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精霊と魔法の在る生活  作者: 桐無
初めての遠出
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36話 森歩きの杖

 駐屯所まではただ揺られるだけだったが、この先では荷物を自分で持つ必要がある。そこで出発の前に、軽く出来るものは軽くしてしまおうと皆に提案をしてみた。

 俺の魔力は今のところ、照明や野営中の水を補給する等、その程度しか使い道がない。もちろん、その程度ではほとんど消耗する事がない。完全に使い切った状態からでも一晩眠れば大体治っているのに、それを使わないのはもったいないだろう。


「それでは皆さん、軽くしたい荷物は以上ですか?」

全員を見回すと、これで大丈夫だと返事が返ってきた。各人の前を見ると、軽くしたい荷物が詰まった背負い袋が置いてある。

武器や防具は重さがないと使いものにならないとの事なので、この荷物の中に剣や鎧等は見当たらない。


俺は各々の前に行き、杖で荷物を指しながら魔術を使った。

「羽のように、軽くなーれ」

いや……言葉に意味はないのだが、軽量化は使い慣れた魔術だから詠唱が要らない。そこで手持ち無沙汰だったのと、皆が物珍しそうにじっと見ているのに、荷物に杖を向けて「はい、終わりです」と言うのも、味気ない。なので、ちょっとした演出はあった方が良いと思ってのことである。

「隊長、俺……魔術ってもっとこう、難しい物だと思ってましたよ」

「まぁ、水やら明かりに魔術を使うような子だから、あれが特殊な例だろうな」

ラザル様以外の魔術師を知らないから、普通の魔術師がどういう感じなのか、俺も分からないんだよなぁ……。




 駐屯所を越えた先は鬱蒼としており、目に見えるのは木と草ばかりだ。それと俺にしか見えていないのだろうが、精霊様が辺りに漂っているため、意外なほど明るい。人里よりもこういう場所の方が、精霊様の力は強いのだろうか? 時折耳にする虫や鳥の声を除くと、俺達の歩く音しか聞こえてこない。

 きっと以前もこの道を通った人がいたのだろう、注意してよく見れば分かる程度には地面が踏み固められて、道が存在している事が分かる。しかしこれは、"道"と言うよりも"獣道"と言った方が適切な表現かもしれない。

 草の丈は高く、舗装された道やしっかりと踏み固められた道を歩くよりも、かなり歩きにくい。

「わっ!?」

前のめりに倒れそうになったところで、横から伸びてきた腕が俺の体を支えてくれた。腕の出所を辿ると、横を歩いている兵士さんが俺を助けてくれたのだと分かった。

「助かりました。お陰で転ばずに済みました」

お礼を言ってから後ろを見ると、足下まで広がっている木の根があったので、これに足を取られて転び掛けたようだ。

「いや、いいよ。それよりも足、大丈夫?」

兵士さんに言われて、試しに足首を回してみたが問題はないようだ。

「えぇ、大丈夫そうです。ありがとうございます」


 この後は注意して歩いたつもりなのだが、地面を這う根に何度か躓いた。しかし、その度に横を歩く兵士さんが支えてくれたので、思い切り転ぶのは避けることが出来た。俺よりも多くの荷物、それと武具も持っているのに平然と歩いているのをみると、さすが訓練された人達だと感心させられる。




 俺の歩ける速度に合わせて、全体の行軍は遅めになっていると思う。そうでなければ、とっくに置いてけぼりになっていることだろう。皆は涼しい顔をして歩いているのに、俺だけ息が上がっているのだから。

 何度も躓いて学習したので、今は杖で地面を突いて、転ばないようにと慎重に歩いている。まさに文字通り、転ばぬ先の杖である。魔術を使うために買ったはずの杖が、意外な場所で役に立っているものだ。

 しかし、これではまるでスキーや登山用のストックじゃないか。この杖を武器として使うつもりはないので軽量化が掛けてあるのだが、鉄の重さがアルミのように軽く感じられる。そしてこの軽さが高じて、尚更これが歩行の補助用と感じてしまう。いっそ、左手にも杖が欲しいくらいだ。


