40話 疑似的な利器
穴を潜った先は今までの通路と異なり、大きな広間になっていた。俺の立っている場所からでは壁まで明かりが届かないので、正確な広さは分からない。しかし、遮るものが無くなった為か、ゴウゴウと大きな音が聞こえてくる。
足下に注意しながら音の聞こえる方に進んでいくと、すぐに川まで辿り着いた。流れは激しく、落ちたら一瞬で溺れてしまいそうだ。
もう少し周囲を見渡せるように明かりを強くしてみると、ボトルネックとなっている場所がある事が分かった。
その辺りには土砂が溜まって川から水が溢れ出し、別の小さな支流が作り出されているようだ。
支流の方は幅が狭く、流れもそんなに激しくはない。規模は本流とは比べものにならない程、小さなものだった。
支流にはあまり溢れていないから、今すぐに対策をせずとも、街に届く水が直ちに止まってしまうということはないだろう。
ただ、雨が降ったら増水するだろうから、その時にどうなるのか俺には分からない。
ここまでが俺に判断できることだが、素人の判断はあまり信用できるものでもない。
そうなると、やっぱり皆にもここに来て貰う必要がある──特に、調査員さんはそのために同行して貰ったのだから──だろう。
しかし当面の問題は、俺の潜ってきた穴ということになる。穴の方を振り返って見てみたが、大きな岩が通路を塞いでいるのが見えるだけだ。あの岩を撤去する方法は思い浮かばない。
改めて通ってきた場所を眺めると、俺が潜ったのは穴と言うよりも岩の隙間だろうか。たまたま壁と岩に隙間があっただけで、そこに穴が空いたという訳ではなさそうだ。
もしも強い爆発なんて与えたら、きっと一瞬で塞がってしまうであろう、全く頼りのない隙間でしかない。
この隙間があったので俺はこっち側に来ることが出来たが、だからといって他の人にも同じように出来るかというと、無理な相談だろう。よほど小柄な子供か、または頭が入れば通れるような種族でもなければ。
せめて、周囲にあるのが岩じゃなく土ばかりだったなら、魔法で広げることも出来たはずなのだが……。例えそれより強度があったとしても、粘土くらいなら変形させることは出来ただろう。しかし、岩のような強度があるものを変形させたり出来るほど、魔法は万能な物でもない。
周囲の地面を杖で突いてみても、手には岩を突くのと変わらない感触が返ってくる。周囲の地面を掘り起こして、その下を通ってくると言うのも、やっぱり同様に無理だろう。
「何か見つけたか?」
俺が地面を突いている音に気付いたのだろう。隊長からそんな言葉が投げ掛けられた。
「いえ、残念ながら何もありません。そちらからも音が聞こえているように、川が流れているだけで回り道も無さそうです」
「じゃあ、やっぱりこの岩をどけるしかないわけだな」
俺と隊長が話していると、横から兵士さんが参加してきた。
「こう、大量の水がこの岩を押し流してくれればいいんですけどね」
「それは、まず間違いなく俺達も流されるぞ?」
ん……大量の水、それにさっきの岩を切る魔剣……? 魔剣じゃないけれど、切ることは出来るかもしれない。
「ちょっと試したいことがありますので、岩の前から離れていて下さい」
実験が成功するか、またどれくらいの水が必要か分からないが、思い立ったが吉日、試してみるしかないだろう。幸いにも、ここでは水不足の心配だけはしなくても良い。
川の方に引き返して、両手で球を作るようにして水精霊様にイメージを伝える。
『とりあえず、これくらいお願いします』
これで、実験するだけの水は確保できた。まだ実験段階なので、サイズは頭1個分より少し大きいくらいにしてある。最初から、大量の水を用意しても仕方ないだろう。
『それは構わんが、何をしようとしている?』
『あの岩を切ろうと思ってます』
