35話 魔術の杖と外套
今回もまた馬車に揺られているが、今回は兵舎に向かっているわけではない。川の上流に行く際、森の境にある駐屯所までは馬で行くことになったので、現在はその道中である。隊長を含む兵士さん達と、調査のために同行している人は、基本的に1人で馬に乗っている。
大所帯ではないが、道中で必要な物資を全て馬に積むには量が多い。なので、その荷物を積むために1台の馬車を牽引しており、兵士さん達が交代で御者を勤めている。俺だけは自力で馬に乗る事が出来ないので、荷物と一緒にその馬車の中で揺られている。物理的に足が届かないのだから、努力でどうにかなるものでもないだろう。
馬車の乗り心地に関しては、積んである荷物のおかげで以前乗った馬車よりいくらか良好だ。駐屯所に行くまでと、駐屯所を越えてからは野営をするので、中には食料やテント等が積み込まれている。
そして、荷物の中には毛布があるのだが、それを俺が座っている場所に敷いてある。毛布を間に挟むだけでも結構な衝撃を緩和してくれて、座っている俺に振動が直接伝わらずに済んでいるのだ。
他にも調査用の道具等があるため、この中に大人が入るのは少し辛いものがある。だが俺の体であれば問題ないので、初めて成長が遅いこの体に感謝したかもしれない。
「リーシアちゃん、乗り心地はどう?」
御者をしている兵士さんが、馬車の中にいる俺に声を掛けてきた。
「布団を敷いてくれてますし、街の乗り合い馬車よりも快適です」
「少し狭いだろうけど、休憩になるまで我慢しててね」
お世辞にも広くはないが、エコノミークラス症候群になりそうな程の狭さではない。これが順調に成長している兄やティム君達だったら、少し狭く感じるのかもしれない。しかし、俺にとっては我慢するほどの狭さではない。
「いえ、私には十分な広さですよー」
嘘偽りのない本音である。むしろお前だけ楽をしやがってと、文句を言われたっておかしくないくらいだ。ここで楽をしている分は、せめて別の事で返すことにしよう。
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ナゼム様に話をした後で、すぐ調査に出発したわけではない。調査隊──とは言っても、状況を確認したら戻る予定のため最低限の人数で編成されている──の準備に3日が掛かっている。もっとも、その短い日数で行軍に必要な人員と物資を準備しているのだから、隊長の肩書きは伊達じゃないのだろう。
ナゼム様が準備をしている間、俺の方でも時間を無駄にしていたわけではない。これから行く場所については調べておいたし、そのための準備もしてある。兵舎にある資料も、一部ではあるが読む許可を与えられたので情報収集は容易に行えた。
駐屯所を越えた先では、整備された道を最後まで行けるわけではなく、途中からは森の中を進むこともあるという話だったので、その備えもした。
まずは服から整えようと思って行動した。普段から着ている服装の上はまだしも、下は主に丈が長めのスカートだから、どう考えても森歩きに適していると言えない。なので街の仕立屋で、動きやすそうな服を一式と外套を見繕って貰った。
服装の選択については、森歩きの知識が俺にはないので店員さんに聞いて揃えてある。俺は髪が結構長いので、枝に引っかけたりしないようにとフード付きの外套を勧められた。
最初に聞いた時は、森歩きに適した服を一式下さいとか言っても困らせるだけだと思ったが、そんな事はなかった。一般人だけではなく冒険者が利用することもあり、そういった服を見繕う事には慣れているとのことだ。親切に上から下まで用意してくれたので、勧められるままに購入してある。
食料や野営の道具はナゼム様達が用意してくれるとのことなので、俺は自分で使う物の準備に専念することができた。もし、その辺りのことまで考える必要があったら、俺の方が準備期間は3日で足りなかったかもしれない。
俺に出来ることは、目的地までの道案内を除くと魔術と魔法しかない。なので、せめて魔術を有効に使えるように杖も新たに購入しておいた。
杖ならば以前貰ったのがあるのだが、それでは森の中で持ち歩くのに支障がありそうだ。普通に持っていると引きずってしまうのだから、それが歩き慣れない森となると、更に色々な場所に引っかけてしまいそうだ。
なので、今回の杖は短い物を選んでいる。この杖は、俺の身長の半分程度しかないので、持ち歩くのは遙かに楽だ。しかしその短さのためか、または貰った杖が高性能だったのかは分からないが、杖としての性能には雲泥の差がある。それでも無いよりは魔術の効果が上がるので、気休め程度の増幅効果しか感じられなくとも、出来るだけの準備はしてある。
もっと効果の高い杖もないか探してみたが、魔術を使う冒険者は少ないのか、選択肢はあまり無かった。そして、その少ない選択肢でも俺の身長を越える物ばかりだったので、ほぼ消去法でこの杖を選ぶことになっている。
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馬で行ける道中は、ただ揺られ続けるだけで俺に出来ることは何もない。馬にも乗れず御者を勤めることも出来ないのだから、全て他人任せになっている。なので、せめて空いている時間を有効に過ごそうと、調べてきたことのメモを読み返したり、杖をいじったりして過ごすしかなかった。
しかし、購入するときには携帯性しか見ていなかったが、落ち着いた状況で見ると、新しい杖というのはこう……心躍るものがある。昨日までは準備に追われていて、あまりじっくりと観察していなかった。折角ゆっくり見る時間が出来たのだから、今の内に調べてみよう。
これは購入時に分かっていた事だが、先端には青い石が付いている。3本の鉤爪で掴むように杖の先が加工されており、その中に石が収まっている。杖の本体に関しては金属で出来ているが、俺にその材質までは分からない。
ラザル様から貰った杖と同様に、杖の表面には細工が施されている。しかし、魔術の専門家ではないので何を示すものかは分からない。ここまでは結局、見た目以外のことは何も分からなかったので、実験に移ろう。
杖に軽く魔力を込めると、杖の先端にある玉から魔術陣が展開される。魔術陣からは光の玉が出てきて、杖の先端を漂っている。次に、その横に素手で同じように作った魔術陣を浮かべると、これも同様に光の玉が飛び出して、手の辺りを漂っている。両方が消えるまでの時間を観測してみると、やはり素手で作った方が先に消えるので、魔術用の杖として機能していることが分かった。掛け直す手間が少ないので、あればあったで便利なのは間違いなさそうだ。
それにしても、先端に宝石──のように見えるが、安かったからそんな大層な代物ではないだろう──が付いた杖とか、いかにも魔術師が使う物という感じで格好良いじゃないか! そのイメージの格好良さに、つい表情が怪しく緩んでしまう。仮に今、馬車の中を覗き込まれでもしたら引かれそうだ。いつ見られてもいいように、平静を保たなくては…………うん、もう大丈夫だ。
杖だけのイメージだと格好良かったのだが、使う本人もセットで考えてみたらあっと言う間に落ち着いてしまった。ラザル様のように渋い感じだったり、父のように落ち着いた雰囲気の青年であれば、さぞ格好良いだろう。しかし俺の場合は……子供のごっこ遊びじゃないか、まるで。杖を引きずらない分、更に子供の遊びっぽさが増した気さえするのは気のせいだろうか?