 きっと、これがティム君だったらまだ余裕があるのだろう。いや、ティム君ほどではなく他の子達でも俺よりはまだ余裕があっただろう。ここから帰ったら、剣術の訓練以外にもちゃんと体力作りをしようかな。


 それにしても、こんなに自然の中を歩いたのなんて、前世の記憶込みでも小学校時代の遠足くらいだろうか。現世の生活では、家の外に広がる森の深くまで立ち入ったことはない。街に行くまでの道は整備もされているので、やっぱり森に入ることはない。

 前世での遠足はかなり前の事なので鮮明には覚えていないが、その時に歩いた道は人が歩けるように整備されていたと思う。ここまで整備されていない森を歩いたのは、今回が初めての事だ。


・・・・・・


 ここまでの道中で、皆の荷物に何度か軽量化を掛け直しているが魔力はまだまだ余っている。体は疲れていても魔力は全く問題がない。

 体力を温存するために森の中を飛んで移動することも考えたが、枝に引っかけないように細かい制御が必要なことを考えると、あまり現実的とは言えないだろう。いや、それどころか髪の毛や服を引っかけて、周りに余計な手間を掛けている自分の姿がありありと目に浮かんでくる。飛行は早く移動できて便利なのだが、遮蔽物の無い場所に限られるのが大きな難点だ。

 魔力を使って、体力の浪費を押さえる方法は無いのだろうか。例えば、使えば疲れが一瞬で吹き飛ぶような、そんな便利な魔術とか。俺の知っている範囲にそんな魔術はなかったが、もっと上級の魔術ならばあるのだろうか?

 ならば、魔法ではどうだろう。指輪で傷の回復は出来るけれど、別に怪我はしていない。他には……水や土を動かしても、風を起こしても何の解決にもならない。魔法も魔術も便利ではあるが、全てを解決出来るわけではない。今回の場面では、俺の知る範囲では使えないようだ。いくら考えても良い方法が浮かばないので、諦めて素直に歩くとしよう。


・・・・・・


 それにしても……いくら歩いても見えてくるのは、ほぼ同じ様子をした草の絨毯、またそこから生える樹木の柱ばかりだ。もしも今ここに放り出されて徒歩で帰ってこいと言われたら、自力ではまず無理だろう。ここまでの道程が、既にどこを歩いたのかさっぱり分かっていないのだから。


 俺は今のところ、皆に遅れないように歩みを進めるのみで、案内と言えるようなことは何もしていない。ただ歩くだけでも大変だが、森の中では案内が必要だと思っていたので、これは意外な誤算だった。

 先頭を歩く隊長達は、時折立ち止まって手に持った板を見て、行き先を決めているようだ。板を見ても長時間立ち止まることはなく、確認を終えると再び迷い無く見える足取りで歩みを進めている。

 あの板に何か秘密があるんだろうけれど、目印すらない場所で迷わないのが不思議でならない。

「迷うことなく進んでいるようですけど、なぜ道が分かるんでしょうか?」

気になったので、横を歩いている兵士さんに尋ねてみた。さっき転び掛けたときに、支えてくれた兵士さんだ。途中で休憩を挟んでいるが、また同じ兵士さんがいる事から、常に歩く隊列は同じにしているようだ。

「あぁ、多分この先の標石(しるべいし)を持っているんだろう」

「しるべいし、ですか?」

「調査する時によく使う魔具で、行ったことのある場所を記憶させることが出来るんだ」

どうやら、探検に便利な魔具があるようだ。

「それを、隊長達が見ている追跡盤で辿ることで、記憶した地点までは迷わずに行けるんだよ」

追跡盤……また知らない魔具が出てきたが、標石とセットで使うことで、カーナビみたいな案内でもしてくれる代物なのだろうか。俺の位置からでは追跡盤にどんな物が映されているかは見えないので、後で休憩になってから見せて貰おう。

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