41話 油断は禁物
調査の方は皆に任せて、少し休憩しよう。俺は既に川の様子を見ているので、新たな発見があるとも思えないから、少しくらいは休んでも構わないだろう。
それに、ここまで皆を案内できた段階で、目的もほぼ果たしたと言えるはずだ。
辺りを見回しても座り易そうな場所はないので、仕方なく地面に座っていると、ほとんど音も立てずに猫が傍まで来て座り込んだ。
『随分ト消耗シテイルヨウダナ』
『えぇ、何度も行ったり来たりしましたので、少し疲れました』
俺の横に来て座り込んだので、もたれ掛かることが出来た。意図的にここに来てくれたのだろうか?
『とりあえず、少し休憩してから向こうに戻ります』
天然の毛皮は暖かく、思わずウトウトとしてしまいそうになる。そうして少し休んでいると、辺りが急に暗くなった。
「あれ、消えちゃった?」
杖に灯していた明かりが消えてしまったようだ。魔術の明かりは、電池が切れかけた懐中電灯のように前触れはなく、いきなり消えてしまう。
しかし切れる前に掛け直すだけなので、不便に感じることはあまりない。今回は長時間作業をしていたから、そっちに集中していたせいで掛け直すのを忘れていたようだ。
今回も普段通りに明かりを灯すと…………カラン、と何かが落ちる音が、遠くから聞こえてきた。
『ドウシタ?』
何がですか?と聞こうとしたのだが、口が思うように動かなかった。
・・・・・・
全身が何故か暖かい。さっきまで肌寒いくらいだったのに、何故だろうか……いや、何故かは考えるまでもない。手に伝わる毛布の感触が、その答えだろう。
それに体の下から伝わる感触で、毛布だけでなく敷物も敷かれているのが分かる。俺が気付かない内に、敷物と毛布が準備されていたということになる。
あぁ……この状況は身に覚えがあるなぁ。最近は残量も大体分かっているつもりだったのに、失敗してしまったようだ。
今回は体の疲れだけだと勘違いしていて、魔力にまで気が回らなかったのだろう。それで自分の使った魔力の量に気付かず、久しぶりにやってしまったわけだ。
「やっぱり、疲れてたんですかね」
「まぁ、そうだろうな」
どこからか、会話が聞こえてきた。これは、隊長と兵士さんの声だ。
「こんな場所であそこまで無防備に寝られるなんて、なんだかんだ言ってもまだ子供なんですね」
確かに理由を説明をしなければ、他人からはそうとしか見えないだろう。
いつも魔力切れを起こすと、スイッチが切り替わるように──というか、ブレーカーが落ちるようにだろうか──意識が途切れてしまうのだ。そして目が覚めた後、頭はすっきりしているのだが、なかなか動き出すことが出来ない。多分、魔力がフル充電されるまで起きられないから、寝過ぎなだけとは思うけれど。
動けるようになるまで待っている間に、隊長の声がまた聞こえてきた。
「うーむ……ここまで泣き言の1つも言わんし、あまり子供っぽくは見えんけどな」
「慣れない場所を歩いてるのに、全然わがまま言わないですもんね。カルス様の教育が良いのかなぁ」
「いや、それはあの子が特殊なんだろう」
そこまで言うと、また少し間をおいて言葉を継ぎ足した。
「それに、あの親バカが厳しく教育していると思うか?」
何か、前にも聞いたことがあるような気がする。俺は特例だとしても、兄が厳しく叱られているのを見かけたこともない。それを考えると、厳格な父親とはとても言えないだろうな。
もっとも、家族の欲目を無しに見ても兄は良い子だから、あまり叱る要素が無いのかもしれないけれど。
「この前なんて、そんなに良い子ならどっちか家に欲しいくらいだと冗談で言ったら、本気で……しかも全力で拒否されたぞ」
「あぁ、なんかカルス様らしいですね」
うわぁ、冗談に対して大人げ無いなー……。もしも父とここまで来ていたら、道中で無駄に過保護にされている姿が目に浮かぶようだ。
さて、そろそろ動けそうだから起きようかな。これ以上話を聞いていると、知りたくない父の日常が見えてきそうだし。
「えっと、おはようございます」
・・・・・・
俺が魔力切れで寝ている間に、調査は粗方済んでいたらしい。今後やるべき事は、土砂の撤去と再発防止のための治水工事だそうだ。
ただ、雨が降ったらどうなるか分からないので、土砂の撤去は早い方がいいだろう。治水工事の準備が整うまで、雨が降らないと決まっているわけでもないのだから。
「土砂の撤去なら、出来そうです」
動かす事も出来ないような岩を何とかするより、小さな砂粒を動かすのは遙かに楽なものだ。魔力も全快しているから、もう魔力切れの心配もない。
工事については何をやるかも分からないし、多分俺が手伝えることもないだろう。
調査員さんは川の傍に行くと、「では、この土砂を……」そう言いながら移動して、ある地点で立ち止まると「この辺りまでお願いできますか?」と言う。
「ただ、くれぐれも無理はしないように」
こんな安全な作業なのに、なぜそんなことを言うのだろうかと思いつつも返事をすると、
「昨日のあれは、魔力切れでしょう?」
「……あれ、気付いてましたか」
素直に白状すると、調査員さんの眉が少し上がった。
「あぁ、やっぱりそうでしたか」
疲れのためか魔力切れか、正しく判別は出来ていなかったんですと言葉を続ける。俺はどうやら、鎌を掛けられていたらしい。
「でも、何で分かったんですか?」
「私達は魔具を使うことが多いので、魔術師の方とご一緒する機会が多いんですよ」
それで、何度か見たことのある光景だと、そう言うことらしい。
「あなたの魔術を使う頻度は、いつ魔力切れするのかと心配でしたよ」
「うーん、岩を切ったので予定外の消耗をしましたけど、それ以外は問題ありませんよ?」
「あなたは、つくづく規格外なんですね……」
いや、そうでもないと思うけど、実際の所はどうなんだろう?
