきたよ」
その声に反応して、馬車の縁から眺めてみると街が遠くに見えていた。何だか、こうして街に行くのがかなり久しぶりに感じる。まだ日が頂点に達していないので、十分明るい内に街まで行けるだろう。
・・・・・・
「隊長、最近見かけなかったですね」
「またどっかで暴れてたんですか?」
兵舎の横を通ると、隊長が訓練中の兵士さん達に色々と声を掛けられている。
「まぁそんなとこだ。とりあえず用事があるから、また後でな。さぁ、行こう」
前半は兵士さん達に、後半は俺に向かっての言葉だ。
前にも一度だけ通った兵舎の中を辿り、父が働いている部屋に着いた。結構広いので、自力でここまで辿り着けるかというと、あまり自信はない。
隊長が、ドンドンと扉を強くノックしている。この前の時もそうだったけど、本当に見た目通りだなぁ……と思わせられるノックの仕方だ。
「居るかー?」
「隊長? 戻られたんですね」
中から入室を促す声が聞こえてきたので、隊長と一緒に部屋に入った。
「おかえりなさいませ、ご無事で何よりです」
「俺の居ない間、苦労を掛けたな」
「いえいえ、いつもの事ですから」
いつもの事とさらりと言うので、冗談か本気か分からない。しかし否定する素振りもないし、隊長は普段からどれだけ外出の頻度が高いのだろう。
「それで、向こうの様子はどうでしたか?」
「大体解決したと考えていいだろう」
洞窟探索の結果を隊長が説明しているので、俺は黙って様子を見ている事にする。あくまで結果だけなので、猫と出会った等の過程は端折られていたが、別段結果に関係しないところなのでいいだろう。仮に必要であれば、後で俺が伝えればいいだけだろうし。
父は隊長に一通りの状況を聞くと、少し考えてから横で見ていた俺の方に振り向いた。状況の説明さえしてくれるのであれば、口を挟むこともないだろうと思って様子を見ていたのだが、何か俺にも聞きたいことがあるのだろうか?
そのまま様子を見ていると、俺の方まで来て目線を合わせるようにして屈み、声を掛けてきた。
「リーサもおかえり。怖い思いはしなかったかい?」
そういえば、隊長の状況説明が先だと思ったので、父にまだ挨拶をしていなかった。しかし労いの言葉だとは思うけれど、どこまでも子供扱いだなぁ……って、返事をする前に、何か抱き上げられてる!?
呆れた顔をする隊長と目が合ったが、きっと俺も同じような表情になっていることだろう。
「あの……お父様?」
「なんだい?」
「今はお仕事中ですよね」
「もちろん、そうだよ?」
それを分かっているのに、何で当然のように俺を抱き上げているんだろうか。
「そして今まで、隊長の話を聞いてましたよね」
「うん」
「では、この状況は?」
何故、どこに問題が?という風な表情をしているんだろう。
「急な対応が必要、という訳でもなさそうだからね」
だからといって、それはどうなんだろうかと思わなくもないので、目線で隊長の方にヘルプを出してみよう。
「話すに支障は無いだろうし、俺はそのままでも一向に構わん」
ダメだ、ここに味方は居なかった……。
・・・・・・
抵抗を示したことで膝に乗せられるのは阻止出来たが、父の隣で撫でられながら最後まで話を聞く羽目になった。俺も報告する側なんだから、座るのはこっち側じゃない気がするのだが。それに一応大事な話だというのに、なぜこんな状況でしているのだろうか?
「と、まぁ向こうの状況に関しては以上だ」
「それなら、もう警戒はしなくてもよさそうですね」
「あぁ、これを以て通常の勤めに戻ってくれ」
多分、父の方でも災害に対して色々と備えをしていたんだろう。
「リーシア嬢も、また何か有ったら俺達を頼ってくれ」
隊長はそう言って、部屋から出て行った。頼る必要が無いのが一番だけれど、その言葉はありがたいものだ。
それにしても、この椅子は座り心地が良いなぁ。前に来た時はあまり気にしていなかった──あの時は余裕が無かったから、というのもあるかもしれない──のだが、野宿を続けてきた後でこの椅子に座ると、その作りの良さに感動してしまう。
きっと、これから家に帰っても同じように思うことだろう。一旦離れてみることで、その価値が分かる事もあるようだ。
「リーサ、どうかしたの?」
突然質問をされてしまったが、何のことだか俺にはさっぱり分からない。
「何故ですか?」
質問に質問で返す形になるが、突然すぎて返答に困るのだから仕方がない。
「何かリーサが、妙に幸せそうな表情をしていたから」
どうやら、考えていた事が顔に出ていたらしい。なので、思っていたことを父に伝えると、小さく笑われてしまった。
「それなら、今日は帰るまでここに居るといいよ」
旅疲れもしているし、今日は他に何かをする気力もないので、父の言葉に甘えるとしよう。
・・・・・・
懐かしの我が家に、やっと帰ってくることが出来た。扉を開けて中に入ると、兄がすぐそこにいた。
「お兄様、ただいまです」
「あ……母様ーー!」
俺の方を見ると、狐につままれたような顔をしてから、奥に走って行った。この反応は予想外としか言いようがない。
傍にいる父を見ると、これもまた予想外だったのか、兄の駆けていった方を見ながら、俺に話しかけてくる。
「とりあえず、このまま待ってみようか?」
しばらく玄関で待っていると、兄に手を引かれながら母が玄関まで来るのが見えた。
「ね、リーサちゃん帰ってきてるでしょ?」
「えぇ、本当ねー。リーサちゃん、おかえりなさい」
俺と目が合うと、開いている方の手をヒラヒラと振って、挨拶をしてくる。2人の後ろからタニアさんも来て、俺にお辞儀をしている。
兄は母を連れて戻って来たと思ったら、そのまま俺の方に走って来て、いきなり抱き締められた。俺よりも頭1つ分は大きいので、胸に顔が押しつけられる形になっている。もしかして、今まで俺が居なくて寂しかったのだろうか?
「リーサちゃん、怖くなかった?」
「っ……!」
抱きついたまま俺の頭を撫で、父と全く同じ反応をする兄に思わず吹き出してしまった。血は争えないとはいうが、こんな場面でそれを体験するとは思わなかったなぁ。




