37話 限られた情報
『オ……ハ……何……ダ……?』
何か聞こえたような……気のせいかな。
『気ノセイデハナイ。オ前ハ、何者ダ?』
今度は聞き取ることが出来た。しかし、何者だと言われてもどう返事をしたらいいのかが分からないので、反応に困るとしか言えない。
『フム……デハ、オ前ハ、人ナノカ? ソレトモ、精霊カ?』
俺を見て精霊と間違うって、どういう感性をしているんだろうか。俺は、確かに少し人とは違う箇所もあるかもしれないが……いくら何でも、その間違いはあり得ないだろう。そして、何者なのかはこっちが聞きたいよ、姿も見えないし。
『タダノ、人ダト言ウノカ。ヨク分カラン奴ダ』
どう見ても人じゃないか。それ以外に見えるのなら、なぜそう見えるのか教えて欲しいくらいだ。
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目を開けると、皮を張って作られたテントの内側が見える。あくまで簡易な、寝るためのスペースが確保されているだけの小さなものだ。
昨日はかなりの距離を歩いたせいか、寝床に入ってからの記憶が全くない。多分、あっと言う間に眠ってしまったのだろう。
ちなみに寝床とは言っても、直接地面に触れないように1枚の薄い敷物と毛布があるだけだ。最初にこれを見たときは、こんな場所で寝た事がないので、なかなか寝付けないのでは?と思ったのだが、要らぬ心配だったようだ。毛布を掛けてから後の記憶が、さっぱりない程に熟睡していたのだから。
……いや、何かと話したような気がするが、記憶違いだろうか? 話した内容についてはよく覚えていないし、何か聞き取りづらい声だった気がする。その言語も人の物ではなく、精霊様と話しているような……でもそれなら、聞き取りづらいと感じることはないはずだから、多分違うはずだ。
寝ている途中で寝床から出た記憶はないので、多分あれは夢だったのだろう。もし、何かが俺の寝床に入ってきてそれと話をしたのならば、見張りの兵士さん達が気付かないとは思えない。途中で起こされることもなく朝まで熟睡していたのだから、何かが側に来ていたって事もない。
・・・・・・
今日もまた、皆の荷物に軽量化を掛けてから歩き始めた。今日中に洞窟の辺りまで行けるかどうかと言う状況らしい。俺は昨日の徒歩が堪えているのか、足が少し痛い。しかし、早く目的地に着きたいので泣き言を言っている場合ではない。
森を奥に進むに連れて、辺りを漂う精霊様が増えているように見える。朝でもなお薄暗い森の中で、仄かに光る蝶が舞う光景というのは、何とも幻想的だ。この光景だけを見ていたら、この辺りが危険だというのが疑わしくすら思えてくる。
「少しここで待っていろ、先の様子を見てくる」
先頭を歩く隊長達が突然そう言うと、俺達のいる場所から離れていった。
「何があったんでしょう?」
「多分、何か居たんじゃないかな。向こうは隊長達に任せよう」
俺が近くにいても邪魔になるだけだろうから、大人しくここで待つことにする。
1目ほど待った頃に隊長達が戻ってきたが、特に変わった様子はなかった。
「もう大丈夫だ、行こう」
促されて先に進むと、道の脇には太い長い腕を持つ動物が倒れていた。胸の辺りを見ると、先の鋭い物で刺したと思われる傷跡がある。
この動物については、事前に本で読んでいるので正体は分かっている。本には挿し絵があるとは言え、写真ではないのに初めて見た動物をそれだと判断できるのだから、著者の努力が伺えると言うものだ。
特徴として、付近の生物に見境無く襲いかかる獰猛さを持っていると書かれていた。普段の移動は四足で行うが、攻撃時にはその太い腕を振り回し、目の前の獲物に襲いかかる。時には付近にある棒状の物を使うこともあるという。また性質は執拗で、一度襲いかかった獲物はどこまでも追い続けるとも書いてあった。そして、肉は硬くて食べるに適さないが、毛皮は防寒用として上物とのことだ。
死んだ動物を間近で見るのは、あまり気分が良いものではない……というか、ちょっと気持ち悪くなってきた。今までに動物の死体を直に見た経験というと、車道でひかれた動物くらいだろうか? それもしっかりと見たりはしなかったので、そんな俺に免疫などあるわけもない。
しかし、この死体については確認せずにはいられなかった。