「では、とりあえず撤去しちゃいますね」
・・・・・・
さて、やることが決まったのだから、さっさと済ませてしまおう。
『昨日は水と面白いことをしてたけど、僕にもああいうのは無いの?』
『うーん……今回は、あの土砂を退けたいだけですので』
『そっか、残念。何か面白いことがあったら教えてね』
面白いこと、そう言われてもなかなか思い浮かばないものだ。
『それじゃあ、思い付いたその時にでも。とりあえず今回は、あれをお願いしますね』
『了解、任せてよ』
特殊な作業があるわけでもなく、ただ土砂を移動させるだけだ。川の中から一度に制御できる量の土砂を取り出して、指定した場所に積んでいく。何度もひたすら繰り返し、小高い山が出来上がる頃に調査員さんから声が掛けられた。
「もう、大丈夫でしょう」
そう言われたので、地精霊様にお礼をしてから川縁まで様子を見に行くことにした。川と土砂の積み上げ場所の中間で作業していたので、川の様子はあまり見えていなかったのだ。
支流──だった場所──に溢れていた水は、全て本流に戻っていた。今まで水の流れていた痕跡として、濡れているのが分かる程度だ。きっと時間が経てば、あの痕跡も乾燥して、そこに水が流れていたというのも分からなくなるだろう。
本流の方を見ると、ボトルネックになっていた部分の土砂はほとんど無くなっている。これで何もしなくとも、当面は大丈夫なはずだ。また、治水工事は俺に出来ることではないが、戻ったら手配してくれるようだから万事解決と言えるはずだ。
「お疲れさん」
正常な流れに戻った川を眺めていると、隊長が声を掛けてきた。
「リーシア嬢のお陰で、大事になる前に手を打てた」
感謝すると言われたが、それはこっちも同様だ。
「いえ、きっと私1人では、ここまで辿り着くことも出来なかったですよ」
だから、一方的に感謝されるような事ではないと思う。
何も知らなければ、別にこんな──疲れる上に危険な──場所まで出向くことはなかっただろう。しかし、ひょんな事から知ってしまったのだから、見て見ぬ振りは出来なかった。
もしも俺の話を信じてくれる人がいなかったら、それだけでここまで来ることは出来なかっただろう。それに護衛に付いて貰えなければ、やっぱり同様だ。
街道沿いを進んでいる間は、まだ1人でも何とかなったかもしれない。しかし森の中に入ってからはお手上げだっただろう。多分、野生動物の餌食になるのが関の山だったはずだ。
・・・・・・
洞窟から外にでると、辺りには雨が降り注いでいた。どうやら、本当に間一髪だったみたいだ。
『そういえば、もう帰るだけになっちゃいましたけど、これからどうしますか?』
『出口ニ送リ届ケルクライ、シテヤル』
そっか、もう少しは一緒に居られるんだ。短い期間ではあるが、この猫にはすっかり親しみを覚えてしまった。
それにしても、こうして間に合ったのは本当に奇跡みたいなものだと思う。頼れる人達──人じゃなく猫や精霊様も居るけれど──が傍にいて、そのどれが欠けても間に合わなかっただろう。今回のことは、ひたすらに運が良かったのだろう。
これで後は、雨上がりに虹でも見られれば最高の結末だと言いたいが、またこの深い森に入っていくのだからそれは望めそうにない。