厳密には、切るのではなく吹き飛ばすのだったかもしれないが、あまり細かいことは知らない。映像としてみたことがあるだけで、現物を見たことがあるわけでもないし。
水精霊様に水を撃ち出すイメージを送った。頭上に浮かんだ水球から、その一部が細く絞られて水鉄砲のように岩に当たる。
「どれどれ、上手く行ったかな?」
傷一つ付くことなく、ただ岩の表面が濡れただけだった。しかし、それなりの量を浴びせたせいで、俺の通ってきた岩の隙間まで水が滴っている。
「うわぁ……ここ這って戻るの、やだなぁ……」
これはもう、絶対成功させるしかない。あんな所を這ったら濡れ鼠になっちゃうじゃないか。それだけじゃなく、だいぶ汚れるだろうし。
「うーん、もう少し水の勢いが必要なんだろうか?」
何度も試行錯誤をしたせいで、周囲はもう水浸しだ。回数を重ねる毎に水の勢いを強くイメージしてるせいか、今ではもう水飛沫がかなり細かな粒になっている。
再度岩の表面を確認すると、水の勢いで少し削れているのが分かった。うーん、もう少しで行けそうな気はするんだけどなぁ。
『もう少し、先を細くしてみましょう』
イメージを再修正して、再度水精霊様に送った。針のように細く、また勢いを今よりも強くなるようにイメージをしてみた。
今回は岩に当たる水の音が変わり、途中から水飛沫の量が急に減ってきた。
「何だ?」
そんな声が、飛沫が減った直後に岩の向こう側から聞こえてきた。水飛沫の量が減っていることや今の声といい、これは成功したのだろうか?
岩に近づいて確認してみると、表面に細く小さな穴が空いていた。反対まで届いているかは暗くてよく分からないが、俺が放水した時に声が聞こえたことから、きっと向こう側に貫通していたのだろう。
どうやら、岩を貫通させるには相当な勢いが必要だったようだ。また、量もかなり使うことを考えると、こういう特殊な場所でもなければ使えないかもしれない。でも、今回はこれで道が切り開けるのだから──あそこを這って戻らなくて済むのだから──良かった。
「成功しましたので、とりあえず残りの部分を切っちゃいますね」
一回実現出来てしまえば、後は同じ手順で作業するだけなので、簡単なものだ。
『驚いたな、本当に岩を切るとは』
『私も、出来るか不安はありましたよ』
本当に出来るかは半信半疑だったけれど、他に案が浮かばなかったのと、せっかく思い付いたのでやってみたというのが本音だ。
『しかしまるで……リーシアにはこれが、最初から出来ると分かっていたように思えるが?』
『えぇ、まぁ。魔法で再現可能か、そこまでは分かりませんでしたけどね』
『再現か。水で岩を切ろうだなんて、そんなことを考えた者は今まで見たこともないのだがな』
この世界には──多分だけど──存在しないであろう技術を参考にしているのだから、見たことがないのも当然だろう。
うーん……試行錯誤の最中に、何度も岩と川の間を往復したから、少し疲れたな。
俺の広げた隙間──もう隙間と言うには大き過ぎる、通路というのが妥当だろう──から、他の人達も広間まで入ってきた。
「何をしたかは分からんが、これでようやく調査が出来るようになったな」
感謝する、と隊長に言われた。しかし、俺としても専門家に状況を見て貰える方が助かるのでお互い様だ。
「私としては……この手段にも興味はありますが、まずは川の様子を確かめるとしましょう」
「見事なもんだなぁ。魔剣で切ると、こんな感じなのかね」
そう、この言葉が今回の思いつきのキッカケだったのだ。
「ありがとうございます、お陰で無事に成功しました」
「え、何が?」
さっき魔剣について口にした兵士さんが、何がなんだか分からないと言う顔をしている。だが、あの発言があったからこそ、岩を切れないかと思い付いたのだ。だから、お礼はこの兵士さんに言うべきだろう。