「この死体は、このままにするんですか?」
「あぁ。毛皮は若干惜しいが、それよりは時間が惜しい。それに、荷物もあまり増やしたくない」
この動物の性質からすると、殺すしかないのは分かる。それに、時間が惜しいというのも分かる。
「毛皮を取らないのなら、せめて埋葬してはいけませんか?」
だが、俺達の都合で殺すことになったのだから、それくらいはしてやりたい。
「すまないが、道具もないし時間も掛けられんから我慢してくれ」
隊長はやや困ったような顔をしながら言うが、俺に道具は必要ない。
「いえ、そのどちらも必要ありません」
俺の言葉に頷いて、それなら任せると言ってくれた。
さて、それなら後は簡単だ。地精霊様に手伝って貰い、埋葬をしてやろう。
『地精霊様、この動物を埋葬したいので協力して頂けませんか?』
『それは構わないけれど、何のために?』
『うーん、弔うため……でしょうか』
『でも、そうしなきゃ君たちが危ないんだから、気にする必要はないんじゃない?』
『それはそうなんですけど……自己満足のようなものです』
『まぁ、いいよ。それじゃあ、魔力を少し貰うよ』
『はい、お願いします』
埋葬する構図を思い浮かべつつ魔力を地精霊様に渡すと、目の前で想像した通りの事が実行される。
死体の周囲から土が取り払われ、大きな穴が出来上がった。穴は死体を中心に作成したので、その中心には死体がピッタリと収まっている。次に、取り除いた土を戻して死体を埋めた。
最後の仕上げとして、付近に生えている花を持ってきて供えることで、とりあえず完成だ。ここまでは何の問題もなかった。
両手を合わせて言葉を発しようと思ったが、そこで少し固まってしまった。こんな時に、この世界ではどう言えばいいのだろうか? 葬儀に出たことは無いし、俺が読んだ本にはそんな場面は無かった。さて、どうしようか……?
「どうか、安らかにお眠りください……」
考えた末に、誰にも聞こえないように小さく、日本語で知っている言葉を使うことにした。確か英語圏だと、RIPと略されるんだっけ。大事なのは相手に伝わるかどうかではなく、俺の気持ちの問題だからこれで良いとしておこう。
この世界では、何となくテレビで見たことがあるとかは起こり得ない。そう言った情報媒体が存在しないので、実際にその場面を目にするか、少なくともそれを口伝てにでも聞いていなければ見様見真似も不可能だ。意識して情報を取り入れようとしなければ得られないのだから、いつかその辺りの礼儀作法も調べてみようかな。
それにしても、声に出して前世の言語を使ったのは久しぶりな気がする。物心──この世界で明確に意思を持った時の事を、そう言って良いかは分からないけれど──が付いた頃は、独り言で気が付いたら使っていた事もあったが、最近ではそれも無くなっていた。物事を考える時には一番馴染みのある前世の言語で行っているが、それを声に出すことはもう無いので本当に久しぶりだ。もっとも、誰かが聞いたとしても理解してくれる事はないのだろうけれど。
・・・・・・
さて、一通り俺に出来る事は済んだので、先に進むことにしよう。
「お待たせしました。お時間を取らせてしまい申し訳ありません」
「いや、あの程度なら構わんさ。まさかあんな事まで出来るとは、思わなかったけどな」
やれば出来るだろうと思ってはいたが、実際にやってみて成功した時にはホッとした。あれだけ大見得を切っておいて、やっぱり出来ませんでしたとなったらかなり恥ずかしいものがある。失敗してたら、今頃は自分が入るための穴を頑張って拵えていたことだろう。
通常通りの隊列に戻り、再び歩みを進めていると、どうしてもさっきの事が気に掛かってしまう。やっぱり、森の中を歩く以上は今後もああ言う状況にはなるんだろうなぁ……。
あんな事がまだ続くと思うと、体とは違う部分が疲れてしまう。しかも体の疲れ以上に、魔術や魔法でどうにか出来るものでもないのだから、成り行きに任せるしかないのだろう。
大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。久々の更新です。
ポメラを修理に出していた為、書く時間が取れずに気付けばこんな期間が過ぎてました。
次話はここまで時間が掛からないうちに更新予定ですので、これからも気長にお付き合い頂ければ幸いです。




